進化思考とイノベーション戦略

開催日 2021年9月16日
スピーカー 太刀川 英輔(NOSIGNER代表 / 進化思考家 / デザインストラテジスト / JIDA(公益社団法人日本インダストリアルデザイン協会)理事長 / 慶應義塾大学特別招聘准教授 / 2025大阪関西万博日本館基本構想クリエイター)
コメンテータ 西垣 淳子(RIETI上席研究員)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

イノベーションには創造性が欠かせない。NOSIGNER代表で、日本インダストリアルデザイン協会(JIDA)の理事長を務める太刀川英輔氏は、生物の進化から創造性を解き明かす「進化思考」を提唱し、イノベーションの体系化に挑んでいる。生物の進化は、変異によるエラーと適応的な自然選択の繰り返しによって起こる現象であり、創造性にもこの構造が当てはまるのであれば、誰もが創造的なアイデアを生み出す方法を導き出せるかもしれない。本セミナーでは、太刀川氏が今年上梓した『進化思考——生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』をもとに、生物の進化が起こるメカニズムと絡めて「進化思考」の考え方について解説し、創造性を育む教育の必要性、失敗(エラー)を許容する文化を醸成することの重要性について指摘した。

議事録

『進化思考』のテーマ

ヒトが創造性やイノベーションを生む方法は、これまできちんと体系化されていませんでした。創造を起こす手法が提案されても、なぜその手法で創造できるのか、なぜヒトだけがモノを作ったり発明したりできたのかということとのつながりがよく分からなかったと思うのです。そこをつなげていくことで、誰もが創造的なアイデアを出せるような教育が可能になるのではないかというのが、私の書いた『進化思考』のテーマです。

デザインは社会にとっても経済や産業にとっても非常に重要なものです。しかし、アジア各国が国策としてデザイン政策に注力する中、日本は民間のデザインに歴史や評価がある一方でデザイン政策はとても遅れています。おそらくデザインが誤解されているから、重要なものだととらえられていないのでしょう。

例えば椅子をデザインするとき、座る人の骨盤の形や製造方法といった「関係」が椅子の「形態」を定義すると考えると、デザインは科学や発明に近づいていきます。ですから、かつてのデザインとサイエンスやエンジニアリングは不可分だったのですが、高度経済成長期にそれが分かれてしまい、デザインドリブンのイノベーションが起きにくくなってしまいました。そういう意味では、「関係」をきちんと把握・観察できるようなデザイナーが今の時代には求められていると思います。

創造性教育を広める理由

創造性は気付かないうちに誰もが発揮しているのですが、残念なのは創造性について誰もまともに教えられていないことです。才能があるから創造的というわけではなく、誰も創造性を構造化できていないから暗黙知になっていて、その暗黙知を得た人は創造できても、暗黙知を得た人もどう教えたらいいのか分からないのが現状だと思います。

さらに不思議なのは、人間以外の生物が創造性を発揮しているようには見えないことです。われわれ人間(ホモサピエンス)が登場して約20万年がたちますが、そのうち15万年間は石器程度のものしか作れませんでした。しかし、5万年前からは服やメガネ、インターネットなど、いろいろなものを作るようになったわけです。もしデザインや創造性が才能なのであれば、15万年間、人間には才能がなかったということになりますが、それはどこか違う気がします。

また人間よりも自然界の方がデザインが上手なのは不思議なことだと思います。人間がどんなにロボティクスを頑張っても、バッタのような足は絶対に再現できません。デザインとして見ても、関係に即した形態が非常に美しくつくられています。

自然の一部であるわれわれ人間が創造できるのもまた、自然現象には違いないのです。進化思考では、おなじく自然現象である進化の模倣があるときから可能になったから、人間は創造できるのだと考えます。DNAとそっくりな構造の言語を5万年前に発明したときから、われわれは進化の模倣ができるようになったのではないかと思います。

