医療ツーリズムによる地域経済の再生:高付加価値・高収益構造への転換

開催日 2024年2月21日
スピーカー 渋谷 健司(一般社団法人 Medical Excellence JAPAN(MEJ)理事長)
コメンテータ 橋本 泰輔(経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

医療と観光を組み合わせた「医療ツーリズム」の世界市場は約5兆円、今後、年率14%で成長するとの予測もある。しかし、医療でも観光でも世界トップレベルである日本において、医療ツーリズムは、先進的な医療設備と優れた医療スタッフを擁するシンガポール、高度な技術と低コストのインド、美容整形や歯科治療・健康診断で人気のタイ、美容整形や皮膚科治療を低価格で提供する韓国などと比べ、大きく出遅れている。医療ツーリズムは、患者一人一人に対し丁寧できめ細かいケアを提供する日本の医療と相性が良く、温泉療法や伝統的な食文化を取り入れたハイエンド層向けのサービスを提供すれば地域経済社会の再生も可能となる。本セミナーでは、日本の医療と世界をつなげる一般社団法人 Medical Excellence JAPANの渋谷健司理事長に、日本の医療ツーリズムの新たな可能性について解説いただいた。

議事録

ジャパンブランドの潜在的な価値

私は、もともとアカデミアで、グローバルヘルス分野におけるエビデンスに基づく政策が専門でしたが、最近では、メンテナンス投資や国際展開にも関わっています。日本が世界の中で生き残っていくには、ヘルスケア・バイオがキラーコンテンツとして外せないと考えています。

私は、昨年(2023年)11月にMedical Excellence JAPAN(MEJ)の理事長を拝命しました。MEIは、「健康・医療の国際展開の推進」という政府の方針の下、2013年に設立され、政府や医療界の関係者からなる官民連携のプラットフォームです。医療の国際展開と医療インバウンドの推進の2つの大きな柱で活動しています。

日本はWorld Economic Forumのツーリズムインデックスでも1位に輝くなど、世界的に見てもジャパンブランドというのは着実に上がってきています。イプソスという欧州の世論調査会社が出しているブランドインデックスからも、日本製商品に対する信用や、日本はユニークな国であるという印象を持たれていることがうかがえます。

コロナ後に急激に落ちた訪日観光客数も、2023年の1月から10月のデータで見ると2015、16年レベル、1年のデータでは2017、18年レベルまで急速に戻っています。いろいろな観光戦略の中で、デービッド・アトキンソン氏は、日本の観光業は量から質への転換が必要だと述べています。

また、アトキンソン氏は、日本は、食・文化、自然に非常に恵まれている国でありながら、飲食・宿泊の賃金水準が低い点、また、観光で成り立たせようとしている地方には付加価値の高いものしか残らないことを指摘し、インバウンド観光による外貨獲得、データ駆動型の戦略、そしてユーザー目線が重要であると述べています。

需要の拡大が見込まれる医療ツーリズム

日本で医療ツーリズムが増えない理由の1つは、わが国の医療業界も昔の観光業界と同じようなマインドセットで、医療は公的保険で賄われる特別なもの、という呪縛があるのではないかと思います。日本国民には国民皆保険で高付加価値なサービスが提供されていますが、旅行で来る外国人の方々にとって医療がどういう意味を持つのかについても、きちんと考えるべきです。

観光業では世界ナンバーワンのレピュテーションを得るようになった日本ですが、医療ツーリズムは惨憺たる状況です。例えば、Japan International Hospitals (JIH)の報告では、医療目的の訪日者(2019年)は年間4,069人、これはバンコクにおける外国人受け入れ人数の1日分です。医療滞在ビザの取得者は約1,600人で、中国、ベトナム、ロシア、インドネシアからが多く、欧米や中東からはほぼ来ていない状況です。

医療においても、ジャパンブランドは存在します。医学界で非常に著名な雑誌『ランセット』に、安倍元総理大臣や武見敬三厚生労働大臣がプロファイリングされていますが、世界の中でこうした政治家が医学雑誌に載ること自体が珍しいですし、日本が健康大国だというのは、学術的にも政策的にもレピュテーションがすでにあるわけです。

日本は、観光目的地としてすでにジャパンブランドがあり、グローバルヘルスのリーダーでもあります。世界的にも医療需要が増大する中、医療は究極の安心・安全をもたらす高付加価値サービスであり、経済成長・経済安全保障として国益にも寄与し、自由診療が基本となる外国人医療は国内医療にも波及効果をもたらします。従って、私は、医療ツーリズム政策の抜本的な見直しが必要だと思っています。

医療ツーリズムの課題

実際、世界の医療ツーリズムは急速に増大しています。わが国でも医療インバウンドに関するさまざまな取り組みがなされ、「日本再興戦略」や「未来投資戦略」にも施策が組み込まれましたし、内閣官房の健康・医療戦略室でも訪日外国人に対する医療提供の環境整備を進めました。

