グローバル・インテリジェンス・シリーズ

2030 半導体の地政学 戦略物資を支配するのは誰か?

開催日 2022年2月16日
スピーカー 太田 泰彦(日本経済新聞編集委員)
コメンテータ 西川 和見(経済産業省商務情報政策局 情報産業課長)
モデレータ 渡辺 哲也(RIETI副所長)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

かつて「産業のコメ」と呼ばれた半導体は、AI、ロボット、スマートフォン、PC、クラウドなどの各種デジタル機器、サービスが産業や国民生活になくてはならない土台として組み込まれている現在社会においては、経済安全保障にも直結する死活的に重要な「戦略物資」となっている。日本においても、政府が「半導体・デジタル産業戦略」を2021年6月にとりまとめるとともに、台湾を拠点とする世界最大手半導体メーカー「TSMC」の工場誘致を支援するなど、半導体技術を誰がどう支配するのかは各国の安全保障における大きな焦点となっている。本セミナーでは、日本経済新聞の太田泰彦編集委員が現場取材に基づく半導体問題を提起するとともに、デジタル分野の国際秩序の形成に向けて日本は何をすべきかについて議論した。

議事録

米中で何が起きているのか

私は、米国の空母「ロナルド・レーガン」に招かれて船内を見学したことがあります。今のように米中対立が激しいときには、私たちメディアを通して軍事力を誇示することが米国にとって重要であり、それが抑止力になるわけです。

一方、中国の深圳を取材したとき、ドローンがどこからともなくやって来て、ファストフード店のコーヒーの配達に向かう場面に遭遇しました。こうした光景が日常的にあるのです。ドローンに関しては、アゼルバイジャンがアルメニアとの紛争の際、攻撃型ドローンを活用して勝利したことが知られています。ドローン技術が戦争の抑止力の1つの要になっていることを強く実感しました。

空母は1隻に5,000人もの搭乗員がいて、建造費が7,000億~8,000億円、運用費も1日1億円ほどかかりますが、ドローンは数人で運用でき、価格は最大で数百億円程度です。従来は大きなものに多額のお金をかけて大人数で運用し、それを見せることが抑止力の要でしたが、これからは小さなものを安く、少人数で扱う形に変わってきています。

極超音速のミサイルの開発も北朝鮮や中国、ロシアで進められています。マッハ5以上の速さですから拳銃の弾よりも速く、現在の日本の防衛システムでも迎撃するのは非常に難しいでしょう。

そうしたドローンやミサイルを動かしている技術は空母とフェーズが異なり、データを処理しているのは半導体チップです。その点では戦略性がまったく変わってきていると思います。半導体の技術をうまく使うことが、国や企業にとって要になるわけです。

今後、デジタルの要となるのは半導体とデータであり、この2つが技術覇権を支える重要な柱になっているという認識を持つべきでしょう。半導体技術やデータを国内に持ち、サプライチェーンを自分でコントロールできる能力を持つことが重要になります。

データで要になるのはAIです。AIを賢くするにはデータの量が必要であり、データが多いほど優れたAIを作れます。その点で強いのはやはり中国です。AI関連の特許出願数では中国が米国を抜いて1位です。

データはインターネットを使いますから、必ず海底ケーブルを通ります。海底ケーブルは、南シナ海からシンガポールを通ってインド洋へ抜けるルートと、東アジアから米国に向かうルートが最も多く通っており、このルートに影響力を持つことは日本にとって大きな強みとなります。

サプライチェーンの安全保障

では、データや半導体の流れはどうやってコントロールすればいいのでしょうか。バイデン米大統領は就任2週間後ぐらいの記者会見で、半導体は国のインフラであると宣言しました。当時は自動車メーカーが半導体不足だったので、自動車メーカーのために言っていると思ったのですが、取材してみると産業的な問題だけでなく戦略的な意味を重視した会見だったといえます。

