開催日 | 2021年6月22日 |
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スピーカー | 矢野 剛史(経済産業省 製造産業局 ものづくり政策審議室長) |
コメンテータ | 橋本 由紀(RIETI研究員(政策エコノミスト)) |
モデレータ | 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事) |
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開催案内/講演概要 | 新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大は、サプライチェーンのあらゆる地点に同時多発的に被害や影響を発生させた。同時に、わが国製造業のサプライチェーンのリスクとなる不確実性は高まる一方である。加えて、世界ではカーボンニュートラルやデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みが加速している。本セミナーでは、経済産業省ものづくり政策審議室長の矢野剛史氏が、経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省合同作成による「2021年版ものづくり白書」の内容を紹介した。白書では、「製造業のニューノーマル(新常態)」はレジリエンス・グリーン・デジタルを主軸に展開するとしており、矢野氏はこの3つの観点からそれぞれ、わが国企業の取るべき針路について考えを語った。 |
議事録
2021年版ものづくり白書の概要
「ものづくり白書」はものづくり基盤技術振興基本法に基づく法定白書であり、経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省で策定しています。経産省は産業、厚労省は労働人材・産業人材、文科省はものづくりの基盤を支える教育研究開発の視点から、第1章、第2章、第3章をそれぞれ執筆しています。今回は経産省のパートである第1章についてご紹介します。
わが国ものづくり産業が直面する課題と展望
2021年を振り返ると新型コロナウイルスの影響は非常に大きいものがありました。しかし、2021年はコロナによる影響だけでなく、昨今の米中貿易摩擦など不確実性が高まる中、レジリエンスの取り組みが必要になりますし、グリーン分野にも目配せしたサプライチェーンの構築が求められますし、デジタル化の動きもどんどん進んでいます。そうした視点からのサプライチェーンの見直しが必要だということで、2021年版ものづくり白書では、「製造業のニューノーマル」をテーマにレジリエンス・グリーン・デジタルを軸に分析しました。
レジリエンス―サプライチェーンの強靱化―
わが国は2011年の東日本大震災や、毎年のように発生する大雨による洪水や台風の甚大な被害に直面し、事業継続計画(BCP)を作る企業が着実に増えています。そして今回のコロナは、一定地域の対応策を考えるにとどまらず、グローバルなBCPが必要であるという大きな教訓をわれわれに与えました。
今後の課題としては、サプライチェーン全体を見渡した準備が必要になるでしょうし、そのときにはグリーンやデジタルも加味しながらサプライチェーンの強靭化を図る必要があると考えます。
BCPに関しては、国が中小企業等経営強化法を制定し、BCPを策定した企業に対し金融優遇措置などを用意しており、今や2万社以上の中小企業が実際に金融支援を受けています。
コロナによる影響は国内の生産活動や物流・配達で大きく見られ、自社だけの取り組みでは限界があることがよく分かりました。医療用物資がその典型で、2020年はマスクや消毒液が不足したとき、企業に増産を要請したこともありました。将来の危機に備え、国内サプライチェーン構築の取り組みを着実に進めていくことが求められます。
また、サプライチェーンのレジリエンスを強化するためには、BCPの策定に加え、調達先のことをどの程度しっかり把握できているのかということも非常に大きなテーマとなります。しかし、東日本大震災時と比べて調達先をしっかり把握している企業は半数にも満たないのが現状です。
それから、物流の効率化も重要な課題です。特にコロナ禍で「巣ごもり需要」が増えたことにより、製造業の物流が逼迫していることが分かっています。輸送を確実に確保しないと、せっかくいい商品を開発しても輸送できなくなってしまいます。
