DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

ブロックチェーンの今:デジタル所有権およびデータ管理の最新事例

開催日 2021年7月8日
スピーカー クリス・ダイ(株式会社レシカ代表取締役)
イントロダクション 矢野 誠(RIETI理事長)
コメンテータ 村松 佳幸(経済産業省商務情報政策局情報経済課課長補佐)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

2020年から2021年にかけて、ブロックチェーンの仮想通貨以外の応用ケースが確実に増えてきている。特に、デジタル上において「偽造不可の所有証明書付きデータ」ともいわれるNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)が所有権の新たな可能性を広げ、ビジネスモデルとしても大いに成功している。一方、医療などの個人データ管理の分野でも、グローバルなデータ保護の機運が高まっており、大手プラットフォーマーには個人のプライバシー保護への対応が強く求められている。本セミナーでは、ブロックチェーンを活用した分散型ビジネスモデルのソリューションを提供する「レシカ」のクリス・ダイ代表取締役を迎え、ブロックチェーンの最新事例を紹介するとともに、わが国においてブロックチェーン技術が普及するための課題について論じた。

議事録

イントロダクション

矢野:
RIETIと京都大学大学院医学研究科附属ゲノム医学センター、仏パスツール研究所では、医学生命科学と社会科学にまたがる共同研究を進めており、その中でコロナ危機下での行動変容の解析を進めているのですが、抗体検査などの調査対象に対して個人データをどのように通告したらいいかという問題に直面しています。

そこで、さまざまな個人データを多くの人たちにうまく伝える手法としてブロックチェーンが活用できないかと考え、クリス・ダイさんと共同研究を進めています。抗体の有無やワクチン接種記録などの情報を証明書付きのブロックチェーン上で持つことができれば、海外などさまざまなところで自分の状態をうまく証明できると思うのです。そうしたことを実現する方法として、今日はクリスさんに最新のブロックチェーン技術について紹介していただきます。

デジタル世界における所有権とは

スピーカー:
民法上、無形物のデータには所有権はないといわれてきました。デジタル世界はデータが基礎単位であり、「データを見る=データをコピーできる」ことになるので、そもそも所有権が非常に定義しづらいものでした。しかし私はデータの所有権を2つのカテゴリーに分類しています。

1つは、データとしては誰でもアクセスできるのですが、データがひもづく所有権のアカウントがあって、誰が所有しているかという共通認識があるようなものです。例えば、デジタルコンテンツは誰でも見られますが、誰が所有しているかということを定義できます。そうしたものをNon-Fungible Token(NFT:非代替性トークン)といいます。NFTとは、ブロックチェーンに記録されている偽造不可な証明書付きのデータのことで、NFT自体が資産としての取引をすることが可能です。

今まで所有権といえば、他の人が見ることができないという排他的な権利を持つことが1つの特徴だったのですが、NFTによって、排他的な権利はないけれども所有権を定義できるような資産定義が可能になり、その権利自体をデジタルで容易に取引できるようになったと考えられます。

もう1つは、他人がデータにアクセスできるかどうかをコントロールする権利があるものです。他の人が見られないデータを個人で完全に管理し、許可した人にだけ共有できます。これは特に医療分野に応用されています。個人が自分でプライバシーをシェアしなければならない場合、決まったところとシェアをして、シェアしたデータを非常に安全に管理できるので、プライバシーを守りつつデータの価値の最大化を図ることができます。

デジタルコンテンツの所有権(NFT)

これまでのデジタル世界ではデータを複製できるので、オーナーシップは意味がないし、本物である意味もありません。しかし、NFTを使えば唯一性を担保でき、所有権も認められるので、今まで物理的にしかできなかったビジネスモデルをデジタル世界でも実現できるようになりました。特に2020年から2021年にかけて、NFTのマーケットプレイスの売上は29倍に増えています。

