DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

アニメ制作現場の未来:画像生成AIを利用するにあたって

※このBBLセミナーは引用禁止です。

開催日 2023年9月6日
スピーカー 櫻井 大樹(株式会社サラマンダー ピクチャーズ 代表取締役)
コメンテータ 堀 達也(経済産業省 商務情報政策局 コンテンツ産業課 総括補佐)
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 情報・システム研究機構 特任助教 / 国立情報学研究所 客員研究員)
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開催案内/講演概要

動画配信サービス(VOD)の利用普及や多様化を背景にアニメ市場が拡大している一方、制作現場は人手不足が慢性化し、低賃金かつ長時間労働が常態化していると言われている。本セミナーでは、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』『エヴァンゲリオン』など、数々の話題作を手掛け、アニメ業界の第一線で活躍する株式会社サラマンダーピクチャーズの櫻井大樹氏に、アニメ制作現場の現状と課題、そして公正で持続可能なアニメ制作現場を実現するための方策について議論いただいた。

議事録

アニメ制作現場の課題

やや乱暴な議論ですが、30分もののテレビアニメ制作には、ざっくり200人のクリエイターが関わっています。これは監督やプロデューサー、プリプロダクション(制作の準備段階)とポストプロダクション(セル画、背景、CG素材などを合成し編集、ならびに、音楽、効果音、アフレコなどの工程)を除いた人数でも、これだけの大人数が関わっているので、1人あたりの賃金が少ないというのが大前提としてあります。

今、業界にはアニメーターと呼ばれる絵描きが3,000人ぐらいしかいません。なので、長時間労働と低給料という現状にアニメの現場は疲弊しています。世界的なアニメ需要を背景に日本アニメ業界は絶滅の寸前です。まさに風前のともしびでして、匠(たくみ)の技も衰退が進んでいるので、そこは何としても対処したいと言うのが僕の考えです。

アニメーターと全産業の給与平均を2015年と2019年で比較すると、20代から30代前半までのアニメーターの給与は日本の全産業の平均と比べても著しく低く、20代前半に限って言えば全産業平均の半額です。30代後半からは全産業の平均額を追い抜いていきます。しかし、この状況下で、「後15年我慢すれば他の産業よりも稼げるようになる」からと言っても、若い人が全然入ってこないという状況が生まれています。

このギャップを埋めるための努力を民間のアニメ会社が始めています。固定給与を払う、最初の数年間は会社が赤字をかぶるなどしています。それでも、5年、10年してクリエイターが辞めてしまう状況も多発しています。すると、その会社が投資して埋めていた赤字も丸々損してしまいます。こういうことが恒常的に発生しています。

考えられる新技術の活用例

現在、サラマンダーが、技術開発に取り組んでいる分野は、①背景美術、②動画、③4K解像度の3つの領域です。

まず「①背景美術」ですが、現在人間の手だと5人のチームで1カ月ぐらいかかるものを、技術開発によって1人の人間が1週間で作れるようにしたいと考えています。これにより生産性が20倍上がるので、給料を3倍払えるようにしたいと思っています。こうした技術開発は、投資をしても失敗するかもしれないので、誰もやりたがらないのですが。

次に「②動画」ですが、アニメは何千枚もの「原画」(キーフレーム)を、人の手で描く必要があります。それをさらに、動いて見えるように、原画と原画の間をつないで少しずつポーズを変えた、何十万枚もの「動画」(アニメーション)を合わせることで作られている、基本的には「パラパラ漫画」です。

例えばボールを投げるときの原画1「ボールがグラブにある」と原画11「ボールを投げた」の間の「パラパラ漫画」、これを「中割り」といいますが、この中割りを自動で作成する技術を研究しています。背景は1枚の絵を描ければ成功ですが、動画は原画1と原画11の間の動きを描いた10枚が全て自然な動きに見えるように描けないと成功にならない。だから、ハードルはぐっと上がります。動画の工程の中でも、単純な動きや、機械的になってきてしまう作業部分をAIに補填してもらうことで、本当に力の入れたいカットに力を入れていくことができる環境作りを行いたいと考えています。