しかし、米国は半導体のサプライチェーンを自分で支配しているわけではありません。半導体メーカーの生産拠点は台湾西部に多く、米国も日本も中国も半導体の生産は台湾に依存しています。しかし、中国から台湾は近いので、中国の動向は注視しなければなりません。中国が台湾にどう対応するのかという問題は非常にホットな国際情勢のイシューとなっています。

半導体メーカーの中でも特に大きな企業がTSMCです。台湾に最大の拠点があり、米国、中国にも工場があります。非常に高度な半導体は世界でTSMCにしか作れません。半導体メーカーといっても実際にモノを作っていない会社が多く、作るときにはTSMCに頼まなければなりません。つまり、半導体のモノの流れは、台湾を一度通らなければならないのです。

半導体の生産がどれだけ台湾に偏っているかというと、45ナノメートル超のそこそこ難しい半導体は中国も日本も米国も生産できますが、10ナノメートル未満の非常に高度な半導体は9割以上を台湾に依存しています。

半導体の売上高ランキングを見ると、サムスン、インテルに次いでTSMCが3位に入っています。TSMCのように半導体を作る専門の企業は、ファウンドリーといわれる製造受託している分は売り上げに含まれないので、サムスン、インテルは知っているけれども、TSMCはよく知らないという方も多いと思います。日本はかつて半導体王国といわれていましたが、日本企業は残念ながらランキング上位から転落しています。

同様に、半導体製造装置メーカーについても日本の存在感はそれほど大きくありません。売上高は、アプライド・マテリアルズという米国企業やASMLという欧州企業が上位を占めています。つまり、モノを作る部分は台湾が持っているけれども、モノを作るために必要な企業群は意外と欧米が強いのです。

また、半導体のバリューチェーンの中でも、研究開発の重要性が高い業界は米国が大きなシェアを占めていますが、労働力が必要となる度合いが高い業界は中国のシェアが高いです。

分野別シェアでは、半導体チップは米国が市場規模の約半分を占めており、半導体を作るための設計ソフトも米国が9割と圧倒的に強いです。また、ファウンドリーやパッケージングは台湾が強いです。つまり、世界の半導体の主要技術は米国と台湾が握っているのです。

米国としては台湾の生産能力を自分たちで持ちたいので、アリゾナにTSMCを誘致するなど、自国内に技術を一生懸命集めようとしています。その力学の中で、今度は熊本にTSMCの工場ができます。韓国は韓国でいろいろ考えていると思いますし、各国が半導体サプライチェーンを自国に何とか押し込もうと競争しているのです。

欧州も負けていません。ASMLは、難しい半導体を作るための機械を作っているので、半導体が高度になればなるほどASMLの機械を使わないと作れません。つまり、欧州が半導体サプライチェーンの重要な地位を占めているといえます。トランプ政権以降、米国はASMLに対し「中国には機械を売らないでほしい」と要請しており、現時点で中国企業はASMLの機械を調達できない状態になっています。

ただ、サプライチェーンの実態として、モノの流れは東アジア中心となっています。何とかこの流れに乗って、サプライチェーンの大事なところを押さえて影響力を持つことが国力の要になるでしょう。

日本はどうかというと、優秀で素晴らしい半導体を設計する技術はあると思います。富岳というスーパーコンピューターは世界一の計算速度ですが、そのチップを作っているのは富士通です。それを戦略物資として使えるかどうかということになります。

デジタルの国際秩序

では、この混沌(こんとん)としているデジタル世界でサプライチェーンをどう管理するのか、公平な経済をどうつくるのかと考えると、やはり国際秩序をつくっていかなくてはなりません。

これまで米国はハブ・アンド・スポーク(hub-and-spoke)で、米日や米韓、米豪などの二国間協定で軍事的な同盟国をつくり、秩序を維持してきたわけです。これがデジタル時代になると、あまり通用しません。中国はデジタル技術を軸に一帯一路に重ねていき、自分たちの技術を広めています。途上国・新興国は、技術力が高くて安価な中国製品を買います。それはまったく悪いことではないし、当然のことだと思いますが、それによって技術圏、経済圏が広がっていくわけです。一帯一路は陸と海で欧州と中国をつなぐ構想ですが、物理的に見えないデジタルシルクロードも形成されているのです。

