食料安全保障と日本の農政 ー ウクライナ侵攻の教訓

開催日 2022年4月20日
スピーカー 山下 一仁(RIETI上席研究員(特任)/ キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

食料は人間の生命維持に不可欠であるだけでなく、健康で充実した生活の基礎として重要であり、全国民が将来にわたって良質な食料を合理的な価格で入手できるようにすることは国の基本的な責務である。ロシアによるウクライナ侵略は、日本および世界の食料安定供給への脅威を顕在化させ、総合的な食料安全保障の確立は国家的課題として改めて浮き彫りとなった。当セミナーでは、RIETI上席研究員を務める山下一仁キヤノングローバル戦略研究所研究主幹が、日本の農政全般の問題点を明らかにしながら、来るべき食料危機に対応するための農政の在り方について持論を展開した。日本の食料危機への対応策として、食料生産を増やして平時から輸出に回す体制をつくることで、危機時における食料生産の整備をすべきだと指摘した。

議事録

食料安全保障の現状

農林水産省が示した2022年産米の生産見通しは675万トンであり、ピーク時の半分ぐらいに下がってしまいました。これは食料安全保障上の大変大きな問題です。

一方、世界では食料危機が叫ばれ、2050年に食料を6割程度増産しないと飢餓が生じるといわれています。しかし、穀物や大豆の価格はこの100年間ほど長期低落傾向です。人口が増加して大変な事態になるのであれば、現時点ですでに価格が上がっているはずなのですが、そうではありません。ですから、長期的な食料需給についてはそれほど心配する必要はないと思います。

ただし、短期的に価格が高騰する(price pike)ときがあります。2008年ごろの世界食料危機では穀物価格が3倍程度高騰し、洞爺湖サミットでも食料安全保障が主なテーマになりました。しかし、日本の食料品の消費者物価指数は2.6%しか上がっておらず、ほとんど影響はありませんでした。

また、米国が食料を戦略物質として使う可能性があり、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に参加して関税が撤廃されると日本の農業は大変なことになるといわれていましたが、米国は大豆禁輸(1973年)と対ソ穀物禁輸(1980年)という大きな失敗を2度経験しており、減反も輸出制限もしないと考えられます。米国が食料輸出をしなくなれば、国内市場に食料があふれ、価格が暴落してしまう可能性もあるので、なおさら輸出制限はできないでしょう。

日本の食料自給率は現在37%であり、もっと上げるべきだという主張がよく聞かれますが、食料自給率とは国内生産を国内消費で割ったものであり、食品ロスをしてしまえばその分、国内消費も増えるので、国内生産が同じでも自給率は下がります。ましてや、終戦直後は国内生産イコール国内消費ですから自給率は100%であり、台湾有事などで輸入が途絶したとしても同様に自給率は100%となります。つまり、食料自給率は、目標を掲げなくても危機のときには100%になってしまうので、まったく意味のない概念なのです。

食料安全保障には、経済的なアクセスと物理的なアクセスという2つの要素がありますが、途上国と異なり所得の高い日本においては経済的アクセスで食料が入手できなくなることはないと思います。日本にとって重要なのは物理的なアクセスであり、例えば震災時のようにお金は持っていても物を買えない状態や、日本周辺で紛争が勃発してシーレーンが破壊されるような危機が想定されます。

農政の目的は何なのか

食料自給率向上の目標は20年以上前から掲げられていますが、上がるどころか、だらだらと下がっています。しかし、農水省の誰も責任を取りません。本音は、自給率が上がると困るのだろうと思います。自給率が上がれば、農業保護は不要ではないかといわれかねないからです。

それどころか、農水省は自給率を下げる政策を実施してきました。それが食管制度の時代から続く高米価・減反政策です。減反政策とは、農家に補助金を与えて米の生産を減らし、米価を均衡価格よりも高く設定する政策です。それにより、国産米の価格を高くして消費を減少させ、相対的に輸入麦の価格を安くして麦の消費を拡大させたわけですから、自給率が低下するのは当然です。

では、農政の目的とは一体何なのでしょうか。以前は、農家の所得を向上させることが大きな目標でしたが、農家が貧しいという状況ではすでになくなっています。それを踏まえて農水省が1970年代以降掲げるようになったのが食料安全保障、多面的機能でした。多面的機能とは、農産物を生産することによって農業生産物以外の効果(水資源の涵養や洪水防止、景観など)を発揮することをいいます。

しかし、水田を水田として利用するからこそ多面的機能を発揮し、食料安全保障に必要な農地資源を確保できるのですが、実際に行われたのは、水田を水田として利用しないことに補助金を与え、米の生産を減少させる減反政策でした。そうなると、多面的機能は損なわれ、米生産も減少するうえ水田もなくなってしまうので食料安全保障も害されることになります。

