グローバル・インテリジェンス・シリーズ

習近平政権と科学技術:「中国の夢」が作り変える国際秩序

開催日 2021年6月2日
スピーカー 益尾 知佐子(九州大学大学院比較社会文化研究院准教授)
モデレータ 渡辺 哲也(RIETI副所長)
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開催案内/講演概要

中国の習近平政権は2012年の発足以降、「中華民族の偉大な復興」という目標実現に向けて歩みを着実に進めてきた。中でも政権が最も重視してきたのが科学技術イノベーションの発展である。本セミナーでは、九州大学大学院比較社会文化研究院の益尾知佐子准教授を迎え、今日の中国がなぜ科学技術に注力するのか、科学技術の進展によって何をなし得たいのか、科学技術重視の背景に潜む習政権の狙いは何なのかということを、習政権の歩みを振り返りながら深く切り込んだ。益尾氏は中国が2021年3月に発表した「2035年遠景目標」にも言及し、中国は技術開発だけでなく、地球全体の運行システムの掌握も狙っていると指摘し、そうした中国の姿勢によって地球上の安全保障の在り方自体も変化していく可能性を示唆した。

議事録

中国の科学技術の到達度合い

中国は2021年5月、火星を周回中の探査機「天問1号」から射出したカプセルの火星着陸と、探査車「祝融」の火星への投入に成功しました。火星周回機の投入という第1段階と、そこからカプセルを投下して着陸させるという第2段階、探査機を投入させるという第3段階を一挙に達成したわけで、成功したのは米国に次いで2番目となります。

宇宙科学者たちのコメントによれば、通常は1段階ずつ進むので精いっぱいなのですが、3段階一挙に挑んだのも非常に勇気の要ることですし、それを一気に達成させてしまったのは常識外れの快挙といってもいいという評価でした。

これは単発で起きたことではもちろんありません。2016年9月、中国は世界初の量子暗号衛星を打ち上げていますし、2019年1月には月の裏側への着陸にも成功しました。翌2020年12月には「嫦娥5号」の回収機が、月の土を地球に持ち帰るサンプル・リターンに成功しました。中国の宇宙科学者によれば、これら一連の工程が高い精度でうまく運べたようなのです。

また、中国は独自の宇宙ステーション「天空」の建設に着手し、2021年4月にはその核心モジュールに当たる「天和」を軌道投入しました。「天空」は国際宇宙ステーション(ISS)よりもかなり小規模で、常時そこに住めるのは3人までですが、2022年までには運用を開始する予定です。ISSは2024年の引退が予定され、ロシアが完全撤退を表明しているので、それ以降となればしばらくの間、「天空」が唯一現役の宇宙ステーションになる見込みです。

ですので、中国は分野によっては、自主開発ですでに世界最先端の技術を獲得していることになり、そうした現実に私たちもそろそろ目を向けていくべきなのだと思います。

中国が科学技術開発に邁進する理由

なぜ中国は科学技術開発にここまで邁進するのか、これが私にとっての長年の疑問であり、習近平国家主席の過去の言説などをひもといていった結果、いくつかの結論にたどり着きました。

まず中国にとって科学技術は、それ自体の重要性だけでなく、科学技術に付された歴史的・政治的な意味付けが重要であるということです。鄧小平はかつて「科学技術は第一の生産力だ」と言ったことがあります。このことは文化大革命が終わるころ、毛沢東との間で論争となり、鄧小平は失脚させられたのですが、彼は後に復活し、改革開放を指揮していきました。つまり、改革開放期の中国は科学技術の発展をずっと重視してきたことは間違いなく、自らが発展していくためには科学技術の力が必要だという認識をずっと持っていました。

一方で、中国には独特の歴史認識があります。自分たちは長い間アジアナンバーワンの大国であり、その形に戻るのが自然であると多くの中国人が思っているので、「中国の台頭」に非常に強い関心を持っています。実際、政権も2003年に「平和的台頭論」を提唱しました。

