日本企業の持続的な成長を目指した事業ポートフォリオ変革シリーズ

日本企業の持続的な成長を目指した事業ポートフォリオ変革 - 企業講演を振り返ってのメッセージ

開催日 2023年3月16日
スピーカー 佐藤 克宏(RIETIコンサルティングフェロー / マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー)
コメンテータ 澤邉 紀生(京都大学経営管理大学院長・教授)/砂川 伸幸(京都大学経営管理大学院教授)/関口 倫紀(京都大学経営管理大学院教授)/江良 明嗣(ブラックロック・ジャパン株式会社 インベストメント・スチュワードシップ部長 マネージング・ディレクター)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
開催案内/講演概要

RIETI と京都大学経営管理大学院の共催による本BBL シリーズでは、これまで、オランダ・DSM 社、AGC、JERA、川崎重工業の経営幹部から、持続的な成長を目指した事業ポートフォリオ変革の実践についてご講演いただいてきた。今回はシリーズ最終回として、佐藤克宏コンサルティングフェローがこれらの講演を振り返り、そこから得られたメッセージを学びとしてまとめた。これを受けて、戦略、会計、人材、投資の各分野の専門家であるレギュラーメンバーがディスカッションし、企業が事業ポートフォリオ変革に踏み出し、成功につなげるためのポイントを明らかにした。

議事録

事業ポートフォリオ変革の必要性と企業からのメッセージ

佐藤:
日本企業を業種ごとに売上高成長率と投下資本利益率(ROIC)スプレッドで分類すると、売上高成長率がプラスであり、かつROICスプレッドが正の業種は、東証の29業種中6業種しかなく、その他の業種は「ジリ貧」「追い風参考」「ゆでガエル」業種です。

金融・金融関連を除く29業種の業績類型
金融・金融関連を除く29業種の業績類型
出所:RIETIスペシャルレポート 「日本企業の持続的な成長を目指した事業ポートフォリオ変革 ~日本企業の現状と課題~」

また、事業セグメントごとに見ても、28業種のうち11業種で、価値を創造している事業に対し、価値を破壊している事業(十分に稼ぎ切れていない事業)の方が上回っている、つまり価値創造というより価値破壊になっています。

今後日本企業が成長しながら稼ぐ力を付けていくためには、事業ポートフォリオの変革が必要なのではないかという問題意識に基づき、このシリーズを始めました。これまでDSM 、AGC、JERA、川崎重工業の4社の経営幹部にご講演いただき、すばらしいメッセージを頂きました。

戦略面では、事業ポートフォリオ変革には経営者の役割が大きいこと、社会課題を事業機会ととらえること、競争優位な戦略を持って実行すること、戦略をアクショナブルに仕組み化すること、の4つが指摘されました。

ファイナンス面では、メリハリのある経営資源配分が必要であり、財務の裏付けがあってこそ変革は実行可能であること、またM&Aを戦略的に活用することも大切だというお話も頂きました。

組織・人材面では、役員自らが絶えず新しいことにチャレンジする姿を社員に見せること、中堅・若手を機能・事業・地域のローテーションを通じて多様な視点を持った人材に育てることも指摘されました。例えば、川崎重工業は、活躍社員(本人にやる気があり、会社が社員を生かす環境を与えていると思っている社員)の比率を高め、最終的にパーパスで社内が1つにまとまることを掲げておられました。

総論として、事業ポートフォリオ改革では、戦略面でも経営トップを含めてしっかりと方向性を出しつつ、経営資源配分のメリハリを付けながら、全社一丸となり次世代の人材も育てつつ進めることが大切であるということでした。

パネルディスカッション

シリーズを振り返って

佐分利:
今回のシリーズのご感想をお願いします。

澤邉:
今回登壇された4社は共通して、人の顔を立てながらする資源配分から、事業成果を中心とした資源配分へのシフトに成功していると思います。資源配分を将来志向で、事業価値を中心として考えているわけです。そうした将来志向的な資源配分を行うためには、分析力に基づいた構想力も重要だと思いました。

