グローバル・インテリジェンス・シリーズ

バイデン政権経済戦略の地政学

開催日 2021年5月24日
スピーカー 竹森 俊平(RIETI上席研究員(特任)/ 三菱UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社 理事長)
モデレータ 渡辺 哲也(RIETI副所長)
開催案内/講演概要

米国のバイデン新政権が誕生して4カ月が経過した。バイデン氏はインフラ整備と気候変動対策に2兆ドル超を投じる経済対策を2021年3月末に発表するなど、トランプ前政権からの政策転換を進めている。本セミナーでは、前慶應義塾大学経済学部教授で、2021年4月にRIETIの上席研究員に就任した竹森俊平氏に、バイデン政権の経済戦略についてお話いただいた。竹森氏は現在、経済財政諮問会議の民間議員、内閣官房新型インフルエンザ等対策有識者会議委員を務めるなど広範な活動を展開されており、セミナーではバイデン政権が打ち出している経済政策を地政学的観点からとらえ、米中関係や今後日本が取るべき針路についても言及しながら、今後の世界経済の行く末に切り込んだ。

議事録

バイデン政権の政治経済戦略を決めるいくつかの要因

米国の経済政策は、政治的目的と非常に密接に絡むようになったといえます。トランプ政権の経済戦略にも、とにかく再選したいという願望が出ていましたし、中国とのライバル意識が米国の外交戦略全体の方向性を決めている部分もありました。つまり、地政学が何かにつけ、経済政策に絡むようになってきたのが現在の環境であると言えます。

バイデン政権の政治経済戦略を決める要因はいくつかあります。1つ目に、中国ショックによる政治的中道穏健派の消滅です。米国政治には昔から右派と左派があり、民主党はリベラル、保守党はナショナリストというパターンだったのが、極端な派閥が支持を集めるようになり、中道が消滅するようになりました。

その背景には、米国の製造業が中国からの輸入によって打撃を受けたことがあります。中国の影響を受けた労働者は約200万人といわれ、製造業の全労働者数の20%程度に相当します。このことが2016年の大統領選でトランプ氏勝利を決定づけたわけです。

2つ目に、2020年の大統領選および議会選が、非常に伯仲した結果で民主党が勝利したことが挙げられます。そもそもトランプ氏が敗北し、バイデン氏が勝利したのは、今回の大統領選ではコロナの心配があったため、郵便投票が広範に認められたことが大きく影響しています。米国の選挙はたいてい火曜日にあり、黒人の非正規労働者は火曜日に休みを取って投票するのは難しいのですが、郵便投票ならば参加できます。これがトランプ敗北の最大の理由ではないかと考えられます。

重要なのは、上院(定数100)における民主党議席数が50議席で、タイブレークになった場合、副大統領の投票でかろうじて議案を通せる状態だということです。2022年の中間選挙で民主党が上院で1議席でも失えば、このタイブレークもなくなり、議会は完全にまひ状態に入ることが予想されます。

3つ目に、コロナ禍におけるグリーン投資イニシアティブがいろいろな形で拡大しています。例えばフランス政府は、エアフランスを救済する条件としてCO2排出量削減を求めていますし、機関投資家が投資基準に脱炭素を導入する動きもあります。コロナ禍で景気が悪化し、グリーンから関心が離れる動きがあると思われていましたが、むしろグリーンに対する投資家の関心は高まっています。また、主要中央銀行がグリーンボンドを債券買い入れにおいて重視することで、グリーンボンドの底値を引き上げ、投資ブームを生む要因にもなっています。

欧州の戦略を丸のみに?

バイデン政権が目指すカーボンニュートラルの先端を行っているのは欧州です。特にカーボンプライシングを積極的に実施しており、排出量取引制度(Emissions Trading System)が環境政策のコーナーストーン(基礎)であると訴えています。私はこうした展開を見ていて、バイデン政権は欧州の戦略を丸のみにするのではないかと考えています。

欧州の環境政策には、明らかな地政学性があります。1つは、化石燃料や希少資源からの脱却が、欧州にとっては軍事・安全保障バランスにも影響しているということです。その典型がロシアからのガスの輸入です。ロシアにエネルギーで依存することは、ロシアがバルカン半島や中東で挑発的な行動を取ったときに歯止めを掛けにくいというジレンマを生みかねません。それから、中東や中国とのバランスにおいても、カーボンニュートラルがポイントになっていくでしょう。

