開催日 | 2022年12月21日 |
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スピーカー | 橋本 康彦(川崎重工業株式会社代表取締役社長執行役員) |
コメンテータ | 澤邉 紀生(京都大学経営管理大学院長・教授)/砂川 伸幸(京都大学経営管理大学院教授)/関口 倫紀(京都大学経営管理大学院教授)/江良 明嗣(ブラックロック・ジャパン株式会社 インベストメント・スチュワードシップ部長 マネージング・ディレクター)/佐藤 克宏(RIETIコンサルティングフェロー / マッキンゼー・アンド・カンパニー パートナー) |
モデレータ | 渡辺 哲也(RIETI副所長) |
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開催案内/講演概要 | 日本有数の重工業メーカーである川崎重工業株式会社は、2020年にグループビジョン2030「つぎの社会へ、信頼のこたえを」を定め、今後注力するフィールドとして「安全安心リモート社会」「近未来モビリティ」「エネルギー・環境ソリューション」を掲げつつ大胆な事業ポートフォリオ改革に取り組んでいる。2021年には船舶海洋とエネルギー・環境プラントの両事業を統合、モーターサイクル&エンジン事業と鉄道車両事業を新会社とし、コロナ禍の中で大幅な収益の改善も実現した。本セミナーでは、同社の橋本康彦社長を招き、一連の改革をどのようにして進めたのかを伺った。 |
議事録
社会課題をビジネスの起点に
私はロボットが大好きで、1981年に大学を卒業してロボットエンジニアとして川崎重工に入社しました。当時の川崎重工で、ロボットは実は一番小さな部門でしたが、今後の事業伸長のため新規事業の開拓を求められ、若くして半導体事業を立ち上げたりもしました。赤字でしばらく大変だったのですが、そうした苦労も後に非常に役に立っています。
社長に就任した2020年は、コロナ禍の影響で一番の稼ぎ頭だった航空宇宙事業が低迷、船、車両、さらにモーターサイクル事業も不調という厳しい状況での船出でした。私はこれまでも厳しい時代に厳しい役割を担う運命だったのですが、今回もそういう状況だったのです(笑)。
そんな厳しい時代を生きてきたからこそ、どう乗り越えるかを常に考えていました。半導体製造用ロボットを米国シリコンバレーで立ち上げて成功した要因の1つは、提案能力のスピードでした。日本企業は良いものを作るがディシジョンが遅いとされてきましたが、川崎重工はどの企業よりも早く対応しました。そのスピードが価値を生み、利益を生んだのです。
これまで新事業を立ち上げてきた経験から、新しい夢、ここに向かって進めば道は拓けるという方向を示すのがトップの仕事だと思っています。2020年11月にグループビジョン2030「つぎの社会へ、信頼のこたえを」を発表しましたが、これは川崎重工の若手から経営層まで、「川崎重工らしいキーワードは何?」と聞いて一番多かったのが「信頼」という言葉だったからです。信頼という言葉が、若手社員にとっても経営層にとっても一番ピンとくる。であれば、これから新しく進む社会に、われわれは「信頼のこたえ」を作っていくというのをまず1つのスローガンにしようと考えました。
その中でキーになったのが、ビジネスの起点を社会課題に置くことでした。刻々と変わる社会で、社会課題の解決を基本テーマにする。別の事業部門とシナジーを生み出せといっても難しいですが、社会課題を解決するとなると関連する部門が協力して取り組む必要が出てきます。そこで、取り組むべき社会課題を「安全安心リモート社会」「近未来モビリティ」「エネルギー・環境ソリューション」という3つの分野に整理し、注力することにしました。
将来の事業として社会から最も期待されていたのが水素でしたので、水素サプライチェーンを構築し、水素社会の実現がわれわれの社会的使命であるとして、エネルギー・環境プラントと船舶海洋の両部門を統合しました。さらに、業績不調のモーターサイクルと車両部門は、時代のニーズからすれば非常に大きく成長させられるマーケットですので、スピード感と責任感を持って自律経営できるよう新会社としました(カワサキモータース、川崎車両)。
人事制度も改革
