長崎県が日本と世界を変える、救う

開催日 2022年7月29日
スピーカー 三上 建治(長崎県企画部政策監(デジタル戦略担当)/ 産業労働部政策監(新産業振興担当))
スピーカー 森田 公一(長崎大学感染症研究出島特区長 / 前同大熱帯医学研究所長)
スピーカー 征矢野 清(長崎大学海洋未来イノベーション機構 環東シナ海環境資源研究センター教授・海洋未来イノベーション機構長)
スピーカー 野口 市太郎(長崎県五島市 市長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

長崎県は広大な海域と多くの離島・半島からなり、温和で風光明媚な自然を有するほか、アジアおよび欧州との窓口を果たしてきた歴史・文化を持つ。その長崎県が今、「100年に一度の変化」を迎えて活気にあふれている。今年(2022年)9月には西九州新幹線が開業予定であり、統合型リゾート(IR)の誘致も進行中である。また、造船に代わって半導体・航空機関連産業などの新たな基幹産業が育ち、産業構造も大きく変わろうとしている。本セミナーでは、長崎こそが国内外でユニークにリードしている分野(医療、水産、離島)におけるイノベーティブな取り組みや成果について、各分野のスピーカーからご紹介いただくともに、長崎県の将来可能性について理解を深めた。

議事録

100年に一度の変化

三上:
長崎県は、規模としては人口もGDPも面積も日本の1%しかありませんが、海域を含めた面積は九州本土に匹敵し、海岸線の長さは北海道に次ぎ全国2位(北方領土を除けば1位)、有人離島の数は全国1位という特徴があります。

今回、大石知事から皆さまにメッセージがございます。大石知事は今年(2022年)3月の知事選で初当選し、現在39歳、現役最年少の知事です。

大石:
長崎県は離島や半島が多く、大変風光明媚であります。古くから中国をはじめアジアとの交流関係が深く、江戸時代には出島が置かれ、蘭学などの西洋の新しい知識・技術の拠点となりました。また、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と「明治日本の産業革命遺産」という2つの世界遺産を有する稀有な県でもあります。さらに、私たち県民は長崎を最後の被爆地にという思いを強く持っており、世代を超えて被爆の実相を語り継ぎ、核なき世界の実現を訴えています。

本日のセミナーでは、従来の長崎県のイメージに加え、100年に一度の変化を迎えていることをお伝えしたいと思います。

まずは、今年9月23日、西九州新幹線が長崎・武雄温泉間で開業します。これを契機に新幹線各駅周辺ではまちづくりが活性化しています。例えば長崎市では昨年(2021年)、MICE施設の出島メッセ長崎が開業したほか、JR九州の新駅ビル整備やサッカースタジアムを中心とした複合施設構想も進められています。開業効果が県全体に波及・拡大するよう、おもてなし等の受け入れ体制づくりや二次交通の整備も官民一体となって進めています。

本県では「九州・長崎IR」構想を、九州各県や経済界などのご協力も頂いてオール九州で取り組んでいます。来訪者数は年間673万人、経済波及効果は年間3328億円を見込んでいます。

産業構造においても、洋上風力発電などの海洋エネルギー産業、航空機関連産業、AI・IoT・ロボットや半導体関連産業など、新たな基幹産業が育ちつつあります。

私は今こそ県勢浮揚のチャンスととらえています。人口減少、若者流出などの地域課題や地理的な不利条件はありますが、見方を変えれば全国屈指の課題解決のフィールドであり、多様なチャンスに恵まれているといえます。最先端技術の社会実装を促進し、長崎だからこそチャレンジできる環境づくりを進めることで、国内外から多くの人材や企業を集積したいと考えています。

わが県では医療・海洋・離島の3つの分野に力を入れており、これらの取り組みを進めることは本県のみならず日本と世界の社会経済を変え、未来を救うものになると信じています。

