DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

4つのキーワードから見るシリコンバレー成功の秘密

開催日 2022年6月15日
スピーカー 石田 一統(VIAプログラム エグゼクティブディレクター)
コメンテータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学大学院経済学研究科 特任研究員 / 国立情報学研究所研究戦略室 特任助教 / 日本経済研究センター 特任研究員 / 法政大学イノベーションマネジメントセンター 客員研究員)
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開催案内/講演概要

シリコンバレーはGoogle、Facebook/Meta、Appleなどが本社を構えるITのメッカとして知られ、さまざまな業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)をけん引している。この地域で生まれるイノベーションや起業精神に魅了される人は多い。本セミナーでは、17年にわたり、現地でこの地域を見てきたVIAプログラムの石田一統エグゼクティブディレクターを講師に迎え、「共感」「社会貢献」「シェアリングエコノミー」「DX」という4つのキーワードを通して、シリコンバレーの成功の秘密を読み解くとともに、コロナ禍の影響とポストコロナの課題について考察した。

議事録

VIAとは

VIA(Volunteers in Asia)は1963年にスタンフォード大学で立ち上げられた教育系NPOです。当時、米国はベトナム戦争の真っ最中で、ケネディ元大統領の暗殺などもあり、非常に混沌としていました。

そうした中で多くの若者が将来に不安を抱き、自分がどのように世界と関わっていくかを模索する中で、特にアジアに対する理解を深めようと、スタンフォード大学のドワイト・クラーク新入生学部長が20名ほどの学生を引き連れて香港へボランティアに行ったのが組織の始まりです。

その後も現在に至るまで毎年米国人のボランティアフェローをアジアに派遣しています。以前は英語の教師や通訳・翻訳が主でしたが、近年は社会インパクトリーダーの育成支援を目的としてフェローを派遣しています。

1970年代後半に、日本の慶應義塾大学、早稲田大学から、日本人学生に英語と米国文化を学ぶプログラムを提供してほしいという話がありました。夏期研修という形で4週間スタンフォード大学の寮に滞在し、異文化交流を深めながら、英語も学び、文化を理解していくというプログラムをはじめ、さまざまな形のプログラムを提供してきています。これまで1万人以上の学生・社会人がプログラムに参加しています。

VIAでは、さまざまな社会課題にグローバルな視点から取り組める社会インパクトリーダーの育成を目的に、異文化交流、体験型学習、振り返りという3つの要素を意識したプログラムを行っています。グループ内でいろいろな人を引き合わせることで、考え方の違う者同士が理解を深め合えるようにし、具体的なタスクを通じて失敗することやリスクを負うことへの挑戦を体験してもらいます。そして、その体験を振り返って、失敗に対する恐怖心を克服するすべを身に着けてもらうということを意識して、ワークショップやアクティビティを組み立てています。

シリコンバレー成功の秘密

Hewlett-Packard、Yahoo!、Instagram、LinkedIn、Snapchat、そしてGoogleなどは、シリコンバレーに本社を構える有名企業ですが、彼らの共通点として、創設者がスタンフォード大学出身であるということが挙げられます。

シリコンバレーにはこのスタンフォード大学をはじめ、カリフォルニア大学バークレー校、サンノゼ州立大学、サンタクララ大学Entrepreneur Centerなど、人材のスキルやマインドセットを育成することを目的とした機関がそろっている、知的資本に富んでいるという特徴があります。

また、人的資本にも富んでいて、国籍はもちろん、優れたアイデアを出す人、デザインが上手な人、エンジニア、法律に長けている人など、いろいろな人が集まって、新しいものを生み出す環境を作っています。さらに、そうしたものに投資しようという人が集まっており、金融資本にも富んでいます。

これら3つの資本が集まっているという環境を前提に、ではどのような形でシリコンバレーが成功してきたのか、4つのキーワードから読み解いていきたいと思います。

1つ目は「共感」です。事業を始めるに当たって、製品やサービスを提供する際には、その対象となる人やコミュニティに対して共感作りをすることが第一歩です。ユーザーの声に耳を傾け、その人たちの持つペインポイントを明らかにし、それを解決する上で役立つものを生み出すという、デザイン思考のアプローチが重要なのです。