そして、「③4K」です。アニメ4Kで制作するには、高解像度のレンダリング(データ処理によって画像や映像を生成すること)のために非常にスペックが高いマシンが必要ですし、時間もかかります。ですので、制作中は低解像度で動かしておいて、完成時に4Kに変換する技術が簡単に実用化できれば、費用を抑えつつ作業時間も短縮できます。今まで不可能と思われてきた4Kのアニメ制作ができるようになることで、見たことのないような絵作りを行い産業価値の向上につながるような技術も研究しています。

アニメ業界の技術開発の課題と展望

こうした技術開発は、なかなか進まないのが実態です。

まず、アニメスタジオの経営者や監督などの上層部と、現場を担うプレーヤー側では温度差があります。例えば、アニメ会社の社長や監督は新技術の開発や導入に比較的ポジティブですが、クリエイターは新しい技術の導入で、明日の仕事がなくなるかもしれない、また技術に依存することで自分の絵が下手になるのではないかという不安があります。

ですので、まずクリエイターが安心できる環境の整備が必要です。新技術の導入のためには、クリエイターにもメリットがあるビジネルモデルにするとともに、クリアで誠実なコミュニケーションが必要です。僕らの会社サラマンダーが作っている契約書は、クリエイターに丁寧に説明し、全ての懸念点は明記するという形で、お互いに納得が行くまで時間をかけて、やり取りしています。もし、政府のような公平性を保てる機関が情報提供や意見交換の場を継続的に作ってくれるならば、よりクリエイターたちのメリットや全体像の理解が深まると思っています。

技術開発で重要なのがセキュリティでして、ここをどう守るかが重要です。さらに専門家による継続的なサポートが不可欠で、クリエイターに寄り添って継続的に並走してくれる専門家たちが欠かせません。この人材が非常に大きなポイントであり、技術開発と導入のネックになっているところでもあります。

また、AIの導入によって、自分たちが培ってきたアニメ技術が低下していくのではないか、というクリエイターの精神的恐怖にどう向き合っていくのかも大事でしょう。例えばですが、僕が大学生だったときに、パソコンで論文を書いていたら、祖母が「そんなもので文章を書いていたら、字が下手になる!」と怒っていたことを思い出します。もちろん祖母の言う通りで、僕の字は下手ですし、年々さらに下手になっている気もします。しかし、字がきれいに書けることがどれほど文章書きにとってマストな能力なのか。そこには議論の余地があると、今なら誰でも思うのではないでしょうか。当たり前ですが、パソコンのキーが打てるからといって、素晴らしい小説家・脚本家になれるわけではありません。

同様に、AIが生成した絵を見て、それが良い絵なのかどうか。どの部分を修正すればさらに良い絵になるのか。そうしたことを判断するのは常に人間であり続けるだろうと思います。そのように、AIをうまく活用して、自分の手足のように自在に操れるクリエイターを育成していくことも、今後の大きな課題だと思っています。

コメント

堀:
コンテンツ産業課はコンテンツ産業の進展をミッションとして、漫画、アニメ、ゲームといった領域で持続可能な仕組みを構築し、グローバル展開、デジタル技術の活用、制作現場の改善を含めて、政策を進めている部署です。今回お話しいただいた内容は、われわれが検討している「新たな技術を活用した産業の進展」の重要な事例だと思います。ありがとうございました。こうした新しい技術開発の海外と日本の動きについて教えていただけますか。