つまり、農政は半世紀以上も、自分たちが掲げた目的や国民全体の利益に反する政策を実施してきたのです。

日本では戦後、食料難解消のために米が増産され、1967年にはピーク(1,428万トン)を迎えました。しかし、生産者米価を上げたために供給が増え、消費が減ったことで過剰が生じました。そこで1970年から減反政策を実施し、米の生産を減らしていったのです。米の生産を減らす以外にも調整する方法はあったのですが、農政当局はそれ以外の方法を考えられませんでした。

世界の主要国の多くは米生産量が増加しており、世界全体としては1961年比で3.5倍になっています。日本のように大幅に減らしている(同40%減少)国は珍しいといえます。また、農地が減ったとしても単収(一定面積当たりの収量)向上でカバーできるはずなのですが、日本の単収はほとんど横ばいです。米国の単収は日本の1.6倍と水をあけられていますし、1960年に日本の半分程度だった中国にも追い越されています。

食料危機に対応するために

では、本当に危機が起こったらどう対応すべきなのでしょうか。もし今輸入が途絶すれば、輸入の小麦や牛乳、チーズが食べられないのはもちろん、輸入穀物の加工品ともいえる国産畜産物も食べられなくなり、日本の畜産業は壊滅するでしょう。つまり、終戦直後の状態に戻るのです。しかし、今年の生産予定の675万トンでは半分以上が餓死します。

ところが、減反を廃止して、水田で米を作り、単収を米国並みに上げれば、今でも1500万トン程度の生産は可能だと思うのです。国内で700万トンを消費、800万トンを輸出し、シーレーンが破壊されて輸入できなくなったときには、平時に輸出していた米を消費すればいいわけです。つまり、平時における輸出は、財政負担のまったくかからない食料備蓄の役割を果たすことになります。これで米の自給率は214%になります。総合的な食料自給率は60%になり、2000年に掲げた45%目標は簡単に突破できます。しかし、誰もやろうとしないのです。

農地資源を維持することで食料増産を図ることも必要でしょう。危機になれば今あるものを食べるのですが、翌年には生産しなければなりません。ところが、終戦時の人口が7200万人に対し600万haあった農地面積は、今や1億2500万人の人口に対し440万haしかありません。しかも、危機時には石油の輸入も途絶するので、機械や肥料・農薬も使えず、単収も大幅に減少するので、より多くの農地資源が必要になります。終戦時の状態から単純計算すると、農地は1,040万ha以上必要です。

農地を確保するためには耕作放棄地などの再農地化に加え、ゴルフ場や公園などの農地への転換も考えないといけません。そのための方策を農政当局は考えているのでしょうか。

現在の米農政は、3,500億円の財政負担をして米の生産を減らし、高い消費者負担を強いているわけです。財政負担をするのであれば、国民に安く財やサービスが供給されるのが普通ですが、農政だけはこうした異常な政策を50年間も行ってきました。その結果、零細な兼業農家が滞留し、専業農家の規模は拡大していません。単収も抑制されてしまっています。そして消費が減少し、水田面積も100万ha以上減ってしまっているのです。

業種別の農家所得を比べると、酪農やブロイラーの平均が1,500万円を超えているのに対し、水田作だけは400万円を超える程度です。販売農家に占める稲作農家の割合は56%であるのに対し、農業総産出額に占める稲作の生産額は2割にも届きません。いかに稲作に零細で非効率的な農家が多く滞留してしまっているのかが分かると思います。

世界では、価格で農業を保護する政策からの転換が進んでいます。米国もEUも随分前から、価格で支持するのではなく財政(直接支払い)によって保護しています。価格で農家の所得を保護しようとすると、市場に直接介入するため、ゆがみが生じてしまうからです。従って、米国やEUには、高い関税はほとんど必要ありません。ところが、日本だけは高い価格で農業を保護するため、国際価格よりも高価格を維持するには200%以上の高関税が必要になってしまうのです。

1,500万トンの米を生産して、800万トンを輸出するためには、価格競争力を上げる必要があります。つまり、コストダウンも必要です。そのときに、日本の米が競合するのは米国産米です。

日本は米国産米などをミニマムアクセス米として毎年10万トン輸入しています。内外価格差があれば、商社は安く輸入して高く販売すると必ずもうかるので、10万トンの枠は100%消化されるはずです。2012年ごろまでは(2010年を除き)ずっと100%消化してきたのですが、それ以降100%消化した年は1年しかなく、昨年は10%を切っています。つまり、内外価格差が相当縮小しているため、日本産米の競争力が上がり、米国産米が輸入されなくなっているのです。

