日本の会社のための人事の経済学―そのポイントと政策への含意

開催日 2023年12月11日
スピーカー 鶴 光太郎(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 慶應義塾大学大学院商学研究科教授)
モデレータ 島津 裕紀(経済産業省経済産業政策局産業人材課長)
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開催案内/講演概要

本講演では、2023年4月に『日本の会社のための人事の経済学』(日本経済新聞出版)を上梓した鶴光太郎RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー(慶應義塾大学大学院商学研究科教授)から、同書のポイントを解説いただいた。ジョブ型雇用について、その基本的理解、必要性と人的資本経営との関連等について説明いただき、ジョブ型雇用と並んで注目されるウェルビーイング経営やパーパス経営、「新たな資本主義」にも触れていただいた。さらに、労働移動に対する考え方、政府の「三位一体の労働市場改革」への評価など、政策的含意を提示していただいた。

議事録

日本の会社のための人事の経済学

本日は、2023年4月に出版した私の著書『日本の会社のための人事の経済学』に基づいてお話しさせていただきます。ジョブ型雇用における課題についてはすでに議論されていますが、企業の人事担当者がその基本を理解し、どういう方向を目指すべきかという指針に関する議論がされていないという問題意識から、この本を書かせていただきました。

1章から4章までが理論・教科書編ということで、1章で、ジョブ型雇用およびその誤解、2章で、日本の雇用システムと欧米システムとの違い、3章で、「ジョブ型=成果主義」の誤解、4章で、日本企業に根強く残る対面主義とその背景にある情報システムについて示しています。

続いて、実践・戦略編として、5章でメンバーシップ型雇用からジョブ型への移行、6章でシニア世代を想定した早期のジョブ型雇用の導入、7章でリモートワークにおける知見、そして8章で企業と従業員がウィンウィンとなれる関係の構築についてまとめています。

この本で伝えたいポイントは次の5つです。第一に、労働時間、勤務地、職務の限定を切り崩し、「広義ジョブ型」の拡大。第二に、テクノロジーを活用した新たな働き方の確立、第三に、イノベーティブで成長できる「ジリツ」人材の採用・育成・評価。第四に、組織内人材の多様化とパーパス経営の推進。そして最後に、従業員のウェルビーイングの向上です。

メンバーシップ型の特徴とジョブ型の「真実」

日本型雇用システムは、長期雇用、年功型賃金、遅い昇進に加えて、新卒で一括採用され、職務、勤務地、労働時間に限定されず、さまざまな部門で経験を積んでいく、メンバーシップ型雇用が主流となっています。

これは企業への帰属意識が高く、チームワークに優れ、同質的な人間の集合体のため、思考や行動のベクトルをそろえやすく、円滑なコミュニケーションをとることが可能です。そのため、80年代にはこの雇用形態が日本の製造業の競争力に非常に大きな影響を与えました。

ジョブ型と言ったときに、職務、勤務地、労働時間の3つ全てが限定されているものを狭義ジョブ型・欧米型とし、いずれかが限定されているものを広義ジョブ型と定義しています。ジョブ型の原点は徹底した分業で、職務範囲が狭く、賃金は完全職務給、査定も訓練もないため、成果主義という考えも出てきません。

ジョブ型の誤解として、日本的雇用でないものを全てジョブ型とするとらえ方や解雇自由という誤り、また、職務記述書の作成とジョブ型を同意語とする人が多くいますが、日本と欧米の本質的な差は、公募制による採用と異動にあります。

将来のことを事象特定化して雇用契約に入れ込むのは難しいのですが、欧米のジョブ型は、事前に雇用契約にできるだけ内容を書き込むのに対して、日本のメンバーシップ型は、事象に応じて将来時点で対処するという考えです。そうすると、日本の場合は簡単に職務記述書が書き換えられてしまう、「なんちゃってジョブ化」が横行する可能性があります。

