デザインと知財:デザイン経営宣言のその後

開催日 2021年11月19日
スピーカー・モデレータ 西垣 淳子(RIETI上席研究員)
スピーカー 鷲田 祐一(RIETIファカルティフェロー / 一橋大学大学院経営管理研究科教授)
コメンテータ 前田 育男(マツダ株式会社常務執行役員) / 長谷川 豊(ソニーデザインコンサルティング株式会社代表取締役) / 俣野 敏道(経済産業省商務情報政策局商務・サービスグループデザイン政策室長) / 今村 亘(経済産業省特許庁デザイン経営プロジェクトチームリーダー)
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開催案内/講演概要

経済産業省と特許庁は、2018年5月に「産業競争力とデザインを考える研究会」報告書とともに「デザイン経営」宣言を公表した。この宣言と同時に、意匠法の大幅改正も実施し、今後、日本の企業経営スタイルに大きな変革をもたらす強い意欲を表明している。本セミナーでは、宣言後の取り組みを振り返りつつ、産業界で活躍中のデザイナーや経済産業省、特許庁の各デザイン政策担当を交えて今後の課題について議論した。また、デザインがもたらす企業価値の評価指標の策定に取り組むRIETIの研究プロジェクトも紹介した。

議事録

なぜ、今、経営にデザインが必要か

西垣:
デザイン経営宣言を出す前提として、ユーザーのためのビジネスに変革すべき時代が到来し、グローバルな企業がデザインを核にした経営に向かっている中、当時の経済産業省には、日本でもそうしたことをしっかり考えていく必要があるという問題意識がありました。

顧客・市場の変化に対しては、顧客の潜在的課題を発見することで顧客体験としての魅力を持った新たな製品・サービス等の創出が重要になっています。技術の発展に対しては、新技術導入に対するユーザーの受容度を一緒に考えていく必要があるでしょう。社会の変化に対しては、今までの延長線上で物事を考えるのではなく、未来に対する洞察力を持って顧客や従業員との良好な関係の構築、エコシステムの構築が重要になるでしょう。こうした問題意識から、ユーザー中心のビジネスへシフトするために、デザインを経営に生かしていくことの重要性を訴えてきました。

2018年には政府の知的財産戦略本部が、「知財戦略ビジョン」というものを出しました。この中で、価値創造エコシステムがどのように変わっていくのか、価値という言葉をキーワードに議論されています。今までの「良いものを作れば売れる」「マスコミュニケーションによる趣向の同質化」の時代から、これからは「新製品・技術でも選ばれないと売れない」「情報源と趣向の多様化」の時代に変わっていく中で、価値に対する考え方においても、消費者から見た評価や信頼などが大事になってきます。

そうすると、価値の設計思想として、技術や市場を起点とするプロダクトアウト型から、ユーザーを起点とする、あるいはユーザーも気付いていないニーズやウォンツに訴求するデザイン思考が必要になります。価値創造モデルとしての組織の在り方も、従来のような組織内調整を中心にしたウォーターフォール型ではなく、他者ともいろいろ協力しながら複雑な問題を俯瞰していくデザイン力や、複数主体が協力していく中でのオープンイノベーションが必要となります。

知財本部ではそのような考えの下、これからの価値を生み出す仕組みを構想する、すなわち「経営をデザインする」ことが重要であるとしたビジョンをまとめました。

デザイン経営宣言のあらまし

経済産業省と特許庁では、「産業構想力とデザインを考える研究会」を2017~2018年に全11回開催し、その中で「デザイン経営宣言」を公表しました。ブランド構築に資するデザインとイノベーションに資するデザインをしっかりと進めていくことが、企業の競争力向上にとって重要なのだという宣言です。

そのとき特許庁では、ブランド構築に資するデザインを議論する中で、意匠法の改正にも取り組みました。企業が大切にしている価値は、従来の製品や包装物などに表れているデザインだけでなく、店舗やウェブサイトなどのデザイン(意匠)についても保護可能にするというものです。併せて、関連意匠制度も拡充しました。企業がブランドとしての統一感を出すときに、関連して出てくるいろいろな製品群を一緒に関連意匠として登録できるようにしました。

