ASEANのデジタル・ディバイドとビジネスチャンス – ASEAN地域の実態調査より

開催日 2023年9月28日
スピーカー 及川 景太(東アジア・アセアン経済研究センター エコノミスト)
スピーカー 岩崎 総則(東アジア・アセアン経済研究センター 政策研究官)
コメンテータ 福地 真美(経済産業省通商政策局アジア大洋州課 課長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
開催案内/講演概要

世界の1,200以上のユニコーンを地域別に見ると、ASEANは28社(2023年4月現在)と日本の6社を大きく上回っており、約7億の人口を擁するASEANはいまやイノベーションと世界経済成長のセンターとなっている。一方で、その発展度は地域間で大きな格差があり、包括的な経済成長の達成、特にデジタル格差の解消はASEANにとって重要な課題となっている。本講演では、アジアのトップシンクタンクの1つであるERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)が行ったASEANの中小企業のデジタル格差の実態調査を基に、今後のASEANの課題と日本企業のビジネスチャンスについて解説いただいた。

議事録

ASEANにおけるデジタル活用の現状

及川:
ASEANは所得水準の高い国から低い国まで非常に多様な地域ですが、デジタルの活用が発展格差を解消する上でも重要であることから、ASEAN10カ国、プラス日、中、韓の13カ国を対象に、デジタル活用の状況と課題に関する調査を行いました。2022年7月からインタビューサーベイを行い、2023年3月〜5月にかけてアンケート調査を実施しました。

ASEAN10カ国を対象にしたウェブ調査からは6,000サンプル、インドネシア・マレーシア・ベトナムの3カ国を対象とした電話調査からは3,000サンプルを抽出し、従業員数が1〜4人のマイクロ、5〜19人のスモール、20〜199人のミディアム、200人以上のラージそれぞれに、「Intra-company management」「Procurement」「Logistics」「Sales & Marketing」「Overall company operation」「Advanced tools」の6項目でデジタル活用度合いを測っています。

その結果、コンピューターや携帯電話といったベーシックなデジタルデバイスであったり、サイバーセキュリティーのソフトウェアは企業規模に関わらず普及している一方で、Eメールやチャット等のアプリケーション、Office suit、ウェブミーティングシステムといったデジタルツールや高度なツールの利用はマイクロ、小規模企業では少なく、中規模・大規模企業とのギャップが大きくなっています。しかし、都市部と地方で、産業間、地域エリア、ロケーションで見ると、いずれもデジタル活用において大きな差がないことが分かりました。

さらに、コロナ禍中もしくは2020年以降にデジタルツールを使い始めた企業の割合を見ると、コロナ禍後に活動を始めた企業も含む、全ての企業においてデジタル化が進みました。特にウェブミーティングシステムやEコマースの伸びが大きく、また、コロナ禍中に大企業が高度デジタルツールを導入したことで、中小企業とのデジタル格差は拡大しています。

デジタル化を進める上での課題

デジタル技術を活用する上での課題ですが、情報収集の段階では、企業課題を解決するためにどのようにデジタルツールを使えばよいのか判断できない、ツールの言語がローカル対応されていない、知識・スキルを持った人材の不足といった、ビジネスナレッジ、言語バリア、IT知識の不足を課題として感じていることが分かりました。

さらに導入時には、ITマネジメントスキルや資金の不足といった、デジタル化が進んでいる企業の課題が特にウェブ調査から表れていますし、運用時には、導入済みデジタルツールとの互換性、導入後のサポートがない、インターネット回線の不安定さが課題として挙がっています。また、従業員をどのようにオンボードさせるかといった課題も感じているとのことです。

続いて、企業のデジタル化の目的ですが、やはり売り上げを伸ばすことが一番で、次いで事業継続性、コスト削減となっています。電話調査で四番目に回答の多かった、データを使ってタイムリーに経営判断するためという目的は、ウェブ調査では二番目に挙がっています。

デジタル化を進める上でのキーファクターとしては、値頃感のあるサブスクリプション型サービスの提供、そしてカスタマイゼーションのオプションが付随していることが選ぶ上での大事な点となっています。また、ウェブ調査からは、ローカルビジネスのプラクティスに合ったツールであったり、デジタル化を進める際の事業判断のアシストとしてのニーズが高いことが分かります。

求められる政府支援

企業が政府に期待するものは、まず企業の外部ファクターとして、ビジネス知識、ITマネジメントスキル、IT人材を補強するための支援や資金補助があり、内部ファクターとしては、使いやすいデジタルソリューションを見つけるための補助、サイバーセキュリティー、消費者のデジタル意識の向上が挙がっています。