人事制度も大幅に変革しました。私は社長就任以前から人事制度改革をすべきと主張していたのですが、なかなか変えられませんでした。それがコロナ禍で危機感を感じる人が増え、リモート業務が日常化したことにより、人事制度の方針や処遇を変え、企業体質を強化できる千載一遇のチャンスが訪れたのです。
人事面では、活躍社員(意欲が高く、能力を生かす環境が与えられている社員)の比率を上げることをKPI (重要業績評価指標)に掲げています。われわれは日本企業の平均ぐらいの比率ですが、調べてみたところ、事業部門・組織によって活躍社員の割合に大きな差があることが分かりました。組織の在り方にいろいろな問題が生じていたのです。そこで、活躍社員を増やすことを役員のKPIにしています。
人事制度のコンセプトは「チャレンジ&コミットメント」で、若者の登用と併せて、年を取っても活躍できる人はそのまま継続して仕事をしてもらうことにしました。私は半導体業界で、日本企業を50歳代で退職した人たちが外国企業に好待遇で迎えられ活躍されているのを見てきました。これが日本の知能・技能・ノウハウを流出させた原因の一つと考えており、そうならないようにしたいと思います。
2030年への成長シナリオ
成長シナリオとしては、まずはモーターサイクルと精機・ロボットをはじめとする量産系事業が収益を支え、キャッシュを生み出します。そして、コロナ禍解消とともに航空宇宙事業を回復させ、将来的には水素や医療ロボットなど新規事業を2030年ごろまでに収益の柱とし、安定した成長軌道に乗せていきます。
モーターサイクル&エンジン事業は、今後マーケットは伸びると思っていましたので、経営メンバーを替えて新会社としました。その結果、2021年以降利益が急増し、2022年は500億円を超えるまでに成長しています。迅速な意思決定ができるようになり、原材料高騰の中でも早期に価格改定を実現しました。
車両事業も、昨年度は5年ぶりに黒字に転じました。適正価格による受注を行うようにして利益を確保するとともに、ニューヨーク地下鉄などの注力マーケットである北米東部に事業をフォーカスしました。ニューヨーク地下鉄は、当社が車両を1985年に納入した後、故障発生までの走行距離が劇的に延び、故障しにくくなったのです。おかげで現在は3割以上というシェアを誇っています。
3つの注力フィールド
こうして足元の経営基盤はしっかりしてきたのですが、次の新しい事業をどうするかということで3つの注力フィールドを掲げました。
「安全安心リモート社会」では、2013年に当社がシスメックス株式会社とともに設立した合弁会社メディカロイドが、手術支援ロボット「hinotori」を2020年に製造販売承認を得て上市しました。当初は泌尿器科で保険適用され、その後消化器外科、婦人科に広がり、国内で実施されるロボット手術の9割をカバーできるようになりました。またロボットを活用した自動PCR検査サービス事業も始めました。新型コロナの感染拡大からわずか1年で立ち上げた事業で、空港や病院など、さまざまな場所で行われている無料PCR検査のうち、かなりの割合を弊社が手がけています。さらにロボットの遠隔操作により働く人と工場をつなぐなど、リモート社会の実現に向けた新たなソリューションを創出していきます。
「近未来モビリティ」では、無人垂直離着陸機(VTOL機)の実用化を目指しています。われわれはヘリコプターのトップメーカーであり、これからは物流用途が増えるため、ロボットと航空機を組み合わせてソリューションを創ります。こうした技術は、国防や防災の分野からも期待されています。
「エネルギー・環境ソリューション」では、世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」による液化水素国際間輸送の技術実証に成功しました。経済産業省と進めてきた豪州と日本をつなぐ大型プロジェクトです。商用化すれば技術実証の128倍の液化水素を運べるので、輸送コストが劇的に下がります。現在は商用化に向けた実証を始めていて、2隻の船と4基のタンクで一般家庭約40万軒分の消費電力を賄えるサプライチェーンの構築を目指しています。こうした水素技術の社会実装に向けては、国もグリーンイノベーション(GI)基金を創設して支援してくださっています。
