中小企業金融の経済学-金融機関の役割 政府の役割

開催日 2023年1月13日
スピーカー 植杉 威一郎(RIETIファカルティフェロー / 一橋大学経済研究所教授)
コメンテータ 神﨑 忠彦(経済産業省中小企業庁事業環境部金融課長)
モデレータ 水野 正人(RIETI研究調整ディレクター)
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開催案内/講演概要

コロナ禍において中小企業に対してさまざまな資金繰り支援策が提供され、多くの企業が経営破たんを免れた。だが一方で、金融機関からの支援がなければ事業の存続が困難な「ゾンビ企業」が増え、経済の新陳代謝と資源の再配分を阻害しているという指摘もある。RIETIファカルティフェローである植杉威一郎一橋大学経済研究所教授は、こうした問題の分析を進め、2022年6月に『中小企業金融の経済学―金融機関の役割 政府の役割』を発刊した。本セミナーでは、植杉氏が同書の中から政府の役割を中心に分析結果を紹介し、日本が今後取るべき中小企業金融の在り方に関して論じた。

議事録

コロナ禍で示された中小企業金融の重要性

中小企業にとって、金融はその存続を左右する重要なものです。特に中小企業金融には、「情報の非対称性」、お金を出す側にとって企業がやっていることがよく分からないという問題があります。そこで、金融機関が個々の投資家に代わって企業へのモニタリングを行い、非対称性を緩和してお金を流します。しかし、不況期にはそうした金融機関によるリスクテイク機能が低下するので、政府が関与して中小企業向けの資金供給を円滑にしています。

こうした中小企業金融の意義を改めて示したのが今回のコロナ禍でした。中小企業に対して政府によるさまざまな支援措置が講じられてきた結果、倒産数は低水準で推移し、金融は中小企業に対する役割を十分に果たしたといえます。

しかし、既存企業の倒産確率を最小化するだけが金融の役割ではありません。成長に寄与する企業への効率的な資金配分が、金融のもう1つの重要な役割です。そこで私は、中小企業金融が流動性の供給と効率的な資金配分という2つの機能を果たしているかをさまざまなデータを用いて検証し、ポストコロナにおける中小企業金融の在り方を考えました。

政府による関与の効果

本日は2つの話をしたいと思います。1つは、中小企業金融における政府関与の効果です。さまざまなものが提供されている中小企業向けの金融支援措置の中でも、金額面では、信用保証と政府系金融機関によるものが最大です。これら2つの措置のいずれがより効果を持つのかという点について議論します。2つ目は、金融機関による支援がなければ事業の存続が難しいゾンビ企業に注目する分析です。中小企業の中でこうした定義に当てはまるゾンビ企業はどの程度存在するのか、ゾンビ企業は政府による支援措置をどの程度利用しているのか、支援措置の利用効果はどのようなものかという点について述べます。そして、最後にこの2つをまとめて、政策含意は何かということをお話しさせていただきます。

中小企業向けの政府の関与には大きく分けて、信用保証という間接的な資金供給促進策と、政府系金融機関による直接貸出を通じた資金供給促進策があります。この2つは企業の信用リスクを政府が負担するという点では、よく似た機能を果たしているのですが、これまで双方の機能の異同については、あまり分析されてきませんでした。

信用保証とは、金融機関と中小企業の貸出と返済のやりとりの間に各都道府県にある信用保証協会が入り、中小企業が借金を返済できないときは信用保証協会が代わりに返済(代位弁済)することで、金融機関が中小企業に資金を貸しやすくする仕組みです。一方、政府系金融機関による直接貸出は、政府部門や市場から調達した資金をもとに中小企業に直接お金を貸す仕組みです。

両者の役割は、中小企業が資金をより円滑に利用できるようにする点では同じですが、貸出先の信用リスクの負担の仕方が異なります。信用保証では、企業が支払不能に陥ったときに金利・元本を企業に代わって負担します。従って、支払不能に陥りやすい企業(リスクが高い企業)ほど大きな便益を受けます。一方、政府系金融機関の直接貸出は、多くの場合は一律の金利設定なので、リスクの高い企業も低い企業も均等に恩恵を受けます。

一般的に、最も資金繰りに困っていて投資ができないのはリスクが高い企業です。そうした企業が資金を調達して設備投資を増やすほど、経済を活性化することができます。そうした企業に重点をおいて支援するのは、政府系金融機関による直接貸出よりも信用保証です。信用リスクの負担という面だけに注目すれば、信用保証の方が期待される政策効果は大きいはずです。

この理論的な予測が現実と合っているかどうかを調べることが重要です。そこで、RIETIのアンケート調査のデータを用いて検証したところ、予想と合っている部分と違っている部分がありました。リスクの高い企業ほど信用保証を利用するという予想は合っていました。しかし、信用保証利用企業が政府系金融機関利用企業よりも借入比率や有形固定資産比率が高まるという予想は外れていました。