砂川:
事業ポートフォリオ変革は、一時的に収益性や安定性を低下させる可能性はありますが、安定性や収益性に走ると逆に中長期の成長性が損なわれる。持続的成長のためには事業ポートフォリオ変革は不可欠だと改めて感じました。変革はリスクではなく、逆に変革しないことがリスクです。

関口:
どの会社も、トップマネジメントが考え抜いた戦略ストーリーに従って事業ポートフォリオ変革を進めていること、社会課題の解決とビジネスはトレードオフではなく、それらを両立させるためにはパーパスと事業ドメインが非常に重要であること、そして事業ポートフォリオ変革では財務の安定性が非常に重要であることが印象に残りました。

江良:
ポートフォリオ変革は、目的ではなく手段です。目的は企業の持続的成長であり、それに照らし合わせて自社の事業環境の変化や社会構造、価値観の変化にアンテナを張り、自分たちのポートフォリオが世界に通用しているかどうかを常に見つめ直すことはとても大切だと思います。そして、時代遅れになっていれば早めに手を打つことです。

実際は、計画を作ることより実行する方が100倍大変で、「やり切る力」が非常に重要となります。そのためには、経営陣のリーダーシップと従業員との一体感が必要で、経営トップが自分の考え方を自分の言葉で、従業員をはじめさまざまなステークホルダーに伝える力が重要です。

佐藤:
私の印象は、まず経営者の方々が思いきり根明(ネアカ)だったということです。悲愴感を漂わせず、ピンチこそチャンスだと自らの態度で見せていることが印象的でした。もう1点は、事業ポートフォリオ変革は「総合格闘技」だということです。その意味でも、戦略、会計・ファイナンス、組織・人材、そして投資家の視点からお話しいただく、このシリーズをやって良かったと思いました。各先生方がおっしゃったポイントが変革の定石(セオリー)だと思うので、それらを言語化して整理していくつもりです。

事業ポートフォリオ変革のカギは?

佐分利:
続いて、先生方から、事業ポートフォリオ変革におけるキーワードを選んでいただき、併せて日本企業に向けたメッセージを頂けますでしょうか。

澤邉:
「楽観的に構想し、悲観的に計画して、楽観的に実行すること」が大切だと思います。特に、伝統があるとか成功している企業の場合、現在のステータスを維持しようとする圧力が生じるので、知らないうちにリスクを蓄積していることも考えられます。やはり楽観的に構想して、計画は実現可能性を考えながら作って、計画がどうなるか分からないからこそトップは根明であることが重要だと思います。

砂川:
「人的資本と財務指標の関係性」をしっかりと見ていく必要があるでしょう。この6月から有価証券報告書で人的資本関係のデータも出てきます。われわれ京都大学経営管理大学院も、人的資本や人材関係のデータと財務の関係性に関するセミナーを企画しているので、ぜひご参加ください。

また、多様な価値観を持つ人材を社会的課題の解決に向けて1つにまとめるには、企業のパーパスと個人のパーパスがどこかで交わらなければなりません。われわれもパーパス経営の科目を新設し、事業ポートフォリオ変革と絡めながら情報発信していきたいと思っていますので、ぜひご注目いただければと思います。

関口:
「戦略リーダーの育成」が重要だと思います。事業ポートフォリオは全社戦略ですが、ポートフォリオを考えるトレーニングは早くから行う必要があります。トップになってからではなく、若手の頃から教育を行うべきでしょう。それから、「バランスの取れた組織の新陳代謝」がキーワードになると思います。どの会社も異動が組織の変革やポートフォリオ変革の推進力になっていたと思いますが、新しい人材を入れることがカルチャーを変え、組織の持続的な進化・発展につながると思うので、新陳代謝のための人事制度や組織設計がこれから重要になると思います。

江良:
「当たり前のことを当たり前にやり切る力」です。企業が持続的成長をするためには変化が必要であり、変化することが当たり前だと思う会社づくりが非常に重要です。4社の事例を見ても、変化を楽しんでいるところが伺えたと思いますし、企業文化や土壌は従業員や組織が一緒になって作り上げていくものです。当たり前のことをやり切るのは難しいですが、改めて原点に戻ることが重要でしょう。

