エネルギー白書2021について

開催日 2021年7月15日
スピーカー 長谷川 洋(資源エネルギー庁長官官房総務課調査広報室長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

資源エネルギー庁では、エネルギー需給に関する施策について国会に年次報告を提出しており、それに基づいて「エネルギー白書」を毎年発行している。2021年6月に公表された「エネルギー白書2021」では、福島復興の進捗状況に加え、政府が2020年に発表した「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けた課題と取り組みや、近年重要性が高まっているエネルギーセキュリティの変容について紹介している。本セミナーでは、資源エネルギー庁長官官房総務課調査広報室長の長谷川洋氏が「エネルギー白書2021」の概要を解説し、2050年カーボンニュートラルを実現するための革新技術に関する知財競争力を国際比較すると水素を始めとした複数分野に日本の強みがあることや、エネルギーセキュリティの重点は気候変動対策と再生可能エネルギーの大量導入を背景に変遷しつつあり、わが国では蓄電容量の拡大と電力のサイバーセキュリティの取り組みが重要課題になっていることを指摘した。

議事録

福島復興の進捗

エネルギー白書は、エネルギー政策基本法に基づく年次報告です。3部構成となっており、第1部がその年の動向分析、第2部がデータ集、第3部が施策集です。

第1部の第1章はここ数年、「福島復興の進捗」から始まっています。2021年3月で東京電力福島第一原子力発電所事故から10年が経過したのですが、2020年度は、2019年度にあったような水素やロボット等の新施設のオープンなどのメルクマール的なものがなかったこともあり、第1章では2020年度だけでなく、この10年を振り返りどんな進捗があったのかをまとめています。

今回、福島第一原発の廃炉に向けた作業の中で特に大きかったのは、多核種除去設備(ALPS)処理水の基本方針が決まったことだと思っています。それから、使用済燃料プールからの燃料取り出しが3・4号機で完了し、燃料デブリの取り出しも進展しました。

残された課題としては、まずは風評被害対策の徹底とALPS処理水の処分が挙げられます。ALPS処理水を実際に放出するのは数年後ですので、それまでにさまざまな取り組みをしっかり進めていきます。燃料取り出しも2031年内に全号機完了を目指していますし、燃料デブリ取り出しも極めて大きな課題だと受け止めています。

一方、福島第一原子力発電所周辺については、帰還困難区域を除く全ての地域の避難指示が解除されたことや、帰還環境の整備が進んだこと、なりわいの再建、企業立地の緩やかな拡大、そして福島ロボットテストフィールドや福島水素エネルギー研究フィールドといった施設の開所などの進捗がありました。

残された課題としては、帰還困難区域の取り扱いが挙げられるほか、帰還しても仕事がなければいけないので、福島イノベーション・コースト構想の一層の具体化、そして帰還促進に加えて移住・定住・交流人口の拡大もしっかり進めていくことを考えています。

2050年カーボンニュートラル実現に向けて

第2章ではまず、エネルギーを巡る情勢の変化として、民間企業の脱炭素化と新型コロナウイルス感染症対応について記載しています。2020年の白書との一番大きな違いは2050年カーボンニュートラルの宣言です。それに伴う民間企業の動向などを少しブレークダウンして述べています。

日本の民間企業のESG(環境・社会・ガバナンス)投資の資産保有残高は、分量こそ他国に出遅れているものの、しっかり伸びています。投資戦略別のESG投資額においては、積極的に関与して企業行動を変えていくようなエンゲージメント戦略が非常に増えているのが特徴です。

AppleやMicrosoftのように、調達先の企業にもカーボンニュートラルを求める企業が出てきており、中小企業や関連する企業にも非常に大きな影響が生まれています。Appleと取引のある日本企業は非常に多いので、重要な経営課題になっていますし、国内でも積水ハウスやNTTデータなどが調達先にカーボンニュートラルを求めています。

新型コロナウイルスの影響としてはまず、石油の需要がものすごく落ち込んだのが特徴的だと思います。それから、航空用燃料(ジェット燃料)の需要も落ち込んでいます。ワクチン接種が進めば回復するという見方もありますが、中長期的に影響する可能性があるかもしれません。