日本の米価水準(1万4000円程度)は減反によって維持されていますから、減反をやめれば7000円ぐらいに下がるでしょう。7000円に下がれば、商社は7000円で買って1万1000円ぐらいで輸出できると思います。そうすると、必ずもうかります。ということは、国内の供給が減って輸出され、国内の米価も徐々に上がっていきます。米価が上がれば生産量も増えるので、減反をやめたことによる単収増も勘案すると1,500万トンの生産は可能だと思います。

農政の総合性を取り戻す

さらにコストを削減するために必要なのが、米政策の改革です。減反を廃止すると、米価が下がり、零細な兼業農家が農地を提供します。主業農家に限って直接支払いをすると、主業農家の地代負担能力が上がるので、農地が主業農家に集まります。規模が拡大すると、コストが下がり、収益が上がるので、兼業農家に対する地代も上昇するわけです。つまり、主業農家だけでなく兼業農家の所得も向上する効果が期待できます。

そうした新しい農村のイメージをつくらないと、このままでは零細農家ばかりとなり、みんな赤字になってしまうので、農業を維持できなくなります。

実は戦前、地主階級の力がものすごく強く、帝国議会とタイアップして日本の農業政策を牛耳っていました。これに対して小作人解放のためにいろいろ手練手管をしたのが農林省でした。いろいろなことをやっても地主階級の政治力にはね返されていたのですが、戦時経済体制下の1942年に食糧管理法が成立し、これをうまく使って地主を弱体化させました。政府が買う米価に小作人(生産者)米価と地主米価の2つを設定し、小作人の方に高い米価を払うことで、小作人の負担を減らしたのです。つまり、そうした総合性がかつての農政にはあったのです。ところが、残念ながら今の農水省は、減反政策は減反政策、農地は農地、農村は農村、輸出は輸出というふうに、たこつぼ化してしまっています。

ですから、農地を流動化・集積して規模拡大しようとしても、米価が高いために零細な兼業農家が滞留し、農地が出てこないという根本の問題にメスが入れられないのです。いくら農地バンクを改善しても農地は流動化しません。農村振興を図るためには、主業農家に農業をしてもらって、地主の人たちは地代をもらってインフラ整備を行うことで主業農家をサポートするという構造を作らないと、農村に未来はありません。

農政は、単に予算を増やしてイベントをすれば輸出が促進されると考えています。ところが、価格競争力を持たなければ輸出などできません。食料安全保障を確立するためには米の輸出が必要であり、そのためには価格競争力を上げないといけないのです。

現時点で直接支払いを主業農家だけに限ると、3500億円の減反補助金が1500億円で済みます。そうすれば財政負担も減るし、米価が下がるので消費者負担も軽減されます。そうした根本的な政策を行っていかないと、日本の食料安全保障は達成されないでしょう。

質疑応答

Q:

なぜ日本の農政は、自分で自分の市場を減らすという、自らの首を絞めるようなことをしてきたのでしょうか。

A:

根源にあるのは、JA(農協)という組織です。日本の法人の中で、金融事業も保険事業も農業事業も、ありとあらゆることができる権能が認められているのはJAだけです。そのJAに米価を上げることで滞留した兼業農家がサラリーマン所得を預けてくれます。JAバンクには100兆円を超える日本屈指の預金量があります。その潤沢な資金をウォールストリートで日本最大の機関投資家として運用することで、ものすごい利益を上げました。つまり、米価を上げたこととJAが万能の法人であることがうまくタイアップしたことにより、農業は衰退したけれどもJAは繁栄したのです。米農業は犠牲にしてもいいから、高米価・減反政策で兼業農家を守ろうとしたわけです。

Q:

農水省とJAと農林族議員の農政トライアングルを打ち破るには政治的リーダーシップしかないのでしょうか。農政を全廃して全て市場経済に任せた場合には何が起きると考えられますか。

A:

農家の戸数は減っていますが、農業の発言力は減っていません。なぜなら、小選挙区制になったことが相当大きいと思います。参議院も地方は1人区がほとんどになっています。1選挙区から1人しか選出されなくなると、数は少なくなってもJAの組織票が当落を大きく左右するようになります。選挙区制度によって農業票の持つ力が維持・増幅されてきた側面があります。

政治的なリーダーシップが必要です。国鉄改革を行った中曽根康弘さんのように、政権を懸けて変えるのだ、農業票が少々なくなってもいいのだという覚悟を持った政治家が出てこないと、なかなか難しいと思います。国鉄改革のときには、国鉄内部に中曽根さんに呼応するような人たちが複数いました。農政においてもそうした状況が必要でしょう。

