日本企業の持続的な成長を目指した事業ポートフォリオ変革シリーズ

PURPOSE-LED PERFORMANCE-DRIVEN : Creating Brighter Lives for All

開催日 2022年9月1日
スピーカー 丸山 和則(DSM株式会社 代表取締役社長)
パネリスト 澤邉 紀生(京都大学経営管理大学院長・教授)/砂川 伸幸(京都大学経営管理大学院教授)/関口 倫紀(京都大学経営管理大学院教授)/江良 明嗣(ブラックロック・ジャパン株式会社 インベストメント・スチュワードシップ部長 マネージング・ディレクター)
パネリスト(兼モデレータ) 佐藤 克宏(RIETIコンサルティングフェロー)
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開催案内/講演概要

オランダに本社を置くRoyal DSMは、「Creating Brighter Lives for All(現在と未来世代の全ての人々の暮らしをより豊かにする)」をPURPOSEとし、人々と地球のサステナビリティ向上を目的とした事業を展開している。祖業である石炭事業から石油化学事業を経て栄養・ヘルスケア事業へと事業ポートフォリオ変革を大胆に進めながら、「サステナビリティ」を自らの責務かつ事業成長のチャンスととらえ、挑戦的な財務目標とサステナビリティ関連非財務目標を同時に達成し続けてきた。本セミナーでは、DSM 株式会社(日本法人)の丸山和則代表取締役社長を迎え、同社の経営戦略とその進捗状況について紹介いただくとともに、PURPOSEとPERFORMANCE(利益)は決してトレードオフではなく、その双方を追求していくことが重要であることを解説いただいた。

議事録

地球と人々に対する責任を果たす

「PURPOSE-LED PERFORMANCE-DRIVEN」は、2018年に策定された弊社の中期事業計画のタイトルです。パーパス(PURPOSE)に向かいながら、結果(PERFORMANCE)もきちんと出すという意味が込められています。

われわれのPURPOSEは、Creating Brighter Lives for All(現在と未来世代の全ての人々の暮らしをより豊かにする)です。世界の人口が2050年にピークを打ち100億人に達すると、プラネタリーバウンダリー(地球の限界)を超えてしまうことが予想されます。そこに対して、われわれの持つサイエンスの力で人々と地球のサステナビリティを向上しようというものです。一方で、企業としては、きちんと利益が付いてこないと事業活動として続けられません。ですから、それぞれのビジネスで利益を出すことが社是となっています。

DSMはグローバルでもサステナビリティ経営の先駆者として知られています。会社の業績は、財務目標に加え、温室効果ガス削減量、エネルギー効率改善率、購入再生可能電力比率などの重要業績評価指標(KPI)の達成度で測られ、これらの数字の達成度合いが役員や従業員のボーナス算定の基準の一部にもなっています。つまり、これらの目標を達成するかしないかが自分たちの報酬にも関わるのです。

購入再生可能電力比率は、目標を設定した2018年時点で40%程度であり、2030年までに75%にする目標を掲げたのですが、これは昨年(2021年)の段階で達成してしまったため、現在は2030年までに100%にするというより高い目標を掲げています。温室効果ガス排出量(SBTi: Science Based Target Initiativeのスコープ1+2)も2016年比で30%減らす目標だったのですが、今年(2022年)上期の段階で25%まで削減できたため、2030年までに59%削減する目標に変更し、SBTiに再提出しました。

一方で、財務的な利益もしっかり追求しないと、特に欧米では評価されないので、利益については非常に厳しくこだわり続けています。実際に結果が出ているので、ここまでよくできていると思っています。

なぜサステナビリティを強調するかというと、事業構造がどんどん変わり、人も一緒に変わっていく中で、DSMという会社としてカルチャーやソウル(魂)のようなものがあるわけですが、そうしたものを維持するためにはみんなの軸になるものが必要であり、DSMの場合はサステナビリティがそれに当たるものだったからです。

われわれはサステナビリティへのアプローチとして、IMPROVE、ENABLE、ADVOCATEの3段階を実践しています。IMPROVEは、自らによるサステナビリティの実践(温室効果ガスの排出削減など)です。ENABLEは、弊社の製品を通じてお客さまのサステナビリティを改善するための貢献です。ADVOCATEは、ただサステナブルな商品やソリューションを持っていっても誰がそのコストを負担するのかという話になるので、サステナブルな社会を実現するためのマーケットや社会改革の土壌作りを行います。

