[RIETI-中小機構共催]コロナ禍での中小企業の声を聴く-中小企業景況調査の活用-

開催日 2022年7月20日
スピーカー 小西 葉子(RIETI上席研究員 / 独立行政法人中小企業基盤整備機構 機構サポーター)
コメンテータ 芳田 直樹(経済産業省 中小企業庁 事業環境部 企画課 調査室長)
モデレータ 伊原 誠(独立行政法人中小企業基盤整備機構 広報・情報戦略統括室 総合情報戦略課長)
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開催案内/講演概要

経済分析は客観的情報の活用が主流だが、コロナ禍のような未曾有の事態には複合的で即時性のある感情やムードがいち早く現実を教えてくれる。本セミナーでは小西葉子RIETI上席研究員を迎え、中小企業基盤整備機構が1980年に調査を開始した「中小企業景況調査」で直近までの中小企業を取り巻く業況の産業別、地域別の変化を紹介した。グラフ描画のひと工夫と客観データの併用で活用の幅を拡げ、本調査の魅力を紹介すると共に、日本経済を支え続けてきた中小企業の声を聴くことの重要性を強調した。

議事録

「中小企業景況調査」の特長

コロナ禍のような未曾有の事態には、客観的情報に加え主観的情報を積極的に活用することで、実態を素早く把握できると考えます。今日ご紹介する中小企業基盤整備機構(以降、中小機構)の「中小企業景況調査」は、企業の業況に関するさまざまな項目について、主観的な業況判断とその背景を聞く調査です。

「中小企業景況調査」の特長は、
1.中小企業が対象で、約8割小規模事業者
2.対象企業数が多く、離島を含む全国津々浦々を網羅
3.調査員調査によるきめ細やかな聴き取り、高い回収率と高い信頼性を実現
4.調査は40年以上続き、円高不況、バブル崩壊、アジア通貨危機、リーマンショック、東日本大震災、コロナ危機等、さまざまな事象を網羅

に要約されます。

調査対象企業が約19,000社と中小企業を対象とした景況感調査の中で最も多く、客体負担の観点から公的統計調査でアクセスしにくい小規模事業者(従業員20人以下(卸売業・小売業・サービス業は5人以下))が大勢を占めます。また、回収率の高さも直近で96.2%と突出して高いです。これは全国の商工会、商工会議所の経営指導員、および中小企業団体中央会の調査員が対象企業を訪問し、聴き取り結果を調査票に記入するきめ細やかな調査体制による賜物です。期間の長さも特長で、1981年7-9月期の第1回調査から欠かさず40年以上実施され、直近の2022年の4-6月期で第168回を迎えました。

調査項目は、自社の業況判断や売上額、売上単価・客単価、原材料・商品仕入単価の増減、採算の判断、資金繰りの判断、借入の難易度、従業員や生産設備の過不足で、調査結果はディフュージョン・インデックス(DI)の形で公表しています。DIとは、「良い」と答えた会社と「悪い」と答えた会社の比率の差であり(単位はパーセントポイント)、全員が「良い」と答えれば100%ポイント、全員が「悪い」と答えればマイナス100%ポイントになります。「良い」と答えた企業数と「悪い」と答えた企業数が等しいときに0になります。

DI以外で公表しているものが、設備投資動向と経営上の問題点、業況判断の背景です。この景況判断の背景は自由記述ですが、毎回5000~6000の事業者の皆さんの声が寄せられています。各回の調査の報告書が中小機構と中小企業庁のホームページに掲載されますので、関心のある方はぜひご覧ください。

このように「中小企業景況調査」には企業経営に関するさまざまな質問項目がありますが、本セミナーでは、企業が直面する総合的な状況を理解するために自社の業況を使用します。業況に関する項目は、1980年から調査開始した前期比、前年同期比、来期の見通し(前年同期比、今期比)と、1994年から開始した今期の水準があります。今回は、コロナ禍という大きなショックの中での分析ですので、過去との比較ではない「今期の業況水準」を使用します。

マクロで俯瞰するコロナ禍のショック

では、マクロ的な視点で過去から現在までの事象と比較しながらコロナを俯瞰したいと思います。今期の業況水準DIの推移を振り返ると、コロナ禍の時期は建設業を除く4産業(製造業、小売業、卸売業、サービス業)が過去約30年間での最低値となりました。

振り返るとアジア通貨危機、リーマンショック、東日本大震災など厳しい業況を経験し、その後各産業ともインバウンドブームやオリンピック開催決定などあり、業況は上向いていきました。調査史上初めて4産業で0を超えるかなと期待を寄せていたところに、コロナ禍が発生しました。

注目すべきはサービス業で、業況DIのワースト5位のうち4時点がコロナ禍の期間で占められています。特に緊急事態宣言発令時に急激に低下し、1回目が発令された2020年4-6月期は、飲食業がマイナス91.6、宿泊業がマイナス95.2とほぼ全員が「悪い」と答えました。その後も他業種が回復する中、緊急事態宣言、まん延防止等重点措置期間にDI値が下がり、期間外に改善するというのを繰り返しています。

