開催日 | 2022年6月16日 |
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スピーカー | 石川 浩(経済産業省 経済産業政策局 産業構造課長) |
コメンテータ | 伊藤 元重(東京大学名誉教授) |
モデレータ | 渡辺 哲也(RIETI副所長) |
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開催案内/講演概要 | 経済産業省産業構造審議会の経済産業政策新機軸部会では2021年11月以来、目指すべき経済社会のビジョンやその実現に向けた政策の基本的な考え方や方向性について議論を重ね、このほど「中間整理」を取りまとめた。日本経済が過去30年にわたる低迷から脱却するために、官も民も一歩前に出て成長分野に大胆に投資することが重要であり、「中間整理」ではグリーンやデジタルなどの社会課題解決分野における「ミッション志向の産業政策」と、人材・スタートアップ分野などの「経済社会システムの基盤(OS)の組み替え」という2つのアプローチを取っている。本セミナーでは、経済産業省の石川浩産業構造課長が「中間整理」の内容や新機軸の方向性について解説し、新機軸部会の伊藤元重部会長からコメントをいただいた。 |
議事録
日本経済の課題
2021年11月以来、伊藤先生にリードしていただいて産業構造審議会新機軸部会で経済産業政策の新機軸について議論を行ってきました。その大本の課題認識としては、日本経済が過去30年間低迷しており、特に潜在成長率が1%を切る状態が続いていることがあります。
営業利益に対する設備投資比率も人材投資も日本は低水準であり、全体として「投資をしていないこと」が大きな課題です。少子高齢化・人口減少が進み、国内総生産(GDP)の世界シェアも低下しており、かつての貿易収支に依存する構造から、グローバルに投資し、グローバルに稼ぐことの重要性が高まっています。
日本で投資が進まない要因として、企業経営の課題が「新機軸」の中でも大いに議論されました。日本企業の国際競争力、価値創造力が低下しているのです。象徴的なのは、東証一部上場企業のうち株価純資産倍率(PBR)が1を割る企業が全体の4割に達している点です。1を割るということは、株式時価総額が純資産額を下回る、つまり経営によって価値をほとんど生み出していないことになります。さらには、代表的企業(TOPIX500)に占める設立30年以内の企業が5%足らずであり、経済の新陳代謝もなかなか進んでいません。
国全体の国際競争力も、かつて1990年代には世界1位と評価されていたものが、今や31位という状態になっています。こうした課題を待ったなしで解消していかなければならないという認識が今回の検討のスタートラインとなっています。
産業政策の考え方の変化
政府の産業政策に関する議論は世界的にも盛んに行われてきました。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のマリアナ・マッツカート教授は、「ミッション志向」のアプローチに基づく産業政策が新たな産業を育て、国家はイノベーション主導者になるべきである、つまり起業家国家を目指すべきであると述べています。
かつての通商産業省の産業政策は「特定産業の保護・育成」が目的として掲げられていましたが、その後の「構造改革路線」では市場機能を重視し、政府の失敗を強く懸念して市場環境の整備に徹してきました。しかし、市場環境を整備しても民間による成長投資が進まなかったことが課題となっています。そこで新機軸としては、官民連携を強化することでイノベーションや投資を引き出すべきだと考えています。
新機軸では、既存の産業・業界の保護・育成ではなく、社会全体の不確実性や社会課題に対し、ミッション志向で官民が連携して投資し解決していくアプローチを取っています。そのためには大規模・長期・計画的に政府が民間企業をしっかり支援していくべきだという議論がなされました。こうしたアプローチによって、成長領域や人的資本に積極的に投資する構造に変えられないかというのが新機軸の基本的な考え方です。
その上で、目指すべき経済社会のビジョンとしては、岸田政権全体としても取り組んでいる「新しい資本主義」を実現することで持続的な経済社会をつくっていきます。その背景には、株主利益至上主義によって格差が生じているという考え方があり、日本が目指す方向性としては短期的な株主至上主義ではなく、日本の持つ強みを生かしながら経済成長や国際競争力強化、多様な地域・個人の価値を最大化させる包摂的成長を目指すべきととらえています。
欧米ではデジタル化・グローバル化が進んだ結果、格差をはじめとする社会課題が大きくなったため、産業政策的なアプローチを強化すべきだという議論があります。しかし日本の場合は、グローバル化もデジタル化もまだ不十分なところからスタートした上でなかなか成長しないという課題を抱えているので、課題感が欧米と日本で若干異なります。