私がデザイナーとして世に出たのは15年ぐらい前なのですが、当時は社会のために役に立つことがしたいと考え、社会課題とデザインを結び付ける活動を始めました。そのとき気付いたのは、そうした課題に興味のあるデザイナーが少ないことでした。それから15年たって、デザインを取り巻く状況は随分様変わりしました。むしろ社会的な価値のないプロジェクトはデザインとして評価されなくなっています。

一人ひとりが課題を解決できる状況をつくるためには、誰もが創造的になれるといいのではないか、つまり教育を変えなければと考えるようになりました。つまり、どうしたら優れたアイデアやデザインを生み出せるかというのが私のライフテーマなのですが、そこから分かった方法を囲い込むのではなく、創造性教育をアップデートするために使い、世界中からイノベーションが生まれやすい状況をつくれば、持続不可能といわれている現代を生きる中で、課題を自ら解決する人がたくさん出てくると考えたのです。それは非常にエキサイティングなことだと考えているので、創造性教育をいろいろなところで教えています。

進化はどうやって起こるのか――変異と適応のループ

進化が起こる仕組みを知ると、私たちの社会がなぜ創造的ではないのかということが分かってきます。

まず、進化というのは変異と適応の繰り返しによって起こる現象です。変異とは、卵から別のものがどんどん生まれてくるような仕組みです。適応とは、それが自然選択される仕組みです。自然選択されると、例えば何世代もの間、首の長い者が残る傾向が強ければだんだん首が伸びていくし、足の速い者が残る傾向が強ければ足が速くなっていきます。つまり、何世代もかけて偶然がだんだん必然性を帯びてくるのが適応の仕組みです。

これが繰り返されることで、自然界のさまざまな生物が勝手にデザインされていくのが進化ループです。これはデザイナーとしてはとても不思議な感覚で、設計者がいなくても勝手にデザインが起こるし、そのデザインは人間が起こしたイノベーションよりもはるかにすごいものです。それが自然界のあらゆるところで起きています。私はこの仕組みを学べばいいと考えたのです。

われわれは頭の中でも変異と適応を行っています。クレイジーなケースをたくさんつくることと、それがなぜうまくいったかをフィードバックすることのループをきちんと回すことで、エラーが収束していき、デザインされていくと考えれば、創造性の構造の本質に迫れるのではないかと思うのです。

レイモンド・キャッテルという心理学者は、知能には柔軟性のある変異的な流動性知能と、だんだん物事の分別がついて間違えにくくなる適応的な結晶性知能の2種類があって、若いうちは流動性知能が高いけれども、年老いていくと結晶性知能が増え、だんだんエラーを起こしにくくなるとしています。

面白いのは、流動性知能と犯罪発生率に相関関係がある点です。若いうちは変わったことをしがちですが、だんだん分別がついてくると間違いが減ります。しかし、現代のように世の中の変化が激しければ、過去の慣習自体が間違いであることがよくあります。すると、今のルールと照らし合わせて間違えをなくさなければならないのに、古いルールで進めてしまうと問題が起きてしまいます。

逆に言えば、変異と適応の大切さを理解して、組織全体が若返ることも1つのテーマになるのです。例えばこの20~30年で日米の平均株価に10倍の開きができたのには、日本の上場企業経営者の平均年齢がアメリカに比べて12歳ぐらい高く、クレイジーなトライアルを許容する文化とそうでない文化の差が表れたことが背景にある可能性があります。しかも、クレイジーなトライアルをしないということは、失敗しないことを目的に新規事業にもチャレンジしなくなり、経営も惰性になってしまいます。そうして弱体化していったのが今の日本経済なのかもしれません。

進化で大事なのは、変異と適応の両方が起こらないと進化しないということです。つまり、上の世代やマネジメントチームから見て、意味のないことに思えたとしても、クレイジーなチャレンジを続けないと進化しないのです。この前提が、教育においても企業においても、日本には圧倒的に足りないと思います。間違いは許されず、1度間違いをした人は排除される、というのは非常に問題です。なぜなら、変異がなくなって進化しなくなるからです。