そうなると米国と中国は技術的な分裂のような非常に不健全な姿になっていくと考えられます。米国も黙って見ていないわけで、米国・オーストラリア・インド・日本の4カ国でQUAD(クアッド)という新しい枠組みを作り、軍事協定だけでなく経済的なつながり、特にデジタル技術の連携体制を築こうとしています。

その4つの国々に囲まれているのが東南アジア諸国連合(ASEAN)です。このASEANに誰が影響力を及ぼすかというのが、全体の秩序を形作る上で非常に重要なファクターになると思います。米国や中国の高官がASEAN各国を訪問し、盛んに仲良くしようとするのはそういう意味があると思います。

つい先週(2月11日)、米国のバイデン政権は、インドやアジア・太平洋とどう向き合うかを明記した「インド太平洋戦略」を発表しました。これをどうやって発展させ、経済的な枠組みにしていくのか、特にデジタル技術のガバナンスをどう築いていくのかが、米国の政策の非常に重要なポイントになります。少なくともバイデン政権はそれに向かって進み始めていて、内容としてはデータフローをどう管理するのか、半導体を含むデジタル技術を誰がどう扱うのかということに力点が置かれています。

気になるのは環太平洋パートナーシップ(TPP)です。米国はトランプ政権のときに脱退し、米国なきTPPになってしまいましたが、その代わり中国や台湾が2021年後半に加盟を申請しました。米国なきTPPに自分が入ろうとする動きは、中国としては非常に理にかなった戦略だと思います。

米国がTPPに復帰するとは考えにくく、TPPのデジタル条項が世界のスタンダードになるのは非常に難しい状況です。その代わり、シンガポール、ニュージーランド、チリの3カ国がデジタル経済連携協定(DEPA)を締結し、デジタルの基本的なルールを作りました。

シンガポール、ニュージーランド、チリは小さな国です。小さな国が集まってルールを作っても、世界経済にあまり影響はありませんが、価値はあると思うのです。DEPAが発表されると、中国、韓国、カナダなどがすかさず加盟を申請しました。シンガポール、ニュージーランド、チリは小国ではありますが、まず自分たちが提案してみて、それを大国が転がして雪だるまのように大きくしていくという戦略です。

TPPも実はそうでした。シンガポール、ニュージーランド、チリが中核となり、当初は小さな協定でしたが、米国が目を付けてどんどん大きくしていき、日本がそれに加わり、立派な協定になっていきました。もしかしたらDEPAもデジタルの世界で核になり、大きな協定の体系になる可能性はあるでしょう。米国が入る前に中国が手を挙げているということは、中国のデジタル技術に対する感覚の鋭さや戦略性が非常に感じられます。日本はまだ参加表明していません。

半導体とデータを軸としたデジタル世界の国際秩序をつくるのは簡単なことではありませんが、覇権争いはすでに起きています。サイバー空間で誰が影響力を持ち、重要なポジションを取るかという戦いになっています。その中で非常に重要なのが半導体のサプライチェーンを掌握することです。さらには、半導体の上に載っているソフトウェアやAI、データの流れにどうやって影響力を持つのかという戦いになっていると思います。

そのために大国は、デジタル技術、とりわけ半導体技術の囲い込みをしています。これから国際秩序をつくるとすれば、仲間づくりが大切です。半導体を作るにも、誰が台湾と仲間になるのかというのは重要になってきますので、これからの経済外交や通商交渉は、戦略的な技術同盟をどう築いていくかが焦点になるでしょう。そのときに、日本はどういった存在感を示せるのか、ルールづくりにどう関与していけるのかということが重要になります。

コメント

コメンテータ(西川情報産業課長):
まず1つは、各国がどんな思いで何をしているのかを俯瞰(ふかん)することが大事でしょう。あらゆる国がデジタルを付加的なスパイスではなく、まさに経済成長や安全保障のコアを支える大きな柱ととらえて国家計画をつくっているのだという目線に立って取り組む必要があります。

