高度成長と財政

開催日 2022年4月19日
スピーカー 松元 崇(国家公務員共済組合連合会理事長)
コメンテータ・モデレータ 後藤 康雄(RIETIリサーチアソシエイト / 成城大学社会イノベーション学部 教授)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

低成長を続けるわが国が成長力を取り戻すためには、かつて戦後日本の高度成長に寄与した池田勇人首相の側近でもあった経済学者・下村治の考え方が参考になる。下村は、1960年に池田内閣が閣議決定した所得倍増計画の立案者と知られるが、自らは計画主義者ではないとし、「経済成長をもたらすのは人間の創造力であり、それをいかに自由に発揮させるかが重要だ」と主張していた。これはケインズのアニマルスピリット(野心的な創意工夫)と同様の考え方である。本セミナーでは、元内閣府事務次官であり、経済成長と財政の分野の第一人者でもある松元崇氏(国家公務員共済組合連合会理事長)が、日本の戦後経済史をひもときながら高度成長を支えた要因を探るとともに、人々の再挑戦(アニマルスピリット)を支える社会制度構築の重要性について語った。

議事録

所得倍増計画は「計画」ではない

日本の高度成長を支えたのは大企業だけではなく、多くの中小企業の創意工夫だったと思います。そのことを十分に理解していたのが、高度成長を理論付けた下村治であり、池田勇人であり、それはケインズ経済学の基本にのっとったものでした。

下村が理論付けた所得倍増計画は、一般に考えられていたような計画ではありませんでした。下村は1962年に著した『日本経済成長論』で、「私は経済成長について計画主義者ではない」とし、経済成長を推進するのは人間の創造力であり、それが自由に発揮されて初めて経済成長を推進する力が生まれると論じています。

そのことは、所得倍増計画を打ち出した池田勇人も十分に認識していました。池田内閣の官房長官を務めた大平正芳が「日本は自由主義の国なので、計画という言葉は不適当ではないか」と指摘したのに対し、池田は「計画とうたうから国民はついてくるんだ。外すわけにはいかない」と一蹴したそうです。つまり、池田も所得倍増計画が計画ではないことをよく分かっていながら、国民をその気にさせるために計画とうたったのです。所得倍増計画は、政治的なスローガンであり、池田がそのように打ち出したことで大成功したのです。

オイルショック後、高度成長を提唱していた下村は一転してゼロ成長を唱えました。1976年に出した『ゼロ成長 脱出の条件』で下村は「これからはゼロ成長になる」と述べて世の中を驚かせました。しかしながら、経済を成長させるのは人間だという従来の考え方を変えたわけではありませんでした。低成長になった状況を認識しないで、それまでと同様の成長に戻れると考えるのは誤りだと論じただけだったのです。

バブル崩壊後、この下村の指摘と同じような誤った認識に引きずられて、「失われた30年」になってしまいました。バブルのときは経済が本来の成長線よりも上振れし、崩壊すると急激に落ち込みます。そうならないように経済対策を発動するわけですが、その際には急激な回復にはならず、足踏みの中での回復にしかなりません。その足踏みの回復では物足りず、以前と同じ成長に戻すための経済対策が打ち出されたのがバブル崩壊のときでした。

そしてその後、1%にも達しない成長率となりました。バブル崩壊とほとんど時を同じくして、日本の成長力が低下したからです。IT革命や生産構造のグローバル化に日本経済が適応できなかったからです。下村が言っていた、オイルショックによって日本経済存立の条件が根本的に変わってしまったというのと同じことが起こったのでした。しかしながら、それを率直に認めようとせず、以前のような成長に押し上げるためにということで、度重なる経済対策が発動されてきました。

ところが、落ち込んでしまった成長率はケインズ的な経済対策では元に戻りません。対策の効果がなくなれば、経済は落ち込んだ成長経路に戻ろうとします。そうはさせまいと経済対策が繰り返され、その結果、いたずらに財政赤字が累積していったのです。

アニマルスピリットの発揮

実は、わが国の一部のエコノミストとほとんどの経済アナリストはケインズ的な経済対策で成長率を引き上げることができると誤解しています。しかし、そうではないことはケインズ自身が明言していました。ある人がケインズに「では、何が経済成長をもたらすのですか」と問うたところ、ケインズの答えはアニマルスピリットでした。アニマルスピリットは、「起業家精神」とも訳されますが、下村の言う「人間の創造力の発揮」と同じことです。