一方、適応の観察方法をわれわれがちゃんと培えているかというと、そうではありません。何十年も前に決まった規則を現在に適応していなくても守ることが正しいという教育になっている可能性があります。一度できたルールも観察して見直し続けなければいけませんが、これも全くできていません。

つまり日本では、新しいチャレンジをしなければ進化は起こらないのに、経営者が変異自体を抑制してしまっているし、既存構造を守るために思考停止になっている可能性があります。変異と適応のバランスは非常に重要であり、エラーはとても大切だというのが『進化思考』の1つのメッセージになります。

9つの変異と4つの適応パターン

では、どうやってエラー(変異)をするのかというと、『進化思考』では変量、擬態、欠失、増殖、転移、交換、分離、逆転、融合という9パターンを提示しています。

人の思考のバランスは個人によってかなり異なるので、変異を起こすことが苦手な方もいますし、適応が得意な人も変異が得意な人もいます。あるいは、高齢になってもフレッシュなアイデアを出す人が増えればいいという考え方もできますし、若年であっても全体的なことを把握してディレクションができる人が増えればいいという考え方もできると思います。

クレイジーなアイデアを出すことが苦手であるという人には、少なくとも自分のバイアスを壊してクレイジーになる方法が、こんなにも世の中にたくさんあるんだということを伝えたいと思っています。

このように、いろいろなエラーを起こすことによってたくさんのアイデアが出ることは分かったのですが、ではどうやってそのよしあしを判断するのかという疑問が湧きます。ここに関してもまったく構造化されてこなかったと思っています。経済学の中でもブルーオーシャン戦略や赤の女王理論などいろいろな理論がありますが、経済学のかなりの理論は生物学からインスピレーションを受けています。生物学的な観察、つまり、動物はどうやって環境に適応しているのかということを理解するための学問を、実は人間は数千年も続けてきています。

特に、ノーベル賞も受賞したニコ・ティンバーゲンという動物行動学者は、動物の行動を理解するためのアプローチとして「4つのなぜ」というものを提唱しました。私はそれにインスピレーションを受けて4項目を3項目にインテグレートし、さらに1つ追加して提示しています。解剖(内部)、系統(過去)、生態(外部)、予測(未来)という4つの軸で判断すると、あらゆる物事をきちんと観察できるという話を『進化思考』では紹介しています。

つまり、人が物事を理解するためにはちゃんとした構造があるということなのです。例えば、解剖して中を理解する方法もあるし(内部)、分類的に分け系統的に進化図を書いて理解する方法(過去)、生態学的につながりを理解していく方法(外部)があります。最後に私が追加したのは予測だったのですが、創造とは未来のために行うことなので、予測と不可分だと思っています。

動物については何かを予測する必要がなかったので、ティンバーゲンは予測だけ入れなかったのだと思います。この4つに物事を理解する方法が分類されるため、物事を理解するためにはこの4つのことさえ見ればいいとさえ考えています。

われわれの目標は、今よりも適応した形に持ち上げて未来を少しマシにしていかなければならないというものですが、必ずしも現状に対して適応的かということでプロジェクトやデザインが判断されているわけではないとすると、当然不格好なものになったり、非合理なものになったり、クールでないものになったりします。ですので、この4軸できちんとそのプロジェクトを評価することが必要です。

大きな仕組みの中で解剖、系統、生態、予測に照らし合わせて物事が評価されていないとすれば、そこからプロジェクトは動かなくなってしまいます。こうした考え方が浸透していけば、いろいろなところで硬直化している仕組みが流動性を持って動いてくれるのではないかと考えています。

「進化思考」自体は、この本ができる前からイノベーション手法として大学や企業などさまざまなところで教えられてきました。まさに今の状況を変化させて、未来を良いものに変えていきたい人たちの武器になるように設計しているので、これからもぜひ多様な人たちと一緒に、「進化思考」によってより良い未来を探究できればと思っています。

質疑応答

Q(西垣):

