DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

SREホールディングスのDX展開とバーティカルSaaSの創出

開催日 2022年2月25日
スピーカー 角田 智弘(SREホールディングス株式会社 取締役 テクノロジーソリューション事業担当)
コメンテータ 青木 辰二(経済産業省商務情報政策局情報技術利用促進課(併)デジタル高度化推進室 課長補佐)
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学大学院経済学研究科 特任研究員 / 国立情報学研究所研究戦略室 特任助教 / 日本経済研究センター 特任研究員 / 法政大学イノベーションマネジメントセンター 客員研究員)
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開催案内/講演概要

ソニー株式会社のコーポレートベンチャーとして2014年に創業したSREホールディングス(旧社名:ソニー不動産)では、不動産業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)推進のため、業界に特化したバーティカルSaaS(Software as a Service)を展開するとともに、人工知能(AI)を活用したコンサルティング事業を展開している。2021年には、東京証券取引所の上場企業のうち特に優れたDXの取組をした企業であるとして「DXグランプリ2021」にも選定された。本セミナーでは、SREの角田智弘取締役から、不動産業界における同社の取り組みについて解説をいただいた。

議事録

「リアル×テクノロジー」で「10年後の当たり前」を

SREホールディングスのミッションは「A DECADE AHEAD」です。「リアル×テクノロジー」で今の先鋭を追求し、「10年後の当たり前」を造っていくことが私たちの使命と考えており、「リアル×テクノロジー」がDXを展開する上での1つのキーワードだと思っています。

当社の事業領域は大きく2つあります。1つは、AIクラウド&コンサルティングです。不動産仲介会社や金融機関向けに業界支援型のクラウドツール、いわゆるSoftware as a Service、SaaSを提供しています。例えば不動産がいくらで売れるかを人工知能(AI)で算定する技術を使った査定ツールや、電力業界向けの電力の需給予測などです。

もう1つは不動産テックです。もともとわれわれは不動産仲介業で、不動産売買の仲介手数料を頂くところから始まったのですが、今はIoTなどを活用したスマートホームやマンションの開発などのデベロップメント事業やインベストメント事業に取り組んでいます。

ソニーが不動産事業に進出していったのは、顧客体験に改善余地があると感じていたからです。消費者は仲介業者に比べて情報アクセスが限定的なので、われわれが持つ先端技術を用いることでそうした情報の非対称性を解消し、お客さまが納得できる形での売買が実現できる点は強みだと思います。

おかげさまで弊社は2021年、経済産業省と東京証券取引所から「DXグランプリ2021」に選ばれました。受賞の背景には、これまでデジタルトランスフォーメーション(DX)が進まなかった不動産領域に積極的に取り組んできた姿勢や、スマート化のツールを社外にも展開し、業界全体のDXを推進することで企業価値を向上してきたところをご評価いただいたと考えています。

われわれが行っている不動産業者向けのAIクラウドサービスは、不動産査定の自動化や、売買契約書・重要事項説明書の作成をサポートするサービスを展開するSaaSビジネスなのですが、それを実現する上で強みなのは、弊社の社内に不動産のリアルビジネスを行っている人間が在籍しておりディテールの知見や顧客ニーズを把握できていることと、さまざまな不動産会社と連携することで不動産のビッグデータが集まっていることだと思います。

また同時に重要なのは、サーバー開発・運用能力です。通常のAIベンダー(AIの販売・提供者)では、アルゴリズムを作って、トライアルをして、それをシステムに組み込むところは別のSIer(エスアイアー:システムの企画・構築・運用保守を請け負う企業)が行うパターンが多いのですが、私どもはそれを一気通貫でできる点も非常に重宝されている理由だと思っています。

日本のDXの課題とSREの取り組み

日本のデジタル競争力は未熟と評価されており、競争力の構成要素を分解するとビジネススピード、デジタル人材の確保、法制度の整備が大きな課題となっています。そこで今回は、スピードと人材の部分で弊社が取り組んでいることについてお伝えします。

スピードに関しては、弊社は実業に関してテクノロジーで課題解決するためにできた会社ですので、「リアル×テクノロジー」を基本戦略としており、デジタル活用に対する戸惑いや躊躇がない点が重要だと思います。リアルビジネスもしながら、自社の効率化ツールやAIのツールを他の事業者に提供するというポジショニングを取っています。

そのためには、組織間連携が非常に重要です。不動産の現場のメンバーとエンジニアが連携してアイデアを創出したり、組織を超えたDX連携に貢献した人材に対して「CEOアワード」として表彰したりしています。

またDXを実現する上で、サービスをつくったら放置するのではなく日々改善のループを回す仕組み(DevOps:開発と運用の連携協力)が必要なのですが、そのためにKPIを整理し、週次でPDCAを回しています。

人材確保の観点では、弊社は外部の優秀なデジタル人材の採用をトップ自ら牽引することで積極登用しており、また人材育成においてはパッケージング化して他社に提供できるレベルまでノウハウを磨き込んでいます。さらにDX貢献度の人事評価も入れることで、人材確保やモチベーションアップにつなげています。

