エネルギー安全保障とカーボンニュートラル、ICEFからのメッセージ

開催日 2023年10月11日
スピーカー 田中 伸男(ICEF運営委員会議長 / タナカグローバル(株)代表 / 元国際エネルギー機関(IEA)事務局長)
コメンテータ 安藤 晴彦(RIETIコンサルティングフェロー / 電気通信大学客員教授)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

世界的に進む気候変動問題の解決に向けて、日本主導でスタートした「世界エネルギー・環境イノベーションフォーラム: Innovation for Cool Earth Forum (ICEF)」は、今年2023年で10周年を迎える。ICEFはこれまで、自然エネルギーや水素、炭素リサイクル、原子力などの技術イノベーションを唱導してきたが、もはや技術イノベーションだけでは気候変動問題の解決は困難であり、政府の支援策や規制のイノベーション、さらにはわれわれのライフスタイルのイノベーションが求められる段階になった。10/4-5に日本で開催されたICEF年次総会の議論を経て、カーボンニュートラルとエネルギー安全保障の両立に向けた動きについて、ICEF運営委員会議長であり、元国際エネルギー機関(IEA)事務局長の田中伸男氏にお話を伺った。

議事録

エネルギー市場の大変化

Innovation for Cool Earth Forum (ICEF)は2014年に設立され、今年2023年で10周年を迎えます。2015年のCOPでイノベーションの重要性がパリ合意に明記され、その後も人為的な温室効果ガス排出量削減が唱えられたのは、ICEFの主張によるものと言われています。

今年は石油ショックが起こって50年になります。International Energy Agency (IEA)のファティ・ビロル事務局長は、今あるウクライナに端を発するショックは、最初にして本当のグローバルエナジークライシス、つまりエネルギー全体にわたるショックであると指摘しています。

今後10年における一番大きなエネルギーの変化として、クリーンエネルギー投資量は化石燃料比1対1.7と、再生可能エネルギーがメインストリームになり、さらなる電気自動車の進展、ロシアの石油・ガス最大輸出国の地位の喪失、そして原子力が復活すると見ています。

世界三大石油生産国のジオポリティクスの流れを見ると、ロシアとサウジアラビアが中心となって2016年頃にOPECプラスが形成され、石油の供給を抑えながら価格を上げるという流れの中で、シェールオイルが増えることで、逆に米国が得をしていることがよく分かります。

シェール革命とアジアにおける需要の伸長によってガスは化石燃料の中で勝者でしたが、2022年のIEAのアウトルックで、天然ガスの黄金時代は終わろうとしているという見解が発表されました。ただ、途上国ではきれいなエネルギー源としてのガスの需要がまだあるので、パイプラインでのガスは減るものの、LNGは増えるでしょう。IEAのシナリオでは、LNGの黄金時代はしばらく続くものの、その先は政府の政策次第であり、化石燃料トータルの需要ピークはこの10年で来るだろうと見ています。

揺れる世界のエネルギー勢力図

IEAは2021年に“Net Zero by 2050”を発表し、2050年までにネットゼロを達成できるならば、新しい石油・ガス開発は不要であるとの考えで、世界中の産油国やオイルメジャーを驚愕させました。私は、ロシアによるウクライナ侵攻も、石油ガスのピーク到来を予期して、戦費を賄うために踏み切ったのではないかという仮説を立てています。

エネルギー危機というのは産油国が一部の国に集中していたために起こりました。クリーンエネルギーの時代においても、サプライチェーンが一部の国に寡占されている状況はエナジーセキュリティ上問題であると考えられます。

石油もガスも輸入していた米国は、今後は、どちらも輸出する国になろうとしています。中国、インド、欧州、そして特に日本や韓国は、化石燃料という意味では脆弱で、風力、太陽光、または原子力を大量に使うことで化石燃料依存を減らすことがエネルギー安全保障上、重要です。

