コロナ危機、経済学者の挑戦:感染症対策と社会活動の両立をめざして

開催日 2022年9月29日
スピーカー 藤井 大輔(RIETIリサーチアソシエイト / 東京大学大学院経済学研究科 特任講師)
スピーカー 仲田 泰祐(東京大学経済学研究科・公共政策大学院 准教授)
コメンテータ 小林 慶一郎(RIETIファカルティフェロー・プログラムディレクター / 慶應義塾大学 経済学部 教授 / キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 / 公益財団法人東京財団政策研究所 研究主幹(客員))
モデレータ 関沢 洋一(RIETI上席研究員・研究コーディネーター(EBPM担当))
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開催案内/講演概要

東京大学の仲田泰祐准教授とRIETIの藤井大輔リサーチアソシエイトは、疫学の感染症モデルとマクロの経済モデルを接合し、コロナ禍における社会・経済活動の両立のための分析や感染シミュレーションを日本で初めて示した経済学者である。両氏の分析は政府のコロナ政策に大きな影響を与え、メディアを通じて一般の人々にも頻繁に届けられた。本セミナーでは、この両氏を招き、パンデミックの中で研究者が果たし得る役割は何か、いかにして政治家や専門家、メディアとの対話を重ねてきたのかを振り返り、将来起こり得る危機に備えるための方策を議論した。

議事録

『コロナ危機、経済学者の挑戦』出版の経緯

藤井:
われわれはコロナと経済というテーマで2021年1月から2年弱、分析を行ってきましたが、それを日本評論社がインタビュー形式で、『コロナ危機、経済学者の挑戦 感染症対策と社会活動の両立をめざして 』という本にまとめてくれました。

当初は議論のたたき台になるような定量的な分析が日本にかなり少なく、コロナの性質上、スピード感を持って分析を始めました。このため、普段の研究とはまったく違う経験ができたと思っています。

この本では、若手研究者が政策に直結した分析を行うインセンティブがあまりないことや、政策現場からの要望と研究者側からの供給のミスマッチなど、いろいろ見えてきた課題も紹介しています。次のパンデミックや経済危機が起きたときの備えとして役に立てれば幸いです。

仲田:
この本は、2021年3月から2022年4月まで日本評論社の「経済セミナー」編集部が定期的にわれわれの活動について行ったインタビューのまとめであり、章末にはわれわれの分析に関わった11名の方々のインタビューも掲載しています。

想定読者としては、研究者との協力に関心のある政策現場の方々、政策現場や一般の人々に分析を届けることに関心のある研究者の方々、そして研究者による分析を報道することに関心のある方々を念頭に置いています。それ以上に、コロナにかかわらず研究・政策・報道の世界に興味のある一般の若い人たちにも読んでいただきたいと思っています。

仲田・藤井分析の誕生

仲田:
当初、私はコロナ分析をしたくはありませんでした。なぜなら、感染症はいつまで続くか分からないし、海外では経済学者がコロナ危機に関する論文をすでに多く発表していて、研究業績を最大化するという視点からは明らかに関わらない方がいいと思っていたからです。しかし2020年の年末に第3波が拡大し、Go Toトラベルが中止となって、再び緊急事態宣言の発令が検討されたときに、今後の見通しがどこからも提示されてないことに違和感を覚えました。

私は米連邦準備理事会(FRB)の数理モデルチームで、こういった戦略を取れば経済はこうなるのではないかというような分析をしていました。実際、元同僚たちはマクロモデルに疫学のモデルをくっつけて同時に分析するフレームワークをつくっていたので、何かしらのモデルを使って、こういった政策を打つと感染をこれぐらい抑えられるのではないか、経済にこれぐらいダメージがあるのではないかといったものを眺めつつ議論するのは当たり前だと思っていました。

しかし、そうした情報は一般の人々にはまったく届いていませんでした。今日いらっしゃっている小林先生が「経済の側から何かしらの試算は出せないのですか」と周りの人から言われているのをテレビで見た記憶があります。ではそうした分析を自分たちが行えば何かしら貢献できるのではないかと思い、分析を始めることにしました。ただ、私は応用理論が専門なので、実際にデータを扱う部分は苦手です。1人では絶対にできないことは分かっていたのですが、たまたま藤井さんとランチをしながらこの話をしたときに話が広がって、一緒に分析をしようということになりました。