もう1つは、国境調整措置(Border Adjustment Mechanism: BAM)というものです。輸入品に対して例えばCO2排出量に比例して課税する形で、その政策に熱心でない生産者にペナルティを課す方法です。この原則を労働基準や人権尊重、自由な報道などに拡大していくと、いろいろなことができるようになります。

つまり、BAMは単にエネルギーについて欧州の生産者が抱えるハンディキャップをカバーするだけでなく、労賃の安さなどいろいろな面から成り立っているアジアの生産拠点としての優位性を劣位性に転換するような、一発逆転の政策にも使えると思うのです。

欧州は2023年からBAMを始めようとしていますが、実現する場合、まずターゲットになるのはCO2排出量が最も多い中国です。このBAMに米国も乗っかれば、CO2輸入国である米国は、輸出国である中国やアジア諸国に対して輸入税を掛けることでペナルティを課すことができます。そして日本も、欧米と組んで中国に対抗してはどうかという戦略も浮かんできます。

米国雇用計画が示すもの

バイデン政権は3月末、脱炭素化やインフラ投資などを盛り込んだ総額2兆ドルの「米国雇用計画(American Jobs Plan)」を発表しました。その評価が出てくるまでは、米国の戦略は欧州と共同してBAMを実施し、中国に対する地政学的戦略の要にするのではないかと私は考えていました。ところが、この計画は米国の雇用も助けることを目的としており、私はちょっと見方を変えました。

まず、雇用計画は第2弾から成る政策であり、第1弾として米国国民に無条件で1人1,500ドルを給付する政策にバイデン政権は取り組んでいます。この給付策は明らかなばらまきであり、雇用計画で8年をかけて消化する予算とほぼ同じ2兆ドルが1年で使われるのです。また、給付策は赤字国債を発行してファイナンスすることが予想されますが、雇用計画は増税によって賄おうとしており、明らかに政治的風圧が強まっています。

脱炭素化に関しても、「米国はガス・石油で世界のトップの座にいるのに再生エネルギーを前面に出せば、ガス・石油産業の地位が無価値になる」として一部に強い反対があります。そもそもこの程度の予算で本当に中国に対抗できるのかという懸念もあります。

それから、バイデン政権はワクチン接種を非常に迅速に実施していますが、もともとワクチンの開発を急がせていたのはトランプ政権です。トランプ政権は明らかに集票力優先の政策を取っていましたが、バイデン政権も現段階で成功している政策は集票力優先の政策なのです。ですから、2022年に上院の議席を拡大できるまでは、はっきりと自分のカラーを出した具体的な政策は出せないのではないかと考えられます。

そうだとすると、問題点が2つあります。第一に、給付策で需要が盛り上がったところで米国の産業の供給力はどれだけあるのかという問題です。供給余力を上回る需要を喚起したとしても、必ずしもインフレにつながるわけではなく、海外からの輸入に向かう可能性もあり、その場合は中国からの輸入拡大がさらに進むかもしれません。そうすると、バイデン政権は中国に対する対抗をうたいながら、実際に行われる政策は中国経済をさらに強力にするという可能性が生じます。

第二に、米国が本当に脱炭素化をやるかどうか中間選挙まで分からないのだとすれば、日本は一体どれだけ米国に脱炭素で協力すべきなのかという問題です。

グリーンバブルは発生しているのか

それから、私はこの問題を研究していて、大統領がトランプ氏からバイデン氏に代わったことが経済政策にどんな違いを生むのかというところに着目していたのですが、グリーンが関わると追加的に分かってきたことがありました。それは「グリーンバブル」が本当に起こっているのかという問題です。

最近の株の動向を見ると、ナスダックよりも脱炭素関連銘柄の方がパフォーマンスが良くなっています。英経済紙「フィナンシャル・タイムズ」の評価では、太陽光発電が非常に低コストになったのは、シリコンバレーが貢献したわけではなく、中国政府がソーラーパネルの開発をものすごく強力に支援したからだとしています。