デザイン経営宣言の報告書では、デザイン経営の定義もうたいました。必須条件として、デザイン責任者が経営チームに参画していること、デザインが事業戦略等の最上流から参画することの2つを挙げ、合計7つの定義を示しました。その後、フォローアップをしていく中で、各企業からは社内横断でデザインを実施することが重要だという声も聞かれました。

宣言後の企業の取り組み

特許庁ではデザイン経営宣言後のフォローアップとして、日本企業96社にアンケートを実施しました。企業の考えるデザインの定義として、マインドセット、組織改革、ブランディング・マーケティング、課題発見、美しさといった意見が挙がり、デザインがもたらす価値が組織全体にとって大きな改革になるように取り組んでいる姿が見て取れました。

一方、課題も見えてきました。経営陣の理解不足、全社的な意識の不統一や人材面の課題のほか、効果を定量化できない、評価指標ができていないといった課題もあるようです。

また、特許庁ではデザイン経営プロジェクトチームを立ち上げ、特許庁自らのデザイン経営化に取り組んできました。特許庁のことを知らない方にも知っていただけるように、「商標拳」という動画を作成したほか、特許庁自身のミッション・ビジョン・バリューを特許庁全員で議論しながら作成する取り組みも行いました。2021年の夏には、中小企業が取り組みやすいデザイン経営の入り口を9つにまとめたハンドブックも作成しました。このような取り組みをしながらわれわれはデザイン経営の普及を進めています。

デザイン・パフォーマンスの量的評価

鷲田:
デザインのパフォーマンスに関する量的評価には賛否両論がずっとありました。デザインは質的な問題が非常に関わるので、あまり安易に量的な評価をするとよくないという問題があるからです。

そうした問題意識の中で私もデザイン経営宣言に関わり、デザインがイノベーションとブランドを通じてどう貢献しているかということを比べられる指標を何か準備していかなければならないと思うに至りました。

そんなとき、ソニーの長谷川さんから、ソニーで試みているデザイン・パフォーマンスの評価指標を拡充して統一的にいろいろな企業で同じ指標で比べられれば、量的な指標の策定に一歩近づけるのではないかというご提案を頂きました。そして、われわれ一橋大学データ・デザイン研究センターと同じような考えを持つ4社が集まり、「デザイン経営の標準KPI策定」研究が始まったのです。

手法としては、4社のデザインのプロジェクトに携わった事業責任者や経営者465人にアンケートをとり、因子分析と回帰分析という非常にオーソドックスな方法を使って分析しました。

因子分析では、デザイン組織は商品開発力、情報提供、ブランドの一貫性、アウトプットの速度、コストという5つの指標で累積寄与率が約9割に上る、つまりこの調査で発見できた出来事の9割が5つの指標で説明できることが分かってきました。これを使って回帰分析をしたところ、商品開発力とコストの要素が非常に強く効いていることが分かりました。目標としてはこの指標を使って日本企業で同じような方法で調査できれば、日本の多くの企業が便利に使える指標になるのではないかと考えています。

日本の意匠登録の数は、中国、欧州、韓国、米国と比べても伸び悩んでいますが、他の国からの意匠登録は比較的受け付けています。その背景には国際競争の問題があるので、知財の1つの重要な柱として意匠をもっと活用できる環境を作りたいと考えています。

コメント

前田:
私が考えるデザイン経営の理想的な姿は、第一に経営サイドが独自の美意識を持つことです。その上で、美意識を体現したブランドに昇華させるためのビジョンと戦略を策定・実践することが次のステップとして必要になります。

弊社では、マツダデザインと技術呼称であるSKYACTIVEの2つをブランド価値の柱として定義し、マツダ固有の技術を磨くと同時に商品デザインの個性を磨いてきました。一方で、そこに共感がなければブランドとして成立しないので、全領域にブランド様式を反映させるため、あらゆることに取り組んできました。それらの活動を行いながらも、マネジメントにデザイン経営を行っているという意識を持ってもらうことは相当難しい課題だと感じています。

