世界・アジア太平洋地域経済見通し―広がる復興の差、回復を進める

※資料の引用は、IMFのサイトに掲載されているオリジナル原稿からの引用とし、出典元を記載してください。

開催日 2021年5月26日
スピーカー 鷲見 周久(国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所所長)
コメンテータ 中島 厚志(RIETIコンサルティングフェロー / 新潟県立大学国際経済学部教授)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

世界経済の見通しを取り巻く不確実性は高まりを見せている。世界の成長率予測は上方修正されたが、ワクチン接種状況や政策支援規模の違いにより、国家間・地域間や産業間の経済回復の差が拡大しつつある。国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し(WEO)」においても、パンデミックが続く間は危機の収束、医療支出の優先化、的を絞った財政支援の提供、緩和的な金融政策の維持に重点を置くべきとし、パンデミックの傷跡を最小限に抑えるための施策や環境に配慮した強靱な経済構築などを世界的課題として挙げている。本セミナーではIMFアジア太平洋地域事務所長の鷲見周久氏を迎え、WEOの報告内容に基づいて、世界・アジア太平洋地域の経済見通しや中期的な課題について展望していただいた。

議事録

全体的な見通しは改善、格差は拡大

2021年4月の世界経済見通しは、前回見通しよりもかなり強い回復を見せています。他方、問題はこの回復が世界1、2位の国内総生産(GDP)を誇る米国と中国の好調さに牽引されており、先進国と途上国との格差が非常に大きくなっている点にあります。

新型コロナ危機と世界金融危機(リーマンショック)による経済損失を比べて見ても、新型コロナによる経済損失は、先進国ではそれほど大きくなかったのに対し、新興市場国や低所得途上国では非常に大きいことが分かります。新型コロナの影響はリーマンショックと比べて世界全体に広がっており、長引く損失が途上国に与える影響は大きくなっています。

加えて、ウイルスの動向やワクチンの普及状況、金融環境の進展に伴う途上国への波及効果などで、不確実性が非常に高まっています。ワクチンの生産・開発が進んでいますが、ワクチンが普及していない地域で変異株が増殖する可能性は依然高く、全世界へのワクチンの普及は極めて重要です。

政策的な支援の仕組みとして、感染が拡大しているフェーズ、ある程度収まって復興を目指すフェーズ、その後の財政面・金融面などの問題に対応するフェーズ等、各フェーズに応じた仕組みが必要です。金融面でも、債務が増加した低所得途上国に対する支援が非常に重要になるでしょう。

新型コロナのワクチン接種が相当程度進み、感染者数も収まってきた中、鉱工業生産はコロナ以前の水準に戻りつつあります。貿易量もリーマンショック時は元の水準に戻るまでに2年半かかっていたのが、今回はわずか1年足らずで元に戻っています。しかし、サービス業の購買担当者景気指数(PMI)では、ユーロ圏や新興市場で回復の遅れが見られます。また、商品価格指数や消費者物価指数(CPI)を見ると、2020年には石油価格の下落等が見られたものの、危機前の水準に回復し、安定して推移しています。

先進国において壊滅的事態を防げたのは、財政支援をはじめとする政策が積極的に実施されたからです。先進国ではGDPの16%に当たる規模の財政支援が行われました。一方、新興市場国は4%、低所得途上国は2%という対応に留まりました。これらの国々は、財政余力や金融資本市場へのアクセスが限られていたため、そういった大規模な政策を打ちにくかったのです。

金融環境はおおむね緩和傾向

金融政策に関しては2020年3月、ドル現金の確保のために他の資産が売られ、一時的に緊張感が高まった時期がありました。これに対して主要国の中央銀行が非常に素早いアクションを取った結果、引き締まりかけた金融環境が緩和されました。

新興市場国の国債指数を見ても、スプレッドが縮小しています。これは途上国・新興市場国を含む各国の中央銀行が連携し、金融資産の買い入れなど今までにない非定型的な措置を取ったからです。そうして中央銀行主導で潤沢な資金供給を実施した結果、市場に落ち着きが戻りました。資金フローを見ても、新興市場国からの資金流出は収まっているほか、経常収支についても、ほとんどの国で新型コロナ危機以前と比べてそれほど悪化してはいません。