ただ、下村がケインズと違っていたのは、下村は「何が経済成長をもたらすのですか」という問いに対してアニマルスピリットという答えで終わらせなかった点です。下村は「いつでも与えられた条件の許す限り、できるだけ積極的・能動的に創意工夫を重ねて可能性の開拓に努力すべきだ」としていました。今日的な言葉で言えば、ワイズスペンディング(賢い支出)の提言を行ったのです。

下村は「経済成長についての計画主義者ではない」としていましたが、それは経済成長の条件を整備する計画まで否定したものではありませんでした。「国民の創造力に即して、その開発と開放の条件を検討することが必要だ」とし、その条件は教育、科学技術の振興、勤労者の就業機会の改善、産業関連施設その他の公共施設整備など各分野にわたりました。

それらの計画は、当時の日本経済に求められていた設備投資の増加速度を引き上げ、人々が創造力を発揮できる条件を整備するものでした。そうした具体的政策提言があったので、政治家である池田に用いられたのです。

下村は「オイルショック後、ゼロ成長に落ち込みかねない経済成長を維持できる道は省資源・省エネルギーであり、そのためのイノベーションをどれだけ実現できるかに懸かっている」としました。その後、日本は、ゼロ成長にならないどころか、世界の中でも高い成長を実現し、ジャパン・アズ・ア・ナンバーワンといわれるようになっていったのですが、いずれにせよ、その段階で下村は省資源・省エネルギーが必要だと述べていたのです。

日本が成長力を取り戻すために必要なもの

では、下村が今日、生きていたとして、経済成長のために何が必要だと言うでしょうか。

今日、世界では格差問題が大きな課題になっていますが、実は下村は格差問題についても語っていました。経済成長がなければ国民全体として生活を改善できない。その過程で格差が生じるのは仕方がないとしながらも、「大事なことは、全体を向上発展の動きの中に入れ込む努力をすることである。自力でうまく乗れない人がいれば、乗り得るように援助することが必要だ」と言っていました。

そのような下村が今日のような格差社会を目の当たりにしたならば、「全ての人がいつでも再チャレンジすることを支える仕組みが必要であり、そのための教育制度や社会保障制度のインフラ構築が必要だ」と述べたに違いありません。それによって人々の創造力を開放し、経済全体の成長や国民生活の改善、ひいては人々の幸せを実現するための政策提言をしたでしょう。

格差の小さな社会で高成長を実現している国にスウェーデンがあります。スウェーデンのやり方を、そのまままねればいいとは思いませんが、スウェーデンは積極的労働市場政策という人々の再挑戦を支える手法でそれを実現しています。そこから学ぶべきことは多いと思います。

実は、同様のことが2009年、麻生内閣(当時)の下に設置された安心社会実現会議の報告書でも述べられていました。若者や現役世代への支援を強化し、切れ目のない安心保証を実現することで、働くことを中心とした活力ある安心社会を実現することが必要だという提言が行われていたのです。

障害者でも、女性でも、一度失敗した人でもチャレンジできる社会にしていくことが、活力ある安心社会につながります。そうした活力ある安心社会が実現できなければ、日本は低成長から脱却できないまま、格差社会になってしまうのではないかと危惧しています。

高度成長期と比べて日本がはるかに豊かになった結果として、かつての安心社会が失われてしまっています。とすれば、かつての安心社会に替わる安心社会、力強い経済成長の基盤になる安心社会を国がつくり上げていかなければならない。そのために、全ての人々のチャレンジの基盤になる教育や社会保障のインフラへの投資が必要だと思います。

結局のところ、一人一人が成長しなければ経済も成長しないということです。一人一人が成長するためには、ケインズが言っていたアニマルスピリット、下村が言っていた創意工夫が何よりも必要です。政府が財政を大盤振る舞いすれば経済が成長するわけではありません。しかしながら、現実にはそうした政策が行われていると思います。