グローバルバリューチェーン(GVC)に参加している多国籍企業(Multinational Firm: MNF)の取引を回帰分析で見てみると、多国籍企業の顧客あるいはサプライヤーがいる企業において、コロナ禍中にデジタル化が進んだことが見て取れます。

さらに2019年と2022年の売り上げを比較し、2019年並みを維持あるいは増加した場合をロバストパフォーマンスと定義して回帰分析を行ったところ、もともとデジタル化を進めていた企業や、コロナ禍中にデジタル化に着手した企業ほどよい事業パフォーマンスが出ており、デジタル化の重要性がここでも確認できます。

調査の結果、企業規模に応じてデジタル・ディバイドは実際に確認されていまして、マイクロ規模、小規模企業ではビジネスナレッジの不足が課題となっています。そこに対する政府やITベンダーによる支援がASEANでは求められていると言えます。

ASEANデジタル政策の変遷

岩崎:
ASEANにおけるデジタル化の取り組みは、2000年の「e-ASEAN枠組み協定」にもあるように、古くからあるわけですが、世界のデジタル化の流れに沿う形で、近年、その流れが加速しています。

それは「ASEAN電子商取引協定」や「ASEANデジタル統合枠組み」の文書の発出からも見て取れますし、「ASEAN情報通信大臣会合」の名称を「ASEANデジタル大臣会合」と変更するなど、デジタルという言葉自体がASEAN政策の中で大きく取り上げられるようになってきました。

COVID-19を経た2021年に、ASEANは3つのデジタル関連の文書を発出しています。その中の1つ、「ASEANデジタル・マスタープラン2025(ADM2025)」は、8つの望ましい帰結を示しています。

(1)COVID-19からASEANの回復を早めるため、ADM2025の行動が優先される。
(2)固定およびモバイル、ブロードバンド、インフラの質とカバー率の向上。
(3)信頼できるデジタルサービスの提供、消費者被害の防止。
(4)デジタルサービス供給のための持続可能な競争市場。
(5)電子政府サービスの質と利用の向上。
(6)ビジネスをつなぎ、国境を越えた貿易を促進するデジタルサービス。
(7)ビジネスと人々のデジタル経済への参加能力を高める。
(8)ASEANにおけるデジタル包摂社会の実現。

このプランに加えて、ASEAN電子商取引協定の実施に向けた作業計画が2021年に発出されたところです。そしてデジタル経済統合のための「バンダルスリブガワン・ロードマップ」では、ASEANのDXを支援するため、ASEANが優先的に取り組む既存のデジタルイニシアチブとして、ペーパーレス化、電子決済、オンライン知的財産プラットフォーム、相互運用可能な標準の特定、ASEANの特定ビジネス識別番号の創設等が述べられています。

また、2023年9月に、インドネシアで行われたASEAN首脳会議において、「ASEANデジタル経済枠組み協定(DEFA)」が決定されました。8月に経済大臣会合で発表された事前調査の中では、ASEANのデジタル経済は、デジタル技術の導入により2030年までには約3,000億米ドルから1兆米ドルに成長すると予測され、DEFAのルールがASEANデジタル経済に2兆米ドルをもたらすと考えられています。

この調査の中では、デジタル貿易、国境を越えた電子商取引、サイバーセキュリティー、デジタルID、デジタル決済、国境を越えたデータの流れなど、DEFAの中で取り決めていくべき9つの要素が特定され、「ASEAN経済共同体(AEC)ブループリント」に沿う形で、2025年までの交渉終結を目指しています。

ERIAデジタルイノベーション・サステナブルエコノミーセンター

ERIAは、ASEANにおける課題を促進していく、デジタルイノベーション・サステナブルエコノミーセンターを8月に立ち上げました。当センターは、企業、政府、公的機関が共通データを活用するデジタルエコシステムの発展、互換性ある共通データプラットフォームの構築、そして地域内の統一的サイバーセキュリティー対策にチャレンジしていきます。

デジタル主導の持続可能社会に転換するため、政策担当者、企業、アカデミアが集まるプラットフォームとして、皆様とも協力しながらこのセンターを育てていきたいと考えています。

コメント

福地:
今年2023年は日ASEAN友好協力50周年ということで、経済産業省の方でもさまざまな取り組みをしています。経済界の方々と一緒に作り上げた「日ASEAN経済共創ビジョン」では、「サステナブルな社会の実現」「オープンイノベーション促進」「コネクティビティの強化」「人的基盤の整備」の4つの柱を掲げていまして、デジタルが大変大きな役割を果たすと考えています。

