エネルギー転換に向けた日本経済の課題

開催日 2022年6月8日
スピーカー 野村 浩二(慶應義塾大学教授、産業研究所副所長)
コメンテータ 大橋 弘(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 東京大学公共政策大学院 教授 / 東京大学大学院経済学研究科 教授 / 東京大学副学長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
開催案内/講演概要

2050年カーボンニュートラル(温室効果ガス排出を全体としてゼロ)の実現に向けては、あらゆる技術を総動員する「総力戦」で経済成長をけん引することへの期待の声がある一方、エビデンスを欠いたイノベーションへの期待や施策が日本のエネルギー安定供給と経済成長を毀損させることの懸念も高まっている。本セミナーでは、野村浩二慶應義塾大学教授が、長期における日本の経済成長とエネルギーに関するエビデンスを示しながら、日本のエネルギー転換に向けた諸課題を論じた。野村氏は、エネルギーの価格上昇に対する日本経済の脆弱化を指摘しつつ、経済と環境の好循環を実現するための条件を見定めることが重要であると指摘した。

議事録

将来は過去から学ぶしかない

2050年はいうまでもなくカーボンニュートラルのターゲットの年です。われわれは2022年にいるので、これからの30年にはさまざまな可能性が存在するのですが、やはり将来は過去から学ぶしかないわけです。エネルギー価格は自然にも変動してきましたし、また削減への努力はこれまでもやってきたものですから、過去から学ぶべきことがあります。

フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドは社会的なブームや混乱の中でも、「研究者が公の討論にもたらし得る有益なものがあるとするならば、それは諸事実についての客観的な解釈だ」と述べています。エビデンスも個別だけを見ますと、全体を見られないので、都合のいい事実をピックアップしがちになります。ですので、そうならないよう、総合を捉えながら客観的な事実を提供することを目指しています。

この10年で何が変わったのか

気候変動問題は、「Wicked Problem(やっかいな問題)」です。気候正義のようなものもありますが、冷静に考えれば気候変動問題はright/wrongではなくbetter/worseの問題でありますし、売り上げが増加したとか、エネルギー消費が減少したといったような単純な問題でもないのです。善意に基づいた対応が結果としておかしなことをもたらすことがあります。その点では、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)も近視眼的なものになると問題を見失いかねません。

2010年9月、当時の鳩山由紀夫首相は、温室効果ガス排出量を2020年までに25%削減することを目指すと表明しました。そして、2020年10月には菅義偉首相が2050年にカーボンニュートラル実現を目指すことを表明しました。鳩山首相は「削減義務が厳しければ、経済が成長し、国民負担は小さい」、菅首相は「もはや温暖化への対応は経済成長の制約ではない」とほぼ同趣旨のことを述べていますが、10年前と同じくエビデンスを欠いたままであればカーボンニュートラルはかなり危ない目標となるかもしれません。

では、この10年で問題の前提条件の何が変わったかですが、技術面で見れば温室効果ガス排出量ネットゼロに向けて限界費用が逓増する(排出量を減らそうするとコストがどんどん上がる)構造は変わっていません。安価に実現できる手段はまだないのです。コストの低廉化に向けたイノベーションは期待できますが、科学技術政策によるイノベーション支援が実を結ぶかどうかは温暖化対策とは別の難問です。エネルギー政策においては特定の未来技術にかけるのではなく、どんな技術革新が実現しても対応できる柔軟性が必要です。

制度面では、パリ協定のNDCs(国が決定する排出量削減目標)は限界削減費用(MAC)において主要国間で大きなばらつきがあり、世界全体で統合された炭素価格が安定的に構築できていません。気候変動問題最大の難問である「フリーライダー問題」は強固であり、未解決のままです。つまり、問題の根本は1990年以降、何ら変わっていないのです。

エビデンスを欠いたままの政策では、国内経済のさらなる生産性悪化が懸念されますし、脱炭素の取り組みが雇用の質向上にはつながらないでしょう。一方で金融に関する期待は大きいですが、より高レベルでの脱炭素化を進めるとなると、資金調達コストの低下よりも資本コストの上昇の方がはるかに大きく、政府が強く規制をしたり買取をしたりしない限り、金融が大きな役割を果たせるとは思えません。経済学者としては、根拠なきままに理念を語るのではなく、観察を続けエビデンスを構築していくことが必要です。

経済とエネルギーの測定

エネルギー問題について、手元に得られるデータからいえることだけを取り出していたら誤謬が生まれます。そのため、われわれはKLEMS(クレムス)という各国の生産性の国際比較のためのデータベースを使って、多部門一般均衡モデルによる炭素税のシミュレーションを1990年代にかなり行っていました。