このようにわれわれはカンパニーを超えた新たな取り組みを行っています。これからの社会では1社だけで乗り越えていける社会課題は少ないと思うので、皆さんと一緒に技術力を上げていき、その結果として川崎重工も成長できるシナリオを目指したいと考えています。
パネルディスカッション
澤邉:
将来のビジョン、あるべき姿というのでしょうか、新しい夢を明確に示すというトップの役割からスタートして、ビジョンに基づいて組織で共有できる重要なテーマを社会課題から見いだし、そこからバックキャスティングで組織構造を変化させていった手法は素晴らしいと思います。こうした改革ができた要因と、リーダーシップの役割についてお伺いできますか。
橋本:
コロナ禍で社員が危機感を持ったこと、既存事業の一部がうまくいっていなかったこと、そしてこの危機をチャンスだと捉えて改革に取り組んだことが大きかったと思います。社員にも、これは会社を成長させるための組織再編で、新会社にしても待遇は変えないと説明して安心してもらいました。結局、経営者以外何も変わっていないわけですから、経営者の手腕が問われるわけで、今回最も大胆に改革したのは新会社の社長たちだったのです。リーダーシップというのは、今が苦しくても将来絶対に良くなるというビジョンを描き、そのシナリオを実現しようと社員に伝え、共有することだと思っています。
砂川:
今回のシリーズは事業ポートフォリオがキーワードになっていますが、事業ポートフォリオ改革をする際に、財務的な安定性は重要なのでしょうか。また、事業ポートフォリオをうまくマネジメントするための条件などがあればお聞かせいただきたいと思います。
橋本:
事業継続には財務の安定性は極めて重要です。財務の裏付けがないと新規事業はできません。また、私はロボット事業の統括をしていたのですが、ロボットは単体では何の役にも立ちません。相手の技術と自分たちのロボットの技術をどう組み合わせて価値を生み出すかを考えることがノウハウだったので、その考え方が事業統合にも役に立ったのだと思います。
関口:
人材マネジメントの観点からすると、陳腐化していく技術もあれば、新たに獲得しなければならない技術もあります。御社ではどのように新しいスキルを社員が身に付けているのでしょうか。外部の人材を入れるのか、既存の人材をリスキリングで育成するのかについてお聞かせください。
橋本:
私は両方必要だと思っています。外部の人間を入れることはトリガー(変革のきっかけ)になりますが、それだけでは企業カルチャーの根本的な部分は変わりません。外部の人たちからの刺激を通じて、中にいる人たちを変える仕掛けが必要だと思います。
江良:
大きなビジョンを掲げて、社会課題の解決に自社技術がどう生かせるかを考えながら、一方では現実的にどうキャッシュを稼ぐかというバランスが素晴らしいと思いました。分社化などを進める中で、事業ごとに求心力や遠心力が働くこともあったと思うのですが、それにどのようにして対応してこられたのか、お聞かせください。
橋本:
ビジョンを話すと大体は求心力が働くのですが、「あなたも変わらないといけない」という話になった瞬間に遠心力に変わります。「カワる、サキへ。」というのは、変わるのは私たち自身だというメッセージであり、われわれ役員自らが新しいことにチャレンジして変わっていく姿を見せ続けることが大事だと思っています。
佐藤:
今日のお話で、事業ポートフォリオ改革とは、新たな事業を買ってきたり既存の事業を売ったりだけではなく、事業のやり方を変えてそこに軸を通して育てていくことだと学ばせていただきました。事業環境が変わっていく中で、どういったことを心にとどめて経営しておられますか。
橋本:
安定した事業部門から社長を出すと、その社長は変化を嫌ってチャレンジしなくなってしまいます。タフな経験で鍛えられた「自分の軸」を経営者が持たなければ、社員は動かないと思います。
渡辺:
米中対立や経済安全保障の問題について、事業を行う上で何か気を付けておられますか。
橋本:
われわれは米国でも中国でも事業をしています。政治的な対立はあっても、実際に中国でビジネスをしている方々は中国と極めて良好な関係にあるので、中国の事業は中国で回せるようにして、お互いに発展できるスキームでやっていくことが大事だと考えています。
渡辺:
本日は素晴らしいお話をありがとうございました。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。