従来のビジネスでは、例えばIPホルダーがリアルなコンテンツを売ろうとすると、1次販売だけで終わっていました。しかし今は、ファンが買ったデジタルコンテンツでもリアルなコンテンツでも2次流通が発生し、その収益をIPホルダーは得ていませんでした。これを、2次流通自体もブロックチェーンで記録されたNFTが流通することで、全ての2次流通に対して手数料を調達でき、IPホルダーの売上にすることができます。

つまり、今まで1次販売だけに閉ざされたビジネスが、NFTによって2次流通も含めた形で展開できるのです。所有権がきちんと定義されているコンテンツをファンの間で取引できるビジネスはこれから増えていくでしょう。

実物資産の所有権(NFT)

一方、実物資産の所有権とNFTをひもづけたビジネスも登場しています。私が設立したUniCaskという企業は、お酒というリアルの資産とNFTをひもづけて流通させる仕組みを構築しました。特にわれわれはウイスキーを取り扱っています。ウイスキーを樽ごと売買する商習慣は何百年も前から欧州で盛んに行われていましたが、それは小グループ内だけの取引であり、蒸留所から樽を買って、蒸留所が紙のサティフィケート(証明書)を発行するシステムでした。

樽に入ったお酒は年数を経ると価格が上がっていくので、これを資産として見ていたのですが、デジタル世界ではマニュアルなもの、アナログなものはグローバルの取引ができませんし、小ロットの取引もできないので、いろいろな制限がかかります。こうしたものをブロックチェーンと結び付けることで、デジタル技術でお酒の取引を一般の愛好家にも小ロットで提供できるという特許を取得しました。

UniCaskの新しいモデルでは、メーカーが樽の信憑性を担保し、NFTを発行します。発行されたNFTは卸業者や投資家の手を回りますが、樽自体は蒸留所に置いてあります。最終的に飲みたくなれば、NFTを蒸留所に持って行くと実物を渡してくれます。ある意味で兌換券的な機能を持った利用方法になるわけです。

なぜブロックチェーン技術を使うかというと、お酒は時間がたつと価値が上がるからです(タイムバリュー)。ブロックチェーンはタイムバリューを記憶しますし、偽造できないため、エイジングの判定が非常に簡単で、改ざんもできないので偽物が出回りません。

また、第三者でもデジタル的に検証可能です。遠くにいる誰かが同じ樽を欲しくなったら、私と取引するために私が所有権を持っていることを検証しなければなりませんが、NFTを持っていればデジタルに検証し、取引ができます。そして、そのNFTをトランスファーすれば所有権を移すことができます。

こうしてNFTを使えば、実物資産の所有権でも、デジタル資産の所有権でも、取引できる仕組みをブロックチェーンで作ることができ、多くの人が参加できる流動性のあるマーケットプレイスを構築できるのです。

医療データの共有

個人データの所有権という意味では、医療データが最もセンシティブなデータであり、個人が最も安全に保管したいデータといえるでしょう。同時に、医療データはいろいろな企業や医療機関、リサーチセンターでシェアされると価値をより発揮します。こうしたデータを、所有者である個人が自分の許可するところに出して、プライバシーを守りながら活用できるソリューションをブロックチェーンで構築することもできます。

われわれは2019年から2020年にかけて、千葉大学附属病院とともに、患者本人がブロックチェーンを活用して検診データを管理するためのシステムを開発しました。従来は同じ病院内の先生方しか見られなかったデータを、地域医療ネットワークも含めて患者本人が許可した形で共有できる仕組みです。

ブロックチェーン導入前は病院内だけでデータが管理されていましたが、導入後はクラウドサーバー+ブロックチェーンという形で、外部の医師に患者自身がデータの参照・更新を許可することでアクセスできます。将来的には保険組合や企業のHR担当者などに共有できる仕組みを作りたいと考えています。そのためには患者がデータを許可し、他の機関がアクセスできる座組みを作ることが非常に重要です。

導入のメリットとしては、既存のデータ管理システム上でブロックチェーンのアクセスコントロールのレイヤーを追加するので、既存の院内システムを変更する必要がありません。