世界経済見通しから見える世界的課題

こうしたことを踏まえ、今回のIMF世界経済見通しでは、2020年は3.3%のマイナスだった成長率が、2021年には6.0%、2022年には4.4%になると見ています。先進国と途上国で分けて見ると、2020年は先進国の方が下げ幅が大きく、4.7%のマイナスでしたが、2021年は5.1%の回復を見込んでいます。一方、新興市場国・発展途上国2020年のマイナス幅は小さく、2021年の回復幅も大きいのですが、これは中国の成長に牽引されているためです。

アジアの国々を詳しく見ると、タイやシンガポールなど、中国を除く新興国が最も大きな影響を受けました。元々アジアの新興国の成長率が世界で最も高かったため、そのベースラインと比べて落ち方が大きかったことや、多くの国が観光に依存していること、サプライチェーンが中国と強く結び付いていたことが要因として挙げられます。

危機前のトレンドと比べた1人あたり所得の中期的な見通しでは、米国を除く先進国が3.1%のマイナスであるのに対し、新興市場国は4.7%、途上国は5.7%のマイナスです。つまり、コロナの影響によって途上国は先進国の2倍の影響を受けていると言えます。

また、極度の貧困層(1日1ドル90セント以下での生活を強いられている層)の比率について、コロナ前は少しずつ減っていましたが、2020年は逆に9500万人増え、それに伴って栄養不良の人口も8000万人強増えました。少しずつ進んでいた途上国の生活の底上げが停滞・逆転してしまったわけです。

ワクチンに関しては、先進国が自分たちの人口を上回る40億~50億本を確保しているのに対し、中低所得国は1.5億本程度に留まります。ワクチンの世界全体への普及は、先進国にとっても大きな関心事であり、世界的な協調的行動が求められます。

また、労働市場における不均衡な回復にも対処すべきです。就業率を見ると、特に新興市場国において女性や低スキル、若年層の労働者への打撃が特に大きくなっています。その要因の1つとして、デジタル化と自動化の加速が挙げられます。自動化されやすい業種では雇用が大幅に減少するなど、セクターによって大きな影響が生じています。

雇用維持と労働者再配置に関しては、レイオフ(一時解雇)等で失業した労働者に政府がセーフティネットや失業保険で対応する英米型のやり方と、できるだけ失業させないように補助金等により企業を支援して雇用を維持する日本・欧州型のやり方の2通りがあります。

英米型のように失業を経た方が職業転換の可能性は高まりますが、日欧型のように就業しながらの職業転換では収入の減少が小さくて済む、といったメリット・デメリットがあります。両者を適切に使い分けることが求められています。

インフレ抑制は続く見込み

米国などではワクチン接種が進んでいることもあって、非常に好況感が強いことから、インフレが懸念されていますが、ただちに金融を引き締めなければならないほどではないというのが今のIMFの考え方です。というのも、需給ギャップを見ると2019年は経済が加熱しており需要超過の状態だったのですが、2020年に一気に供給超過となり、2021年の予測でも供給超過の需給ギャップが残ると考えられるからです。

インフレ期待も下落傾向にあります。米国の3年後のインフレ期待がやや上がっているのは気がかりですが、失業率や労働参加率が以前のレベルに戻り切っていないので、現時点でインフレを心配する必要はないと考えています。

また、米国の財政刺激を含む政策パッケージが世界全体に及ぼす影響は大きなものがありますが、それは国によって一様ではありません。カナダ、メキシコなどは米国とのつながりが強いので相対的に大きなメリットを受けますが、英国や韓国への影響は大きくなく、インドやトルコなどは逆にマイナスの見通しとなっています。