脱炭素社会の実現に向けて、まず電力部門では徹底的に脱炭素化を進めています。電力を脱炭素化した上で電化していくことが重要です。もう1つ重要なのが熱の部分です。高温が必要になる産業プロセスでは、電力を使うとものすごくコストが高くなってしまうため、水素やメタンを使って熱の水素化を図っていきます。

それでもなおCO2が残ってしまうので、植林やDACCS(大気からCO2を直接吸い取って回収・貯留すること)まで行わなければなりません。概念としては理解できても、非常に難しい問題です。

2050年カーボンニュートラルについて、各国は法定化などを宣言していますが、中でも重要なのは中国です。彼らは、2050年ではなく2060年カーボンニュートラルを表明しているのです。これは非常に巧みだという見方もあって、2050年までに各国ができるのかどうかを見極め、できたのであれば最善の方法で2060年に実現しようと考えているのではないかと解説する人もいます。

それから、中国はCO2排出量を2030年までにピークアウトさせると表明しています。これは逆にいえば、2030年まではCO2排出量が増えるということです。中国は世界の中でも、米国と並んでかなりのCO2を排出している国であり、2030年までにピークアウトするとはいうものの、そこまでは増えるという状況に対して国際連携でどう対処していくのかということは非常に大きな課題だと思っています。

日本の産業・技術競争力

一方、日本は2020年12月に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し、14の重要分野について特許競争力を分析しました。過去10年の各分野の特許の引用数、閲覧数、排他力などを算出し、トータルで見ています。それによると、日本の知財競争力は水素、自動車・蓄電池、半導体・情報通信、食料・農林水産などで首位であり、他の分野も2~4位に入っていることから、この14分野は非常に競争力があるといえます。

中でも水素はやはり自動車が牽引しており非常に強く、水素を液化して船で輸送することにチャレンジしている企業もあります。また、水素をそのまま燃料にして燃やす水素発電の分野も今後伸ばしていく必要があるでしょう。蓄電池分野も日本は強いのですが、やはり自動車に依存する部分が大きいので、ここもまだまだ取り組みが必要です。半導体・情報通信の分野では、ロジックやメモリなどではなく、電車などを動かすときに使うパワー半導体の競争力が非常に高くなっています。食料・農林水産の分野では、食品そのものよりも農機具メーカーが強さを持っています。

カーボンリサイクルの分野は非常に面白く、国別で日本は3位になっていますが、これはバイオ燃料やCCS(CO2の貯留・回収)についてのものが多いからで、人工光合成(触媒を使って水素を作る技術)について集計すると、日本企業が1~5位を独占しています。

CO2を吸収して固まるコンクリートはブロックや公営住宅の天井裏に使われていますし、ポリカーボネートは車のヘッドライトやパソコンの筐体(きょうたい)等に使われるなど、製品化された数も多く、環境改善とCO2活用の両方に貢献しています。この分野で日本がしっかり勝っていくことが大切であり、全分野において知財競争力を産業競争力に結び付けていくことがとても重要だと思います。

その他のいくつかの分野について述べると、洋上風力産業は日本も非常に力を入れている分野ですが、中国が日米を大きく離して首位となっています。この分野では欧米企業が目立ちますが、特許全体では中国がかなり強く、注目度や排他性が非常に高いので、日本もしっかり取り組んでいかなければならないでしょう。

燃料アンモニア産業は最近、商社やガス会社の注目を集めています。水素をアンモニアにして運ぶと簡単なため、肥料などではかなりの実績があります。しかし、知財で見るとエクソンモービルが突出しており、米国が圧倒的な首位です。2位の中国も国家系の大学・研究機関がしっかりと取り組んでいます。日本も民間がしっかりやっているのですが、国もきちんとサポートする必要があると思います。

次世代型太陽光産業では、非常に薄型で建物の壁面などにも設置できるペロブスカイト太陽光電池の技術で日本が優勢ですが、実は中国もかなり食い込んできています。今の太陽光パネルは中国製がかなり多いこともあり、日本が次世代太陽光でしっかり勝つためには、中国と競争して勝ち抜かなければなりません。

エネルギーセキュリティの変容

第3章では、エネルギーセキュリティ(安全保障)における重点の変遷について述べています。再生可能エネルギーが増えたことによって、カリフォルニアで暑い時期に停電したり(2020年夏)、日本でも冬の需給が大変だったりということがあり、エネルギーセキュリティは非常に重要な課題になってきています。