三上:
長崎県は変わりつつあります。そのためには多様性が大切です。長崎県に人や企業が集まり、楽しく議論し、実現する場になるようにがんばりたいと思います。

世界の感染症対策に寄与

森田:
本学にとって感染症は開学以来最重要の教育・研究課題であります。1967年に熱帯医学研究所(熱研)が発足したことは、本学が熱帯の開発途上国へと研究活動を展開する一大転機となりました。2021年7月には医学部に念願のBSL-4施設(高度安全実験施設)が竣工し、エボラウイルスを含むあらゆる危険度の病原体研究が可能となりました。現在は感染症関連の教員・研究員数が160名を超え、他大学にない規模となっています。

特に熱帯医学では、世界トップレベルのロンドン大学衛生・熱帯医学大学院(ロンドンスクール)をはじめとする国内外の研究機関と厚いネットワークを有し、熱帯医学分野での論文の国際共著率、トップ10%論文の割合はともに国内大学で1位となっています。

また、われわれは産業界との連携を強化しています。熱研でも通常型の委託・共同研究に加え、マラリア治療薬の開発を目指す4つの研究室を新設したシオノギグローバル感染症研究部門や、ファイザー社と肺炎ワクチンの疫学研究を実施する呼吸器ワクチン疫学分野を設置するなど、産業界との連携は強くなっています。加えて、国際的な支援ファンドからも研究費を頂いており、熱研だけで外部資金導入額は年最大20億円前後となっています。

本学の感染症研究をさらに推進するため、感染症研究に関連する5つの部局の研究員を総合的に運用する装置として2022年4月、感染症研究出島特区を新設しました。これは、今回の新型コロナ流行においてわが国がワクチン開発で後れを取ってしまった反省から始まっています。

わが国が国産ワクチンをなかなか上市できていない要因の1つは1980年代に発生した薬害エイズ事件であり、それまで世界のトップを走ってきたわが国のワクチン開発研究は大きく後退しました。しかし、今後は安全性を担保しつつ、緊急時における医薬品開発と認可システムの見直しが進むと思われます。一方で、アカデミアにおいて基礎研究から臨床研究、社会実装までの連携が効果的でなかったという反省もあります。

そこで特区では、平時には研究者の自由な発想による研究を促進しつつ、学内のリソースを可視化し、グループ間の連携を強化して一気通貫で医薬品開発研究を行います。そして有事には、特区の機動性を生かしたガバナンス体制によって医薬品を迅速に開発し、社会実装を目指します。

10年後のビジョンとしては、高病原性ウイルスや熱帯性感染症に対するワクチン・医薬品開発を自己完結的に実施する体制を確立すること、あらゆる病原体に対応できるオールジャパンでの開発体制を確立すること、AIを活用したワクチン開発の新機軸を創出することを掲げています。

本学は、感染症を中心に教育・研究を戦略的に推進し、オンリーワンの研究・人材育成基盤を構築して、特色ある発展を成し遂げてきました。今回の新型コロナへの対応を教訓に、今後も世界の感染症対策に貢献していきたいと思います。

長崎から世界の水産を変える

征矢野:
長崎県は水産業をはじめとする海洋産業を基幹産業として発展してきました。しかし、日本各地で水産業は非常に厳しい状況にあり、後継者不足や高齢化といった課題が深刻化しています。一方、世界の水産業は養殖業を中心に伸びており、非常に魅力があると考えられています。

そこで私たちは、世界の水産業に目を向け、「とる漁業」から「育てる漁業」の養殖業へと転換することが非常に重要だと考えています。そのためには環境保全型の養殖を確立させ、海との共生を目指す必要がありますし、水産業を生産から加工・流通・消費まで1つの産業としてとらえる総合海洋産業とすることが重要です。

長崎県では「ながさきBLUEエコノミー」といって、海の環境と生物を守りながら資源を利用することで社会全体を持続的に発展させていくことを構想していて、具体的な取り組みとして「作業を変える」「育て方を変える」「働き方を変える」ことをわれわれは考えています。このプランを「インテリジェント養殖を基軸にした『ながさきBLUEエコノミー』形成拠点」として取りまとめ、科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」に昨年応募し、採択されました。

「作業を変える」では、海洋工学の先端技術を用いて、省エネ化や自動化を進めていきます。IoT・AI・ロボットを導入した養殖方法や、海上海中通信によって生産者がいけすまで行かなくても海の状況が分かるようなシステムを構築していきます。それから、世界のマーケットからは安全・安心はもとより環境に配慮した魚でなければ買わないと強く言われるので、環境の負荷が少ない沖合での養殖を目指しています。