成功事例として、Embraceの寝袋型保育器の例があります。Embraceは、スタンフォード大学のd.school(デザイン思考の研究所)の学生プロジェクトから生まれたベンチャーで、3人の学生が、インド、ネパールの未熟児死亡率を減らすという課題に取り組みました。

従来の保育器は高額であることや電気の普及率が低いといった課題があり、赤ちゃんを長時間保温できる衛生的な器具が求められていました。そこでこのグループでは、寝袋のような形で、中に入っているマットをお湯で温めれば一定時間保温できる製品を開発しました。価格も20~25ドルと非常に安価で、現在までに約40万人の赤ちゃんを救っています。まさに共感作りから新しいものを生み出していった事例です。

2つ目は「社会貢献」です。企業はもちろん営利目的ですが、同時に社会のために事業をしたり、そのアピールをしています。例えばGoogle.orgは、人類が抱える大きな課題の解決への貢献を使命としているGoogleのチャリティ部門で、NPO法人へのリソースの提供や、いろいろな活動に助成金を出すという形で、社会課題に取り組んでいる組織と協力しながらチャリティ活動をしています。

また、Google本社の方も、従業員がNPOでボランティアする時間を与えたり、社員が例えばVIAに100ドルを寄付したらGoogleもマッチングという形で100ドル出したり、さまざまな形で社会的活動を支援しています。

3つ目は「シェアリングエコノミー」です。個人が保有する資本や物を共有することで、経済活動を行っていくという動きが非常に盛んになっています。移動手段を共有するUberやLyft、空間を共有するためのAirbnbやWeWork、個人間での物の売買を支援するeBayやCraigslist、さらにはスキルを持っている人とそれを必要としている人をマッチングするTaskRabbitやupwork、経済的に余裕のある人と起業したい人をマッチングして資金調達を支援するKivaやKickstarterなど、いろいろなプラットフォームが生まれてきています。

法的な整備が追い付いていない面もあり、中には先に事業をやってしまって後から法改正がついてくるという状況も見受けられますが、スピード感を持って広がっていっています。

最後のキーワードが「DX」です。DXにはさまざまな定義がありますが、ここではClint Boultonによる「デジタル技術を利用して、事業の業績や対象範囲を根底から変化させる」という定義を元に、どういった動きがあるのか紹介したいと思います。今、DXによって消費活動、教育、医療などさまざまなものが大きく変化しています。

例えば消費活動では、従来は店舗に出向いていたのが、家にいながらにして物を手に入れることができるようになりました。また、製品に関する知識も、従来は店員から教えてもらっていたのが、オンラインで使い方の動画を見たり、購入した人の利用経験を読んだりして、共有できるようになっています。

さらに、デジタル化によって物理的な物を手にせずに、その内容を手に入れられるようになりました。動画がいい例ですが、VHSやDVDという物を買っていた行為から、現在では配信が当たり前になってきています。教育や医療の分野でも同様に、授業や診察がオンライン化したり、教科書やカルテの情報がデジタル化されて物理的な媒体がなくなっていくという変化が見られます。

コロナ禍の影響

では、コロナ禍でこういったシリコンバレーの活動がどのような影響を受けたかということです。1つ目は、DXの加速化です。これは特に教育や医療の現場で一気に進んだと思いますが、私が非常に驚いたのが、学校の動きの速さでした。機材やインターネット接続がない家庭に対し、学校が配付したという事例もありましたし、大手企業が無償でデバイスを提供したり、インターネット配信会社が貧困家庭向けに無償でインターネット接続を可能にしたりして、非常に急速にデジタルで学べる環境が整備されました。学校側、先生方の動きも非常に速く、学校が閉鎖されて1週間後には子どもたちがオンラインで学び始めていました。