それから、クラウドとブロックチェーンの2段階認証による厳重なユーザー管理が実現できます。クラウド上にあるデータ自体が患者ごとに暗号化されており、その暗号化キーをブロックチェーンで管理できるのです。

アクセスコントロールが容易にできる点も挙げられます。患者が自分の医療データを他の医療機関の医師と共有し、医師ごとに参照可能なデータをコントロールすることもできます。また、アプリ機能の追加が容易にできるというメリットもあります。

このプロジェクトではパブリック型のEthereumを使ったのですが、コストが非常に高かったので、プライベート型・コンソーシアム型+パブリック型のコンビネーションで行う必要性があることを実証できました。

実際にコンビネーションで作ったユースケースが、RIETIと京都大学が行っている「新型コロナウイルス流行の実態解明に向けた医学・社会科学融合型研究」との共同プロジェクトです。ブロックチェーンを使った仕組みによって、データ提供者(被験者)にPCR検査や抗体検査の結果を安心・安全に、個人に所有権がある形でお返しするシステムです。

本プロジェクトでは、ブロックチェーンと暗号化技術を使って分散型IDの発行を個人に委ねる仕組みを応用し、自分の検査結果を安心・安全に確認できるシステムを開発するとともに、将来的には研究チームが個人データを個人の許可の下に共有できるようにしたいと考えています。

この中で重要なポイントは、自分のアカウントを被験者自らが発行でき、アカウントIDと被験者のデータをひもづけられる点にあります。それから、あくまでクラウドサーバーを使うので、クラウドサーバー上の個人データを秘密鍵で暗号化し、その人しか開けられないことで安全性を高めています。と同時に、ハッシュ値を検証することでデータが改ざんされていないことも確認できます。

将来的には、医療データのみならず、個人の嗜好性などのデータをシェアすることでレコメンデーションができるような、日常生活における活用もできると考えています。

今後の課題

ブロックチェーンの課題としては、まず技術的には、パブリックチェーンのコストが非常に高いことが挙げられます。分散性と安定性を下げれば安くなりますが、分散性や安全性に欠けるのは良くありません。それから、秘密鍵の管理が非常に重要なので、秘密鍵をなくしたらどうするのかという課題があります。現在のソリューションとしては、ある程度の中央集権化はやむを得ないという前提で実用化していますが、これからさらに良い技術が出てくると思っています。

ビジネス的には、個人データを利用した価値化のモデルがまだ少ないように思います。データを活用するビジネスが多くならなければデータを共有しても価値が生まれないので、データ活用に関していろいろなユースケースがこれから増えればいいと思っています。それから、本当はブロックチェーンを感じさせない設計が必要になると思います。特に支払いの部分でカード決済が技術的になかなか実現できず、どうしても仮想通貨決済になってしまうので、そうした点の改善を考えていかなければなりません。

政策的には、NFTが仮想通貨ではないという前提で取引できるような仕組みを構築することで活発化につながると思います。日本はIP大国なので、NFTを活用したビジネスは経済的にも非常にメリットがあるでしょう。それから、デジタルな「もの」の所有権自体の定義は実物の所有権とは異なるので、そうした定義をうまく行う必要があります。アカデミアも政府も含めて合意した形でデジタルコンテンツの所有権を定義することで、市場はさらに活発になるでしょう。

コメント

コメンテータ:
ブロックチェーンを大別すると、Bitcoinなどの仮想通貨のように非中央集権的で永続的であることを基本思想とする「パブリック型」と、ビジネスユースに特化した「コンソーシアム型」「プライベート型」があります。

日本企業において、ブロックチェーンの導入に成功したところもあれば失敗したところもあるのですが、その要因は次の観点に集約されると思います。

例えば商習慣です。例えば医療データをパブリック型で載せてしまってフルオープンにすると、データを開示するのは嫌だという方もいるでしょう。ですから、全てのシステムをブロックチェーンで作るのではなく、誰が見たかというところだけをブロックチェーンで管理するような活用の仕方もあると思います。

