日ASEANビジネスウィーク特別BBLウェビナー

東南アジアを取り巻く国際政治経済情勢―米中との繋がりから考える

開催日 2021年5月27日
スピーカー 相澤 伸広(九州大学比較社会文化研究院准教授)
スピーカー 邉見 伸弘(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員・パートナー / チーフストラテジスト)
コメンテータ 小林 大和(RIETIコンサルティングフェロー)
モデレータ 渡辺 哲也(RIETI副所長)
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開催言語 日本語⇔英語(同時通訳有り)
開催案内/講演概要

ASEAN地域は日本企業の重要な海外製造拠点として位置付けられてきたが、近年は急速な経済発展による未来の巨大市場としても期待されるようになってきた。本セミナーは、5月24~28日に経済産業省らによる「日ASEANビジネスウィーク」の一環として、九州大学比較社会文化研究院准教授の相澤伸広氏とデロイトトーマツコンサルティング合同会社執行役員パートナーの邉見伸弘氏を招いてRIETIが開催した。相澤氏は、米国が東南アジアの重要性について認めているものの戦略的アプローチを巡ってはコンセンサスが取れていない現状を指摘し、邉見氏は、中国・ASEAN両地域のさらなる成長発展が見込まれる中、中国が打ち出す「双循環政策」がビジネスにどのような影響を及ぼすのかという点を中心に論を展開した。また、2人の説明を受け、小林氏は、日本のASEANへの影響力が想定的に低下していると指摘し、ASEANへの過少投資リスクに対し警鐘を鳴らした。

議事録

「米国外交戦略の中の東南アジア」

望ましいアジアの秩序とは?

相澤:
東南アジアと米国の関係を理解することは、これからも世界経済の成長エンジンとなるアジアの新秩序を展望する上で重要な問題です。では、望ましいアジアの秩序とはどういうものかというと、次の3つが考えられます。

1つ目が、中国中心型の秩序です。おそらく中国も戦略として掲げていると思いますが、実現可能か、それが望ましいかというと疑問符が残ります。2つ目が、米中二極構造です。かつては「新しい冷戦」ともいわれましたが、かつての冷戦下で実際に冷たかったのは極の中心国だけであり、特に東南アジアは「熱い戦争」を強いられたという点で二極構造は望ましいとはいえないでしょう。

では、どちらでもない「第三の秩序」はあり得るのかというのは難しい問題であり、新秩序を考えるためには米中両国の動きに対する理解が欠かせないでしょう。

米国の東南アジア政策

まず、米国にとって、東南アジア政策は第一の対外政策ではないが故に、いろいろな要素によって揺れ動きます。

まず、東南アジアの位置付けを、大国間競争のアリーナと見るか、成長市場と見るかによって揺れています。言い換えれば、安全保障の観点と市場の観点で揺れているという位置付けです。

また、中国との競争で負けないことが現在の米国の最大の戦略目的ですから、対中対抗という軸でのアプローチと、米国の価値を世界に共有していくアプローチで揺れています。

そして、米国は大国ですので、東海岸と西海岸というアクターの間でも東南アジア観にかなりの違いがあります。つまり、ワシントンD.C.の政策コミュニティとシリコンバレーを中心とする経済界のアクターの違いが、東南アジアと米国の関係を揺らしていると考えられます。

こうした揺れを総合的に考えて何がいえるかというと、まず外交政策のアクターとしての民間企業の重要性がかなり高まっています。米国の競争政策は対中、そしてテクノロジーであり、テクノロジーを巡る競争を民間が主導で行っているということは、米国にとっての安全保障政策において民間企業がかなり重要なアクターとなります。

このことは経済制裁の合理性を左右し、相手に対する弱みにもなるでしょう。中国の経済制裁は、米国企業や同盟国の企業を狙うのですから、常に民間企業が外交政策の重要なツールにもなりますし、重要なリスクにもなるということです。その点では、米中デカップリングの中で政治経済カップリングが進んでおり、これは政策上の大きなジレンマにつながります。民間企業に頼れば頼るほど、民間企業を非常に難しい立場に置くことになるわけです。