低炭素社会の実現に向けて

気候とエネルギーに関しては、カーボンプライシングのルールメイキングが世界的に行われ、欧州では炭素税が導入されていますし、越境炭素税も検討されています。欧米の多国籍企業を中心に温室効果ガス排出量でサプライヤーを選ぶという会社も増えています。

ADVOCATEの事例では、弊社前CEOのフェイケ・シーベスマが、パリ協定を受けて組織された世界銀行カーボンプライシングリーダーシップ連合の共同議長を2年間務め、炭素税の議論をリードしてきました。

一方IMPROVEの事例では、DSMは2016年の段階で社内炭素税(ICP:Internal Carbon Pricing)を導入しました。現在では、社内で使っている損益計算書(PL)には全てICPを入れています。昨年(2021年)にはICPを二酸化炭素1トンあたり50ユーロから100ユーロに上げました。いくらもうかる商売であっても炭素をたくさん排出すれば、その役員は評価されなくなるという状態を社内で作りました。その結果、みんな両立するためにどうするかということを死に物狂いで考える社風が生まれたといえます。ICPの効果もあり、実際にオランダや米国、中国・江蘇省のビジネスは100%再生可能電力に変更していますし、スイスのシッセルン工場では間伐材を使ったバイオマスの発電・スチームプラントを造っています。

ENABLEの事例としては、例えばエンジニアリングプラスチック事業部門では、バイオベースの製品の生産・供給を昨年(2021年)から始めており、2030年までに全グレードでそうした製品を提供することを約束しています。顧客は主に自動車、電気、電子会社であり、非常に多くの問い合わせを頂いています。

また、再生可能な植物由来原料から発酵法によってビタミンAを生産する技術を世界で初めて開発しました。これから大きくしていく事業ですが、サステナブルな方法でお客さまに対して環境負荷を少なくし、製品を提供する1つの事例だと思います。

地球上の全ての人々に健康的な食事を

栄養と健康に関しては、世界の食料システムは飢餓や栄養不良、免疫系の健康や生活習慣病、家畜からの温室効果ガス排出、小規模農家の生活改善など多くの課題を抱えています。こうした問題を解決するために昨年(2021年)9月、国連食料システムサミットが初めて開催されました。DSMはそれに先立ち、われわれが2030年をターゲットに貢献できることとして「食料システムコミットメント」を発表し、今後毎年レポートで進捗報告を行うことにしています。

途上国などの栄養状態を改善するために、例えば栄養強化米を開発しています。これまで米を主食とする人の栄養強化が難しかったのですが、DSMでは米粉と微量栄養素で粒状の栄養強化米を作る技術を開発し、普通の米に0.5~2%混ぜることで食事の栄養価を高めるソリューションを提供しています。

また、アフリカの栄養状態を改善するために、Africa Improved Foods(AIF)という官民ジョイントベンチャーをルワンダ政府と共に立ち上げました。アフリカの現地で強靱なフードシステムを構築するという非常に画期的なビジネスモデルで、世界銀行などの公的金融機関も出資しています。AIFは約300人を雇用し、これまでに13万を超える小規模農家から原料を調達して、栄養強化粥などの製品を製造し、ルワンダとその近隣諸国で販売したり、公的な栄養改善プログラムに供給したりしています。アフリカ企業唯一の国連WFPの認定サプライヤーでもあります。

畜産をサステナブルにするために、飼料添加物の開発にも取り組んでいます。事例としては、牛のゲップの中のメタンを平均30%削減できるBovaerという添加物を開発し、ブラジル、チリ、欧州、オセアニアなどで上市を始めています。また、海洋資源の保護を目的に、従来の魚油ではなく再生可能な藻類を原料に植物由来Omega-3(EPA、DHA)を製造する技術を開発し、水産飼料用グレードVeramarisとして供給するビジネスも展開しています。

植物由来代替肉についてもさまざまなソリューションを持っています。例えば、植物由来タンパクは実際の肉と栄養的にかなり異なり、多くの微量栄養素が不足しているので、実際に製品化するときにそれを補うための研究を業界の皆さんと行っています。

欧州では、政府や企業が食品の栄養や環境負荷に関するルールメイキングをいろいろと始めています。例えば、商品の前面パッケージに栄養情報を示すNutri-score、その製品を作るためにどれだけの環境負荷を与えたかを伝えるECO-SCOREというラベルも浸透しつつあり、消費者への啓蒙につながっています。サステナビリティのコストを誰が負担するのかという議論が消費者も巻き込んで広がりを見せています。