キャリアの自律性を担保した人的資本経営

安定的だった80年代までは、前例踏襲型の横並びの企業戦略や継続的・斬新的な品質改良によって高成長を遂げたものの、想定外の事象が日常化している新環境では、独創的な企業戦略をはじめ、これまでの常識を打ち破るようなディスラプションを生み出す人材が出てこなければいけないわけです。

また、女性や高齢者の労働参加によって非正規雇用者の数が増加したことで、非常に多様な働き方が大事になり、人的資産や無形資産といった、従業員サイドに視線を向ける重要性が高まっています。さらに、テクノロジーの進展に伴い、時間や場所を同一にしないような働き方や仕事の共有化が可能になりました。

そこで求められるのが、自ら立ち、律することができる「ジリツ(自立・自律)」人材です。キャリアの自律性が担保された職務限定型のジョブ型人材を育成していくことが必要です。人への投資やスキルを向上させるには時間がかかるので、職務を限定した枠組みの中で考えなければ、従業員のインセンティブも失われやすくなります。

機械と同様に人を資本と考えた場合、その可動を向上させるのがウェルビーイングです。日本の能力・スキル開発は企業特殊的で、キャリアの自律性が担保されていない、あるいは能力・スキルを持っていても、人事異動を繰り返す中でそれが活用されず、昇給につながっていないのが現状です。

従来型の企業訓練と能力開発でリスキリングを一律に行うのは難しいので、企業が主導的に行うならば、従業員が各自で必要なリスキリングメニューを選択できる「カフェテリア方式」が有効です。若い人たちは成長の機会を重視しています。キャリアの自律性を根幹に置いた人的資本経営を行うには、職務限定型のジョブ型でないと難しいと思います。

公募制の導入と手挙げ文化の浸透

800社近い上場企業のデータを含む「日経スマートワーク経営調査」によると、5割から6割の企業が職務限定や地域限定正社員制度を導入しており、職務限定の中でも、特定業務のプロとしての正社員制度を導入する企業が3割から4割近くあります。

ジョブ型雇用によるROS(売上高利益率)への影響を見ても、特定業務プロのジョブ型や労働時間を限定した正社員の導入で効果が見られたとともに、広義ジョブ型雇用の質的評価の取り組みが利益率に影響を与えていることが分かりました。

ジョブ型雇用の導入は、定年を迎えるもっと早い段階でジョブ型へ転換していくことで円滑にシニア雇用も拡大し、女性の就労の促進にもつながります。まずは公募のポストを部分的に導入し、社内公募や社内FA制度といった手挙げの文化を浸透させていくことが重要です。同じ企業内で二足のわらじを履き、横断的に別業務に関わることができる社内副業は、その第一歩だと思います。

ウェルビーイングの向上とパーパス経営の推進

日本の超優良企業では、従業員のウェルビーイングを高めることで企業業績を上げる取り組みが進んでいます。慶應義塾大学の山本勲教授が行った研究でも、ワークエンゲージメントとROSに統計的に有意な関係が見られ、別の研究でも、時間の経過とともにワークエンゲージメントの高い企業の利益率がさらに高まっている様子が確認されています。

従業員のウェルビーイングを高めるには、在宅勤務、多様で柔軟な働き方、ワークライフバランス、働きがい・モチベーションの向上、テクノロジーの導入といった施策が有効であることに加えて、自己変革的な職場の雰囲気も寄与することが実証分析結果として出てきています。

今の若い人たちは成長や社会貢献を重視する人が多いと感じています。これまでの経営者は「阿吽の呼吸」や「俺の背中を見ろ」という仕事の進め方でしたが、これからは企業の社会的貢献や目指す姿を言葉で伝え、共感を得ていく必要があります。そして、その下にマイパーパスがあり、その連環を常に考えていくことが重要です。

ウェルビーイングの向上、社会の貢献を明示するパーパス経営、そして企業の利潤・価値最大化、この3つが両立する姿こそ新しい資本主義です。「情けは人の為ならず」。最終的には企業に返ってくるので、企業はより長期的な視点で考えてほしいと思います。