エネルギーの分析に関しては、SUT(supply and use tables)を大幅に拡張してエネルギー品質指数を導き出し、エネルギー品質の変化や産業構造の変化をコントロールした上で真のエネルギー生産性を分析する試みを行ってきました。

このように、従来のデータベースにさまざまなデータをつなぎ合わせて、経済統計上望ましいデータを新たに作らなければ、真のエビデンスに接近できないのです。データベースがばらばらだと統合評価はできないので、約20年かけてエネルギー生産性のデータベースを整備してきました。

エネルギー生産性改善とその要因

日本のエネルギー生産性は、第二次世界大戦を底として改善しています。第1次オイルショックの1970年代後半に年率3.1%改善という黄金期を迎え、2010年代後半にも急上昇しています。果たしてこの状況が持続可能かどうかを考えるために、「エネルギー生産性の改善」(Energy Productivity Improvement:EPI)の背景を分析したいと思います。

2008~2019年のEPIにおいて、部門別で実際に上がっていたのは化学製品製造業と家計サービスであり、特に化学は国全体のEPIの5割程度を占めていました。ただし、化学の技術的な改善は1990年代後半ごろからかなり飽和しています。

製品分類別に見ると、エネルギーを少なく消費するものと多く消費するものとがあり、化学産業の中でも製品毎に差があります。化学のEPI年率5%のうち6割程度は化学産業の構造変化によって説明できます。製品構成の変化をコントロールすれば真のEPIはそれほど大きくはなく、省エネの取り組みが実を結んでいるという「経済財政白書」の表現はあてはまらないと考えられます。

ここまではエネルギー生産性を産業や家計など主体別に分けて見てきましたが、構造的な要因で見てみると、エネルギー生産性の変化は3つの要素に分けられます。

1つ目は資本-エネルギー比率(1単位のエネルギーがどのくらいの資本を稼働させることができるか)の上昇です。これがいわゆる省エネ効果になります。2つ目は、労働-エネルギー比率(1単位のエネルギーがどれくらいの労働を稼働させることができるか=労働者一人がどれくらいエネルギーを使うかの逆数)の低下です。これは増エネ効果につながります。3つ目は、全要素生産性(TFP)の改善です。これが全体効率になります。この3つの合計がEPIになるのです。

つまり、省エネばかりに目を向けてしまうと、エネルギーをいかに有効に使うかという増エネの部分を見落としがちになり、あたかもエネルギーを使うことが悪であるかのようになるわけです。全体を見ることで、エネルギーをうまく使うことが労働生産性を高め、全体効率を高め、結果的にEPIが上がるのだという構造が理解できます。

長期的には全体効率の上昇がEPIを実現した最大の要因です。ですから、全体効率を改善させることが重要であり、そのためには増エネする(エネルギーを適切に使う)ことが重要です。それが近年はむしろ逆になり、省エネは高まったように見えるけれども、エネルギーを使わなくなって全体効率が低迷するという本末転倒の状態になっていると考えられます。

経済のエネルギー価格上昇への耐性

経済システム全体としてエネルギー価格高騰への脆弱性を評価する上で、名目エネルギー価格は重要ですけれども、加えて実質エネルギー価格も重要です。実質価格は、名目価格をアウトプット(エネルギーを使用してできた生産物)の価格で割ったものです。今年になって日本政府は、欧州に比べて日本の方がまだエネルギー価格の抑制に成功していると言っていますが、日本の方がアウトプット価格(GDPデフレーター)の上昇は小さいか、マイナスでむしろデフレ圧力すらあります。いいかえればエネルギー価格によるコスト増が製品価格に転嫁できていないことで、労働など別のコストを抑制せざるをえないということです。実質的な負担という点では、エネルギー価格高騰の影響は、デフレ圧力の残る日本経済でこそ大きいともいえます。

さらに、実質エネルギー価格が上がるということは、エネルギー生産性が高まるインセンティブになるので、実質価格で割った指標を作る必要があります。これを書き換えていったものがRUEC(real unit energy costs)というものです。この指標を国内だけでなく、世界と比べて分析する必要があります。

日米を対比すると名目価格は常に2~3倍の水準であり、長期にわたって不利な競争条件にありました。一方、実質価格は2010年ごろまで低下傾向にありました。これをポジティブにとらえるならば、電力価格が総括原価方式の下でかなりうまく機能して低廉化し、原子力とLNGのエネルギー転換がうまく進んで、オイルショック後の産業構造変化をうまくこなしてきたことが実質価格低下をもたらしたのだと思います。