高度成長をめぐる数々の誤解

「もはや戦後ではない」の一節で知られる1956(昭和31)年の「経済白書」は、一般に思われているような、これからどんどん成長していくのだという楽観的な想定ではなく、戦後の復興(一種の不況からの回復)が終わって今後はケインズ的な成長はできないとする悲観的な想定の下に出されたものでした。

実は高度成長が始まった頃には、その延長線上の認識を持つ人が多数でした。所得倍増計画が打ち出されたのは、池田が1959年6月に第2次岸改造内閣で通産大臣に就任したときですが、その強気の構想に対しては、多くのエコノミストから強い批判があり、最終的に決定された同年の財政投融資計画は、伸び率が前年度の半分に抑えられてのスタートになったのです。

その後、日本経済は大方の予想を超える成長を遂げ、池田が掲げたスローガンは大成功したわけですが、その要因は下村が経済状況をしっかりと把握して現実的な提言をしたことにあると思います。

当時は激しい労働争議や安保闘争などもあった時代です。首相に就任した池田は、所得倍増計画を大々的に打ち出して、総選挙での自民党の圧勝を導き、政権基盤を安定させました。そのようにして政治の季節が経済の季節に変えられたことも、所得倍増計画が計画であると人々に思い込ませた要因だったと考えられます。

ちなみに、高度成長が円安による輸出主導でもたらされたというのは誤解です。実は、高度成長が始まったときは円高だったのです。円高にもかかわらず成長によって生産性が向上した結果、実質的な円安になったのです。円安によって日本経済が成長したというのは、原因と結果を完全に取り違えています。

この点に関しては、戦後の英国の経験が興味深いと思います。英国は戦勝国でしたが、戦禍で経済が疲弊した結果、実質的にポンド高となり、高度成長が始まったときの日本と同じように国際収支の天井の問題に直面していました。

しかしながら、英国は日本のような生産性向上による成長の実現に失敗し、度重なるポンド危機を迎えました。そして、そのたびにポンドを切り下げました。しかし、そのポンド安が経済成長に結び付くことはなく、あっという間に日本に追い越されてしまいました。為替安は経済成長の役には立たなかったのです。

人口ボーナスが経済成長をもたらすというのも誤解だと思います。中国の高度成長は一人っ子政策で人口増加が緩やかになった中で実現していますし、韓国や台湾も少子化が心配されるようになる中で高度成長を実現しています。そもそも日本の高度成長は、増え過ぎる人口を抑制しないと貧困層があふれることが懸念される中で起こりました。もちろん人口減少は地域社会の崩壊や国力低下につながしますので何とかすべき大問題ですが、少子化対策を進めて人口を増やせば経済が成長するわけではありません。

いずれにしても、ケインズ的な経済政策で経済成長がもたらされることはありません。人々の創造力を発揮させるための条件を整備することで成長はもたらされるのです。そのためにはワイズスペンディングを行う必要があります。そのための負担は、当然国民に求めていかなければならないと思います。ケインズ的な経済政策で経済が成長するという思い込みを払拭しないと、そういった議論もなかなか深まらないと思います。

コメント

後藤:
先生のお話には、まず政策的視点として、政策の因果関係が十分に正しく理解されていないこと等から、過去の経済政策への認識に誤りや偏りがみられるとの問題意識があります。そうした問題意識は、今後の政策の在り方を考える上で重要です。

また、経済理論の視点として、ケインズの主張に対する認識に誤りがあるという問題意識も持たれています。ケインズの政策は「穴を掘って穴を埋める」的な単純な有効需要創出策としてとらえられがちですが、いわゆる「ケインズ理論」と呼ばれる内容とケインズの主張全般は分けて考える必要があります。ケインズ理論は確かに短期の景気浮揚に焦点を当てていますが、経済成長までを包含しておらず、ケインズ自身はアニマルスピリットによる経済成長が非常に重要だと主張しています。

政策の意図や学問的主張を正しくとらえなければ、健全で前向きな政策論議はできません。先生は、過去の政策の具体例として所得倍増計画を挙げておられます。同計画は計画経済を志向したものではなく、国民が力を発揮できる環境整備を重視した側面も大きかったと指摘されています。政策をめぐる議論において、現実の政策や政策理論を過度に曲解したり単純化したりして政府の役割を矮小化するのは危険であるといえるでしょう。