基本的に経営には形や様式はないので、デザインと経営のイメージが直結しないのは当然かもしれません。そこで弊社では、「ブランド価値経営」という言葉に置き換え、デザイン力をブランド価値の柱の1つにすることを提案してきました。そうすることで、デザイン力がブランド価値を伝える大きな手段であることへの認知が深まったと思います。

一方、今は構造改革が不可避な状況となり、自動車業界でも、経営基盤強化のためのイノベーションが求められています。かつ、資金の目標達成にフォーカスが当たり、ブランド議論が影を潜めることも多く、いかにブランドの進化を絶やさないかという視点を失わないことが大きな課題となっています。

また、企業が発信するメッセージ全体がブランドの価値であり、それがデザインの対象となります。例えば、自動車業界では、カーボンニュートラルへの取り組み姿勢の発信によってブランド価値が大きく変わるなど、経営の根幹、つまり経営の美意識と言える領域をデザインすることが求められていますし、その視点でのデザイン経営の在り方を再設計する必要があると思います。

社会的な要求が人々の美意識を変化させるし、共感の視点も変わります。その変化をリードできる経営の在り方やブランド像を、商品同様にデザインして一貫性を持たせることが必要だと思います。

長谷川:
インハウスデザインにおいてもデザイン経営やデザインの価値を企業内でどう伝えていけるかということが課題になっており、われわれインハウスデザイン組織が集まる電子情報技術産業協会(JEITA)でも、インハウスデザインの価値を上げるための活動をしています。

弊社ソニーグループでは、各事業のビジョン・ミッションづくりにわれわれデザイナーが参画することが非常に多くなっていて、ビジョンづくりにデザインが貢献するようなアプローチがかなり重視されるようになっています。その点では、われわれも共感や共通認識を念頭に置いて目標を作っていくことは大切だと思っています。

デザイン経営の1つのポイントはそこにあると思っていて、一言で言えば「らしさ」であり、企業の存在意義をしっかり作っていくことがわれわれの大事な役割になるのではないでしょうか。

加えて、ソニーでは「社会への責任」を重視しており、環境やインクルージョン、サステナビリティに対する企業のメッセージにデザイン価値を広げることが大きな課題となっています。

先行開発の領域の中でデザインの知財化にアプローチしていることもわれわれの変化だと思います。中でも大きなポイントはユーザーインターフェースです。そういった領域で、私どもとしてデータを可視化し、それをデザインとして価値に変えていくことが大きなポイントだと思います。

それから、ステークホルダーやトップマネジメントと共通の言語をしっかり持つことも大事だと思っているので、私としては感性的な部分と定量・定性的な部分の両方を持ったアプローチをしたいと考えています。その点で、われわれはKPIの中に知財の創出力を組み込んでおり、ここでの新しい価値もKPIの1領域になると思っています。われわれとしては、定量と感性をうまく組み込んだKPI、もしくはデザイン・パフォーマンス・インディケーター(DPI)を作りたいと考えています。

俣野:
デザイン経営宣言後、経済産業省では2019年に「高度デザイン人材育成研究会」がガイドラインを作成し、大学や企業での実践を進めていただいています。また、文部科学省では「大学等における価値創造人材育成拠点の形成事業」でプロトタイピングを始めていて、経済産業省としてもこうした人材がしっかりと経済産業に接続していくようにフォローしていきたいと考えています。

デザインの概念がものすごく広がっている中で、スキル論や教育論もかなり多岐にわたっています。アートと科学を融合するような文脈もあれば、人文科学、社会科学、自然科学の分野を編纂・結合していくようなアナロジーを見いだすなど、その過程でプロトタイピングを作りながら関係者にコンセンサスを得ていくという点では、かなり幅広いスキルになっています。

これまでまとまってきたものもありますし、実践していただいている部分もありますが、引き続き手を抜かずフォローしながら、しっかりと定着できるようにしていきたいと考えています。