外れた理由は何でしょうか。信用保証を利用して中小企業向けの貸出を行う金融機関の行動が原因です。金融機関は、信用保証付きの貸出を行う際には、その企業への信用保証が付かないプロパー融資を減らしています。その分だけ、信用保証による中小企業に対する資金繰り改善の効果が小さくなります。このような信用保証付き貸出によるプロパー貸出の代替の程度は、取引先銀行の自己資本比率が低かったり、メインバンクが信用保証付き貸出を行う場合により大きくなる傾向にあります。

一方、政府系金融機関では、政府による貸出が増加する一方で民間金融機関による貸出が減少するといった代替は起こっていません。また、政府系金融機関はもともと設備投資目的の貸出が多いこともあり、政府による貸出を得ている企業では、設備投資の増加効果が明確に表れていました。また、信用保証利用企業と政府系金融機関利用企業に共通する傾向としては、事後パフォーマンスは必ずしも良くなっていませんでした。

これらの結果から得られる政策含意は何でしょうか。信用保証では、プロパー貸出を同時に行っている金融機関の行動が非常に重要です。金融機関には、リスクの高い企業への信用保証付き貸出を増やしてプロパー融資を減らす誘因が常にあります。こうした銀行側のインセンティブ構造を考慮しながら、政府は、民間金融機関が貸出先企業により深くコミットする仕組みや、業績改善につながるモニタリングをするための仕組みを制度設計する必要があると思います。

一方で、政府系金融機関の直接貸出に関しては、民間貸出との代替はあまり生じていないとは言え、無担保貸出や個人保証を求めない貸出など、民間金融機関が行ってこなかった種類の資金供給を行うことに意味があると思います。

ゾンビ企業と政府支援

ゾンビ企業とは金融機関からの支援がなければ事業の存続が困難な企業のことです。上場ゾンビ企業についての分析は多くありましたが、これまで中小企業を対象にした研究は多くありませんでした。また、コロナ禍を契機として、事業の存続が困難な中小企業に対して金融機関だけでなく政府による支援も大規模に行われているのではないか、それは妥当なのかという議論が海外でも起こりました。そうした政府の支援がゾンビ企業の延命につながっているという指摘もされています。

ゾンビ企業比率の推移を見ると、1990年代後半以降は低下していましたが、コロナ禍で上昇に転じました。条件変更など、金融機関から支援を受けている実態をより正確に反映しているゾンビ企業の定義に基づけば、日本におけるゾンビ中小企業の比率は、日本の金融危機や世界金融危機時よりは低くなっています。

ゾンビ企業と政府支援の関係については、コロナ禍における支援措置の利用率はゾンビ企業の方が高く、ゾンビ企業は政府による支援措置を受けやすい傾向にあります。経済学者の定義でゾンビに当てはまる企業は、その状態から脱却するものを多いので、ゾンビ企業が政府支援を利用したからといって、回復見込みがない企業への延命措置というわけではありません。また緊急時には、支援に値する企業がそれを受けられないリスクの方が、支援すべきではない企業が支援を受けてしまうリスクよりも重要だという議論もあります。そこで、政府支援の妥当性については、支援を得た企業が事後どうなったかをみた上で議論することが必要です。

この点をコロナ禍の最中に行った企業向けアンケート調査を用いると、支援措置を得た企業では、退出率は低下して資金繰りは改善する一方で、事後パフォーマンスは悪化しているという結果が得られました。財務危機に陥る確率やゾンビ企業になる確率は高まります。支援を受けた企業が、事業再構築を通じた収益力の改善や事業再生に向かうような取り組みが必要になると思います。

ポストコロナの中小企業金融の政策含意

中小企業の事業再生は、コロナ禍になる以前から必ずしも進んでいません。そもそも事業再生を必要とする企業の数は把握しにくく、2013年時点の金融庁の試算では5万~6万社といわれるのですが、再生支援協議会などで実際に計画策定に至った企業の数は、2000年代の半ばから現在までに1.5万~1.6万社に過ぎません。コロナ禍で新たに再生を必要とする企業が増えている可能性もあります。

事業再生が進まないのは、企業、政府系金融機関、民間金融機関、政府それぞれに、事業再生に積極的になれない理由があるためではないかと思います。

企業は、コロナ禍で不確実性が高まったので様子見をして事業再生に踏み切らない、経営者が個人保証をしているので極力その履行につながるような行動を避けている可能性があります。

信用保証協会や政府系金融機関は、取り組みの程度に差があったり、私的整理する場合に債権放棄をして事業再生を促進する役割をなかなか果たしにくいともいわれています。

民間金融機関には、営業担当者が多くの貸出先を担当しているために人的資源に余裕がなく、事業再生支援にも積極的に踏み出せないといった課題があります。

政府にも事業再生が進まない要因の一端があると思います。金融機関に対して資金繰り支援の徹底を定期的に要請しているために、民間金融機関や企業に対して、企業の経営努力がなくても資金繰り支援が続くというメッセージが送られてしまっているかもしれません。そうだとすれば、企業や金融機関の事業再生への取り組みが阻害されてしまいます。重要なのは、政府が、自らの姿勢が各主体の行動に及ぼす影響を注意深く見ることだと思います。