そして、BCPの内容も日進月歩でイノベートされています。現在主流になっているBCPの考え方は、もちろんケースに応じてBCPを作るのですが、そもそもリソースをどうアロケーション(配分)して、不確実性に対処するかということです。
一方、マテリアル(素材)に注目すると、欧米各国は特に半導体や蓄電池のサプライチェーンに巨額の財政資金を投じ、官民一体となって取り組みを進めています。日本でもSociety 5.0などで自動走行や電気自動車、蓄電池、半導体などの新しいテクノロジーがどんどん必要となっており、この分野は手を抜かず取り組んでいかなければなりません。
サプライチェーンを考えるときには、経済安全保障の動きも忘れてはならないでしょう。ここ数年、米中欧が投資や貿易の規制を強めており、サプライチェーンを組むときにはそうした動きを頭に入れておかないと思わぬ落とし穴にはまってしまいます。ただ、過度に萎縮する必要はなく、自社のサプライチェーンのリスクを十分把握した上で、万全の備えをしておくことが必要だと思います。
グリーン―カーボンニュートラルへの対応―
菅義偉前総理は2020年10月の施政方針演説で、カーボンニュートラルの2050年実現を目指すと表明し、12月にはグリーン成長戦略を策定しました。14の重点分野で実行計画を策定し、2兆円のグリーンイノベーション基金や研究開発税制などによって、グリーン分野における企業の挑戦をしっかりとサポートしています。また、環境のために投資をするグリーンファイナンスにも注力して取り組んでいかなければなりません。
製造業でも、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルの実現に向けた取り組みが進められています。Appleは、2030年までにサプライチェーンも含めたカーボンニュートラルを目指しており、取引先にもカーボンニュートラルの取り組みを求めています。つまり、グリーンの取り組みを進めていかないと、世界のメガサプライヤーのサプライチェーンに入っていけない時代が来るのだと思います。
ドイツの化学品メーカーBASFは、全製品についてカーボンフットプリント(温室効果ガス排出量)を算出し、提供しています。今後こうした動きが欧州で広がれば、カーボンフットプリントをしっかり提供しないと欧州でビジネスができなくなると思うので、日本企業もこうした動きにキャッチアップしていかなければなりません。
ファイナンスの関係では、グリーンボンドが非常に増えています。環境対策をしようと思うと当然、設備更新などでお金がかかるので、市場からファイナンスをするときには機関投資家の目が非常に厳しくなっています。同じお金を出すのであれば、環境に優しい取り組みをしている企業に出すわけです。
そうした企業の方が事業のサステナビリティが高いからだと思うのですが、好むと好まざるとにかかわらず、市場の格付けが非常に厳しくなると思いますし、ひいては資金調達にも影響が出て、環境対策も後手に回り、どんどん悪循環に陥っていくと思います。ですので、こうしたグリーンに対する取り組みもしっかりと進めていく必要があるでしょう。
デジタル―DXの取り組みの深化―
デジタルに関しては、わが国はコネクテッドインダストリーズ(Connected Industries)のコンセプトを提唱しており、2020年のものづくり白書でも、デジタルの力を使ってダイナミックケイパビリティ(変化に対応して経営資源を再構成・再結合する力)を高める必要があると述べました。
ただ、デジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みはまだ道半ばということが今回見て取れました。従って今後は、DXの取り組みをしっかり行うとともに、昨今はWi-Fi6や5Gなどの無線通信技術が登場し、2020年代は製造現場での活用も進むと考えられるので、そうした技術を使いながら効率の良いものづくりをすることが重要な競争力になるでしょうし、人材育成や研究開発支援、サイバー対策などにもしっかり取り組む必要があります。
では、DXの取り組みがどれだけ進んでいるかというと、2020年12月に経産省が公表した「DXレポート2(中間取りまとめ)」によれば、未着手あるいは1部門での実施にとどまる企業は95%に上りました。