農林省、農水省がなかったら、日本の農業、とりわけ米農業はもっと良くなっていたと思います。これは率直な感想です。日本の、特に米農業が衰退したのは、間違いなく農水省の責任です。JA農協の責任です。農林族議員の責任でもあります。食料供給という最大の責務を忘れてしまっているのです。残念ながら、私もone of themだったわけです。

だけど、諸外国を見ても、農業を保護しないところはない。あんなに競争力のあるアメリカもEUも、農業を保護している。農業を保護するのはいいのだけれど、農業の保護の仕方が、アメリカやEUは直接支払いへ移行したのに、日本の場合にはずっと価格支持、高米価というやり方で、決定的に間違っているということです。

農水省は今年の米の生産予定数量を675万トンにしましたが、675万トンで本当に危機が起きたときに日本国民が飢えずに生命を守っていけるのか。戦前に石黒忠篤という農政の大御所といわれる人がいましたが、農本主義とは国民に食料を安定的に供給することで、だから「農は国の本なり」なのだと主張します。農協の幹部の人たちは軽々しく「農は国の本なり」という言葉を口にしますが、石黒は国民に食料を供給できないのは、国の本たる農業とはいえないと批難します。

Q:

今回のウクライナ戦争による肥料・食料の供給減少、価格上昇を通じて、アジア諸国にどのような政治的影響を与えるでしょうか。

A:

途上国では大変な問題が起こっており、こうした事態をもたらしたロシアの責任は大きいと思います。実質的な穀物価格は長期的に低落傾向なのですが、時々急激に上がるときがあり、そのときに途上国は大変な思いをするわけです。その問題を解決するために、東アジアでは日中韓3カ国とASEAN諸国で米の備蓄制度を作り、危機が起こったときに融通し合っています。そうしたスキームによって、途上国の人たちが困らないようにする必要があると思います。

Q:

各国とも、国内で絶対的に不足すれば輸出規制が始まるのではないでしょうか。

A:

先ほども述べたように、米国が輸出制限をすることはほとんどありませんし、他の国も禁輸はしないでしょう。小麦の主要輸出国は生産量の5~8割を輸出に回しています。これがゼロになるような大不作は起こらないでしょう。主要国がのきなみ同時不作になるということはありませんし、ある国が不作になると別の国が生産を増やします。特に、南半球は北半球と季節が逆になるので、世界全体としては簡単にリカバーできます。

独占的な供給国であれば輸出制限は効くのです。しかし、かつて米国が大豆を禁輸したときは唯一最大の輸出国だったのですが、これをきっかけに日本がブラジル・セラード地域を開発したため、今はブラジルに完全に追い抜かれており、米国は唯一独占的な供給国ではありません。そうした国(米国)が輸出を規制すれば、他の国(ブラジル)が空いた市場を目がけて入ってきます。ですから、他の国をもうけさせてしまうような輸出規制をすることはないでしょう。

ただし、穀物貿易の中で米だけは例外です。米の主要輸出国であるインド、ベトナム、タイなどは、生産に占める輸出量の割合がものすごく低く、わずかの生産の変動で輸出は大きく変動します。さらに、国際価格が高騰して輸出されると、国内供給量が減って価格が輸出価格の水準まで上がってしまいます。そうなると、途上国ですから、国内の貧しい人たちは米を買えなくなってしまい、危機が生じます。これを避けるために、インドやベトナムは輸出を禁止します。しかし、所得が上昇したタイは、輸出を制限しなくなりました。

Q:

食料安全保障とエネルギー安全保障は表裏一体だと思うのですが、政府はちゃんと総合的に考えているのでしょうか。

A:

食料安全保障とエネルギー安全保障はリンクしています。大平内閣のときに「総合安全保障」が提案され、しばらくその考えが続いたのですが、だんだんそれがなくなってきたのは残念なことです。石油がなくなると、肥料も農薬も農業機械も使えなくなり、面積当たりの収量は大幅に減少します。

また、いくら武器弾薬などを装備しても、食糧・エネルギーなどの兵站が十分でなければ、国は守れません。今回のウクライナ侵攻で、ロシアは兵站に苦しみました。軍備は防衛省、食糧は農水省、エネルギーは経産省という具合に、安全保障についても、タコツボ化してないでしょうか?

ただ、戦前までは石油がなくても農業生産を行ってきたわけです。われわれとしては、危機のときにエネルギーがなくても、農薬や農業機械を労働力で代替したり、化学肥料を堆肥で代替したりすることを考えないと駄目なのです。機械を使って生産するという現代の農業生産構造は、危機時にまったく対応できないかもしれません。そういうことも政府全体として考えていく必要があると思いますが、農水省に任せていたのでは難しいと私は思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。