こうしたことを進めるに当たって、われわれは官民協力を非常に重視しています。政府機関のみならず、例えば世界食糧計画(WFP)とは2008年からパートナーシップ関係にあり、共に栄養強化食品の開発などを行ってきました。

ADVOCATEも引き続き行っていて、今年(2022年)のダボス会議では弊社共同CEOのジェラルディン・マチェットがパネルとして、食料システムと気候変動について意見を述べました。日本でも最近、弊社のサステナビリティ経営がメディアに取り上げられる機会も増えてきました。

パネルディスカッション

佐藤:
オランダの炭鉱会社から始まり、ロシュからビタミン部門を買収して栄養分野にも進出して大きくなったという、大胆な事業ポートフォリオ変革を進められた話を大変興味深く伺いました。その上でしっかりと稼いでいて、PURPOSE-LED PERFORMANCE-DRIVENを非常にうまく体現されています。そして、ルールメイキングという形で社会の目線を上げつつ、企業としてゲームのルールも積極的にセットしていて、日本企業から見ても学べることが非常に多いと思いました。

澤邉:
今日のお話は、事業ポートフォリオ変革をより未来志向で、グローバルかつ長期的な潮流に位置付けて見るとどうなるのかというメッセージが伝わるような内容だったと思います。特に、PURPOSE-LEDのPURPOSEが限りなく未来志向であるという印象を大きく持ちました。どんな社会を作りたいのか、その中で自分たちはどのような存在であるべきなのかというのをブレークダウンしてビジネスモデルに体現し、それを実現するためにさまざまなイニシアティブを取られています。

事業ポートフォリオをこれだけ大きく変革するとなると、1つの組織体を構成している要素をどんどん入れ替えていくことになるわけですが、1つの会社としての一体感やアイデンティティをなぜ実現できているのでしょうか。

それから、ルールメイキングを世界的規模で行う中で、規制やルールを追い風にするようなビジネスモデルを作るだけでなく、自分たちが正しいと思うビジネスを展開するためのルールを作るという、相互作用がダイナミックに実現されていますが、それはなぜ可能なのでしょうか。特にサステナビリティマネジメント部門とコーポレート全体のPERFORMANCEを管理する部門に距離があるといったことがよく批判的に指摘されるのですが、御社ではどのように克服しているのでしょうか。

丸山:
ポートフォリオ変革に関しては、われわれは何のために仕事をしているのかというのがまず先にあって、それを最大限にするためにポートフォリオも変革していくのだということでみんなの納得感や一体感も出ます。また、最近では入社してくる人の大半が、ビジネスを通じてサステナビリティを推進していくという考えに共鳴した人たちなので、仮に事業ポートフォリオの変化や人の出入りがあっても、社員の多くが同じ意識、同じ目線で仕事をすることができるようになっていると思います。DSMにおいては、サステナビリティは社外的なメッセージであると同時に、社内を1つにまとめる大切なキーワードにもなっているのです。

ルールメイキングに関しては、サステナビリティはわれわれが実現すべき責任であると同時に、一方で事業成長のチャンスであるともとらえています。特に欧米企業では、低炭素社会の実現をどうやって自分たちのビジネスにしていくかという視点を非常に強く持っていると感じます。ですから、これはわれわれの未来のビジネスに関する投資であるととらえています。

社内全体を巻き込むという観点では、賞与算定の仕組みや社内炭素税によって、事業部門がサステナビリティを自分事として取り組めるようにしています。加えて、例えば大手金融機関とRevolving Credit Facilityという、特定の低炭素化のための投資に対して超低金利で融資が得られるような仕組みを組んだりして、ファイナンスなどの間接部門の人にも自分の仕事が実際にサステナビリティにつながっているのだということを実感させるような仕組み作りがなされています。

砂川:
幾度にわたる事業ポートフォリオの大きな転換を御社はなぜ意思決定できたのでしょうか。これから事業ポートフォリオを変革していく日本企業に対してメッセージ的なものはありますか。

丸山:
事業ポートフォリオ変革は、中で勤めている私たちからすればどんどん変わって、ついていくのが大変なのですが、この会社が今持てる力で何をするのかということを常に最善を考えて動いているのだといえます。実際にそれを発表したときの株価動向を見ると、やはり発表後に上がることもあったので、社会からの要請にも応えていることは確認できると思います。