DX実現までの道のりとキーポイント

われわれがDX実現に向けて意識していたステップは、リアルビジネスのスマート化、プラットフォーム化、スケール化の3つです。スマート化では不動産業務にAIやITを本格的に導入し、自社のビジネスを非常に効率化しました。2年後には自社のテクノロジーをプラットフォーム化して業界他社へ展開しており、弊社のツールを使っているお客さまは約1,700社にも上ります。そしてスケール化を図り、不動産業界だけでなく他業界にも展開しています。

スマート化を考える上で、われわれがソニーのDNAを受け継いでいることは大きいと思っています。ウォークマンやプレイステーションなどのエレクトロニクス領域だけでなく、音楽や映画、フィナンシャルなどさまざまな業界に取り組んでいる会社ですから、テクノロジーを用いて世の中に新しいことを生み出そうという思いは非常に強いです。

ですので、われわれが単にテクノロジーのプレーヤーとしてお客さまに技術を提供するのではなく、ソニー不動産として自らリアル事業を行い、その課題をテクノロジーで解決するアプローチを取ったところが大きなポイントでした。つまり、新しい価値と選択肢の提供という点でわれわれは認知を頂いているわけです。

プラットフォーム化のフェーズでは、スマート化されたツールを業界全体のDXを加速するために提供しました。われわれが作ったツールに魅力を感じてお客さまが増えていくことで、新たな課題が見えると同時にデータ自体も集まるので、新たな企画とビッグデータの蓄積によってサービスの機能が高まったり、AIの機能が高まったり、新しいサービスを提供したりといった好循環を確立できました。

ここまでは不動産業界向けに作ってきたソリューションなのですが、われわれは実際の契約に至らなかったお客さまの中で、次に売り出すときに契約してくれそうなお客さまをAIで予測するロジックを持っています。これを、例えば金融機関向けであれば一定の取引をしてくれる確率が高いお客さまを特定して営業に活用するツールに横展開しています。

ただ、われわれは不動産以外の業界に知見やデータを持っていないので、ジョイントベンチャー(JV)などのパートナーと一緒に実業の部分で業界の知見を得たり、データアライアンスパートナーを含めて協業を拡大したりして、DXを展開することが非常に重要となります。

不動産領域におけるバーティカルSaaS事例

最後に、われわれが行っているバーティカルSaaS(業界に特化したSaaS)の事例をご紹介します。

われわれは、主に売却の仲介業務で使う不動産AI査定のサービスを提供しています。非常にシンプルな機械学習モデルであり、過去にこういった物件がこれぐらいの値段で売れたという情報を基に、査定対象物件情報を入力したら査定価格が返ってくるというものです。

例えば、不動産価格査定報告書を出力する際にAIを使うと、人間が査定を行うと180分程度かかっていたものが10分程度で査定でき、非常に効率化できます。査定誤差率も低くなり、精度が高まるという点で実際にいろいろな企業に活用していただくに至りました。

このツールを使う強みは、サービスを提供することで不動産取引データを共有頂き、それによってAIの精度がさらに上がるというエコシステムだと思っています。不動産業界に特化したデータエコシステムを構築することで他のテックプレイヤーが容易に追随できない付加価値を実現しており、このツールを応用することで不動産関連の他領域のDXにも独自の価値提供が可能だと思っています。

具体的には、不動産と金融は住宅ローンなどで非常に近い部分があり、当社のデータエコシステムを応用した取り組みを始めています。例えば、ローン審査の高度化です。このお客さまであればこの程度の住宅ローンを出してもいいだろうという信用度を算出する局面において、お客さまの住所情報などから物件の価値なども与信情報に組み込むことで、不動産系の情報のない与信モデルと比べて精度が上がっています。

あるいは、富裕層の判定です。資産ポートフォリオの中で不動産は非常に大きいので、お客さまの住所情報に基づく不動産価値などのデータを入れることで、その人の富裕度を精度高く算出する仕組みをフィンテック向けに提供しています。

不動産DXの社会的意義とSREの展望

日本の不動産業は、産業別GDP構成比においても11%を占めるほどポーションが大きく、その発展は日本経済にとっても非常に重要だと思います。また、国民生活という観点でも、住宅は一生に一度の買い物であり、人々のポートフォリオの中で非常に大きな金融資産です。住宅ローン返済が家計に占める割合は2割弱と高く、お客さまのクオリティ・オブ・ライフに与える影響も非常に大きいと思います。

そのような経済と国民一人一人の生活という双方の観点で、不動産業の効率化や提供価値の向上は非常に重要な課題だとわれわれは考えています。ですので、デジタル化は今後もどんどん進めていきたいですし、社会的意義は非常に大きいと思っています。また、業界の各課題に根差したバーティカルSaaSの創出は今後も非常に重要です。他の業界と連携することで、電力業界や宿泊業界でもSaaSの創出によってさらなるDX推進をしていきたいと考えています。