こうした2つの認識が合体して、中国は台頭のために科学技術が鍵となると考えるようになったのです。つまり、科学技術が人類の時代を形成し、先端科学技術を攻略した者が次代の大国として台頭するという認識が社会全体に広まったと考えられます。習近平はそのロジックを具体化するために一生懸命奮闘してきた指導者だといえます。

2015年3月には、中共中央・国務院が「体制メカニズム改革を深めイノベーション主導型発展戦略の実施を加速するための若干の意見」を出しました。これは習近平体制発足から2年後のことであり、その2年間に内部でかなり具体策を練っていたと思います。「若干の意見」が出た後、実際に国内体制の改革が進んだので、習近平政権は非常に実行力が高いといえます。そうした考え方は第3次5カ年計画の策定作業や「中国製造2025」などの具体的なアクションプランに派生していくことになります。

マルクスの唯物史観と習政権

こうした習政権の考え方の背景には、マルクスの唯物史観が大きな影響を与えていると思います。人類史は物質的な基礎によって段階的に進化していくものであり、狩猟採集社会、封建社会、資本主義社会を経て、世界革命によって社会主義の時代がもたらされ、さらにその先には共産主義の時代が来ると言っていました。

このように時代の変遷をとらえたときに、共産主義者は科学技術が人類史を変えていくと理解していたわけです。今日の中国は、時代を前進させる基礎は科学技術にあると考えています。しかし今は、世界革命を起こして社会主義社会を実現するとは言いにくい時代になってきているので、習近平は社会主義社会に代え、中華民族の偉大な復興という「中国の夢」と人類運命共同体の実現を唱えるようになりました。

今はIT革命などが起き、時代が変わりつつあることを習政権は理解しており、このことを習近平は「この100年間でわれわれが経験したことのない大きな歴史的転換点だ」と述べています。「この100年間」というのは、結構強い言い方だと思うのです。この100年間、中国はずっと虐げられてきました。共産党は抗日戦争の歴史によって成り立ってきたとよくいわれますが、それを変える大変革が起きつつあると言っているわけですから、この重さは理解しておいた方がいいでしょう。

中国が科学技術を発展させてこの大変革を成し遂げることができれば、つまり中国が大国化に成功すれば、中国を中心とした、あるいは平和五原則に基づいた内政不干渉が重視される平和な国際秩序が実現し、人類史が進化するというのが彼らの理解なのです。もちろんこうした見方においてはマルクス主義のもともとの論理性は喪失しており、中国は発展途上国の味方という主観的な階級認識を持ってはいるのですが、習政権はこうした歴史認識を持って現在の変革に挑んでいるわけです。

「中国の夢」を懸けた科学技術開発

それは中国の科学技術開発には政治的な目的があり、それを実現できるかどうかによって中国と人類の命運が分かれるというのが彼らの解釈であるともいえます。つまり、「中国の夢」を叶えたいという愛国主義と、人類運命共同体を実現するという国際主義を合体させた、人類全体のための闘争というイメージです。

習近平は非常に古参党員的な考え方を持っており、世界の指導者としての非常に強い正義感を持っています。個人的な野心があることも否定しませんが、「歴史の正しい側に立とう」と人民に呼び掛けていることは彼の非常に強い正義感を示していると思います。

そして、攻略すべき分野としてAIや量子情報科学など、次世代人類の社会基盤を形成するような先導的分野を挙げ、これらの領域でナンバーワンを取らないと意味がないと述べています。

手法としては、中国共産党の指導という中国独特の政治体制の優位性を発揮した課題克服を行っています。1つには「新型挙国体制」といって、党が重視する偉大な目的のために国の資源を全体的に動員する体制を整備しています。それは市場統制の強化や軍民融合なども含まれます。もう1つは、「国家実験室」といって、中国全体を化学実験の実験室のようにして重点分野のイノベーション実現を目指しています。

中国では少子高齢化が顕著ですが、イノベーションであれば優秀な一人っ子世代を使って継続的に推進できます。また、彼は発展途上国のリーダーになりたいので、人民に優しい技術開発に熱意を持っており、発展途上国側のニーズに応える準備はしていると思います。