オイルショックのころは化石燃料の安定確保、リーマンショックのころは気候変動対策とレジリエンス、2010年代には再生可能エネルギーの大量導入とデジタル化に重点が置かれ、最近では、カーボンニュートラルを真剣に目指そうとするなら最終的には熱がネックになるということから、脱炭素燃料(水素・アンモニア)が重要であるというふうに変遷してきました。

こうしたことを踏まえると、エネルギーセキュリティの範囲は拡大しており、エネルギー白書におけるセキュリティの評価指標も従来型のものだけでは足りなくなってきました。そこで追加したのが蓄電能力と電力のサイバーセキュリティです。日本の蓄電能力とサイバーセキュリティは、他国と比べても遜色はないのですが、われわれはまったく楽観視していません。

蓄電能力に関しては、日本は揚水発電が多く、容量も比較的大きいのですが、これから再生可能エネルギーが増えていくことを考えると、蓄電能力をもっと高めていく必要があるといえます。そのためには蓄電池の分野にしっかり取り組まなければならないのですが、まだまだ中国や米国の企業が非常に強い力を持っているため、日本は一層の努力をする必要があります。

電力のサイバーセキュリティについても評価は高いのですが、まったく予断を許さないと思っています。サイバーセキュリティは、攻撃の手法が日々変わり、目標も絶えず変化しているので、たゆまずしっかり取り組む必要があると思います。

質疑応答

Q(矢野(RIETI理事長)):

2050年に向けて、経済産業省の取り組みは日本の将来を決めるだけでなく、世界の将来も決めていく大事な仕事になっていくと思っているので、ぜひ良い制度を設計して世界の技術を牽引していただけるといいと思いました。日本の産業界や研究者が技術を引っ張っていくという視点は、経産省の政策の中にどういう形で取り込まれるのでしょうか。

A:

例えば液化水素を運ぶ技術に関しては川崎重工業などがパテントを持っており、このような世界の課題解決にもつながる技術については、日本において産業になっていくことが望ましいと思います。その取り組みを進められるように、2020年の補正予算でグリーンイノベーション基金(2兆円)を創設し、これまでの政府の研究開発予算とは一線を画す仕組みを始めています。

これまでの研究開発予算の仕組みは1年ごとに成果を確認されるので、1年で出来そうな目標を設定することが多く、少しずつしか進まないケースが多かったのですが、それでは2050年カーボンニュートラルには届きません。グリーンイノベーション基金事業では2050年カーボンニュートラル実現につながる2030年時点での意欲的な目標を設定し、コミットしてもらい、成果主義で取り組んでもらうことにしています。こうした支援策も用いて、経産省もイノベーションの取組を応援していきたいと思います。

Q(矢野):

サイバーセキュリティに関しては、プライベート型のブロックチェーンのようなものを使って高めることに取り組んではどうかと思うのですが、いかがお考えですか。

A:

プライベートブロックチェーンも有益な取り組みだと思いますし、それ以外にもセキュリティ技術、すなわち鍵のかけ方がいくつかあると伺っているので、良い技術を使っていくことが大事だと思います。いずれにしても関心は非常に高く持っています。

Q(矢野):

米国の自動車産業や水素産業、燃料産業の規制は非常に市場志向型で、レギュレーションを使ってうまく目的を達成しながら脱炭素燃料や脱炭素型の車の普及を図っていると思うのですが、この点についてどうお考えですか。

A:

やはりどこかで制度的なものを入れていくことは大事だと思っています。しかし、代替技術や手段が整っていない状態で、規制で「圧」をかけてしまうと逃げ場がなくなって窒息してしまうので、まず技術を作っていくことが大事でしょう。

その点で自動車は、電気自動車(EV)で利益を出す姿を世界中でまだ誰も明確に描けていないので、最初にビジネスモデルをどうつくっていくかが日本の課題だと思っています。そこは経産省も、グリーンイノベーション基金やその他制度を使って一緒に考えていきたいと思っています。

Q:

「太陽光のコストが原子力を下回る」という報道は本当ですか。

A:

経産省の総合資源エネルギー調査会発電コスト検証ワーキンググループによる試算のことだと思います。この試算にはいろいろな前提があって、OECD等国際的に採用されている手法を用いて、更地に新たな発電所を1つ建設・運転した場合の総発電量をコストで割って機械的に算出しているものであり、前提の置き方によって、確かに事業用太陽光の方が下回るケースもあります。

ただしこれは、発電所を新設した場合の試算であり、2030年時点で太陽光発電技術が世界中に大規模に導入されて価格低下していることなどが前提となっています。そのようになればいいのですが、われわれが非常に大事だと思うのは、ならなかったときにどうエネルギーの安定供給を担保するのかということです。完璧な電源はないので、さまざまな電源を組み合わせて安定供給に万全を期することが大事と考えています。

また、変動的な再生可能エネルギーが増えると、それに伴って発電量も変わってしまうので、それをバックアップするために火力発電や蓄電池などを活用するために生じる「外」のコスト、いわゆる「統合コスト」がかかることにも留意が必要です。なお、総合資源エネルギー調査会の試算では、いわゆる「統合コスト」を考慮したコストも参考値としてお示ししており、その場合には太陽光の方が高いという結果になっています。

太陽光だけでなく、どの電源を追加しても電力システム全体に負荷が生じます。先ほどの試算では、更地に1つ発電所を建てたときの発電コストだけを見ており、こうした点は考慮されていませんが、電力システム全体を考えるには、電源別の発電コストだけを見るのでは十分でなく、「統合コスト」もしっかり織り込みながら考えることが必要です。

そうしたところを見落とさずに、どうしたら電力システム全体に係るコストを抑制できるのか、その解決策をしっかりと議論していきたいと考えています。

Q:

カーボンニュートラルを進めるとなると、日本の産業競争力にも大きな影響が出るのではないでしょうか。

A:

カーボンニュートラルは企業もかなり本気で取り組んでいる課題ですが、金属や化学産業は非常に高い温度が必要な産業ですし、鉄鋼や自動車を生産するプロセス自体をすぐに変えるのはなかなか難しいでしょう。ですので、先ほど申し上げたイノベーション基金などを活用することで日本が水素などの技術競争に先んじていくことが非常に重要だと思っています。

競争という面では中国などと伍してやっていかないといけません。従来の方法では金融サイドから指摘を受けることにもなるので、われわれも企業と一緒に勝てる方法を考えていきたいと思っています。

Q:

カーボンニュートラルが進むとエネルギーセキュリティにどのような影響が出るのでしょうか。

A:

まず、2050年のネットゼロ時に最終エネルギー消費における電力の割合がどのくらいになるかというと、IEAの試算では47%で、いろいろな技術が進展したとしても半分にも満たないのです。ですから、電力は重要ですが、再生可能エネルギーをうまく活用できたとしても電力が占める比率は全てではないので、エネルギーセキュリティ全体としては常に熱の脱炭素化を考える必要があります。

一方、電力に関するエネルギーセキュリティについては、日本では変動再エネのうち風力の割合が低く太陽光発電の割合が高いこともあり、昼間はたくさん発電できますが夜はできなかったりするといった時間帯による差が顕著です。全時間帯にならして発電総量で見ればエネルギー自給率が高くなり、CO2も減るので非常にいいのですが、電気は常に需要と供給を一致させないと停電してしまう性質があるため、こうした変動のしわ取りをする必要が生じ、結果、安定供給の面で電力システム全体に負荷を掛けてしまいます。また、大量に蓄電できればいいのですが、蓄電池の価格も今はものすごく高いです。そうすると、現実的にはガス、石炭、火力発電などでしわ取りを行いカバーするしかありませんが、そうすると電力システム全体でのコスト増にもつながります。

他の国でよくいわれるのは、太陽光や風力の比率が電力全体の30%を超えると統合コストの問題がかなり大きくなるということで、日本もこうした課題に直面していくことになります。これはIEAなどでもさんざん議論されています。政府は再生可能エネルギー導入にしっかり取り組んでいくわけですが、やったらやったなりに新たな課題が生じるので悩みながら取り組んでいます。ただ、ここは、逆に言うとビジネスチャンスというか、課題解決が次の活動につながる部分も大いにあります。本日お聞きの皆さんには、そうした視点を持って一緒に解決策をお考えいただけるとありがたいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。