他方、具体的なアクションをスピーディーに重ねないと、今あるものもどんどん弱くなっていきます。日本は半導体にしてもエレクトロニクスにしても、なぜこんなに凋落してしまったのかという反省をするのは非常に大切ですが、将来のための仕掛けを何もしないでいれば不作為のリスクが大きくなります。これから何をしていくべきなのかということを常に考えて仕掛けることが重要です。

そこでわれわれが重視しているのは、次世代のいろいろな計算基盤をしっかりと開発し、実際のネットワークにつないでいろいろな産業やアカデミア、個人、企業がしっかり使えるようにすることです。

こうした競争は2030年ごろまでの数年単位で勝負が決まってしまうかもしれません。だから、いつ何が実現するのかという空間軸と時間軸をしっかりと意識しながら、次世代の計算基盤やインフラをつくっていくことが重要だと思いますし、企業や研究者もそうしたものを意識してデジタルに取り組めば、日本の将来は明るいと思います。

A(太田):
ものすごくスピードの速い世界なので、何かすることはできると思うのです。日本の半導体産業は駄目だったと言うのは簡単ですが、次のゲームへ変わるので、その機会をどれだけ速く敏感にとらえられるか、感性と感度の立て方によって企業も政府も力が変わってくると思います。

質疑応答

Q:

中国が西側から自立した先端半導体のエコシステムを構築することはできるのでしょうか。

A:

できると思います。時間の問題であって、米国は技術が中国に行かないようにいろいろな手を打ってはいますが、中国もものすごく投資しており、中国の半導体産業は進化していくと思います。

Q:

中国の自国のデータ管理に関する政策とCPTPP、DEPAのオープンなルールは両立するのでしょうか。

A:

スピードが勝負であり、個人情報やデータ共有の問題を自由に任せているとなかなか深まらないので、中国のような政治体制はデジタル技術と相性がいいと思います。データの規模も大きく、情報が上がっていく仕組みができつつあるので、中国政府はかなり影響力があるのではないでしょうか。

Q:

データの多様性が大事ではないでしょうか。

A:

データは量も大事だけれども、その中にいろいろなものがあることが大事です。ただ、データは普通に集めれば多様だと思うので、その多様性の価値をうまく生かしたソフトウェアやシステムを築く力も大事だと思います。

Q:

半導体の競争自体も大事ですが、アーキテクチャーのつくり方やシステムの競争も大事ではないでしょうか。

A:

何をしたいかという部分がないと、半導体だけ作っても仕方がないと思います。だから、全体の構想力のようなものがデジタル技術の非常に重要な決定要因になると思います。

Q:

TSMCの熊本工場は日本の半導体産業にどのぐらいプラスになりますか。

A:

日本に来ていただくことは非常に大きな意味があると思いますが、日本国内でサプライチェーンが完結するわけではなく、サプライチェーンを丸ごと自分の手中に収める競争はもうできないと思います。そうではなくて肝心な部分を押さえる競争になるので、日本企業の高度なニーズとの連携が誘致の成否を決めると思います。

コメンテータ:

半導体のようなモノを作ることと、プログラミングをすることと、アーキテクチャーのように全体設計を考えることを別々にとらえるのをやめなければならないでしょう。TSMCに関しても、これで何かが終わるわけではなく、次世代の計算基盤を築いてエコシステムをつくっていくときに重要なパーツになると思っています。

Q:

米国はASEANの信頼を得ることができますか。

A:

ASEANの国々は現実主義であり、どちらが得かを常に見ています。ASEANに対して中国は一生懸命外交を展開しており、必ず投資などの「お土産」を持っていくなど非常に丁寧な付き合い方をしているのに対し、米国はアジア理解がそんなに深くなく、あまり「お土産」を持っていかないので、ASEANの国々を仲間に入れることは難しいと思います。

コメンテータ:

太田さんは普段、エンジニアを大事にしない国は駄目だとおっしゃっていて、そこに尽きるという気がします。社会全体として使い捨てのこまのようにエンジニアを扱っていないかという反省を込めて、エンジニアが活き活きできる日本にしていきたいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。