それから、サイバーにおける言論空間をどの国が支配するかというのは世界戦略にとって非常に重要なのですが、これをめぐって米国も揺れています。中国のプラットフォーム企業によって東南アジアの言論空間の主導権を握られるのは戦略上良くないけれども、だからといって米国が戦略的利益のために自国のプラットフォーム企業をサポートするわけにもいきません。この点はジレンマになってくると思います。

それから、バイデン政権は「中間層のための外交」という方針を打ち出していますが、その方針はまだはっきりと定義されていません。貿易収支を黒字化することなのか、米国国内に投資を誘致して雇用を生むことなのか、まだよく分からないのです。「自由で開かれたインド太平洋」を外交方針に掲げているといっても、その先に何があるのか、まだ政策的な一致を見ていない点がもう1つの揺れの要因となっています。

こうした点を見て、米国の行動はどちらに振れるのかということを、日本も東南アジアも見極めなければならないと思います。

東南アジアから見た米国

一方、東南アジアから見ると、米国の長期的戦略においてはいろいろと合理性はあるものの、東南アジアにとって短期的な利益にはなっていないため、米国に期待する空気は今のところあまりありません。東南アジアとしては「中所得国の罠」を抜けるのに必死ですから、豊かにならなければこうした戦略論を展開しても仕方がないからです。

特にコロナ禍の影響で東南アジアの景気が一度後退したため、米国の戦略がより響きにくい状況にあります。バイデン大統領は慌てて、日米豪印のQuadは対中戦略ではなく東南アジアの公共財を提供するフォーラムだと強調しましたが、やはり東南アジアから見た米国は揺れが強過ぎて頼れないので、今後は日本が重要になってくるでしょう。

日本の役割と日米協力

日米は民主主義や人権の価値は共有していますが、戦略的利益に関しては東南アジアに対するアプローチは異なります。東南アジアの経済的利益の重み・質が大きく異なるので、戦略的利益のとらえ方が日米でずれることはよくあります。

さらにいえば、デジタル空間における競争が高まれば高まるほど、米中両国の大企業がEガバナンスという形で東南アジアの企業を下請け化する構造になるでしょう。これは米国にとっては大きな利益ですが、日本にとっては決して利益ではなく、この点では日米は対立します。

ただ、東南アジア自体が政治的に不安定である点は、日米が協力して対応すべきリスクだと思います。東南アジアが不安定だと日本にとっても利益にならないので、日米が手を携えて東南アジアに宗教的なナショナリズムが爆発しないようにしていくべきでしょう。

やはり日本と東南アジアの関係を規定する上で重要なのは、日本企業なのです。日本の大学・政府・企業を比べたときに、東南アジアに関して持っているネットワークや知見は圧倒的に企業が大きいです。それだけに東南アジアに影響力があるのも日本企業です。

そして、日本企業が新たな経済的価値を生み、それが新しいタイプのガバナンス上の価値を生むことが求められます。これは米国が定義する民主主義における価値ではなく、日本と東南アジアが定義する民主主義における価値です。民主主義はもともと米国の価値ではなく普遍的な価値ですから、それを構築する体制をぜひつくってほしいと思いますし、できると私は確信しています。

タイでは2014年5月のクーデタ後、バンコクの日本人商工会議所が独自の民主主義を掲げて米国を鎮め、日タイの関係を維持した事例があります。カンボジアでは、日本企業が開発した中央銀行のデジタル決済サービス「Bakong」が始まりました。戦略的に重要な中央政府のインフラを日本がつくることができたわけです。つまり、米中の大国間競争の中で、東南アジアと日本という比較的小さな国が集まって新しい公共財のプラットフォームをつくることもできるのです。

従って、「第三の秩序」をつくる上で日本とASEANとの関係、特にその中で日本企業が果たす役割は非常に重要だと私は考えています。

「China-ASEANの衝撃~中国と東南アジアの経済的接近~」

ポストコロナのChina-ASEAN経済回復

邉見:
コロナ禍では、中国が一足早く経済回復を遂げ、ASEAN諸国も足元は非常に厳しいものの、世界の平均を上回る成長をするだろうと予測され、China-ASEANがポストコロナ時代の成長エンジンになっていくと考えられています。