櫻井:
最近の映画は、エンドロールがなかなか終わりませんよね。関わる人数が少なければ予算も低く済むし、損益分岐点も下がると思います。技術開発によって、1作品を作るのに大体7~800人の人数で3年ぐらいかかっていたものが、100人が1年程度で作れるような感じになっていくかなと思います。そうするとマネジメントとプレーヤーの垣根がなくなり、全員攻撃、全員守備という少人数のワンチームが出来上がってくるのではないでしょうか。海外と日本の受容性の違いは、日本の方がいまだに個人の職人的スキルに頼っていて、そこからの脱却が図れていないこと。猫の手でも借りたいほどクリエイターが足りていない、AIを使わないと明日の納品が間に合わないという状況に追い詰められているところだと考えます。

質疑応答

Q:

アニメ業界が技術革新により新しい価値を生んでいくためはどのようなことが必要なのでしょうか。

A:

どんな技術革新にも陰と陽の面がありますが、その繰り返しの中で人間というのは進化していると思っています。1人の人が担える範囲を増やすことで制作に要する人数を減らせる、1人あたりの生産本数や作品数を増やせる可能性は十分あります。今まで監督やアニメーターのチャンスがなかった人にもチャンスが出てくることで、結果的には産業を救うことにつながると思います。

Q:

日本の若手クリエイターの処遇改善、またグローバル市場に日本の作品を売り込んでいくにはどうすればよいのでしょうか。ボトルネックも併せてお考えをお聞かせください。

A:

日本のアニメ産業自体が、積み立て型の予算ではなくて、長らく上限予算からマイナスしていく発想になっていたことが、この低賃金問題の1つにあると思います。例えば、日本全国の映画館に500スクリーンあるとして、2時間の映画は1日に大体5回しかかけられない。1回2,000円と計算して、そうすると映画の興行収入は、例えば上映期間が1カ月として自動的に出るわけですよね。どんなにがんばってもここが収入の上限だとなると、それより高い金額では作れなくなり、マイナス型の予算になってくるわけです。この時期だとスクリーンは100館しか開けられないから、予算は3億円以内でないと絶対駄目ですね、みたいなことになるのです。

インターネットでの配信業者に作品を売ることで少しずつ状況が変わってきてはいますが、日本人は先進国の中でも突出して英語が話せない。その上に、自身の作品を自分たちで直接海外へ販路を広げて売り込むプロデューサーがいなかったのです。その結果、他国が代理となって日本の作品を世界へ広げ、各国の市場の情報を直接日本は入手できないまま、ガラパゴスな環境を築き、ビジネス面では弱くなってしまったのかもしれません。

後は、フランスやカナダでは、タックスクレジットという税制面でのサポート制度など、アーティストに対する支援が手厚いので、そういう支援の仕組みがクリエイターの裾野を広げているところも指摘できます。また韓国では、政府が挙げてエンターテインメント産業を戦略的に数十年も前から施策を実行し、国際的アワードの受賞など今や世界を席巻しています。海外市場を獲得するためには、民間だけでなく、政府との連携が必要不可欠なのです。海外に販路を持たないことも、資金調達の問題や、賃金が上がらない大きな1つの要因になっている気がします。

また、必ずしも良いことではないのですが、今やタイ、ベトナム、韓国などで作るよりも、日本でアニメを作るほう方が安くなってきています。そういう意味では、日本の制作現場の魅力の1つとして、制作費がリーズナブルいう部分での勝機もあるかもしれません。

海外のクリエイターをどのようにして日本に呼んでくるかも課題です。アニメクリエイターにとって、仮に自分の国で働くよりも低賃金でも、日本で働くというのはものすごいブランドステータスなのです。いまだに「日本アニメ」がブランド力を持っているのは、驚異という他はありません。実際には、日本以外の方がクオリティーは上がってきている側面もあります。それでも、今は誰も気付いていない。草の根活動にはなりますが、例えば日本でのアパートの借り方やビザの申請の仕方をまとめたYouTube番組を作ったりして、二の足を踏んでいる海外の若手クリエイターを呼び込む活動を、やっていきたいと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。