ASEANはユニコーンの数も日本より格段に多く、急速にDXの進展が進んでいる一方で、格差が広がり、中小企業の方々がスキル不足を感じていることが調査でも明らかになりました。実際に効果的と考えられる取り組みに加えて、ASEAN側からの期待など、調査の中で思うところがあれば、ぜひ及川様から伺えればと思います。

続いて、ビジネスの方々とのコラボレーションプラットフォームとして、デジタルイノベーション・サステナブルエコノミーセンター創設のお話もご紹介いただきました。そこで、この新しいセンターで進められる具体的な産学官連携の取り組みがあれば、ぜひ岩崎様からご紹介いただけますでしょうか。

及川:
やはりローカライゼーションが大事でして、日本も含めて、進んだ技術を持った海外の企業が現地のローカル企業と連携することで、すでに世界にある知識をASEANに流すことができます。また、人的投資も重要で、そこは特に政府に求められている部分でもあると思います。

岩崎:
ERIAは、ビジネスの皆様方の課題意識をASEANおよび東アジアの政策当事者へ伝えていくお手伝いをすることが、われわれに求められていること、取り組むべき課題と考えています。ASEANにおける問題抽出と課題解決に向けて、産業界と政府間で交通整理ないしは対話促進のために貢献していきたいと考えています。

質疑応答

Q:
国民IDなどの公的インフラの整備が各国のデジタル・ディバイドに重要な影響を与えるかどうかについて、分析や検証はありますでしょうか。

及川:
それぞれの国でどうかというのは答えられないのですが、国民IDの導入ができている国とできていない国があります。今、企業の番号をASEANで統一しようという動きがあり、これはデジタルという点では非常に大事な取り組みです。今は島嶼国においてもどこでも携帯電話がつながるようになっているので、アクセシビリティのところはかなり解消してきていると言えます。

岩崎:
肌感覚の話にもなりますが、インドネシアでは10年ほど前は電子決済があまり受け入れられず、配車アプリでも予約はアプリで、支払いは現金決済だったのですが、今は地下鉄やバスなどの交通システムもキャッシュレスペイメントが主流になっていることを考えると、この10年間で非常に進んできていると指摘できます。

Q:
ASEANではリープフロッグが起こり、インドネシアでもGrab(グラブ)やGojek(ゴジェック)といった非常に進んだアプリがありますが、日本との違いをどう感じておられますか。

岩崎:
難しいですね。印象論になってしまいますが、例えば、最近はカンボジアなどでも経済発展が著しく、デジタル通貨の導入に関しても積極的に入っていく姿勢は日々生活している中でも感じています。

Q:
ASEANで貿易情報連携プラットフォームを運用するTradeWaltzのように、現地でも高く評価されている日本企業の先進的な取り組みがあればご紹介いただけますでしょうか。

及川:
ERIAも新たに開設したデジタルイノベーション・サステナブルエコノミーセンターで貿易デジタル化や企業間のデータ連携の在り方について議論を始めており、ASEANの現地の民間企業や、日系企業も含めて審議会や研究会を行い、ベネフィットをしっかり議論した上で発信していこうとしています。

Q:
日本のIT人材不足はASEAN人材で賄えるのでしょうか。それともASEANでもむしろ足りなくなっていくのでしょうか。

及川:
ASEANでもIT人材の賃金は非常に上がっていまして、日系企業さんから聞いたフィリピンでの例ですが、欧米系企業は日系企業の3倍近いオファーを提示していているという話もあります。なので、人材不足は日本に限らず、ASEANでも起きています。

Q:
最後に、皆様から一言ずつお願いいたします。

福地:
今年2023年は日ASEAN50周年ということで、年末にも「日ASEAN特別ビジネスサミット」「ヤング・ビジネスリーダーズ・サミット」「Z世代サミット」「日ASEAN経済共創フォーラム」を開催する予定です。設立15年となるERIAには、関係者の方々とのコラボレーションをより一層深めて、活躍を期待するとともに、われわれもサポートさせていただきたいと思っています。

岩崎:
これからこのセンターを通じて、GXを基板にして、持続可能、経済統合にまつわる貿易投資や産業政策、そして環境問題、エネルギー問題といった幅広い領域で研究や政策提言を進めていきます。皆様との連携によってわれわれも新技術やビジネスの取り組みを学ばせていただきながら、日本とASEANの協力を深めるお手伝いができればと考えています。

及川:
ASEAN地域は日系企業にとって非常にアセットのある地域ですので、デジタル化でより生産性を高めていくことが重要です。そのときに日本だけでなく、非常に課題も多いASEAN、東南アジア地域も含めた大きなリージョンとして、全体的にデジタル化を進めていくという観点で考えていただきたいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。