佐藤:
「事業ポートフォリオ変革は産業づくり、国づくり」です。中央省庁や関係機関からも、事業ポートフォリオ変革へのご支援を続けていただけると、日本の新たな姿が見えてくると思いました。

澤邉:
今回大変ありがたかったのが、京都大学経営管理大学院というアカデミックな世界の人間が、こうした場でミクロとマクロをどのように発展させていけばいいのかということを、投資家の立場の方にもご参加いただきながら議論できたことです。

アカデミックな知の集積を行うことがわれわれの主たる役割ではありますが、もっと積極的に実務実践、政策的インプリケーションの場に参加し、企業とコラボレーションしていくべきだと思いました。

質疑応答

佐分利:
変われる企業と変われない企業の違いはどこにあるのでしょうか。

佐藤:
全体を俯瞰する力と変化を楽しむ力だと思います。川崎重工の橋本社長からは、「自分は苦しい部門ばかりに行ったからこそ自部門をもり立てて、川崎重工全体をどう変えていくのかを考えてきた」というお話がありました。事業だけでなく全社を客観的に俯瞰できる力、その上で変化を楽しみながら進んでいく力が大事だと思います。

関口:
長期的な見通しを全社員が腹落ちする形で共有できていることがとても大事だと思います。わが社はこういうパーパスや存在意義を持っているからこの方向に行くのだ、そのために事業ポートフォリオを変えるのだという明確なストーリーとクリアなビジョンが必要でしょう。それらをトップマネジメントが描いて全社員に効果的に語ることが非常に重要だと思います。

砂川:
変われる企業というのは、きちんと潮目を読んで世の中の動向に合わせられる企業だと思います。そのためには財務的な基盤はかなり大事で、それがないと変わろうと思っても怖くなってしまう。ダイバーシティをうまく経営に取り込むこともこれからは必要になるでしょう。

江良:
1つだけ補足すると、健全な危機意識だと思っています。それが組織内できちんと共有されている会社は、変化に対して許容性が高く、変化したときにもうまくいくケースが多いと思います。

澤邉:
人材育成のときに、優秀な人にメインストリームではないところで、常に危機と直面する状況を経験させ、そこで成功した人たちがいつでもメインストリームに取って代われるようにしておくことが重要だと思います。文化的な多様性を社内で持っておき、健全な緊張関係を維持しておくことがカギになると思います。

佐分利:
最後に結びのメッセージを頂ければと思います。

江良:
いろいろなバックグラウンドの方々が集まって勉強すると、多様な視点から出てくる新しい知見があるということに改めて気付かされました。こうしたディスカッションをぜひ継続いただきたいと思います。

関口:
事業ポートフォリオ変革を可能にするリーダーの育成が最も重要であり、その経験を積ませることを会社がサポートすることが重要だと思います。引き続き私も事業ポートフォリオ変革について勉強していきたいと思います。

砂川:
事業ポートフォリオ変革自体が、時間軸で見たときのリスク分散になることを改めて実感しました。企業でもこうした考え方を持った方が増えていると思いますので、ぜひうまく実現していただきたいと思います。

澤邉:
事業は客観的に存在するのではなく、戦略とファイナンスと組織と人材の組み合わせで作っていくものであり、だからこそリーダーシップが重要なのだということを改めて感じました。また、事業ポートフォリオの前に、事業を自ら作って成功させる経験も大事なポイントだと思いました。

佐藤:
今回のテーマは海外企業やグローバル企業に限った話ではなく、日本の地方企業にも成功例があると思います。2023年度はそうした企業の方々のお話も聞きつつ、このシリーズを続けていければと存じます。

佐分利:
変われない日本企業をどう変えるかに関する、まさに定石を示していただきました。日本企業の事業ポートフォリオ変革が成功すれば、日本は復活しますし、そのノウハウは世界にも展開していけると思います。本日はありがとうございました。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。