しかし、その中で、医療提供側が良かれと思っていることと、実際にユーザーのニーズに大きなギャップがあり、サプライサイドのデータに基づかないロジックが主流となっている気がしています。実証することで現状を深掘りし、PDCAを回していかなければ、なかなか今の状況を打ち破れないのではないかと考えています。

MEJのインバウンド委員会では、Customer、Competitor、Companyの3Cの観点で議論を重ねました。そこで挙がった課題は、海外向けの発信や宣伝の不足や、医療を受ける目的であえて日本を選ぶインセンティブがないことです。他のアジアの国から日本に潜在顧客を引きつけるには、医療における日本のユニーク性を見せる必要があろうかと思います。

また、訪日の手続きの煩雑さ、多言語による医療機関対応の遅れ、初期に日本に呼び込む仕組みがないことを、潜在顧客はデメリットとして感じると想定しています。そういった診療・治療サービスを提供するためには、臨床的な知識を持って患者さんをトリアージできるようなヘルスコンシェルジュが必要です。

医療機関における外国人患者受け入れの実態

医療機関側としても、受け入れ医療機関のインセンティブ不足をはじめ、ハイエンド顧客を獲得するためのノウハウがないがゆえにインバウンド参入のコストが大きいといった課題があります。また、渡航受診者の来日前の問い合わせから受け入れの可否判断、受診、帰国、フォローアップに至るまでの一連の業務を、情報が定型化されていない状況で医療機関が行うことは非常に困難です。

昨年(2023年)、「新時代のインバウンド拡大アクションプラン」が閣議決定され、その中で、外国人に対する粒子線治療等の医療提供を推進されています。アジア地域では粒子線治療が急速に進展し、競争が激化しているものの、日本は質が高いと評価されています。

1人あたり約600万という、国内水準の3倍もの診療報酬は病院経営者にとっては魅力的ですが、現場の医療者には負担が大きく、インセンティブも欠如しているため、受け入れが進まない状況が多いようです。また、粒子線治療が保険適用になったことで、外国人だからという特別扱いは難しい状況にあります。

そして受け入れに関しても、粒子線施設間で統一された基準がないため、患者やコーディネーターとの契約を各施設で個別に協定書を作成し、対応がまちまちな状況であり、統一ができればよい。がん治療は総合的な治療判断が必要となるので、やはり臨床的な判断もできるヘルスコンシェルジュが喫緊に求められます。

医療による地域再生の可能性

これまでの医療と地域再生は、医療機関や健診センターへの短期滞在に周辺観光パッケージを追加したプランが多く、マスを対象とした低収益構造で、地元住民への便益も非常に限られていました。

そこで、MEJは、ハイエンドの方を対象にした、新たなウェルネスリゾートによる高付加価値・高収益型の構造を検討しています。これは医師監修による宿泊・医療施設一体型のメディカルスパで、実際にパイロット事業を実施して、PDCAを回しながらノウハウもお金も回すような活動をここ1年で行う予定です。

日本での滞在型ウェルネスリゾートとして、まずは検診がやりやすいと思います。単価を高く設定して、1週間程度の滞在で生活習慣を見直してもらい、食事はオーガニックな地産地消、そしてその地域の素晴らしい観光資源を堪能してもらいます。

高付加価値・高収益構造な地域再生の事例の1つに安比高原があります。バブル崩壊後にゴーストタウン化していたスキーリゾートを第二のニセコにしようというコンセプトで、再開発が始まりました。

ハイエンドのホテルを作り、ボーディングスクールを作り、次にやろうとしているのが医療です。人間社会には、食、法律、教育そして医療が最低必要です。このハイエンド層向け事業で地域を潤していく開発は素晴らしいモデルですし、私どももここの動きを注視しているところです。

量から質へ、医療ツーリズム政策の転換

アトキンソン氏が言うように、日本の医療ツーリズムは量から質への転換が必要です。

  1. 訪日旅行者単価を上げる考え方
  2. 観光魅力は「あるもの」ではなく「作るもの」
  3. 問題を解決できる人材の確保
  4. 多言語化
  5. 「皆で稼ごう」の心

医療ツーリズムにおいては外貨獲得が究極の目的ですし、そのためには提供者側が本当に知恵を絞って高付加価値サービスを提供していく必要があります。

MEJとしては、複数の認証制度情報のワンストップ窓口化、データに基づいたインバウンド戦略の策定、クリニックやウェルネス向け認証の導入、そして連携医療機関とのパイロット事業を実施していきたいと考えています。