「育て方を変える」では、低環境負荷型の養殖業を形成していきます。人工種苗に切り替えることで天然資源に依存しない養殖を目指すほか、餌を大豆タンパクやトウモロコシなどの植物性に切り替えることで低炭素型の環境に優しい養殖を実現させます。

「働き方を変える」では、現在のキャリア構造を見直して、魚が売れる新たなビジネスモデルをつくっていきます。魚を買っていただくためには、マーケットもきちんと考えた商品の開発・生産をしていかなければならないので、金融機関とも協力しながら、漁業者を保護しつつ良質のものを売っていくシステムを構築します。

長崎大学には水産学部の長い歴史があり、なおかつ最近は水産に興味を持つ企業が多くなっています。そういったところと連携して、日本初の総合水産海洋産業を長崎の地から発展させたいと考えています。そのためには漁業者との対話も必要であり、加工・消費者との対話も必要です。多くのステークホルダーを巻き込んだ形で新しい水産業をつくり、海洋立国日本の水産業再生につながればと考えています。

未来を創る離島からの挑戦

野口:
五島市は、大小152の島々からなる五島列島の南西部に位置し、離島から未来を創っていく取り組みをいくつか展開しています。

2010年から浮体式洋上風力発電実証事業を実施し、現在国内で唯一実用化されています。2018年には再エネ海域利用法に基づく促進区域に国内で初めて指定され、8基程度のウィンドファームの整備が進んでいます。さらに、潮流発電実証事業では国内初となる商用規模の発電機500kwが2021年1月に設置され、実用化に向けた実証事業が継続されます。こうした取り組みにより、市の再エネ電力自給率は56%と全国平均の約3倍となっています。ウィンドファームの整備で2024年には80%程度になると見込んでいます。

現在、島まるごとカーボンニュートラルの早期実現に向け、再エネの導入促進と地球温暖化防止対策に取り組んでいます。また、地域新電力会社である五島市民電力と連携し、浮体式洋上風力発電などの再エネの地産地消を図り、産学官民のオール五島でカーボンニュートラルに挑戦しています。

五島市では2020年度、国土交通省のスマートアイランド推進事業を活用し、遠隔医療とドローンを活用した地域医療モデルの構築に向けた実証事業を実施しました。五島市の11の有人島のうち、6つの島には医師が常駐していません。このうち3つの島では出張診療を実施していますが、医師がいないときは医療機関のある福江島に通わなければならないため、五島市では交通と医療水準が課題となっています。

実証事業ではまず、福江島の医師と二次離島(本土への直接的な移動手段がない、大きな離島の周辺に点在する小さな離島)の患者をオンラインで結び、遠隔診療を行います。次に、福江島の薬剤師と二次離島の患者をオンラインで結び、遠隔服薬指導を行います。その後、ドローンで処方薬を輸送します。遠隔診療からドローンを活用して患者に処方薬を届ける取り組みは日本初です。実証事業で得られた成果や課題を踏まえ、民間企業と連携しながら社会実装を目指したいと考えています。

実証事業をきっかけに、民間企業による医薬品の物流サービスが実施されています。豊田通商株式会社の子会社、そらいいな株式会社が、医薬品を病院や診療所、調剤薬局に配送するサービスを提供しており、五島市の医薬品物流の課題を解決する取り組みとして期待しています。離島は将来の日本の姿と言われていますので、五島市から課題解決の成功事例をつくり、先駆的な自治体となれるように挑戦したいと考えています。

五島市への移住者は、2018年度から4年連続で200人を超えています。オンライン移住相談会を開催するなど、移住者のニーズに合った取り組みを積極的に展開した結果であり、2019年からは2年連続で社会増を達成しました。

私の市政運営のスローガンは、「結集!!みんなの力で五島を豊かに」です。あらゆる力を結集し、子どもたちに明るい未来を託すためにふるさと・五島の活性化に今後も挑戦します。

質疑応答

Q:

国の成長・変化は地方の成長・変化の集合体と考えるので、皆さまの取り組みには共感します。長崎県と組んだ企業の先進事例のようなものはありますか。

三上:

長崎県は地域課題の縮図だと思っています。逆に考えると、何か実証したいときに長崎に来ればワンパッケージで何でもできるので、パートナーを組みたい都市部の企業がとても多くなっています。また、海外ともビジネスを超えた縁でつながっているので、第三者のエリアとも親しくなりたい企業があれば、ぜひ長崎にお越しください。

Q:

技術の社会実証を自治体として進めるに当たってのハードルは何でしょうか。

野口:

やはりいろいろな制度や規制が出てきますが、最近のこういった社会実装につなげる実証事業では、国、県を含めて協力的な雰囲気ができており、一定のご協力は頂けるのではないかと思います。

三上:

1つ問題になっているのは電波の問題です。5GあるいはLTEの電波が通じるのかどうか、あるいは光ファイバーがあるのかどうか、衛星通信をいかに安く使うかなど、日々いろいろと考えており、そうした課題は県および自治体の皆さまと一緒に考えていきたいと思っています。

Q:

日本のワクチン開発企業が世界で戦うためには、政府にどのような支援が求められるでしょうか。

森田:

1つは、認可システムをある程度変えることが重要だと思います。実際に認可するのは(独)医薬品医療機器総合機構(PMDA)という組織で、すでにいろいろな評価指標を検討していると聞いているのでこの点は改善されつつあると思いますが、いかんせん新型コロナの流行が始まって3年目になってもまだ認可されていません。政府としては法令的な整備が最も必要ではないかと考えます。

Q:

「ながさきBLUEエコノミー」の実現に向けてスタートアップ企業をどんどんつくっていけたらいいと思いました。

征矢野:

水産の未来について議論する場が、これまで日本のどこにもなかったのです。そこで、長崎大学の中に次世代養殖戦略会議というものをつくりました。すると、「今までは水産に関わっていなかったけれども、こんな企業や技術がある」とか、「これは面白いからぜひ取り組んでみたい」という声掛けがいろいろと起こっています。そうした人たちと論議しながら、長崎でしかできないものをどんどん広げていくために、多くの企業の方や起業を目指している方の輪をつくりつつあります。

Q:

洋上風力や潮流発電はユーザーとして使うのでしょうか。サプライヤーとしての産業を育てたいのでしょうか。

三上:

五島市や西海市ではユーザーとして、商用事業としてのエリア開拓は進んでいますが、併せて長崎が洋上風力発電でユニークな存在になっていけないかということで、まさに産業政策として進めているところです。関心のある方はぜひ一度ご覧いただければと思います。

Q:

長崎大学ではAIやコンピューティングとの連携をどのようにお考えでしょうか。

森田:

実はわれわれも国内のIT大企業と共同研究を始める話を進めています。われわれだけでなく、世界の研究機関がAIを活用したワクチン・医薬品開発を始めているところであり、われわれも後れを取らないように取り組み始めています。

Q:

五島市には具体的にどういった方が移住されているのでしょうか。

野口:

40代までで約8割を占めており、移住された方で引き続き島に定住している方の割合は8割を超えています。定住された方が新たなサービスや事業を始めるケースもあり、既存の事業者に新たな影響を与えており、非常にいい循環ができていると思っています。

Q:

最後に一言ずつコメントを頂きたいと思います。

森田:

製薬業界以外に建築業界からもいろいろな共同研究の申し込みが来ています。皆さんの中にもいろいろな業界の方がおられると思いますので、何かアイデアがございましたらぜひご一報ください。

征矢野:

われわれは再エネ事業の養殖への導入や、医歯薬と連携した抗体製剤の作成にも関わっていきたいと考えていて、今までにない産業を長崎からつくっていければと思っていますので、ぜひ皆さんもお力を貸していただければと思います。

野口:

全国の離島はコロナの感染拡大で大きな経済的なダメージを受けています。感染が落ち着いた暁にはぜひお近くの離島に足を運んでいただき、活性化にご協力いただければと思います。

三上:

新幹線開通により、福岡まで2時間かかっていたのが1時間半に短縮されます。一県民の視点としてはやはり利用者の声や実感こそが重要ですので、皆さんにもぜひ乗りに来ていただければと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。