コメント

コメンテータ:
成功を収めるDXの取り組みは、組織内部の変革にとどまらず、ビジネスモデルのデジタル化を通じて顧客や業界全体に対しても価値を提供するとともにインパクトを与え、デジタル化を促します。SRE様の取り組みはまさにそうしたことを体現されている点が評価されました。ここからは質問ですが、2014年創業の御社がここまで短期間で目に見える成果を出せた要因は何でしょうか。

A:
会社の設立趣旨がDXだったからなのだと思います。ソニーグループ自体が技術でさまざまな業界に新しい価値を創出することを目指している企業体であり、社員もそういう気持ちでいることがベースにあると思っています。

コメンテータ:
自社の課題把握は極めて重要ですが、御社では社内外のステークホルダーとどのような会話をして課題設定に至ったのでしょうか。

A:
現場の人たちもすごく近くで一緒にやる関係であることが、課題設定の役に立っていると思います。われわれがつくっているシステムに企画段階から不動産の実業をしているメンバーに入ってもらい、案出しやプロトタイプの作成、ダメ出しといったサイクルを内部で繰り返すことで課題設定ができていると思っています。

コメンテータ:
現在、多くの企業がデジタル人材の確保・育成に苦戦しています。人材育成のノウハウをパッケージングして外部に提供できるレベルまで昇華した御社から見て、デジタル人材の確保・育成について日本企業へアドバイスがあればお願いします。

A:
私どもが育成や確保をうまくできているのは、DXに真剣に取り組んでいる姿勢を世の中に認知していただいていることと、実際に自社のサービスプロダクトとしてSaaSサービスを提供していることを認知していただいていることが大きいと思います。DevOpsのような形でサービスをつくることにエンジニアリングの人たちが興味を持つ部分が最近大きいので、弊社が選ばれているのではないかと思っています。

ただ、デジタル人材はエンジニアだけではうまくいかなくて、実務を知っていることが非常に重要であり、現場からDXのアイデアを生み出せる人が今後のデジタル人材として求められると思います。ソフトウエアを書けることよりも、AIなどをここに使えば改善されるかもしれないという発想ができる人を育てることが日本企業全体にとって重要だと思っています。

コメンテータ:
DXの取り組みを進めるに当たり、グループ会社であることの強みはありましたか。また、御社のDXの取り組みがソニーグループ全体に与える影響はありましたか。

A:
企業文化や考え方は一番必要で、ソニー本体にしても、ソニーグループにしても、新しいことにチャレンジしようとみんな思っているので、そこは非常に強い部分だと思っています。グループ全体に与えた影響としては、今回弊社がソニーの技術を活用しながらコーポレートベンチャーとしてある程度成功できたことで、ソニーとして新しいビジネス領域に展開していく機運を高められたと感じています。

コメンテータ:
DXを推進するに当たり、苦労した点や失敗例などがあれば教えてください。

A:
社内でうまくいっているものを社外に展開するのは結構苦労しました。ソニー不動産でつくったツールは便利で実際に精度も高いし、作業効率も10倍ぐらい上がるのですが、営業に行くと「なぜライバル会社のソニーが来るのか」とけげんな顔をされることもありました。ただ、現場で実際に使っていただくと、「確かにこれで効率化できる」と言っていただけたので、実際に良さを実感してもらって導入につながる流れをつくり出せたと思います。何だかんだ言って、実際に役立つ部分をいかにつくり上げるのかが非常に重要なのだと思います。

コメンテータ:
「DXグランプリ2021」に選出されたことで、反響などはありましたでしょうか。

A:
非常に大きな反響を頂いており、不動産業界だけでなく他の業界からも、DX推進のサポートやコンサルティングをお願いしたいという声を多く頂いています。不動産業界の中にもさまざまな事業ドメインがあるので、そういったところに貢献することに加え、他業界に貢献できるところがあれば、そこに関してもがんばっていきたいと思っています。

コメンテータ:
DXの実現に向けて、なかなか一歩が踏み出せないと苦慮されている企業の皆さまに対して、何かメッセージがあればお願いいたします。

A:
やはりDXの肝は、経営者の皆さまがそれぞれビジネスドメインのプロでいらっしゃいますし、社内にはまさに現場があるはずですので、現場で起きている課題に対して、テクノロジーを用いてどう解決できるかということを真剣に考える場をつくることは一歩目として大切だと思っています。

社内にエンジニアがいない会社もあると思うので、そういう会社は営業のプロに対してエンジニアリング的なディスカッションができるパートナー会社を見つけ、そこと連携しながらディスカッションの場を定期的につくっていくことが求められると思います。

質疑応答

Q:

日本のDXに対して要望はありますか。

A:

効率化を進めるにはデータが重要です。日本には多くの会社がありますが、それぞれ独自に効率化していたり、データが共通化されていなかったり、オープン化されていなかったりします。ですから、その部分を日本全体で音頭を取りながら進めていくことが必要でしょう。その先は業界横断でデータ連携ができると、それこそクロスドメインでいろいろな新しい体験やサービスがつくりやすくなると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。