また、米国の金融市場が引き締まり、米国の金利が上昇すれば、米ドルに対する途上国通貨が減価します。その結果、途上国が抱える米ドル建て債務の実質負担が増加するなどの影響があります。このように、米国の急な回復は途上国に影響を与えることから、その影響をどう緩和していくかが大きな政策課題となっています。

米国の金利が徐々に上がっていく場合には柔軟に対応することが可能ですが、それ以外の場合にどうするかがまさにIMFの本業であり、そうした国に対する政策支援をしっかりと見ていくことが重要です。米国には、自国の状況を見て金融政策を取ることが求められますが、この状況になったらこの政策を取る、といったフォワード・ガイダンスの情報発信を強化して、市場の混乱を回避してほしいと願います。

パンデミックの傷跡を最小限に

膨大な規模の財政支援の結果として、2019年には先進国全体の借り換えを含むグロスの資金需要はGDPの20%程度と見ていましたが、現在は35%まで上がっています。それによって、金融市場での借り換え需要が先進国の債券を中心に増えています。また、途上国の財政脆弱性の上昇も大きな懸念材料となっています。

一般的に、自然災害による一時的なショックから回復するパターンと、金融危機から回復するパターンを比べると、後者の方が回復に時間がかかります。今回のコロナ禍は自然災害であるにもかかわらずこうした傾向が必ずしも当てはまらない部分があります。

それは人的資本の損失があるからです。先進国ではパソコンを使ってリモート授業などができますが、途上国はそうはいかないので、読み書きや算数などのレベルで教育機会が失われているケースが非常に多いのです。その結果、将来的に世界で役に立つ人材の供給が非常に滞ってしまう可能性があります。

また、中小企業については財政支援の結果として倒産件数こそ少ないですが、投資を行えるような状態ではないものが多いし、転廃業によって蓄積されたノウハウなどが減って、将来の生産性の伸び悩みが懸念されます。このように新型コロナは自然災害の一種ではあるのですが、回復がそれほど早くない可能性があるというのが今の懸念です。

持続可能な未来への投資を

また、持続可能な開発目標(SDGs)を中心とする、コロナ以前から存在した課題への対処が必要です。コロナ禍を機としてこうした課題へ対処をすべく、ビルド・バック・ベターやビルド・フォワード・ベターといった考え方が取られるようになりました。

様々な国が2050年までのカーボンニュートラルを目指していますが、持続可能な開発のために必要な投資量を見ると、化石燃料は減ると一方、再生可能エネルギーなどは増えると考えられます。これを重荷と見るか、機会と見るかだと思います。

そして、カーボンニュートラルの大きな手段となるのがカーボンプライシング、つまり炭素税です。日本の産業界は炭素税に消極的ですが、世界の大勢はそうではなく、これが王道だと思っています。IMFも同様です。なぜなら、価格がきちんとしていれば、それに応じて資源配分が整うと考えるからです。

化石燃料(特に石油)の価格が最近下がってきたのは、米国でシェールガスを取り出す技術の革新があり、生産コストが下がったからです。しかし、シェールガスの価格は、燃焼時の温室効果ガスによる世界での災害増加などを織り込んだものにはなっていません。したがって、そういった外部経済をしっかりと織り込んでフェアに競争するのがカーボンプライシングの考え方です。今後カーボンプライシングは相当程度普及するということを日本も覚悟しておかなければならないと思います。

それから、情報格差に関しても、新興国・途上国では近年スマートホンや電子決済等が普及し始めていますが、サーバーの数の蓄積が遅々として進んでいません。デジタルインフラによる格差拡大の芽はこういうところにあるということにも注意が必要です。

先ほど言ったように、危機からの脱却のフェーズ、復興の芽を確実なものにしなければならないフェーズ、さらに進んで未来へ投資していくフェーズ、といった各フェーズに応じて、必要な政策が色々あります。国によってフェーズが異なりますし、国の中でも産業、所得、性差、スキルなどのグループによっても異なる点が状況を難しくしています。

こうした観点から、どのように措置を組み合わせていくのか、非常に慎重な舵取りが必要になります。IMFとしては、各国に対する個別のコンサルテーションなどを通じて、その国にふさわしい政策提言をしていこうと考えています。