日本企業は祖業(企業創設時の事業)を非常に大切にしていて、もちろん新たな事業を開発する力はあると思うのですが、むしろ今ある事業を伸ばしていこうという想いが強いように思います。一方、欧州企業は「事業」よりも持てる「能力」を最大限生かして、社会課題を解決するための事業を展開するという考え方が強く、そういう観点では日本企業は欧州企業ほどドラスチックな動きはできていないと思います。例えば、DSMは2023年にプラスチックのビジネスを売却する予定です。これは会社の公式な見解ではありませんが、私個人としては、真にサステナブルなプラスチック材料を開発するための投資は巨額となることが予想され、小さな会社で個別に取り組むよりもいくつかの会社を集約し、しかるべき規模の投資を行っていった方が合理的かつ前向きな答えなのではないかという判断もあったと思います。

関口:
PURPOSEとPERFORMANCEの両方を追い求めるのは、実際非常に難しいと思うのです。組織内でコンフリクトや困難な面はなかったのでしょうか。それから、人の入れ替わりが激しい中で、会社への忠誠心や求心力を保つことはできていたのでしょうか。

丸山:
社員が自分の目の前にある仕事をやればやっただけ世の中のためになるというふうにポートフォリオを作ることで、PURPOSEとPERFORMANCEがトレードオフにならないように注力しています。一方で、利益を上げることは厳しく求められています。自分の仕事が世の中の良いことに直結しているということと、自分が約束したことはきっちり成し遂げることがみんなの中に強く浸透しているといえるでしょう。こういった姿勢を表すものとして、社内では「Doing Well by Doing Good」(良いことをして結果を出す)とか、「People-Planet-Profit」という「合言葉」があります。弊社に限りませんが、欧州企業では一般的に、耳障りの良いことを言うだけでは駄目で、きちんと結果を出さなければいけないという厳しさは非常に強く感じます。サステナビリティの先進的な取り組みが高く評価されつつも、業績が伴わないために株主から罷免された大手企業のCEOなどもいます。

求心力に関しては、やはり世の中にとっていいことをしたいという志を持った人が集まってくるので、入社後も栄養改善やフードシステムの問題に取り組めることを非常にうれしく思い、全力を出す人が非常に多いと思います。

質疑応答

佐藤:

視聴者の方のご質問で「DSMさんの今後の方針として成長率、利益率、カーボンニュートラルの3つを満たすことが非常に大切だと理解していますが、この3つの要件を満たさない事業は売却されるのでしょうか」とありますがいかがでしょうか。

丸山:

その3つの観点では見ていません。成長率、利益率は当然目標があるので満たしていくのですが、それを満たしつつ脱炭素や食料システムなどの非財務目標も達成できるように事業の姿を変えていくことになると思います。来年(2023年)の合併も含めて、新しいポートフォリオでいかに目標を達成するかという観点で今は考えています。

佐藤:

行政当局からこんな接点があったとか、こんな支援をもらったとか、逆にこんな駄目出しをもらったという話はありますか。

丸山:

DSMは現在オランダの会社なのですが、来年(2023年)には合併でスイスの会社になります。元々国営企業にも関わらず、国籍が変わってしまうというのは日本企業では考えられないほどの変化だと思うのですが、1つの組織として社会に強いインパクトを出すことを真剣に考えて前に進んでいると強く感じますし、それを認めて実際にサポートしてくれているのがオランダ政府の立場なのだと思います。

佐藤:

最後に一言ずつ、コメントを頂ければと思います。

澤邉:

PURPOSEとPERFORMANCEは矛盾するのではなくて、ある種のパラドックスだけれども、パラドックスは解決できるのだという一例になっていると思いました。大いに学ぶところがあり、大変ありがたく思います。

砂川:

丸山社長のご経歴を見ると、大学院等で博士号、修士号、MBAを取られているということで、今後は日本企業も大学院で学んでリスキリングすることが大事になってくるということをしっかりと意識しながら取り組んでいきたいと思いました。

関口:

日本企業の場合メンバーシップ雇用という特徴があるのですが、雇用の安定を大切にしつつも、PERFORMANCEに対する厳しさとある程度の人の入れ替えをしていくことが今後非常に重要になると感じました。

佐藤:

未来志向で事業機会に変えていき、PURPOSEに共鳴する人が外部からも集まって、DSMの魂が引き継がれる一方、業績も妥協することはないということで大変興味深く伺いました。

丸山:

一方的に欧州企業はすごいということを言いたいわけではなくて、こういう事例もあるということをご理解いただければと思います。もしもどこかで日本の産業や企業の活性化につながることがあれば、私がDSMで学んだことをいつでもまた共有したいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。