その点では、日本はグローバルマーケットとしっかりとつながって優秀な人材を引き付け、グローバルにしっかり勝っていく企業群をつくる必要があるでしょう。加えて、日本企業の新陳代謝を進めるため、スタートアップ群をしっかりと経済成長をけん引する主体としてつくることも目指しています。
変革の方向性
そのために、産業構造・社会環境の変革を中長期的に実現していきます。新規成長分野・スタートアップに大胆に投資し、グローバル規模で成長する事業をつくることで高成長・高賃金化していく正のスパイラルを生み出さなければなりません。
ただ、大きな前提として経済安全保障の確保が必要です。日本はエネルギーにおいて自立できないので、国内完結を追求するではなく、同志国との連携を図り、集団安全保障的な考え方で取り組む必要があります。
変革のもう1つの柱が人材です。現状は大企業に人材が囲い込まれて育成もされず、同質性が高いために外国人やハイレベル人材が来ない状態ですので、これからは人の移動を前提とした労働市場を目指さなければなりません。その際に、個人に対するセーフティネットや人的資本投資がしっかり行われる必要があります。教育に関しても、特に公教育において画一的で一律・一斉の教育に限界が来ていると指摘されており、多様な才能を生かす教育に転換する必要があります。
資金の面では、引き続き多くの資産が塩漬けになっており、岸田総理も「資産所得倍増計画」を打ち出したように、個人資産・企業年金等が資本市場を通じて成長分野に投資され、成長の果実が広く分配される状態を目指すべきと考えています。
こうしたことを踏まえて、新機軸では2つの柱を掲げています。1つは新しい資本主義、資本主義のバージョンアップを図るためには、「ミッション志向の産業政策」で成長分野への投資、特に人的資本投資を大胆に進めることが必要です。グリーン・デジタルなどの社会課題解決に向けたミッションを掲げ、官民での投資を強力に進めていきます。もう1つの柱が「経済社会システムの基盤(オペレーティングシステム:OS)の組み替え」です。この2つの柱を併せて進めることで成長分野への投資を促し、成長の好循環を生み出すのが大きな方向性です。
他の先進国が2000年以降、年率3%程度で設備投資等を拡大したことを踏まえ、わが国の成長投資をそれ以上のペースで進める必要があるととらえて、2030年の年間投資額を現在の水準の1.5倍とする目標を掲げています。当然、ミッション志向の産業政策を行うに当たっては政府が大規模・長期・計画的に支援しなければならないので、そのための財源の考え方もしっかりと整理し、柔軟に支出する枠組みを検討していきます。
ミッション志向の産業政策の中身
ミッション志向の目的は、社会課題の解決と経済成長・国際競争力の強化の両方を実現することであり、そのためにはまずミッションを設定し、長期的なビジョン・目標・戦略を官民で共有することが前提となります。
その上で、企業はグローバル・高付加価値型のビジネスモデルを追求します。そのためのポイントとして、1点目に官民でアーキテクチャの視点をしっかり持ち、データスペースを設定すること、2点目に共通価値を訴求し、グローバルルールの形成に関与すること、3点目にオールジャパンにこだわらずに勝ち筋を見定め、グローバルプレーヤーとしっかり連携することが重要になります。
そうした政策を進めるに当たっては、既存の業界区分や業界団体の単位ではなかなか進められないので、業界単位を前提とした産業政策を排し、スタートアップの参入に留意した政策を遂行することが大きな課題として指摘されています。
政策ツールとしてこれから最も追求すべきなのは、大規模・長期・計画的支援です。ただ、支援だけでなく規制・制度・標準も最大限活用すべきですし、特にデジタルを前提とした規制・制度の在り方を追求するためにアジャイル型のガバナンスや規制・制度設計を進めなければなりません。
一方で、政策の効果をしっかりと検証し、軌道修正も俊敏に行うことが求められるため、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)の活用やデータ駆動型の行政が必須になります。EBPMについては、RIETIがEBPMセンターを立ち上げて知見を蓄積していますし、EBPMをさらに進化させることも非常に重要なピースになるでしょう。民間企業の経営改革も重要です。
ミッション志向の産業政策としては、6つの事項の実現を掲げています。