生き残った企業を見ると、ペインポイントをいかに速く解決するかというところが勝負の分かれ目だったような気がします。例えば、多くの学校がZoomを使っていましたが、小グループに分けたい、子どもたちのプライバシーはどうするのかなど、さまざまな要望が出てくるのです。それに対してZoomは、完璧ではなくとも取りあえず対応して、さらにフィードバックが来てという形で、最初はなかった機能がどんどん加わっていきました。

2点目はリモートワークの普及です。今、コロナが少し落ち着いてきて、AppleやGoogleはそろそろオフィスに戻ってきてくださいと言っていますが、これには相当な反発があるようです。Appleのティム・クックCEOは、彼自身は人と人とが実際に会って働くことで生まれるセレンディピティ(偶然の出会いから生まれる新しい発見)を重視しているが、リモートワークの良さもあるので、今後はハイブリッドになるだろうという見解を述べていました。

一方、TESLAのイーロン・マスクCEOはもう少し強い姿勢で、オフィスに出てこない人は辞めればいいと言っています。それに人々がどのように反応するのか、人々の働き方が今後どう変わってくるのかは、1つ注目されるところです。

3点目は、投資家の行動です。これまでは投資家と事業をする人が実際に会って投資の話をつけていましたが、コロナ禍でそれがZoomなどを通して行われるようになったため、シリコンバレーにいなくても投資を受けられるようになり、他の地域からもスタートアップが出てくるようになるのではないかと思います。

4点目は、ワークライフバランスの見直しです。通勤がなくなると、家族との時間が増やせるということもありますし、また、他の地域へ移って同じ家賃で広い家に住めるというオプションを選んだ人たちも多くいました。そのように、仕事ばかりではなくプライベートも重要視したいのだという意識が出てきたことは、シリコンバレーの今後に影響してくると思われます。

社会インパクトリーダー育成プログラムの紹介

では、こうしたイノベーションを生み出すようなスキルやマインドを身につけていただくために、私どもがどのようなお手伝いをしているのか、簡単に紹介して終わりにしたいと思います。

VIAの社会インパクトリーダー育成プログラムは、大きく分けて3種類あります。1つはEXPLORERという10日間の集中体験型学習コースで、日本やアジアからシリコンバレーに来る、あるいは米国からアジアに行って、これから何かしたいのだけれどまだ分からないという人のきっかけ作りを行うプログラムです。社会イノベーションに特化したものや医療に特化したものがあり、米国人を日本に派遣するプログラムでは、立教大学と共同で東北の陸前高田市へ行って、地域の方の声に耳を傾けて活動するというものもあります。

このプログラムに参加した人たちから、非常に刺激を受けたけれど、国に帰ってそれを実践する仲間がいない、どうすればいいか分からないという意見を受けて、ACCELERATORというプログラムをデザインしました。これは6カ月間で、オンラインでプロジェクトを立案するコースになっています。

それからGLOBAL FELLOWSHIPといって、米国人のフェローを1~2年の単位でアジアの提携団体に派遣して、社会インパクトリーダーの育成を支援するコースがあります。コロナが落ち着いてきて、この4月には大阪の一般社団法人に1名派遣しており、7月にはタイに3名派遣する予定で、少しずつ活動を再開していく予定です。参加されたいという方がいらっしゃれば、ぜひお声がけいただければと思います。

コメント

佐分利:
石田先生、今日は4つのキーワード、共感、社会貢献、シェアリングエコノミー、DXから、シリコンバレーの最先端のビジネスやコロナショックの影響、新しい社会の形態まで非常に幅広いお話をありがとうございました。

私がシリコンバレーで聞いた印象的な言葉に、マーガレット・ミードの「思慮深く献身的な人々が世界を変えられることを決して疑ってはならない。実際、世界はそうやって変わってきたのだから。」(Never doubt that a small group of thoughtful, committed citizens can change the world; indeed, it's the only thing that ever has.)という言葉があります。まさにそうした人々を生んでいらっしゃる石田先生に、心から敬意を表します。ぜひこれからもシリコンバレーから日本を指導していただけたらと思います。