今回のエネルギー環境危機における、私が考えた各国の勝敗予想ですが、ロシアは人材も資本も技術も入らず、戦費が増えているので負け組でしょう。欧州はREPowerEU (2030年までにロシアの化石燃料への依存を終了するという、EUによる提案)で脱ロシア、脱炭素を同時に行い、炭素国境調整 (CBAM)で世界標準を狙っているので勝者です。米国はインフレ対策法、インフラ建設をしているので勝者と言えます。

中国はクリーンサプライチェーンを押さえて、再生エネルギーのスーパーパワー化を行っています。インドもそれに近く、サウジアラビアはCCS(二酸化炭素を分離・回収し、地中などに貯留する技術)を使った水素、グリーン水素(再生可能エネルギーによって作られた水素)、またはアンモニアで資源の座礁資産化を防げれば勝者になります。日本、韓国は原子力とクリーン水素が必要というのが私の見立てであります。

当面は石油もガスも使われるでしょうが、石油・ガス企業が将来的に勝者であり続けるためには、地球環境に対する対応を本気でやるかどうか、“Moment of Truth”が来ると、ビロル事務局長は指摘しています。

もう1つの勝者がメガテック企業で、政府に先立って、2030年までにRE100(企業が自社で消費するエネルギーを100%再生可能エネルギーにしようという国際的運動)になると宣言しています。今後、エネルギートランスフォーメーションというのは需要サイドが引っ張ることによって、サプライサイドが変わってくる。デマンドサイドドリブンな変化が、このトランスフォーメーションの大きな特徴だろうと私は考えています。

次世代エネルギーとして注目される水素

水素やCCSへの投資が増えている中、グリーン水素の生産はコストの高さが課題です。世界中で炭素集約度の高い産業は海外に立地する動きが起こり始めているので、日本がどのような産業政策で競争に勝っていくかという議論をしていかなければいけません。

これからはグリーン、ブルーの水素(化石燃料とCCSによって作られた水素)をアンモニア、MCH(メチルシクロヘキサン。水素キャリアとして有効)、液化水素の輸入によってサプライチェーンをうまく作ることができれば、水素の黄金時代が来ると私は考えます。日本の政府もそれを目指して助成をしていく必要があります。

ネットゼロの世界では、クリティカルミネラル(脱炭素において重要なミネラル)と水素の戦略的な備蓄政策が新しいエネルギー安全保障を考える上で必要になってきます。欧州はグリッドをつなぐとともに、水素のパイプラインも加えた二重のネットワークで安全保障と地球環境の両方に役立てようとしていまして、カーボンプライシングの導入とともに、日本もそういう議論をすべきではないかと思います。

原子力政策の可能性と課題

原子力は安定供給に貢献できるだけでなく、稼働中の原子力発電所はコスト競争力もあるので、再稼働させて期間を延長するとした日本の決断は正しいと思います。しかし、今の原子力の在り方ではこれまでの主要なエネルギー源にはとてもならないので、ICEFのステアリングコミッティメンバーであるバーツラフ・スミル氏は、原子力は残念ながら“Successful Failure”だと言っています。

非常に大きな期待が寄せられ、お金も人材も大量に継ぎ込んだ割には、エネルギー源としては成功していないというのが彼の主張です。その1つに、軽水炉のコストオーバーランがあります。なぜコストが上がるかというと、タイプの異なる原子炉を建設しているからです。

「米国は原子力のタイプが100タイプほどあるけれど、チーズは1つ。フランスは365種類のチーズがあるけれど、原子力のタイプは2つしかない」というジョークを言った人がいましたが、標準化が原子力の安全とコストを下げる最大の秘訣で、そのためにやるのがスモール・モジュール・リアクター (SMR)です。

サステナブルな原子力には4つの条件があります。小型でパッシブセーフティにすること、ゴミを処理できること、核拡散のリスクを減らすこと、そしてそれらによって社会政治的に受容されるような原子力にすることがICEFでも議論されました。

私が今座長をやっているキヤノングローバル戦略研究所の「次世代原子力をめぐる研究会」のメンバーは、私以外、全員女性です。現状を打破するには女性の力が有益で、大変活発な議論をしていただいています。