デザイン政策にも長い歴史があって、デザインという世界がどんどん広がっていくのを体現してこられたのが太刀川さんだと思っています。2018年に経産省と特許庁が出した「デザイン経営宣言」は、役所がやるべき仕事なのかといった議論もありましたが、今までにないような変異を何か起こさないと閉塞感を打破できないという思いからの取り組みだったと思っています。

先ほど挙げられた解剖、系統、生態、予測の4つの軸から、どのように政策評価の軸をつくり出していけばいいのでしょうか。

A(太刀川):

『進化思考』の438、439ページに「自然選択のチェックリスト」があります。これを政策の評価に当てはめると、解剖的には、最小化した方が美しいという概念が自然界にはありますが、政策には代謝する仕組みがないので、いらない政策が減らないことが問題です。予算をきちんと評価して最適化する観点が評価軸にないのだと思います。系統的に大事なのは、前例があることではなく、失敗が繰り返されないことです。また、手段やモノではなく、目的と予算が結びついて可視化されるべきかもしれません。生態的に重要だと思うのは、ネットワーク的に社会に波及効果が出るときには、越境的な人、つまりクラスターを飛び越える人です。越境にインセンティブを付けるのは結構面白いと思っていて、その方がはるかに流動性が上がっていくと思います。

予測では、悪いシナリオとそれが希望に転換できたシナリオを政策と結び付けて国民に説明する。そして、その両側にとってプロダクティブかで政策のよしあしを判断するといいと思っています。

Q:

具体的には日本の教育のどこを変えていけばいいのでしょうか。

A(太刀川):

「進化思考」は変異と適応によって生物が進化する概念であるという話をしましたが、これに照らしていくと教育において変異性はまったく足りていないと思います。つまり、エラーを起こすことは大事なことだということが一切教えられていません。エラーを起こさないようにすることが教育だと思っている節があります。

それから、適応の4軸はちゃんと教えられるものだと思います。「分解したら何でも理解できるようになる」とか「歴史的な流れを理解していくと、実はずっと人類は変わらないものを求め続けてきたのだ」とか、つながりを慮るというのはそういうことだと思います。つまり、解剖、系統、生態、予測の4軸は全ての教科にいえることなのです。数学も物理も歴史も全て解剖できるし、系統できるし、生態できるし、予測できるのですが、肝心な考え方や観察・探究の方法が提示されていないのです。最近ようやく教育指導要領に探究という言葉が入りましたが、探究の方法は書いていません。

その方法が4軸に相当すると私は思っていて、むしろ5教科の上位に来ると思っています。何でもそれで分かるようになるのですから、それで数学や物理を理解させればいいのです。私は裏テーマとして、変異と適応の4軸を裏5教科にして、日本の教育を創造的かつ面白いものに変えられるはずです。そういう教育を一緒につくれたらと思っています。

Q:

政策の最小化は誰が評価するのでしょうか。

A(太刀川):

目的にかなっているなら少ない方がいいと思うのです。ですから、パーパスの定義がはっきりしていないと、よしあしは判断できないと思います。パーパスの定義は内部だけを見ていても分かりませんから、ゴール側をちゃんと設定するという意味では、「悪い予測を回避するか」「共有された目的とつながっているか」といったことが定義されることで、そこと照らし合わせて考えられると思うのです。

Q:

最後に一言ずつメッセージを頂けますか。

A(西垣):

「エラーを起こすことが進化につながっていく」というメッセージが日本の教育現場でもっと必要だと思います。同調圧力や、出る杭は打たれる風潮を変えていかないといけません。

A(太刀川):

失敗はちゃんと反省すれば糧になるというムードをつくることができれば、だんだん流動性が増していくと思います。アメリカ人に比べて日本人は優秀でないことはない、と思うのですが、アメリカ人は失敗に対して許容性があり、立場の壁を越えやすいムードを持っていることが今のスタートアップカルチャーとして表れていると思います。そうしたムードを日本においてもつくるのは決して不可能なことではないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。