その実現には国の支援も必要です。海外向けの宣伝や広告規制の緩和、訪日向けのインセンティブ作り、受け入れ医療機関の体制整備、医療ビザの簡略化や身元保証機関の一元化を国で進めていただけると、より効率的に取り組みが進むでしょう。

MEJは、経済産業省と東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)と共に、海外にMEJと同様のプラットフォームを構築し、アウトバウンドにもインバウンドにも活用できる「MExx構想」を進めているところです。私たちはこうしたプラットフォームを使いながら、日本の医療の国際展開、そして医療ツーリズムを再検討していきたいと考えています。

コメント

橋本:
医療ツーリズム政策の抜本的な見直しが必要という考えにはわれわれも同意でして、海外向けの発信・宣伝不足も含めて、反省すべき点があると思っています。2011年に日本で医療滞在ビザの運用が始まって以来、着実に申請数は伸びているものの、諸外国の医療インバウンドの規模には及ばない状況です。

2023年の外貨獲得の手段を見ると、1位の自動車の輸出、2位の半導体の電子部品の輸出に続き、インバウンド観光は5兆数千億で、3位に位置しています。その中で一部でも医療インバウンドでさらに消費が進むと、日本全体の外貨獲得の手段としても極めて有効な政策になると思っています。

今、日本の医療機関の半数以上が赤字経営という状況を鑑みても、医療インバウンドが医療機関の経営環境改善に役立てられる意義について検証の必要性を感じています。医療インバウンド大国のタイでは、中東の富裕層を呼び込むために病院内に礼拝室を設けるなどの施設整備も行っていますので、競争力のある受け入れ体制の構築も必要だと考えています。

渋谷:
インバウンド、アウトバウンドは2つあって初めて国際展開が完成するので、そういった共通認識の下、これからもご一緒できればと考えています。

質疑応答

Q:

通常の観光ビザでも診療を受けられるのでしょうか。また、医療ビザは観光ビザとは形が違い、数の制限があるのでしょうか。

橋本:

観光ビザでも滞在中に受けていただくことは可能です。医療ビザは観光ビザとは異なる形式ですが、手続きを踏めば取得でき、数に制限はありません。

Q:

医療ツーリズムに従事する医師は英語の得意な医師、あるいは外国人医師がいいのでしょうか。また、人材はどのように確保すべきでしょうか。

渋谷:

言語面では、機械翻訳や電話通訳でも母国語と遜色ない対応ができるので、テクノロジーと医師としての資質があればまったく問題ありません。言葉よりも、マインドセットも含めた、外国人を受け入れる体制を築くことが重要です。

自由診療である外国人診療が国内医療にも波及することで、外国人患者の方に喜んでもらうとともに、国内の地域や医療機関も潤う仕組みを作ることで、日本人にとっても選択肢が広がる可能性があるわけです。まずは民間の病院等で成功例を出して、そのサクセスファクターのノウハウを蓄積して広げていく方が、私は効率的だと思っています。

Q:

先進事例を作る上で誰がキードライバーとなるのでしょうか。また、参考にすべき事例はありますか。

渋谷:

提供者サイドが独り善がりの戦略ではなく、ユーザー目線で知恵を絞って考え抜いて、データ駆動型で医療ツーリズムをビジネスとしてやっていく医療機関やエージェントがいれば、できると思います。

海外のハイエンド層のニーズに応えるには別のレイヤーでの発想も必要なので、そういう経験値があるエージェントがもう少し出てくるといいと思います。われわれも集めた情報を皆さんにシェアしながら、政府や民間の方々と一緒に成功例を作っていきたいと考えています。

Q:

医療の制度面における改善は必要でしょうか。政府の規制で見直すべき点は、やはり広告でしょうか。

渋谷:

そうですね。規制緩和は必要ですが、それ以上に、医療サービスを1つの産業としてとらえ、外国人誘致や外貨を稼ぐ手段として加速させて、医療機関や地域も潤うような仕組みを作ることが必要と考えています。

Q:

海外に向けて、どのような日本のノウハウの移転やアピールができるでしょうか。

渋谷:

普通のビジネスと一緒で、ユーザー目線で世界のニーズを見極める必要があります。われわれも今、日本の医療の強みについて議論しているところなので、いろいろとアイデアをいただけるとありがたいと思っています。

Q:

最後に、お二人から視聴者の皆さまへメッセージをお願いします。

橋本:

経済産業省としても、一緒に足並みをそろえてやっていきたいと思いますし、また、参加されている方々にもご協力いただければと思います。

渋谷:

世界から見たら、日本のキラーコンテンツは間違いなくヘルスケアだと思います。人が生きていく上で必要な、法律、食事、教育、医療の4点があれば地域も成り立つはずなので、地域再生の観点からも医療を基盤とした高付加価値サービスの提供、また、それによる地域への経済波及効果を改めて考えていただく機会になればよいと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。