もともとは「感染と経済の統合モデル」を使って感染症対策と経済の両立に関する知見を提供していこうと考えていたのですが、ふたを開けてみると、感染のシミュレーションのみの分析も含めてさまざまな分析をこの1年9カ月ぐらいで行ってきました。

2021年の2月前半には政府の新型コロナ対策分科会で発表しました。2~3月はとにかくメディア対応が忙しかったのですが、2回目の緊急事態宣言が解除された3月23日のタイミングでメディアからの連絡が一時的に止まり、以降は政策現場の方々から直接分析依頼を頂くことが増えました。

こうした大きな研究チームを立ち上げるときには資金が不可欠ですが、そこに関しては内閣官房AIシミュレーションプロジェクトをはじめさまざまなところにお世話になっています。研究者としては珍しく、海外も含めてさまざまなメディアから分析に関する問い合わせを頂きました。

振り返ってみると、2021年は「感染と経済の統合モデル」のうち「感染」のシミュレーションのみを求められることが非常に多かったように思います。これは、2021年前半においては、毎週のデータを取り入れて今後の感染見通し、病床見通しを提示していたのは仲田・藤井チームのみであったからだと思います。

2021年3月には内閣官房AIシミュレーションプロジェクトのいくつかのチームが比較的高頻度に見通しを提示していたのですが、それも一時的で、4~6月には月1回程度となり、7月になってようやく同プロジェクトのチームがほぼ毎週感染シミュレーションを提示するようになりました。

こうした感染シミュレーションは感染症の専門家が行うのが当然ではないかと思うのですが、そこに関して厚労省アドバイザリーボードの資料を振り返ってみると、定期的に見通しを提示することが始まったのは2021年2~3月のタイミングでした。

しかしながら、感染症専門家のシミュレーションはこれまでの実効再生産数が続くとすれば今後の感染見通しはこうなるといったタイプの見通しであり、2021年において政策判断を行うために必要な要素であるワクチン接種、変異株、人流、緊急事態宣言などはまったく入っていませんでした。2021年前半においては毎週そうしたデータを取り入れて毎週見通しを提示していたのは、日本でわれわれだけという状況でした。

2022年になると、感染シミュレーションへの注目度は下がり、病床見通しと社会経済への被害に関する分析に注目が集まりました。具体的には第6波・第7波における重症化率、致死率モニタリング、病床見通しツールといったものを47都道府県ごとに提示できるツールを開発し、5月の厚労省アドバイザリーボードで発表して、実際に現場の人のためのZoom説明会などを非公式で行いました。それから、これはメディアでも2022年になってたびたび紹介されたのですが、婚姻・出生・自殺といった変数がコロナ禍でどんな影響を受けたかということに関する試算にも注目が集まりました。

2021年と2022年の注目度合いが異なるのは、やはり2022年にコロナとの共存を求める声が増加したことを反映していると思います。と同時に、第6波以降は名古屋工業大学の平田晃正先生の研究室やCATs-QUICKなど他のチームも高頻度で感染予測を提供し始めたことも大きいと思います。

仲田・藤井分析の今後

仲田:
第7波においてはこれまでと同様、高頻度に今後の見通し等のレポートを提供し、第7波が始まって以降30本ほどのレポートを書いていると思うのですが、こうした高頻度の分析はまだ続けています。それと併せて徐々に学術研究にシフトしており、現在はこれまでのレポートを英語論文化する作業を行っています。

ありがたいことに科研費の基盤研究(S)の交付を受けたこともあって、資金はある程度潤沢なので、「感染と経済の統合モデル」を利用して、パンデミックにおける最適なバランスの取り方に関する知見を今後3~4年で提供できればと考えています。

そして、コロナ禍における政策の効果検証、科学コミュニケーション・政策決定プロセスの検証といったところも、実際に政策現場と近いところにいた者にしか分からない視点があると思っていて、それを学術レベルでまとめていければと考えています。

その他、今回のように書籍を出版したり、定期的な研究会を開催したり、大学でパンデミック対策に関する授業を行ったりしながら、次にパンデミックが起きた場合により多くの人々が納得できる形で感染症対策と社会経済活動の両方を重視した政策を打つための基盤となるような分析を行っていければと考えています。