私は、将来の条件を満たす原子力発電は、使用済み燃料と廃棄物処理もでき、安全性が高く、核兵器にもならない金属燃料高速炉と乾式再処理が有効で、併せて、化学産業や鉄鋼、データセンターなどの電力以外の分野で小型原子力を使うことが今後の原子力の生き残る道なのではないかと思います。

また、最近、日米韓首脳共同声明が発表されましたが、私は、三カ国による統合型高速炉の共同開発、北朝鮮の非核化のための協力、日韓の核兵器禁止条約の批准、さらには北東アジア版のAUKUS(米・英・豪三カ国の軍事同盟)を結び、原子力推進の潜水艦を保有してはどうか、これをキャンプデービッドの日米韓首脳会談のフォローアップとして取り上げるべきだといった提案もしています。ITERをはじめとする商業核融合が立ち上がりつつありまして、核融合がうまくいくと世界のエネルギー革命が起こる気がします。

女性・若者がリードする社会

“Climate Change is Not Gender Neutral”、女性に優しい国や企業は地球環境にも優しいという正の相関があります。ICEFにも多くの女性や若い方たちに参加いただいていますし、キヤノングローバル戦略研究所の「次世代原子力をめぐる研究会」のメンバーは、私以外、皆さん女性です。

地球環境の影響を本当に受けるのは若い人たちですので、彼らが何をすべきかを考えることが重要です。ユヴァル・ノア・ハラリ氏が、今の世界が抱える地球環境と核戦争とAIによるテクノディストラクションに応えるには、ポリティカルリーダーにグローバルアイデンティティが必要だと指摘しているように、われわれもグローバルアイデンティティを持った若い世代の政治家を育てていくことが重要であると感じています。

コメント

安藤:
田中さんとは、RIETI創設の他、原子力や水素などでご一緒してきました。今日はビッグ・ピクチャをお示しいただきましたが、その社会実装が極めて重要です。

しかし、既存の推進政策体系では、政府目標も補助金も政策融資も税制もおのおの限界があり、頼りの技術コンソーシアムも、日本の超LSI研究組合、米SEMATECH、欧IMECなど少数の例外を除き、思うようには進みません。

ビッグ・ピクチャ実現に向けた新発想の重要ツールが2つあります。「ポジティブ規制」と「購買圧力」です。

前者は、積極的な規制・制度がイノベーションや社会実装を進めます。「法と経済」の大御所である矢野 誠 先生とも議論しました。例えば、米マスキー法がCVCCエンジンを生み、米PURPA法がコジェネを育て、ドイツの小都市で始まったFITが太陽光発電を商品にしました。カリフォルニア州ZEV規制が燃料電池車のイノベーションを後押し、EVで中国が世界トップになったのもNEV/CAFEダブルクレジット制度やナンバー規制優遇が効いています。補助金や税では無理で、テスラやBYDには21年にクレジットで最大400-500億円のお金がライバル企業からそれぞれに移転されたとの推定記事もあります。中国の賢い政策・制度と起業家の大胆な挑戦が、EV世界一の原動力です。ハイブリッド車も米国のリバーシブル・レーン優遇が推進力でした。東京都のトラック排ガス規制や太陽光発電設置義務化も同様です。既得権やしがらみを超えた「ポジティブ規制」によるイノベーション推進や社会実装は強力です。

後者は、「RE100」が大変重要です。再エネ100%を目指す動きですが、既に目標達成したグローバル・トップ企業のアップルやマイクロソフトなどは、サプライチェーン企業群にも目標達成を要求しています。日本企業の取引への影響額は725億ドル(約11兆円)との記事もあり、仕事を失いかねません。上得意の買い手から言われると動かざるを得ないのです。半導体世界最強のTSMCでさえ、直近、達成時期を10年繰り上げました。ライバル企業が動いたら立ち遅れは存亡の危機直結です。かつて、MFCAによるエコもの造りを政府から要請しても企業は重い腰でしたが、ライバル企業が動いた途端に取り組みを始めました。購買側のプレッシャーは、社会実装に向けて物事を連鎖的に動かしていくと思います。買い手の要請は恐ろしいことで、時価総額トップ級世界最強企業たちから言われると動かざるを得ませんし、ライバルが動くと加速します。