客観データとの組み合わせでより身近な声を聴く

ここからは地域別に各業種をさらに見ていきたいと思います。

コロナ禍では経済指標の多くが、1回目の緊急事態宣言付近で大きく落ち込みました。中小企業の業況も2020年Ⅱ期(4-6月期)が底になっており、サービス業では飲食や宿泊といった観光関連のサービス業が長く大きな打撃を受けました。

全国と9地域の宿泊業の今期の業況水準DI値の推移を見てみましょう。最も業況が低かった2020年Ⅱ期(黄緑色)と比較するために、コロナ前の2019年Ⅱ期(赤色)、翌年の2021年Ⅱ期(紫色)、翌々年の2022年Ⅱ期(水色)を描画します。加えて、Go To期間の2020年Ⅳ期(2020年10~12月期)を灰色の破線で重ねます。

コロナ禍前、東北地方は宿泊業の業況DIは最も低かったのですが、Go To期間(2020年10-12月期)になるとコロナ禍前を上回り、地域間で最高値になりました。しかし多くの地域が回復する中、観光地として人気のある北海道は-80、沖縄は-88.9とDIが浮上しませんでした。

Go Toトラベルキャンペーン時の東北地方のDI改善と北海道・沖縄の落ち込みについて客観データと組み合わせて見ていきましょう。まず、V-RESASの『宿泊者数』を使用して、Go Toトラベルキャンペーンの需要増を地域別に確認します。2020年Ⅳ期の調査日が含まれる11月第3週の前年同週比は、コロナ禍にもかかわらず、全国121%増、全ての地域で前年同週を上回りました。東北の230%増は前年同週の3.3倍にもなります。一方、北海道は75%増(1.75倍)で、他地域と比較して低い伸びでした。沖縄はこの調査では九州・沖縄となっているので直接見ることができませんが、全国平均を下回っていました。

次に、東北6県の急激な需要増と北海道と沖縄がその波に乗れなかったのかをNHK特設サイト「新型コロナウイルス」の新規陽性者数という客観的データをさらに見てみましょう。Go Toキャンペーン期間中は、観光地として人気の高い沖縄と北海道の感染者数が急増しました。一方、東北6県はこの時期まで感染者数が少なく、東北が旅先として選ばれた理由だと考えられます。

最後に直近の2022年Ⅱ期のDI値を見てみましょう。沖縄以外の地域は2020年、2021年のⅡ期と比較して大幅にDI値が改善しました。北海道はコロナ前よりも高くなりました。一方、沖縄は2020年、2021年と全企業が「悪い」と答え、2022年も依然として-80と8割の企業が「悪い」と答えており厳しい状況が続いています。

沖縄の景況DI値が回復できなかった理由を2022年1月から7月17日までの直近1週間の人口10万人あたりの感染者数の推移で探索しましょう。北海道は感染者数が少なく、調査日付近に向かって減少しました。一方、沖縄は3月末から増え始め、ゴールデンウィーク以降ピークを迎え、以降も急増しています。

このように、2020年Ⅳ期と2022年Ⅱ期の北海道と沖縄を比較することで、宿泊業の業況DIと感染者数の増減に関係があることが分かります。また、Go Toトラベルの観光需要への影響は短期間かもしれないがあったと言えます。このように客観的データを組み合わせることで、もう一段深い分析となります。

パッと見て分かる都道府県業況の推移:視覚化の工夫で理解を深める

都道府県別に各業種を見るとどうなるでしょうか。

各業種の景況感(2019~22年の4-6月期)を、全国を時計の12時、北海道から沖縄まで都道府県で47分割して時計回りにグラフに表します。中心が-100で、輪が外側に向かう程、DI値は高くなります。破線は各時期の全国のDI値で、自県が全国値よりも高いか低いかを比較できます。視覚化の工夫により自県の産業間での高低を知り、政策の必要性の優先順位を付けることに役立ちます。

製造業に関しては、2022年の線が2019年の線を越える県も結構あり、コロナ前の状態に戻っている様子がうかがわれます。

建設業はコロナ前には西高東低の傾向があり、他産業よりもコロナの影響を受けていないように見えます。

一方、小売業は他産業と比較して、コロナ前においても業況水準が低かったことが分かります。ここ30年を見ても、業況水準が引く状態が続いているので、小売業の中小企業・小規模事業所は応援を要すると思います。

サービス業は他産業と比べて各年の線があまり交差していないのが特徴で、時間の経過とともにコロナ前の水準に近づいていることが分かります。

地域の違いを示す図法としてまず思い浮かぶのは、白地図に色を付けて高低を示す手法ですが、この手法を用いれば、景況感の高低を示す際にも高低が見やすく、複数時点での比較もできます。

このグラフでは例えば、西高東低の傾向があれば向かって左側が張り出したように見えます。また地域内では似た傾向を持つならば、東北に属する県は高く、九州の県は低くなど近隣県が僅差の景況感になり地域ごとに凸凹するでしょう。

しかし結果は、どの産業もおおむね左右対称、上下対称で、その上で各都道府県の景況感の分布が花のようになりました。近隣の地域と似たような景況感ではなく、それぞれに独自の景況感になっているのが興味深いですね。