今村:
製品やサービスといったビジネスの種類によって、上市のタイミング、ライフサイクル、マーケットへの広がりなどが変わります。企業は、マーケットやユーザーの行動を観察しながら、戦略を立てることが必要となってきています。 これまでは、知財戦略というと、大量出願やオープン・クローズ戦略といった平面的なものでしたが、これからは、有事の際に抜ける懐刀としての特許か、目に見えてインパクトがありながら製品のコンセプトを守る意匠か、万人に分かりやすく圧倒的な差別化をはかれる商標かを組み合わせ、または、使い分けながら、そこにオープン・クローズ戦略を掛け合わせるような三次元的な戦略が必要です。

知財権にはProtect(保護)、Cooperation(連携)、Trust(信用)という3つの機能がありますが、中でも連携の機能がより重要となってきています。知財=独占と考えられがちですが、特許は他の人に使ってもらえるようにすることもできますし、商標も地域のブランドを登録して同じブランドで商品・サービスを展開できますし、建築物や店舗デザインも意匠権として登録できるようになり、デザインによってグループの共通コンセプトや想いを共有できます。まさに、連携や共創のツールとして使うことができます。

こうした知財の権利と機能を使っていく知財ミックス戦略を実現するには、これまでのような縦割りの思考では駄目で、一段階高い視点から俯瞰して考えるメタ思考でなければなりません。まさにデザイン思考を使いながら、デザイン経営の実践が必須です。

特許庁ではミッション・ビジョン・バリューズ(MVV)を作りました。その議論の過程を見ていると、デザイン経営やデザイン思考が庁内に徐々に浸透し始めていると感じます。これを特許庁だけでなく社会や企業にも浸透させていきたいと考えています。

質疑応答

西垣:

新事業開発領域を知財価値につなげていくときに、特許、意匠、商標をミックスする上でどのような苦労や工夫がありましたか。

長谷川:

要素開発の時点から、どのビジネスの方向性に対して価値を生み出すかという、定期的にプロトタイピングを作っています。そうすると、その中で必要とされるデータの可視化など、いくつかの論点で要素的な技術に付随する意匠が同時に発生すると思うのです。そうした活動が起こることでミクスチャーされるのではないかと思っています。

あるときはプロトタイプでも、外のビジネスでPOCを回すことも起きると思うので、そうして知財ミックスがうまくできるといいと思います。事業の型はいろいろあるものの、そういったことから参画していくことが結果的には知財のミクスチャーにもつながると思っています。

鷲田:

デザインへの感度が高い人は同じく機能にも感度が高いのです。そうすると、自動車産業においても、環境自動車や自動運転のような新技術をデザインで伝えることが大きな課題ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

前田:

先程も述べましたが、環境問題が自動車業界全体の課題です。それにどう対応して新しい技術や資産を投入しているかがブランドとして大きなメッセージになっています。プロダクトの良し悪し以前に、企業の姿勢が問われます。その姿勢、つまり企業の存在価値、その実現に向けたロードマップをきちんと設計していくことがとても重要になります。その上でブランドの姿を描くこと。これが今デザインに求められていると感じます。

Q:

デザイン経営の目指す方向として、どの因子の期待値や目標KPIを上げていくのか、プランがあれば教えてください。

鷲田:

5つの指標の中で商品開発力とデザインが非常に近しいことが分かったのですが、ブランドに対してあまり近くないことも判明しました。これは、日本企業のブランドに対する戦略・取り組みがまだ弱いことの表れだと思います。この分野を強化していく必要があり、そういう意味では、前田さんや長谷川さんの取り組みは多くの示唆があったと思います。併せて、個別の企業の連携も大事になってくると思うので、カスタマイズも同時に必要だと思います。

Q:

これらのKPIを標準として、各社が独自のKPIを考えていく方法も想定されているでしょうか。

鷲田:

まったくその通りです。ベーシックな標準を作ればカスタマイズもできると思っています。

西垣:

そういう意味では、いろいろな企業に調査にご協力いただけると充実したKPIができますので、皆さんにはぜひ前向きに協力していただければと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。