私自身も大学で5年間、1,000人以上の学生の教鞭を執った経験から、教育で最も大事なのは、いかに学生の心に火を付けるかだと思っています。火を付けられれば、今は何でもオンラインで勉強できるので、勝手に勉強します。世界最高の教育と言われる吉田松陰の松下村塾では、吉田松陰は教え子たちに「日本はこれから大変な国難に見舞われる、おまえたちが日本を救うのだ」と言って着火したと言われています。現代の日本の若者をどうやって着火したらいいか、インパクトリーダーの育て方についてアドバイスを頂けたらと思います。

A:
私どものプログラムには、例えばSDGsのような社会問題に興味があって取り組みたいのだけれど、日本では仲間が集まらない、理解者がいないという人が多くいます。そのように元々もやもやしていた人たちが、プログラムを通じて同志に出会い、互いにインスピレーションを受けて、がんばっていこうという形で着火するというのが1つです。

また、まだその段階までは行かないけれど、何か模索したいという人たちが私どものプログラムに来て、訪問先の起業家などから刺激を受けて着火する場合もあります。やはり現地の空気に触れるというのは非常に大きいものがあります。オンラインでは仲間同士の連帯感、コミュニティ感が生まれにくいという限界がありますが、実際に会うと、セッションが終わった後に一緒に食事に行ったり、寮で話をしたりして、そこからいろいろなものが生まれ、火が付くということが大いにあるので、対面で参加できる方はぜひしていただきたいと思います。

日本が今後、イノベーションを起こしていくには、何かを変えるのだというマインドセットを持った人が増えていく必要があると思います。Growth mindとFixed mindといいますが、何かのチャレンジに向かったときの考え方や、誰かから批判を受けたときの考え方は、訓練することで変えることができます。また、最近ではマインドフルネスというのが注目されています。目まぐるしい世の中で、自分を見失ったり、周りの状況を立ち止まって考えられなくなったりする人が、シリコンバレーでも非常に多くなってきています。日本がそうならないよう、良いマインドセットを持ちつつ、同時にマインドフルネスを持った人が今後増えてくればいいと思います。

質疑応答

Q:

米国の他の地域や欧州やアジアで、シリコンバレーに肩を並べるような地域・モデルはありますか。

A:

米国で最近、第二のシリコンバレーとして注目されているのはテキサス州オースティンで、実際にTESLAやOracleといった大きな会社が本社を移転しています。いくつか理由はあるのですが、物価の高さや税金対策などが主な理由のようです。ただ、先週中央アジアから来たリーダーのグループは、オースティンを見てからシリコンバレーに来たのですが、シリコンバレーの方がやはり元祖で面白さを感じたと言っていました。

また、もう1つシリコンバレーの優位点となっているのが気候の良さで、これはまねしたくてもできないものなので、そうした要素も重要になってくると思います。

アジアではよく中国の深圳が引き合いに出されますし、日本の中でも福岡や神戸がさまざまなスタートアップ誘致の取り組みをしているようなので、日本独自のやり方でそういったものが出てくることにも注目していきたいと思っています。

Q:

シリコンバレーに行って、現地の空気を感じるだけでなく、そこから何かを持って帰ろう、あるいは中に入り込んでみようと思ったときには、どれくらいの期間、現地にいることが期待されるでしょうか。

A:

刺激を受ける、アイデアを得るという意味では、10日間でも不可能ではないでしょう。ただし、それを持ち帰っていかに定着させるかが勝負になってくると思います。昨年の2021年、ACCELERATORコースを提供した中小企業の社長さんは、少なくとも3年から5年は続けて、社員に経験してもらって社内に浸透させていかなければならないとおっしゃっていました。

デザイン思考も、そのアプローチを学ぶことは比較的すぐにできますが、それを浸透させるためには、新しいアイデアを出せるカルチャー、社風が必要です。上下関係や垣根を越えて、皆が意見を出し合える社風なり、失敗をたたくのではなく挑戦を後押ししてくれるような組織のカルチャーを、数年かけて作っていくことが重要だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。