質疑応答

Q:

アニマルスピリットは何で測るのが適当なのでしょうか。

A:

アニマルスピリットは測れないのです。しかし下村は、アニマルスピリットをもたらす条件整備について徹底的に追求し、高度成長期においては産業インフラとしての道路や港湾、基本的な教育が必要だと考えました。オイルショック後には、省資源・省エネルギーのためのイノベーションだと考えました。その時々に応じて人々のやる気を起こさせる条件を整備することが政策としては大事なのだと思います。

Q:

特に大企業にアニマルスピリットや創造力を取り戻させるにはどうすればいいでしょうか。

A:

各企業がそれぞれ考えなければならない問題であり、欧米のようなジョブ型をそのまま導入すれば日本企業も活性化するというわけではありません。米国企業は日本の人事部のようなものがなく、各部局が採用権限を持っているので、グローバル企業では地域に親和性のある現地の人を雇っています。そうしたジョブ型の経営をうまく組み合わせていくことは日本企業にとって非常に難しい課題であり、それこそ経営者がアニマルスピリットでしっかり取り組む必要があるでしょう。私自身も、連合会の経営に何かいい知恵はないかと常々考えているところです。

Q:

本日の内容に即した認識と対策が2010年ごろ、内閣府で提言されたにもかかわらず、このような現状が続いています。原因は何でしょうか。

A:

ワイズスペンディングという形でみんながアニマルスピリットを発揮できる条件を整備する議論が必要なのですが、とにかく財政を大盤振る舞いすれば経済も成長するはずだという思い込みが強くて、そうした議論にならないのだと思います。

Q:

現在のコロナ不況に対し、国民へのばらまき的金銭給付や旅行需要の喚起策はどのように評価されますか。

A:

コロナ不況で経済が相当落ち込んだので、一時的に経済を支えることは必要でした。しかしながら、コロナ不況が終わった時点では財政も平常状態に戻さなければなりません。諸外国ではそのための議論が始まっています。日本はまだこれからだと思いますが、その辺の議論の進捗が鍵だと思っています。

Q:

少なくともこの30年間、消費増税した結果、デフレをもたらしたことは明らかなので、最も効率的な景気刺激策は減税ではないでしょうか。

A:

そうした質問が出るということは、ケインズ的な経済政策で経済を成長させられるという思い込みがいかに強いかを表していると思います。と申し上げても、納得されないでしょうが、ケインズ政策で経済を成長させることはできないのだという基本をもう一度思い返していただければと思います。

Q:

下村理論では、イノベーションのための民間設備投資を重視し、GDPウエートが大きいからという短期的側面からの消費政策には慎重でした。その点は政策担当者も十分意識すべきと思います。小さい政府のほうが成長にはいいと思いますが、松元先生のご見解を頂ければ幸いです。

A:

日本はOECDの中でも国民負担が非常に小さい国です。最も小さいのはトルコですが、トルコの成長率は全く高くありません。日本よりよほど大きな政府の国のほうが成長率は高いのです。要は、ワイズスペンディングではない形で政府が肥大化してはいけないということです。人々のアニマルスピリットを刺激するようなものを行く。それによって経済が成長し、増税しなくても将来返ってくるなら増税しなくてもいいのですが、なかなかそうはいかないと思います。

Q:

成長に資する社会保障はどうあるべきでしょうか。社会保障充実のための負担増はアニマルスピリットや創意工夫の発揮を阻害しないでしょうか。

A:

スウェーデンは日本より国民負担率が相当高いですが、それでアニマルスピリットが阻害されていることはないと思います。再チャレンジに対する保障が相当手厚くなって、その分高い負担になっていますが、当然の負担だと皆さん思っています。日本の場合、社会保障は大きいのですが大半が高齢者向けで、働き盛りの人たちに対する支援はかなり手薄になっています。ですから、若い人たちの社会保障に対する負担感は非常に高いのです。

スウェーデンは「大きな政府」になって、もう駄目だといわれていた時期がありましたが、IT化によって産業構造が大きく変わると、その大きな政府が一人一人の能力を引き出す方向に作用しました。これは結果としてそうなったのだと思いますが、そうした実例に学ぶことも必要だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。