DXを推進するために実践すべきポイントとして、経産省は2020年11月に「デジタルガバナンス・コード」を取りまとめました。DXを進めていくためには、ビジョンやビジネスモデルをしっかりつくること。目標を達成するための戦略(ストラテジー)をつくること。その戦略の実施度合いをきちんと測れるように成果目標をつくること。ビジョンや戦略、成果目標が実際にきちんとワークしているかどうかをガバナンスするシステムがあることが重要です。しかし、なかなかそれが実践できていないことが今回の調査で分かってきました。
DXの取り組み深化の事例をいくつか紹介すると、社会人が在宅でデジタルスキルを学べる「巣ごもりDXステップ講座情報ナビ」や、若年層向けに文理融合の探究学習機会を提供する「未来の教室」実証事業などのコンテンツを経産省では提供しています。産業の現場におけるDXの取り組みとしては、アバターロボットを使った作業の遠隔化や、溶接作業のリモート化、技術の継承などが行われています。
デジタルといえば非常に先進的で、仮想空間で何かをするというイメージが強いのですが、昨今はコロナの影響で非接触が非常に求められるため、遠隔でしっかり行われなければならない中でこうしたDXを活用せざるを得ない環境になって、取り組みが一気に進んだ面もあると思います。
2021年はダイナミックケイパビリティからさらに深掘りして、製造業の現場における取り組みを分析しています。すると、バリューチェーンの各工程で、管理すべきデータがさまざまありますが、それらのデータ連携がまだまだできていないことが分かってきました。
例えば、ある製品のタグ付けをしていて、製品番号を振るときに、西暦と和暦が混在すると、それだけでデータとして突合できません。全ての粒度がそろっていないとデータ連携ができなくなるので、非常に膨大で緻密な作業が必要になりますが、各ベンダーがデータ連携のためのプラットフォーム的なソフトウェアをいろいろ開発しているので、そうしたものを使いながらしっかりとデータ連携させていくことが重要です。
また、新たな無線通信技術の活用によって、生産現場もどんどん変わっています。例えば、AGVという無人搬送機は、天井から飛ばした無線の指示に基づいて自由に動き回れるようになっていますし、製造現場でいろいろラインを組む際、少量多品種に対応するために柔軟な製造ラインの組み替えを行うときにも、こうした新たな無線通信技術の活用が考えられます。
供給側に関しては、製造現場での制御技術(OT)は日本のベンダーが非常に強いシェアを持っていますが、本社の経営を統括するようないろいろな情報技術(IT)については日本はやや弱い面があります。新しい無線通信技術ができれば、製造現場のOTと本社のITを高度に融合し、まさにデータを有機的に連携させながら瞬時適切にビジネスを展開することができます。
日本のベンダーもこうしたものにしっかり取り組んでいかないと、数年後5Gを使った日本の製造現場でAGVがいろいろ動くことになっても、実際に制御する技術やソフトウェアが海外製になることも考えられます。
一方で、サイバー攻撃に対して防御する必要も当然あります。工場内だけのクローズな環境でデータを使っていれば外からハッキングされる恐れはなかったのですが、新しい無線を使ってITとOTがつながれば当然アタッキングポイントも増えます。日本企業の生データがサイバー攻撃の対象になる可能性も十分あるので、しっかりと対応していかなければなりません。
そうした中、情報処理推進機構(IPA)内に2020年11月、「サプライチェーン・サイバーセキュリティ・コンソーシアム」というものができました。大企業はもちろん堅牢なITシステムを持っているのですが、データを共有している中小企業からデータが漏洩してしまうと「頭隠して尻隠さず」になってしまうので、このコンソーシアムの中にも中小企業を含めたサイバーセキュリティ対策が盛り込まれています。こうしたサイバーに対する取り組みも行いながら、データを使って高い生産性を実現していくことが求められています。
コメント
橋本:
2021年度の白書では、アフターコロナが見えた段階でこれから取り組むべき具体的な課題が提示されていたように思います。この1年で在宅勤務やサプライチェーンの再構築などが身近な課題として感じられ、DXの取り組みに対する訴えもより直接的に届くのではないかと思いました。
そこで質問ですが、アフターコロナにおいて回復基調にキャッチアップできる企業とそうでない企業の格差拡大が懸念されます。そういった懸念に対し、例えば大企業と中小企業、設備投資ができる企業とできない企業とで、アフターコロナへの対応は異なるのでしょうか。