一方で、そうした成功はエネルギーへの意識を薄れさせるような油断を生じさせたと考えられます。2010年以降、実質価格は再び上がり始めたのです。上がったとしても1990年代の水準までなのですが、それで問題ないのかといえばそうでもなさそうです。なぜなら、RUECの日米格差が近年かなり拡大しているからです。これは、エネルギー価格の変化に対して日本経済が脆弱になってきていることを示していると考えられます。

RUEC格差拡大の要因は、1つは実質エネルギー価格差が拡大していることが挙げられます。米国ではシェールオイルの関係もありますし、日本ではFITや原発再稼働の遅れ、デフレによる生産価格の低下が影響しています。

もう1つは、エネルギー生産性格差が縮小してきたことが挙げられます。米国では無理な省エネ投資をあまりしないため、エネルギーの実質価格が上昇していくフェーズでは、省エネ投資が経済合理性をもって実装されています。しかし日本では、エネルギー生産性を実現する安価な技術導入はエネルギー多消費型産業において前倒ししてすでに限界に近く導入されており、一部産業では対策強化によって資本生産性が低下しています。近年、エネルギー生産性が改善しているように見えることでは、中間財等の輸入を通じた間接的な電力輸入が現在の国内電力需要低迷の30%程度を説明していることも大きいでしょう。

一方で重要なのは、サービス業で労働生産性を犠牲にしたようなエネルギー効率の改善が存在し、増エネの効果を無視していることです。このことは労働生産性の低迷や賃金の停滞の要因になっていると考えられます。

10年前の楽観

ここまでの観察と今後の日本のエネルギー環境政策の留意点をまとめてみます。2009~2010年に行われた2020年中期目標の検討プロセスでは、「10年後のマイナス25%(1990年比)」は実質GDPでマイナス6%程度の影響を与えるだろうと推計されていました。

実際2020年は、原発稼働停止やCOVID-19の影響を除いた仮想的な実現値で1990年比マイナス15%が実質GDPマイナス5%となり、推計は大きく外れていないといえます。もちろん複雑な現象の解明は1つには定まりませんが、低炭素社会の実現が経済成長を促進させるとした10年前の楽観は、少なくとも誤りであったことは確かです。

さらに厳密に評価するためには、過去の描写のみに経済モデルを適用することが有益です。私のモデルは1985年から解いてきて、過去と現実との乖離をチェックしながら2009~2010年のモデルを解く構造になっていますが、それをもう一度過去に解いてみるといいと考えています。

現行政策は経済と環境の好循環を実現するか

エネルギー政策がマクロ経済の生産性格差リスクを見ずに、脱炭素化にチャレンジする企業ばかり支援すれば、経済成長を毀損する懸念は大きくなるでしょう。

RUEC格差は今後も拡大するでしょうし、省エネ政策はただ単にエネルギー多消費的な産業の空洞化を誘発し、また賃金水準の低迷にも影響を与え、国内経済にデフレ圧力を与えるだけです。そういう意味では、経産省が見るべきポイントはもう少し別のところにあると思います。

日本の産業政策における素材型製造業の役割は大きく、特に鉄鋼業は非常に強い生産性格差を持ち、比較的高水準の賃金を実現しています。ですから、産業政策として外に追い出す対象ではなく、今日紹介したようなエビデンスから見れば日本の国益を捉え直し、まったく違う世界が見えてくると思います。

脱炭素化に向けたイノベーション支援は大幅に拡大しつつありますが、投資効率としては非常に悪く、エネルギー政策としての効率性を考えないでそれを進めることには大いに疑問があります。

エネルギーを適切に利用する、安定供給を図るという目的のために資源エネルギー庁は本来存在していたのでしょうけれども、それを見つめ直してエネルギー政策の目的を見失わないようにしないと、マクロの資源配分に対して大きな問題をもたらすのではないかと考えられます。

コメント

大橋:
先般、クリーンエネルギー戦略(CES)の中間整理が公表され、クリーンエネルギーを中心として脱炭素化をしていくというかなり幅広な政策メッセージが出されました。他方、対ロシア制裁や電力逼迫でエネルギー安全保障が重要だといわれつつあるなかでも、脱炭素化の流れは国際的に加速化の方向に進んでいると思われます。

クリーンエネルギーを達成するための技術や社会経済に対する短中期的なインパクトは極めて不確実です。かなり長期にわたるコミットが必要な政策領域が出てきており、野村先生からは政策立案についても新しい考え方が必要だというご指摘がありました。

一方、データを取り続けながらより良い政策立案を逐次アップデートする取り組み(アジャイル型政策立案)も始まっています。その点ではEBPMやエビデンスの重要性を政策立案の中に取り込まなければならないというのはご指摘のとおりだと思います。