私自身、金融機関にはとても期待しています。金融機関と関係の深い企業ほど政府の支援措置が利用されているからです。金融機関には、事業再生に主要な役割を果たすスポンサーのマッチングや債権者間の調整、債務者が事業再生に踏み出すための働きかけなど、さまざまな取り組みを行ってほしいと思っています。

最後に、事業再生支援は中小企業金融の非常に重要なピースです。しかし、これが中小企業金融のすべてではありません。事業再生を進めることで中小企業金融全体がどのような影響を受けるのか、再生を必要とするような銀行への依存度が高い企業の一方で、まったくお金を借りない中小企業も増加しています。こうした環境下では、事業再生を積極的に進めることで企業の借入需要が低く抑えられてしまい、積極的な企業行動が抑制されてさらに無借金企業が増加する可能性もあります。全体をみた議論が求められていると思います。

コメント

神﨑:
今回のコロナ禍では、従来の100%信用保証だけでなく、保証料も利子もゼロにするゼロゼロ融資を43兆円規模で実施しました。従って、過去の環境との差異も含めて今後の政策の在り方を考えていく必要があると考えています。

今後、コロナ関連融資の返済は2023年7月~2024年4月に集中すると見られ、そこへの対応も必要になるでしょう。政府は2023年1月10日、民間ゼロゼロ融資からの借換保証制度を創設しました。返済期間を長期化するだけでなく、収益力を上げるための取り組みです。また、再チャレンジしやすい環境をつくるためには個人保証に依存しない融資を進めることが必要であるため、関係省庁とともに「経営者保証改革プログラム」を2022年策定しました。

日本経済はコロナ禍からまだ完全に脱却し切ったわけではないので、現時点で資金繰り支援の効果を断定的に言うことはできませんが、資金確保への効果はあったと思いますし、単なる返済先送りにつながらないためには収益力改善の取り組みとセットで進めることが必要だと思っています。

質疑応答

Q:

コロナ禍での支援策がゾンビ企業比率を高めたとのことでしたが、2021年時点では飲食店等の対面サービスへの影響が大きかったのではないかと考えられます。業種による差はあるのでしょうか。

A:

もちろん対人サービス業へのネガティブな影響は大きくありました。支援措置の利用企業における効果を見る限りでは、私たちの分析では業種間の差は大きくありませんでした。

Q:

ゾンビ企業を淘汰すると、経営者の疑心暗鬼、信用チェックコストの増大、投資意欲の減退、従業員の不安やストレスの増大などいろいろな副作用もあるのではないでしょうか。

A:

疑心暗鬼によるパニックは避けなければなりません。最近の危機時における日本では、負のスパイラルに陥ることを防ぐような政策が講じられてきたと思います。一方で、事業再生のコストとしては、労働者の転職コストが非常に重要な論点だと思います。海外の分析では、会社都合による失業者は、新しい転職先で以前と同じ給料が得られない傾向が見られます。そうした負の効果があるかを検証する必要はあるでしょう。

Q:

ゾンビ企業比率を国際比較するとどうなりますか。

A:

海外では相対的にコロナ禍前から上昇傾向にある一方、日本では低下傾向にあります。日本企業は資金余剰があり、借入れを減らしている影響だと考えます。

Q:

信用保証でも、政府系金融機関の直接貸出でも、利用企業の事後パフォーマンスが悪化しているとのことでしたが、経済発展を考えると政府系金融機関の役割はどこにあるのでしょうか。

A:

少し長い目で見ると、お金を借りられない企業にお金を貸して刺激することによって長期的な経済成長につながる可能性はあります。また、危機時における政府支援には、デフレスパイラルを抑制したり、金融危機の安定性を維持するといった効果もあるのではないかと思います。

Q:

ゼロゼロ融資の出口に当たって、地域経済へのインパクトをどのように予想されていますか。再生が難しい企業の人的・物的資産の取り扱いについて地域性は見られますか。

A:

ゼロゼロ融資の出口では、企業の事業再生に伴う雇用の減少や企業の退出など負のインパクトが生じるので、そうした影響を政策で緩和する必要があるでしょう。経営者の個人保証を外す場合を増やすことは有効な措置の一つだと思います。これによって企業と経営者を切り離すことができ、業況が芳しくない事業を店じまいしつつ、経営者の人的資産を再度活用することが可能になります。

Q:

事業再生において、特に政府系の資金が入った企業の不等価譲渡が非常に難しいのではないかと思います。このあたりについてはどう対応していけばよいでしょうか。

A:

不等価譲渡というのは、私的整理を行う中での債権放棄も含めた話だと理解しています。政府系金融機関などには公的なお金を扱っているという意識があるので、国民の税金が関係しているものを簡単に放棄するわけにいかないというのが、彼らの考えていることだと推測します。そうはいっても、事業再生をすることの長期的な経済効果は正だと思いますので、前向きな姿勢で取り組んでいただくことが必要ではないかと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。