1つ目は「炭素中立型社会の実現」です。クリーンエネルギー戦略という形で政府の方針を表明したところですが、脱炭素に向けて大きく官民で投資していかなければなりません。今後10年で官民合わせて150兆円の投資を行い、政府としてはGX(グリーントランスフォーメーション)債を発行してこの領域をしっかりと支え、GXによる新産業創造や産業構造高度化を進めていきます。
2つ目は「デジタル社会の実現」です。この領域にもしっかり投資していくことが重要であり、特に半導体や蓄電池などコア技術の領域に投資をすること、デジタルを前提とした規制・制度改革の枠組みをしっかりつくることを目指します。
3つ目の「経済安全保障の実現」は、当然今後ますます重要になる領域でしょう。
4つ目は「新しい健康社会の実現」です。デジタルとヘルスケアがつながることで国際的マーケットが創造され、付加価値も高まります。ここも日本が長らく取り組もうとしてなかなか進んでいない領域です。厚生労働省とも連携しながらデジタルヘルスケアを一気に進め、2030年までには患者と医師との間でデータをしっかり共有できる仕組みをつくります。
5つ目は「災害に対するレジリエンス社会の実現」です。日本は災害大国ですので、さまざまなビジネスや技術・取り組みがあるのですが、なかなか強みに変えられていないので、ここもしっかりと政策の軸としていきます。
6つ目は「バイオものづくり革命の実現」です。米国勢を中心にプラットフォーマーが出てきて、デジタルで起きたことがバイオものづくりでも起ころうとしています。この領域でも日本企業がこれまでつくってきた強みを生かし、勝っていけるような政策軸を立てていきます。
経済社会システムの組み替え
その上で、OSの組み替えについても、人材、スタートアップ、価値創造経営、グローバル化、包摂的成長、EBPMの6つの目標を掲げています。
人材に関しては、旧来の日本型雇用システムからの転換を図るとともに、教育も画一的なものから探究型に変えていきます。
スタートアップについては、岸田政権が投資額を5年後に10倍にする目標を掲げており、いろいろな施策を展開しています。
価値創造経営に関しては、PBRが1以下の企業がTOPIX500の中に4割近くある状況を改善します。PBRは株価収益率(PER)と自己資本利益率(ROE)の掛け算であり、ROEは足元の収益性を、PERは成長期待を示しています。日本企業は、実はROEが比較的高いけれどもPERが低いため、PBRが1を超えない企業が多いのです。
特に製造業で低PER・高ROEの企業が多く、足元の収益性は回復しているけれども、将来性が資本市場から評価されていません。これは業界全体の課題もありますし、資本市場から見れば事業再構築がしっかり行われていないためと考えられます。そこで、価値創造を高め、グローバル競争で勝ち切る企業群を創出するために、大きく3つのことに取り組む必要があるでしょう。
1つ目に、企業経営改革をしっかり進めることです。中長期で価値を生み出すような経営を日本企業全体で進めることが求められます。2つ目に、政府による産業政策です。政府がコミットして投資を引き出す際に、民間企業側にも経営改革にしっかり取り組むことを併せてお願いすることで企業経営改革も進めてもらいます。3つ目に資本市場改革です。企業価値を高める企業をしっかり評価するとともに、企業価値を高めるように資本市場全体で促すことが必要です。これら3つの柱でこれから取り組みを進めていきます。
コメント
伊藤:
やはりデマンドサイドとサプライサイドの切り口が重要だと思います。日本経済はデマンドサイドに非常に問題が多かったのですが、サプライサイドにも大きな問題が起こっていて、潜在成長率の低迷、生産性の伸び悩み、労働力の減少など、ギリギリの状態が続いています。
そこで問われるのが、政府に何ができるのかということです。企業が動かない限りサプライサイドは動かないので、企業を動かすためには産業政策がカギになるでしょう。つまり、民間による投資が重要です。
投資を増やすためには、グリーンやデジタルが大きなポイントになります。生産性が伸びないのは新陳代謝が鈍いからであり、創造的破壊といわれるように既存のビジネスを壊してでも新しい分野に行かない限り、経済はなかなか成長しません。それを刺激することが産業政策に求められます。
スピーカー:
一番重要で難しいのが企業行動を変えていくことであり、そこについて今回、ガバメントリーチも超えてチャレンジしているわけです。政府が関与を強めれば政府の失敗の恐れも生じるので、官民がうまく力を合わせてインセンティブ設計を具体的な制度設計に落とし込んでいかなければなりません。
質疑応答
- Q:
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過去の産業政策と比べて実現手法という観点で新しい点はどこにあるでしょうか。
- A:
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過去の産業政策を大きく単純化すると、高度成長期の産業政策、その後の構造改革路線の産業政策、そしてこれから取り組もうとしている新機軸の3つに整理できると思っています。新機軸では、特定の産業に向けて支援をするのではなく、ミッション志向で、キーとなる社会課題解決に向けた研究開発を支援していきます。しかし、毎年の予算要求で政府の研究費が変わっては民間企業はその分野への投資ができないので、大規模・長期・計画的に支援していくことも重要です。
- Q:
-
日本のスタートアップが米国のように成長できなかった理由は何でしょうか。
- A:
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いろいろな要素が結び付いていると思います。エコシステムをつくり出すためには起業家教育だけ行えばいいわけではありませんし、ベンチャーキャピタルからの投資額を増やせば済む問題でもなく、それらの要素を全て一気にやることが重要だという議論になっています。
- Q:
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官民共同になると民はどうしても官に依存する傾向が生じ、自立した強い経済にならないのではないでしょうか。
- A:
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ご指摘のとおりだと思います。具体的な政策を行うときにはインセンティブ設計が重要です。例えばグリーンイノベーション基金においては、審査やフォローアップの段階で企業の経営者の方々にも自分の口から、その技術を使ってどんな事業戦略を展開するのか、長期で価値創造するために経営改革として何をするのかをご説明いただく方向です。そうすることで、ある種のモラルハザードを防ごうと考えています。
- Q:
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産業政策の成功例は超LSIぐらいしかなく、政府は賢くないと悟って構造改革路線へ進んだのだと思いますが、新旧の経済理論は何が違っているのでしょうか。
- 伊藤:
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過去の産業政策で重要だったのは、政府の保護ではなく、例えば自動車の輸入自由化のようなプレッシャーの中で民間が投資したことが結果につながっているわけです。いつの時代も民間の投資につながらないような政策は政府の独りよがりになる可能性があります。
技術革新を進めるためには、企業が政府にべったりと依存するのではなく、次のステージへ一歩踏み出すことが求められますから、通常の産業とは異なる形の産業政策の姿になっていると思います。
- Q:
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円安の状況下で、大規模な財政出動と日本経済のサステナビリティへの信頼という点では、この新機軸をどのように評価すればよいのでしょうか。
- A:
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今のマクロ環境下において、日本企業はよりグローバルに経営していかないと勝ち残れないという意味合いと、日本から海外にも賢く投資してしっかり稼ぐ必要があるという意味合いで新機軸部会では議論してきました。企業のグローバル化に関しても、単に自由なグローバル市場を前提としたビジネスだけでなく、経済安全保障も前提としたより賢いグローバル経営が求められますし、対内直接投資を戦略的にどう呼び込むかという議論も深める必要があります。
- 伊藤:
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単にデマンドサイドで財政を刺激するのではなく、サプライサイドの産業政策との組み合わせも非常に重要ですが、そのときには日本の財政がそれを維持できるかどうかが問題であり、マクロ的な財政のサステナビリティがどうなるかというもう1つの方程式も解かなければなりませんから、なかなか難しい問題が残っていると思います。
- 渡辺:
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先日、経済産業省と私どもと国際経済学協会(IEA)が共催で産業政策の新機軸について議論をしました。ダニ・ロドリック先生やスティグリッツ先生も登壇されましたが、経産省が主導して国際的な産業政策の議論をグローバルな視野でするのは大変良いことだと思いますので、ご紹介させていただきます。本日は貴重なお話をありがとうございました。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。