大きな気付きになったのは、EPIに影響を与える局面には①生産拡張につながる投資、②省エネに伴う投資、③が生産設備の海外移転の3つがある点です。先生がおっしゃられたポイントは、①をもっと考える必要があるということだったと受け止めています。

他方で、わが国の積年の課題には、設備の高経年化(老朽化)に加え、素材産業を中心に産業再編が進まなかったことや、中小企業の事業承継の問題があります。これらをいろいろ考えると、DXの中で産業構造を転換しアップデートする中で、①を進めるという視点が大切であり、脱炭素化をさらに目指すような②、③に特化した政策議論は極めて危険だという指摘であり、胸に止めておくべき重要な点だと思います。

質疑応答

Q:

エネルギー転換部門の競争政策が市場自由化の方向に進むと、エネルギー転換部門の資本生産性を下げるのではないかと思います。経済産業政策としての市場政策や競争政策がエネルギー生産性にどのように影響してきたのでしょうか。

A:

転換部門に限ればむしろ逆で、自由化していないときに資本の生産性が低下しました。総括原価方式で各電力会社が事業に取り組んできた部分があり、その中で資本の生産性がかなり下がったのだと思います。それが若干高コスト構造になりながらも、安定供給に寄与した部分はあるでしょうが、自由化になると今度は資本の生産性を下げられなくなり、供給余力が市場で十分に補償されないのであれば資本の生産性を上げざるを得なくなるのではないかと思います。その点では、供給側のリスク拡大が懸念されます。

市場の競争政策、産業政策がエネルギー生産性にどう影響したのかというのは複雑であり、なかなか難しい質問だと思いますが、ご指摘のことはエネルギーシステム全体に関するものかもしれません。自由化の一方では、政府は市場に強く介入していたのですから、そこで再エネの最大限の導入などをやりますと、送電網の拡大やバックアップ用の火力など、エネルギーシステム全体としては資本生産性を大きく落としてきたと思います。それは一国経済の全要素生産性を低下させてきていると思われます。

Q:

脱炭素化の流れが不可避だとすれば、日本も一定の拘束を受けるとした場合、先生は政策立案について具体的にどのようなお考えをお持ちでしょうか。

A:

脱炭素化は不可避という流れ、日本はかなり拘束を受けていると皆さんも現場で切実に感じていると思います。ただ、そのためには温暖化における人為的な部分がどのくらいなのか、またそれによるダメージがどれほどか、緩和ではなく適応のコストがいくらなのか、より広い視野で考えなければならなくなります。エコノミストとしてそこは所与としてきたわけですが、私が30年近く理工学系の方の議論を聞いてきた感想からしますと、結局のところ誰もまだ本当にはわかってはいないということです。クーニン教授の近著のタイトル『Unsettled』そのものです。

エネルギーの供給側も、オイルショック後ではもちろんエネルギーの需要側も、緩和に向けての研究蓄積は大きいです。ですが適応がだいぶ手薄になってしまっているのです。人類は環境変化に対して適応してきたわけですから、数千年タームの中で適応コストを考えながら、より長期の資源配分を考える必要がありますし、エコノミストも日本の適応コストに関するエビデンスを冷静に積み上げる必要があると思います。

一方で、政治的な流れはこれからまた変わり得るでしょう。日本側が今やろうとしている政策には、3年ぐらい前にドイツ人の環境系の研究者やコンサルの人たちが思いつきで言い始めたことが多く含まれていると感じます。彼らはダメならさっと諦めて、次々と変えていきますが、今になって日本の中で「日本は遅れている」と煽っている声を耳にします。ドイツでも、そんな転換はうまくいかないという産業構造を理解する官僚はいますし、こうした議論がずっと続くとも思えません。米国はもちろんですが、いま不可逆とみえる流れは大きく変わり得る可能性に備えなければいけません。

重要ことは、根拠なしに、あるいは根拠などもはや関係ないとして、脱炭素は不可逆だと受け入れてその中でできることを考えるのではなく、まず日本の経済構造に基づく国益を掴むことだと思います。それができていないままに、国際的なリーダーになるといっても空回りするだけです。日本の経済成長とエネルギーに関する国益を理解し、脱炭素の流れが続こうとも、あるいは大きく変わったとしても、日本が強固な経済構造を維持することが必要です。島国日本にとっては、国内におけるエネルギー安定供給の基盤を確かなものとした上で、米国や経済成長を続けるアジア諸国などと連携し、拙速な国内対策ではなく世界的な視野での解決に向けて、エネルギー環境政策を議論する必要があるでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。