コメント

コメンテータ:
課題は、コロナ禍で拡大した不均衡や格差を是正していくことだと思います。今までの災害では、復興の過程で経済成長がむしろ上振れるケースもありました。それはインフラ投資で復興を支えるなどして、結果として災害が成長の礎につながるからです。

一方、コロナ禍では生産設備等の破壊は生じていませんが、外出規制の反動や財政金融政策によってペントアップ需要が加速されました。しかし、それだけでは一時的なので、これからは将来の成長と格差・不均衡の是正につながる投資が不可欠だと思います。

コロナ禍を創造的破壊と位置付けるには、教育や制度・政策、資本蓄積、イノベーションを加速させるような経済構造改革が不可欠であるのは、歴史も示すところです。併せて、幸いにもデジタル経済化やグリーン経済化が加速し、AIやロボットとともに世界経済に新たな成長をもたらす可能性も出てきました。

問題は、世界経済の成長回復やイノベーションがさらなる格差拡大につながりかねないということです。デジタル化やグリーン経済化など新たなイノベーションが加速するのも結構なのですが、いかにバランスを取りながら世界経済を回復させていくかが肝要だと思います。

そのためには、長期的には教育で人々の資質を向上させることが求められます。その点で大変悩ましいのは、今回のコロナ禍で休校措置が取られるなどして、教育効果がやや薄れてしまっている点です。それを取り戻すための大きなポイントは、教育を充実させることです。大学無償化や5歳半での9月入学などの改革も有効な方向性だと思います。

その上で質問が2つあります。1点目に、過去を見れば大胆な財政金融政策の後にはバブル崩壊や債務危機が起こっています。そのことについてどうお考えですか。2点目に、デジタル経済化の加速で新興国・所得途上国と先進国のさらなる格差拡大が懸念されます。日本も他人事ではないと思うのですが、日本が注力すべき方策は何でしょうか。

A:
1点目のご質問に関しては、コロナ禍で積極的な財政出動を行った結果、特に先進国で公的債務が増えるとともに、新興国では金利が上昇しました。この結果として、国債の償還費と利払い費の増大が先進国・途上国の双方で将来見込まれ、それによって、これからますます重要になる教育や公衆衛生などの財政支出が制約されてしまう懸念が生じます。

途上国に関しては、先進国からのグラント・譲許的支援、エクイティ・スワップ、債務免除等を活用して、債務利払いの増加が政策を過度に制約しないように、また経済が過度に弱くならないように支えることが必要だと思いますし、先進国に関しては、中期的にしっかりとした財政の規律を回復していくことで市場の信頼を維持することが重要です。

その中で現在、金融資産が高騰しており、今後の市場には神経質な動きが起こり得るでしょう。金融当局がしっかりしたフォワード・ガイダンスを示したうえで適切な流動性を供給しながら、財政当局は将来に向けたしっかりとした道筋を示すことしか対応策はないのではないでしょうか。

2点目のご質問に関しては、デジタル経済化が一気に加速する中、先ほど述べたサーバー数など、途上国ではどうしてもデジタルインフラに課題が残ります。

ただし、先生のおっしゃるように、日本も他人事ではありません。例えばハンコ廃止というのはビジネスプロセスを合理化することが目的のはずですが、ビジネスプロセスそのままで使用できることを売り物にする電子印鑑サービスが登場するなど、どうも日本のデジタル化は本末転倒で袋小路に入ってしまっている面があるような気もします。

このように日本のホワイトカラーは、頑張らなくてもいいところで頑張ってしまう傾向があるのです。新型コロナのワクチンに関しても、世界中で何百万という症例があるのに、日本は独自治験が必要として数百件の治験に固執し、ワクチン接種の開始が2か月ほど後れてしまいました。

細かいところに目が行くのは日本人の大事な特性ですが、物事の軽重や緩急を見極めながら必要な対応を行っていくことが、これから日本が注力すべき方向だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。