コメント

小林:
藤井さん、仲田さんたちの貢献の意義としては、まず定量的な分析手法でタイムリーに感染症の問題を分析して発信を続けてくださったことが非常に有益であったという点が挙げられます。それは、重要な局面において政策判断の非常に大きな指針にもなりました。

一方で課題としては、リアルタイムの分析であるだけに「ナイトの不確実性」(数量化できない将来の不確実性)に直面しています。これは金融政策の分析も同じだと思います。しかし、人命がかかっているときにどこまでモデル分析を受け入れて政策判断に使っていいかという判断、分析結果を政策につなぐ判断は、金融政策とは若干異なると思います。

要するに藤井さん、仲田さんたちの取り組みは、経済学者が人命を扱って世の中に発信した、ある種タブーを破ったモデルケースだと思います。コロナ前まで経済学の世界では、人命のコストはまったく扱ってこなかったのですが、それをある程度やっていくということを発信したのは非常に意義のあることです。しかし、リアルタイムで発生している不確実性を見ながら分析結果をどう扱うのか、政策の場にどう使っていいのかという方法論に関してはスタンダードが決まっていないと思うので、それを考えることがこれからの経済学界や政策の現場に求められるのではないかと考えています。

質疑応答

Q:

仲田・藤井モデルの予測は現実とフィットしていたのでしょうか。

仲田:

モデル分析を参照するときには、その学術的な知見が本当に参照するに値するレベルなのかを、使う側がきちんと問う必要があると思います。

予測精度に関しては、この分析を発信すると決めたときからこだわりがあったのですが、2021年に最初の分析を出したときから、このモデルのフィットはどれぐらいか、予測力はどれぐらいなのかという情報を常に提示し続けてきました。これには藤井さんも相当な苦労をされたと思います。

ただ、予測精度に関する検証だけでなく、五輪が終わった後、われわれの分析がどれぐらい妥当だったのかという自己検証的なレポートを何回も出しているので、そうしたものを眺めてもらうとわれわれの分析の妥当性が分かると思います。

第5波のときは、予測できていた部分もあれば予測できていなかった部分もあるといえます。デルタ株の要素を取り入れて分析したのはわれわれのチームが日本で初めてなのですが、その分析を見ると、8月の五輪期間中に感染者数が2000~3000人になるとの見通しを出していました。実際、7月前半あたりになると、われわれのチームだけでなく他のチームも病床逼迫が懸念されるといったことをある程度見通すことができていました。

Q:

感染症モデルとマクロ経済モデルの接合は当然いろいろなところで行われていると思っていたのですが、それが行われていなかったのは驚きでした。これはなぜだと思われますか。

仲田:

われわれのチームが政策判断の参考資料として価値があるところを目指したのは、世界的に見てもかなりユニークだと思っています。感染者数、死亡者数、重症者数といったデータは誰でも手に入るので、技術的にはまったく難しくないのですが、研究者グループが現実の世界で役に立つ分析をすることにあまり慣れていないということもあって、日本の感染症数理モデルや経済学の世界から政策現場に直接提示できるレベルの分析を試みるところが非常に少なかったのだと思います。

Q:

研究者の視点から見て、おふたりの予測は行政官の政策判断に十分に生かされたと考えていますか。

仲田:

正直ここまで分析依頼を頂くとは思っていなかったので、私からすれば「ここまで耳を傾けていただいてありがとうございます」の一言です。しかし改善点としては、コロナ禍においては明らかに、分析を提出する研究者側が政策判断に資する分析を十分に提供し切れなかった、政策現場の需要に十分応えられなかったように私は思います。

Q:

感染症の専門家にとっては常識的となっている考え方でも、モデル・シミュレーション分析をするとあまり正しくないこともありそうです。素人の経済学者が予定調和でない分析をしたからこそ得られた知見はありましたか。

仲田:

専門家集団にはその集団特有の利権や文化や理念があって、日本の感染症の専門家の方々は、不確実なことに関して何かを提示するのは無責任だという考え方があります。特に、学術論文としてまだ出していない、パブリッシュされていないものを世の中に出すことに対して非常に大きな抵抗感があったと思います。