日本では、ポジティブ規制は利害錯綜で難しいですが、例えば、東京都のディーゼル規制や、太陽光発電普及に貢献したドイツ・アーヘン市など、しがらみのない自治体だからこそ進められることもあります。また、「RE100」の動向には日本企業も注意が必要でしょう。サプライチェーンから締め出されてしまうリスクが隠れているので、しっかりと対応していく必要があると思います。

質疑応答

Q:
日本の勝利の方程式は、合成燃料を安価に製造することだと思います。海岸に近い砂漠に太陽光発電を設置し、電気分解で水素を発生させた後、アンモニア等に変換して日本に輸出すべきではないでしょうか。

田中:
e-fuelは1つの答えだろうと思いますが、コストが高いのと二酸化炭素がどこから来るのかということで、クリーンと言えるかという問題があります。勝利の方程式はその通りで、現にUAEで日本もやろうとしていますし、非常に期待されています。

Q:
バーチャルパワープラントなど、IT技術で制御することで1つの大きな発電所として機能させる構想について、いかがお考えでしょうか。

田中:
太陽光や風力が増えた場合にそれらを有効に使い、需要サイドをコントロールしたり、制御するためにもAIが必要なので、バーチャルパワープラントは当然考えられていく将来だろうと思います。

小型原子炉もその中に入ると考えていまして、余った電気を水素にしてためる、あるいはバッテリーに入れるなど、バックアップとして使うことが考えられます。ローカルな需要に合った原子力であれば地元も受け入れやすくなるはずなので、全体のシステムの中に原子力も組み込まれていくことが必要だと思います。

Q:
ロシアの巨大な水上原子力発電所「アカデミック・ロモノソフ」のような、海上発電所の可能性はあるのでしょうか。

田中:
安全という意味では、軽水炉は海の上に置くというのは大変重要なコンセプトで、もう1つの手としては、砕氷船があります。これからは原子力能力を持つことが国の安全保障に資するという観点から、原子力潜水艦を作るというのは大変重要なことだと思います。

今、日本が作っている潜水艦は非常に優秀ですが、衝撃が起きると火を吹くリチウムイオンが使われているので、戦争が起こったときには使えない潜水艦です。今こそ、日、韓、米でそういう議論をしていくチャンスですし、今やらないと二度とできないというのが、私が原子力潜水艦の問題を取り上げている理由です。

Q:
将来は、高温ガス炉などの小型原子炉による水素製造で世界を支えることができるのではないでしょうか。

田中:
高温ガス炉は安全性は高いのですがその使用済み燃料は再処理をする前提になっていない(直接処分が前提)のです。燃料を捨てる場所が簡単に見つかる国においては意味があると思いますが、日本では実装が難しいのではないかと考えています。また、マイクロ炉もあるので、米国でSMRが本格的に利用されてくると、日本でもそれを使っていく会社が出てくるのではないかと期待しています。

Q:
最後に、ご視聴の皆さまに向けてコメントをいただけますか。

安藤:
いかに新しい産業を作っていくか、そしてその中心に日本を位置付けるかが重要で、そこは社会実装をする上で政策の腕の見せ所ではないかと思います。ポジティブ規制推進のコンセンサスを得ていくことが難しいからこそ、自治体の取り組みによって、小さく産んで大きく育てていくことが大事です。RE100は追加要件が加わり、規制がより厳しくなったので、その点もご留意いただければと思います。

田中:
途上国でファイナンスをつけるための方法として、日本はJoint Crediting Mechanism (JCM)を提案しています。カーボンクレジットとオフセットをきちんと定義した上で国際的なカーボンクレジットのマーケットを作るとともに、資金を出す先進国と脱炭素に取り組む途上国がJCMを使ってWin-Winの関係になることが、途上国へのファイナンスの答えの1つになると私は考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。