中国は2020年あたりから、双循環政策(Dual Policy Strategy)を打ち出しています。習近平主席は新常態(New Normal)を打ち出し、均衡ある発展をスローガンとしていたのですが、どうもこれが今後の中国の方向性になっていくようです。

双循環とは、中国国内の「内循環」と経済外交の「外循環」からなります。内循環のポイントとなっているのは都市間競争であり、19の都市群を選んで競争させるやり方がエッセンスだと理解しています。

一方の外循環に関しては、中国は世界中に資金をばらまいてきたとよく揶揄されるのですが、この双循環政策ではかなりの絞り込みがあって、欧州、ASEANとの連携を重視しています。なかでも東南アジアに関しては都市間連携に政策をシフトしているように読み取れるのです。

中国の都市群は、ひとつひとつが人口1億人規模、大きいところでは上海経済圏が2億人程度であり、日本と同じレベルです。ですから、中国企業にどう対抗するのか、国家資本主義にどう対抗するのかという議論はあまりにも大きく、具体的に戦っている企業はどの企業群・都市群から来たものかという点に注目することが重要です。

産業政策や税制優遇政策などは省や市が規定することがかなり多いので、中国企業と競争ないしは協働していく場合には、この都市群を背後に考える必要があります。ところが、わが国では都市群や省州単位でどういうリスクを取っていくかということについて研究されておらず、そういった部署が配置されているところもほとんどありません。

2020年、中国にとってASEANが最大の貿易相手となりました。貿易のみならず投資の観点でも非常に高い成長を遂げ、物流も驚異的に伸びています。また、2030年の経済予測を見ると、中国もASEANも伸びますが、日本は成長が難しくChina-ASEANの後塵を拝する可能性が高いことが予想されます。

これにより、2030年には深圳などの中国の経済都市の1人あたりGDPが日本の政令指定都市を上回るようになるでしょう。また、東南アジアの都市も力を付けてくることが予想されます。かつては新興国参入戦略が日本企業の支援という観点、それから多国籍企業の観点でも非常にキャッチーな言葉として語られてきたのですが、これからビジネスをする人間にとっては、新興国の中に富裕都市が誕生するという状況を考慮していかなければならないと思います。

China-ASEAN経済圏をどう読み解くか

われわれは東南アジアの今後のシナリオとして、ASEANの統合(経済連携)が緩やかに進んでいくだろうと見ています。それから、中国との関係が接近することが予測されます。

他方で日本の産業界や政府は、北東アジア(中国)、東南アジア(ASEAN)、南アジア(インド)の部署に分かれていますが、なかなか情報連携ができておらず、中国と東南アジアの経済の結び付きという観点で情報が落ちてしまう可能性があると考えられます。この点はChina-ASEANの時代の中で考えなければいけないポイントだと思います。

中国に進出している日本企業の拠点は華北・東部沿岸に集中していますが、外資系企業は南部や西部にシフトしています。つまり、ASEAN地域と距離的に非常に近いエリアです。故に、China-ASEANの経済が活発化しているわけです。

China-ASEANでは都市群間連携とともに越境ECが急拡大しており、このコロナ禍では特に越境EC額が激増しました。それに応じて、ASEANはライブコマースを中国向けに展開しています。

東南アジアの国や財閥といったところもなかなかうまくて、ピンポイントで都市を取りに行っています。その典型がシンガポールです。不動産のデベロッパーや医療、物流などをパッケージで輸出していくシステムを持っていて、蘇州や天津、重慶などの都市を攻めていくという戦略を取っています。こうした都市間でビジネスを取っていくという観点は、日本がChina-ASEANで市場を開拓していく上で非常に大事な視点ではないかと思います。

こうしたChina-ASEANの都市間ビジネスの中にデジタルのようなものが入ってくると、ゲームのルールが変わってきます。例えば順豊という物流会社はピンポイントに「何時に届けてください」「30分で来てください」といったサービスを提供しており、新しい戦い方を展開しています。つまり、戦略を立てようと思っていたら土俵が違っていたということが、China-ASEANの都市間経済の競争戦略では起きているのです。