技術の問題もあります。ブロックチェーン技術はまだまだ発展途上ですので、これからさらに改善されていくということを認識しながら活用することで、システム自体が変なことになるのを防げると思います。

それから、コストの問題です。パブリック型を使ってしまうと技術自体を活用することによって利用料を支払う必要が生じますし、既存の仕組みとの接続性でどうしてもコストがかかってしまいます。そうした点にも注意しながらご検討いただければと思います。

質疑応答

Q:

ブロックチェーンが普及するために何が必要なのかということを伺いたいと思います。デジタル資産では個の所有権が認められる一方、「NFTを持っている=所有権を持っている」とはならないので、この点で問題が起こらないようにするには何に注意すべきでしょうか。

A:

もともと版権や著作権を持っているIPホルダーが発行することで、ある程度担保されることが見込めるのではないかと思います。担保するソースのところは、評判やブランドなどをある程度選んで購入した方が無難ですし、そこからビジネスが広がっていくのではないかと思います。

コメンテータ:

NFT自体はパブリック型のEthereumから生まれており、プラットフォームもEthereumの規格だと思うのですが、他のプラットフォームでもNFTが開発された場合、製品の唯一性の保証やプラットフォーム間での取引はどうなるのでしょうか。

A:

現在、クロスチェーンのNFTのトランスファーはあまり行われていません。ただ、プライベート型・コンソーシアム型とパブリック型を併用したものがあり、その場合はカード決済をしたいとなると、かなり中央集権的な取り扱いになります。

コメンテータ:

ブロックチェーンの活用は書き込みごとに費用が発生し、システムコストの大部分を占めるとのことでした。ブロックチェーンを活用する際、その点はどのように対応すべきでしょうか。

A:

パブリック型だけだと高いので、組み合わせになると思います。これはインターネットの初期と状況がかなり似ていて、当時はLAN (Local Area Network:ローカル・エリア・ネットワーク)を結構活用していました。この技術が進んでいき、ユーザーがパブリックなインターネットで触れることによって、どんどんクラウドになったり、LANのシェアがどんどん小さくなってパブリックの部分が大きくなったりしました。ブロックチェーンもそうした道のりをたどるのではないかと思っています。

Q:

土地のような資産の場合はなくなりませんが、ウイスキーがちゃんとあるということをどうやって確認したらいいのでしょうか。

A:

ブロックチェーンは信頼をつくるところではなく、信頼をトランスファーするところだと考えています。ブロックチェーンに上がる前の資産はどうしても中央集権的な価値の担保になってしまうと認識しており、ウイスキーの場合は蒸留所の良心を信じるしかないという結論になると思います。

Q:

お酒のNFTはパブリック型でしょうか、プライベート型でしょうか。

A:

弊社は、Ethereumのプライベート型とパブリック型を組み合わせています。パブリック型に載せるとコストが非常に高いので、オプトインといって、購入者がパブリック型に載せたいときには費用を払ってもらって、プライベート型がいいという方に対しては、私たちのプライベートチェーンの中で取引やNFTの発行・証明を行っています。

Q:

今後のブロックチェーンの利用拡大にとって電力が制約になることはありませんか。

A:

1つのブロックチェーンで全世界をサービスするようなことはあまり想定していなくて、応用する産業によって1つずつ分かれていくのではないかと思っています。そうすれば、電力制約がかからないのではないかと思います。

モデレータ:

最後にメッセージをお願いします。

コメンテータ:

私どもとしては、ブロックチェーン技術は非常に魅力的で、いろいろなことができると思うので、民間の方々と共にブロックチェーンを活用した新しい経済を発展させていきたいと思っています。

スピーカー:

実際にブロックチェーンの産業を発展させるためには、私たちのようなエンジニアリング系のスタートアップだけでなく、アカデミアも、政府も、産業界も一緒に世界観と価値観をつくり上げないと広がらないと思っています。ぜひともいろいろな分野の方たちと協力し合って、大きな社会変化を起こしていきたいと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。