今回は、今期の業況水準に特化して分析しましたが、「中小企業景況調査」にはさまざまな項目がありますので、項目を変えて分析をすることでまた異なる知見が得られます。

中小企業景況調査の6つの強み

中小企業の景況調査の強みを以下にまとめます。

まず1つ目に中小企業を対象とし、小規模事業所が約8割を占める点です。回答者負担が大きく回収が難しいなか、高い回収率を実現しています。

2つ目に、サンプル数が多い点です。毎回約19,000近くの企業が含まれるので、地域別、都道府県別、産業別、業種別に分析しても十分に耐え得るサンプルサイズがあります。ただし、地域別×業種、都道府県別×業種では分析できないカテゴリーもあります。

3つ目に、歴史が長い点です。過去の経済ショックを分析したり、比較したりできる長期時系列を有するのは極めて価値が高いです。

4つ目に、年単位より短い四半期調査である点です。他の統計調査や民間ビッグデータと組み合わせて分析しやすいというメリットがあります。

5つ目に、調査項目が非常に多いので、多様な分析ができる点です。

6つ目に、業況の判断とその判断に至った背景を表す「生声」がある点です。判断と背景があることで、機械学習(AIやディープラーニング)の学習データに活用でき、SNSや他の統計調査と併用することで、即時性がある景況指標の公表も可能となります。

「中小企業景況調査」は長い年月に渡り、日本を支える中小企業の景気動向と生の声を届けてきました。ぜひ四半期に一度耳を傾け、政府機関は政策に、支援機関は動向把握に、中小企業は他の企業の動向を把握することで企業戦略に、目まぐるしく変化する「いま」を知ることに活用していただければ幸いです。

コメント

芳田:
中小企業景況調査と、それより1営業日以降に公表される日銀短観の相関性を検証したところ、業況判断、雇用人員判断・従業員過不足、設備過不足のいずれも相関性が高いという結果になりました。

しかし、調査の特性により、両者の業況判断の見通し(先行き)には違いがあります。中小企業景況調査の今期のDIと比べた来期の見通しはプラスとなっており、来期に向けて業況は改善するであろうという見通しが多いのですが、日銀短観は来期の見通しがマイナスになっており、来期の方が厳しいと答えている事業者が多い傾向にあります。法人企業景気予測調査は今期に比べて来期の見通しは明るい傾向であり、中小企業景況調査は日銀短観と法人企業景気予測調査の真ん中に位置すると考えられます。

しかし、中小企業景況調査の実績としては、見通しよりもややマイナスが多い形で数字が出ているという特性があります。

これは、中小企業景況調査は「今期と比べた来期の見通し」という形で調査しているのに対し、日銀短観は「回答時点における先行き(3カ月後)」を調査しており、時点がやや違うことももしかしたら影響しているかもしれません。いずれにしても、調査の特性やデータの特性をよく見ておいた上で、数字を活用する必要があると思います。

質疑応答

Q:

アンケート調査の設計の際に、どのような箇所に気を付けて設計することが重要ですか。

小西:

国の統計調査において、調査項目の変更は統計法の下で審議を重ねるという経緯があり、例えばコロナ禍の状況を見るために既存の景況調査に新規項目を入れるのは困難です。ですので、普遍的な仮説をどれだけ調査の中に入れられるか、つまり長生きする質問をどれだけ入れられるか、が大事になると思います。

一方で、民間実施の調査では割と柔軟な設計ができるのではと思います。私がよくアンケートの調査票設計の指導する際は、イエス・ノーで答えられるようなシンプルな問いになっているか、曖昧さを含めないような質問ができているか、あまり深く考えなくても最後まで答えやすく解ける調査になっているかを重視します。そうすれば回収率も回答率も自然と上がりますし、作成者も分析の仮説がクリアになっているはずなので、非常に良い調査になるのではと思います。回答者が調査は義務で嫌なものではなく、答えることで気付きがあり、よい・たのしい時間だったと感じてもらえるような、調査がエンターテインメントのような機会になると意義があると思います。

Q:

調査員調査はITに弱い中小企業の声も拾える点で大きな強みだと思います。調査員がタブレットか何かで記入して、すぐに公表できるようにすれば日銀短観よりはるかに魅力的な気がします。

伊原:

現状は調査を紙で行っていますが、調査員の方がオンラインで入力できてすぐに回収できるような試みを検討しており、より迅速に結果を公表できるように努め、さらに魅力的な調査にしていきたいと思っています。

Q:

先行指標としての「一致率」は調べられているのでしょうか。

芳田:

これから分析していきたいとは思っていますが、中小企業景況調査の見通しと実績の一致率を見ると、やはりコロナもあって非常に乖離があると思います。ただ、1980年から調査を開始しているので、歴史的にどれだけ一致しているかというのは調べてみたいと思いますし、日銀短観や内閣府の統計についても一致率を調べてみたいと思います。

伊原:

全国の地域の中小企業の動向や生の声を把握できる中小企業景況調査をぜひ四半期ごとにご確認いただいて、政策や研究、あるいは支援現場や企業の経営に生かしていただきたいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。