コメント

小林:
シンガポールの政府系シンクタンクISEASによる識者調査によると、ASEANのオピニオンリーダーたちは今の米中対立の中で、日本に中立的なサードパーティとしての役割を果たしてほしいと期待しているようです。それはビジネス上でも有利に働くと考えられます。中国の圧倒的な経済影響の下で、、適切な「別の選択肢」を如何に提供できるかが重要だと思います。

それから、1990年代ごろまでは日系企業が製造業を中心にASEANに進出し、地場のローカルの財閥とタイアップしていたのですが、近年は外部からも地場からも、いろいろなプレーヤーが入ってきて、当然ながら日本企業のプレゼンスは相対化しています。

特に、デジタル領域においては米国と中国が席巻しており、日本はメジャープレーヤーとして存在感を発揮できていないと思われています。ASEAN側のローカルの財閥の多くが、パートナーとして中国企業と組んでいます。将来の発展性を考えると、ローカルの財閥と中国企業の動きをよく見ておく必要があります。China-ASEANを一体としてとらえ、中国で起きていることを見ておかないと、ASEANビジネスを語ることはできないと思います。

また、コロナ・パンデミックの影響はまだらで、産業ごとに異なります。極端に言えば、自動車や資源・インフラなど日本の得意としてきた分野はダメージが大きく、反対に、ICTやデジタルの領域は、中国、韓国、台湾系の企業が活発で、コロナ禍でも伸びています。「日本のレンズ」を通してASEANを過小評価してしまい、結果として過少投資につながるということにならないように、しっかりアンテナを張っていく必要があると思います。

相澤:
China-ASEANの経済が一体化する一方で、米国にとって忘れてはいけないのがインドです。特に2020年は、インドと中国の関係の変化が中国企業の東南アジアへの投資を促進した側面が強かったと思います。今のままでは東南アジアは受益者であり、米国が戦略論で米中対立構造を経済に浸透させればさせるほど、今の東南アジアは得だと思っています。

しかし、2~3年後の景況感は今とはやや異なると思うので、日本はそこを読んで、今は規模感はなくても新しいプラットフォームを入れ込んでおくことは戦略的に重要でしょう。

邉見:
日本には生き残る猶予があるという観点で言えば、これから産業の質が変わっていくのだと思うのです。センターに座る産業も自動車からEVになっていけば素材の勝負になりますから、こうした分野で日本がアジアのセンターになれるように育成していくことが重要になるでしょう。

ASEANで生き残るためには中国を知ることが必要ですが、そのときにポイントになるのが情報戦の大切さです。自分たちの国や事業しか見ないのではなく、相手の立場に立ってものを見たりすることが求められます。日本企業には、成功しているビジネスモデルを持ち帰ってくるという観点も必要ですし、ニッチを極めて、なくてはならない存在にトランスフォームしていく観点も重要です。

相澤:
私が問題意識を持っているのは、どちらかというと公共財の部分です。やはり東南アジアを見ていると都市化の流れが非常に強く、おそらく東南アジアも経済成長のスピードが鈍化していくことは避けられないと思うのです。

そうすると、これまでかなり速いスピードで成長してきた中で生活が豊かになっていった人口が、成長速度の鈍化によって政治的不満にならないようにすることが政府にとって非常に重要になります。

そこでポイントになるのが公共財です。東南アジアの成長が低下したときに、消費と所有によらない生活レベルの向上モデルを都市圏でつくれるかどうかが政治的にも重要になるでしょう。そうした生活向上のモデルを日本がパッケージとして、メッセージとして出していければ、東南アジアでのビジネスのゲームにおいて日本は有利になっていくと思います。

質疑応答

Q:

中国西部の都市の発展の背景は何でしょうか。

邉見:

一帯一路の起点として重慶が非常に重視されていることがまず大きいと思います。加えて、中国版のスマートシティなどを実験する場所が大体西部なのです。それから、物流インフラの面でASEANと欧州をコネクトするのが重慶や深圳なので、西部や南部が注目されています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。