だからといって、ワクチンの分析をしないのは非常に不自然だし、変異株に関してもいくつかシナリオを考えて、感染力が現在の変異株よりも強かったらこうなるのではないかという予測を世の中に提示することは、政策現場の方々にとって非常に役に立つはずなので、そういった分析を行いました。

感染症専門家の方々の文化や理念による制約から彼らが出せなかったものはいろいろあって、そこをわれわれや内閣官房AIシミュレーションプロジェクトに参画していた他分野の数理モデル専門家チームが補えたことは非常に重要だったと思います。

Q:

世界的な災難に対して賢人会議のようなものはできなかったのでしょうか。

仲田:

日本における専門家の役割は、審議会を通してお墨付きを与えるという側面があるように観察しています。審議会に加わる専門家を選ぶ段階で、行政や政治の側は、自分たちの考える政策の落としどころと整合的な意見を持っている専門家を集めようとするわけです。コロナ分科会もそうしたトラディショナルな日本の審議会のシステムを引き継いでいると思います。なので、賢人会議のようなものがあったとしても、誰を選ぶのかというところですでに話が決まっているような気がします。

私はこれまで活動してきて、なぜ分科会やアドバイザリーボードから今後の見通しが出てこないのか、なぜ政策の効果検証のような分析がほとんどされないのか、データをさっと眺めての感想や意見のようなことしか出てこない状況をなぜ行政も一般国民もよしとしているのかというのがかなり不思議だったのです。専門家に分析やエビデンスではなく、お墨付きを求めるような文化が日本にもともとあるのだとしたら、こういった賢人会議もそうなってしまう可能性があるように思います。

Q:

コロナのような社会全体の問題を扱う際に、医療関係者の声が大き過ぎて、他分野の声がかき消されるのは仕方がないことなのでしょうか。

小林:

委員会の構成を医療者だけでなく経済学者や社会学者など、異なる分野の専門家や有識者をバランスを取るぐらいにたくさん入れることで、議論の質が変わっていくのだろうと思います。先ほど仲田さんがおっしゃったように、医療の専門家の文化は経済学者や経済政策を議論しているわれわれの文化とかなり異なっていて、経済学者が政府に提言する場合には幾つかのオプションを示し、どれを選ぶかは政治や国民の判断という前提で議論すると思うのですが、医療の専門家はちゃんと1つの正解を国民に示さなければならないという意識が非常に強いと思います。

それから、コロナ感染による死者を最小化することを非常に熱心に考えるわけですが、コロナ対策で自殺が増えたり、コロナ対策で出生数が減ったりすることについては、自分たちの対処すべき問題ではないという意識がどうしてもあるようです。ですので、自分たちの担当するコロナ死者をとにかく減らしたいという思いが非常に前に出て、議論をそちらの方向に引っ張ってしまうことはあると思います。

コロナ感染による死者も、自殺による死者も同じ命なのだというバランスを取るためには、やはり違う分野の専門家が同じ数だけ入って議論する必要があります。医療の専門家に丸投げするのではなく、意思決定の中に社会・経済に責任を持った人たちがある程度入ることが必要なのだと思います。

Q:

仲田先生や藤井先生のような方がたくさんいれば、さまざまな分野の政策のシミュレーションを行ってインパクトを算出できると思うのですが、どうしたらそのような人材を育てられるでしょうか。

藤井:

人をすぐには育てることはできないので、能力のある人を生かすのが最善だと思うのですが、これはインセンティブの問題が非常に大きくて、若手研究者にはこうした政策分析を行うインセンティブがまったくありません。研究者はやはり論文を書いて、良いところにパブリッシュする、それが評価につながるわけですし、正直言うと「こんなことをやっている暇がない」という感覚の人が大多数だと思うのです。それが日本でこうした政策分析が広がらなかった最大の理由だと思います。

例えばですが、政府がこういう危機が起きたときに機動的に若手経済学者やデータサイエンティストのチームをつくって、募集をかけて、その間はティーチングもしなくていいとか、金銭的な報酬もたくさん付けるとか、向こう5年間は研究費をこれだけ約束するとか、いろいろな何かしらのインセンティブを付けて、そういう集団をつくってしまう。機動的にさっとやってしまうというのが一番良いと私は思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。