スピーカー:
コロナの大きな影響の1つは、多くの企業でデジタル化の取り組みが進められたことだと思います。大企業は資金・人材面でいろいろとデジタル化に取り組む余地はあるのですが、中小企業はデジタル投資を進めるといってもどこから手を付けていいか分からないので、従来もものづくり補助金や中小企業デジタル化応援隊事業などで取り組みをサポートしてきました。今回コロナを契機にして、日本が従来遅れているといわれていたデジタル化の取り組みが進んだことは、コロナの影響の1つとしてあったと思います。
橋本:
デジタル人材の育成に関して、優れた熟練の承継や学び直しとどのようなバランスで取り組んでいけばよいでしょうか。
スピーカー:
日本は特にデータサイエンティストが圧倒的に不足しているといわれる中、高等教育機関でデジタル技術を学んでもらうことは重要ですし、大学でもデータサイエンス学科が増えていると聞きます。そうした大学での取り組みとともに、われわれもいろいろな場でデータ人材を育てていかなければならないと思います。デジタル庁も2021年9月にできましたし、デジタル専門職の試験も創設されるということで、デジタル人材を育てるとともに、専門人材の活躍の場をいろいろと提供することも重要だと思います。
矢野(RIETI理事長):
デジタル化に関しては、企業の意思決定に関わる経営層がデジタルの重要性を知ってもらうには今回すごくいい機会だったと思います。これからは、そうした層にどうやって再教育をしていくかということも重要になってくると思いました。
スピーカー:
産業全体のデジタル化を進めるときには、デジタル人材の育成とともに、システムとしてちゃんと動かしていこうとするなら、マネジメント層がしっかりデジタルを理解した上で現場に指揮命令をしていかなければならないだろうと思っています。その点では非常に重要な視点のご指摘を頂いたと思います。
矢野(RIETI理事長):
白書を作成する作業を通して、経産省、厚労省、文科省の協力体制を今後どう構築していけばよいとお感じになったでしょうか。
スピーカー:
官の縦割りがいわれて久しいと思います。その結果、内閣官房、内閣府が非常に充実してきました。他方で、厚労省は産業人材、文科省は教育・研究開発の現場を預かり、経産省は産業界を見ている中で、若干もどかしい点はあります。これから産業のパイを増やしていこうとするならば、最先端のデジタル学習ができるような職業訓練や、ビジネスニーズにマッチした職業訓練が増えればいいのにと思うのですが、なかなか実現しません。そうしたところはこの3省にとどまらず、いろいろなテーマがあると思うのですが、一緒にやっていければと思っています。
佐分利:
ものづくりとDXは相克していて、デジタル化してしまったら職人技がなくなってしまうのではないでしょうか。
スピーカー:
日本は従来、ものづくりに強みを発揮してきました。そこには職人の経験と勘のようなものが非常に効いていましたし、それによって日本は比較優位を確保できていたのですが、これからどんどんモジュール型になっていくと、デジタルの力を使って効率的にスピーディに組み立てていかないと、比較優位が獲得できないと思うのです。その点でやはり、トップ層がちゃんとリーダーシップを発揮して現場を変えていかないといけません。今は5年後、10年後に日本のものづくりが本当にやっていけるのかどうかの試金石の時期を迎えていると思います。
佐分利:
20年間のものづくり白書がある中で、日本のものづくりはどうなってきたのでしょうか。ビジネスモデルは変わってきたのでしょうか。
スピーカー:
物だけで商売をしようと考える企業はだいぶ少なくなってきて、顧客が物を使ういろいろなシーンがある中で、使い方も含めてサービスを提供するようになっています。ですから、ものづくりの内容自体はひと昔前に比べてかなり変容しています。ピュアに物を作るだけでなく、トータルのパッケージでモノ+サービスを提供している場面が増えています。
これからデジタルの力を使っていけば、また全然違うものづくりの姿ができているかもしれません。モノ+サービスであったり、ユーザー体験(UX)などを含めた形のサービス提供をしていかないと、特にリクワイアメントが高い日本の消費者の手に取ってもらえないと思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。