しかし、2020年のトランプ大統領による中国ハイテク攻撃は、習近平にとって国の生命線を狙われたような攻撃だったはずです。それを踏まえて中国は同年、「2035年遠景目標」を策定しました。彼の世界観に立って考えると、これは米国との持久戦を戦うための準備であったといえます。

機能する中国のシステム

実際、習近平がどのようにして政治動員をかけているかというと、彼は2015年以降、自分の指導力を強化することで国内改革を推進してきたと思います。党内の「小組」と呼ばれる組織の組長を彼自身が担いつつ、各省の書記や各部門のリーダーの責任を強調して、中国全土を一律的に統治していく手法を取っています。

党内の引き締めや腐敗一掃にも取り組んでいて、ルールを非常に強化していますし、もちろん思想統制も行っていて、習政権のことをスマートフォンアプリで学ぶことを強制していたりもします。

それから、彼の手法の特徴としては、軍民融合や、経済と安全保障を結合させるようなこともしています。また、「多規合一」といって、様々な長期計画の全体像を共産党トップが描き、それに合わせて小規模の長期計画をパズルのように組み合わせていくようなことをしたり、「陸海統筹」といって、陸海空を一体的にカバーするようなものをつくったりしています。つまり、彼の手法の最大の特徴はフュージョン(統合)ではないかと思うのです。全体計画の下で中国の全てを統合させ、最適解を彼自身がつくって実施します。

中国共産党はコロナ対策で自信を深めており、中国国内では「コロナ戦“疫”によって、習近平の個人独裁体制が確立した」ともいわれています。ですから、今後もより統合的な手法を取れるようになっていくと思います。

「2035年遠景目標」

2021年3月、全人代が「第14次5カ年計画及び2035年遠景目標綱要」を承認しました。その中で、全体を通してイノベーション駆動型発展を堅持し、中国は製造強国になるという目標を掲げています。

重要なのは、最後の第19編にある党の集中統一領導(指導)の中で、「長期計画を強化して、その実施を保障せよ」と記している点です。中国は社会主義国なので、長期計画を策定して個々の計画の下に経済運営をしていく手法を長く取っています。でも、習近平は長期計画をたくさん組み合わせながら中国全体を動かしていこうとする手法をこれまで取っています。ですから多分、ここでアップグレードバージョンのようなものをしようとしているイメージなのです。

第19編の第64章では、「国家長期計画体系の構築と健全化を加速する」と書いてあります。「国家開発長期計画が主導し、空間長期計画を基礎とし」とあるのですが、国家開発長期計画と空間長期計画とは何かという文言が見当たりません。全体計画の中で鍵になるものらしいのですが、それはまったく公表していないので、おそらくそこに今後の中国を読み解く鍵があるのだと思うのです。

空間長期計画には実際、不思議な形で進められているものがあって、それが国土空間長期計画というものです。2018年に中央軍事委員会の下に中国海警局が編成され、国家海洋局は自然資源部と統合、廃止されたのですが、国家海洋局の幹部は自然資源部に移り、そこで国土空間長期計画が策定されているのです。国土空間長期計画はそろそろ起動しているはずで、実は国家バージョンは公表されていません。ただ、地方版の公開版が出てきているので、国家級の国土空間長期計画もすでに走っており、それが内密に進められていると思います。

中国はこれまで様々な技術開発をしてきましたが、それだけでなく宇宙や深海など、人類が進出できるかどうかという領域のことも計画には書いてあって、各科学技術と領域改革を組み合わせたような形で中国は新たな計画を策定しています。おそらく技術開発そのものだけでなく、地球の運行システム全体の掌握を中国は狙っているのだと思います。こうした中国の能力に関する総合的な解析は急務だと思います。

「空間インフラ」の開発

私は中国の漁業改革をずっと研究しているのですが、そこからいろいろ読み取っていくと中国の方針が少しずつ読めてきます。中国は2016年ごろから「空間インフラ」と呼ばれる開発を進めており、様々な種類の衛星を飛ばしています。「北斗」が一番有名ですが、「北斗」には位置情報だけでなく通信機能も搭載されています。