三位一体の労働市場改革の実現にはジョブ型への移行が不可欠

三位一体の労働市場改革でも構造的な賃上げに向けた仕組みの形成を掲げていますが、ジョブ型の導入に向けた取り組みの強調の度合いはまだ弱いと感じています。職務級の導入はやはり難しいですし、「内部労働市場」「外部労働市場」といった、二元論的な認識は不十分だと思っています。バイパスを作れば内部と外部の労働移動がシームレスにつながるという話ではなく、日本に今ある外部労働市場は非正規雇用だけなので、内部労働市場を徹底的に改革しない限り、問題は解決しないと認識しています。

また、海外との賃金格差が大きい中での構造的な賃上げについても、貿易論における賃金の収斂あるいは為替レートの適否など、条件が異なる中での十分な比較を行うのは難しいでしょう。さらに、転職による賃金上昇に関しても、今の年功型賃金があることで、職務給にした場合、中高年層が転職前に賃金が下がってしまう可能性もあるので注意が必要です。

三位一体の労働市場改革を実現させるには、ジョブ型(職務限定型)への移行が不可欠で、そのためのリスキリングは、手挙げやカフェテリア方式が前提となります。労働市場改革でも賃上げに向けた取り組みを後押ししていますが、リスキリングで賃金が高まる土壌を作り、職務給で労働移動を促進し、スキルを身につけた人材が成長分野へ移動することで賃上げにつなげるというこの連関は、3つそれぞれにさまざまなハードルがあります。

質疑応答

Q:

ジョブ型と管理職・経営者の選抜を両立するための具体的な方策があれば教えてください。また、優秀な人材ほど人気部署や成長部署に異動を希望する中、人材配置はどのように調整すればよいのでしょうか。

A:

管理職につくことを希望しない人も増えている中で、経営層を目指すような人たちと、それぞれの仕事のプロを目指す人たちに分かれていき、自身のやりたい仕事を選択して進めていくことがジョブ型の在るべき姿だと思います。

手挙げ制については、誰もが行きたがらない部署はあるので、要望を聞きつつ、従来の人事主導型で進めていかざるを得ないですし、先進的な取り組みをしている企業でも折衷的な動き方で実施しています。

Q:

新しい人事制度が広がる中で、組合の役割はどう変わるのでしょうか。

A:

この四半世紀、労働組合は労働者の雇用を守るために動いてきました。ベアを上げることは企業にとって将来へ向けた多大な投資をすることになるので、これだけ不確実性が高い状況では難しいわけです。

政府が賃上げを唱え、先進的な企業が従業員のウェルビーイング向上に取り組み始めている状況の中、労働組合は労働者の利益を勝ち取り、雇用を守るだけでは駄目で、その役割や存在意義が問われるところまで来ていると思います。

Q:

人材を迅速かつ適時に流動させることは可能なのでしょうか。

A:

自由に人事異動が行える日本のメンバーシップ型は、うまく技術革新に対応できてきたという考え方がある反面、今のイノベーションの速さや進路に対して、内部人材だけで賄うというのは難しくなってきているので、フレキシブルかつ専門人材を外部から採用する動きが進んでいるということだと思います。

Q:

ジョブ型雇用の導入において、非正規雇用労働者をジョブ型正社員にキャリアアップさせていく方法はいかがでしょうか。

A:

ジョブ型雇用の推進は今いる非正規雇用者を正社員化していく流れでもあるので、非正規が増え過ぎてしまった今の日本の状況を変えていく上で、非常に重要な方策であるととらえています。

Q:

雇う側はメンバーシップ型を維持したいという意向が強い中で、どのようにジョブ型を増やしていけるのでしょうか。また、新卒一括採用はどのように変えられるのでしょうか。

A:

企業がメンバーシップ型を維持したいのは当然ですが、一方で、キャリアの自律性がなければ優秀な人材が集まらないという時代になっているので、面倒がらずに動かねばならないでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。