イメージとしては、中国は様々な種類の衛星を打ち上げ、国内外にいろいろな地上局を作り、世界中に出漁している漁船や貨物船にも様々な装置を載せて、それら全体を当局がネットワークで結び付けようとしているのです。そして地球各地から常にデータを収集し、いろいろな場所を同時に監視したり、データ管理したりするシステムを構築しているのだと思います。

ただこれは、全体的には地球の安全保障の在り方そのものを変えるような計画になっています。「空間インフラ」を開発しているのは分かるのですが、もしかしたら他にも壮大な計画が走っているかもしれません。全体図はまだ追えていないのですが、私が把握しているものだけでも今まで人類が考えていたものとは違うレベルのアプローチで、中国は次世代の国際秩序の掌握を狙っているようです。

質疑応答

Q:

データサイエンスやAI、ライフサイエンスなど他の分野での中国の実力をどのように評価していますか。

A:

中国のビジネスマンなどに聞くと、分野によって補助金が出るかどうかはすごくはっきりしているようで、補助金が付いている分野は相対的に発展させやすいのだと思っています。全体像の分析は皆さま方のお力をお借りしないといけないと考えています。

Q:

「千人計画」に対して国際共同研究の管理強化の実効性をどうご覧になっていますか。

A:

日本側の管理能力についてはまったく分かりませんが、過去の中国の動きを見ると、どこからか抜け穴を探してくると思うのです。日本国内では必ずしも優秀な科学者が恵まれた研究環境にいるわけではないので、例えば中国が研究室ごと買い取るようなことをすると、日本側も止められないでしょう。その辺りが全体主義国家と自由主義国家の違いだと思うのです。中国は体制の差をうまく利用して対応する能力が高いので、気を付ける必要はあると思います。

Q:

中国における国主導の研究開発と民間でのイノベーションは最終的にはフュージョンで全て統合されるのでしょうか。

A:

中国は国家の目的のために強国体制を組んでいますから、市場経済に対する介入の度合いを強めています。中国のフュージョンに吸い上げられて利潤を出せる企業ならいいのですが、全体的に強国体制を組んでいく中で、民間の活力は長期的には相当犠牲になっていく可能性もあると見ており、まさに諸刃の剣ではないかと思っています。

Q:

2060年までにカーボンニュートラルを目指すという目標を発表していますが、どのぐらい真剣に取り組もうとしているのでしょうか。

A:

地球を持続可能にできるかどうかが世界からのリスペクトを勝ち取れるかどうかにつながってくると考えているので、政権としては真面目にやろうとしているのではないかと思っています。

Q:

中国は台頭が著しい一方、人口減少や高齢化が今後顕著となっていきますが、この影響はどう評価されますか。

A:

おそらく労働力が減っても、中国は産業高度化させることで人が要らなくなる状況にできるという想定があって、人口政策に関してはそこまで一生懸命取り組んでこなかったのではないかと思うのです。一人っ子世代は小さいときから英才教育で教育費をかけてもらっているので、政府としてはそうした状況を活用していこうと考えていたのではないでしょうか。

Q:

中国の科学技術の発展が、米中関係や世界の秩序にどのように影響を与えるでしょうか。

A:

米中双方の問題意識は相当齟齬が生じていると思います。「2035年遠景目標」によっていろいろな成果が今後出てくると思いますが、例えば南シナ海の人工島を国防基地に変えたりするのも、西側にとってはある種サプライズとして受け止められているので、両者の関係はますます悪化することが懸念されます。

Q:

2035年までの計画はコアな部分は出ていないということですが、ある程度読めば展開は決まっているし、外部からも予測できるということでしょうか。

A:

全体像は分かります。3月に公表された綱要は100ページ近い分量があって、各分野すごくしっかりと書いてあるので、それを読んでいけば、中国が各分野で何を考えているのかが相当程度読み取れるようになっています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。