また同紙では、2006年から2012年ごろまでグリーンブームが起き、米国ではスタートアップが起業し、株式投資家の人気の的になったのですが、その多くは中国政府が資本や土地、その他のインセンティブを太陽光、風力、電池などの企業に精力的に投じたために破綻したと書かれています。ベンチャーキャピタリストは2006~2011年に250億ドルを失い、投資の的をグリーンからアプリケーション、ソフトウェア、人工知能(AI)に転換していきました。そして、2008年のリーマンショックのときに第1波のグリーンバブルがはじけたと評価しています。

バイデン政権に、公的支出によって環境やインフラをプッシュする力が当分ないならば、米国特有のやり方として、インフラを民間投資の力で進めていくことが唯一の可能性としてはあるわけです。しかし、民間投資の動きは不安定であり、過去にも景気の波が繰り返されてきました。一方、中国政府は市場には頼らず、自分の力でソーラーパネルのコストを8割削減できたわけです。

中国とどう向き合うか

私は、いかに中国経済が強力だといっても、結局イノベーションは米国が行うわけだし、米国にはタレントが集まっているし、自由な経済活動ほど経済成長の鍵になるものはないとずっと考えてきたので、中国の好調はいつまでも続かないだろうと思っていました。

しかし、米国の資本市場に頼って好不況の波を繰り返していて、本当に中国の一貫した投資戦略に勝てるのか、私は若干不安に思うようになりました。中国のように、次の世界はこうなるというロードマップを見て、政府がそこに投資して、人口が多いことと相まって規模の経済性を圧倒的に生かすモデルは結構強いのではないかと思うのです。

現在の好景気が継続するかどうかは、私に言わせれば低金利政策を米国が継続できるかどうかに依存するのではないか、もし米国が高金利になったら、現在のグリーン投資ブームは微妙な局面に入るのではないかという気がします。そういう意味では、最近のクルーグマン氏とサマーズ氏の論争は重要な意味を持ちます。

サマーズ氏は、米国政府の巨額の給付金政策、FRBの低金利政策に批判的です。200兆円規模の需要の押し上げは、米国のGDPギャップから見るとインフレを招きかねず、それより成長率の改善につながるインフラ投資に注力すべきだと言っています。

一方、クルーグマン氏は、インフラ投資こそ必要と認めるのですが、無条件の給付は経済的意味に乏しくても、労働所得の低迷を背景にした社会の混乱を考えれば政治的に有意義だといいます。早い話が、2022年の選挙で民主党が1議席でも追加できるならば、無条件で60万円を渡す政策も大きな意義があるというわけです。ここに今のバイデン政権のジレンマが浮き彫りにされていると思います。

結論を言えば、中国に対しては経済的な方法で封じ込めるのは難しいので、安全保障上の対策を考えなければなりません。バイデン政権が、当初はあまり乗り気ではなかったけれどもイスラエルとパレスチナの問題に乗り出したり、「朝鮮半島の非核化を目指す」などと言っているのは、経済政策をてこにして中国を抑えるのは難しいということを理解したというふうにも取れなくはないでしょう。

質疑応答

Q:

経済的な封じ込めが困難ということは、近い将来の米中の経済的逆転は不可避ということでしょうか。

A:

中国にとっては欧米の豊かな市場に輸出することも製品の品質を高めるためには必要だと思うのです。ですから、欧米が中国に対する発言力を持つとは思うのですが、中国が考えているように、2030年までにトップインダストリーを全部取るということが絵に描いた餅で終わるような展開にできるかといったら、そういう見通しは見えていないと思います。

Q:

短期的、中長期的な日本のリスクとしてどんなものが挙げられますか。

A:

中長期的には人口減少と高齢化が重くのしかかってきます。中国が周辺国と合わせて約20億人の人口を見込んでいろいろと製品を開発し、投資するモデルができているのに対し、日本は海外戦略が未発達なため、マーケットが縮小していくことを念頭に投資していくことで、だんだんジリ貧になっていく、つまり製造業のプレゼンスが落ちていくと思います。

短期的には、日本政府は7月末までに高齢者全員を対象にワクチン接種を終えると言っていますが、予約システムが円滑に機能せず、なかなか進んでいません。そうした危機に対応できていないことが中長期的にも結局影響するのではないかと懸念しています。

Q:

米中はグリーンエネルギー戦略では協力するでしょうか。

A:

世界のCO2の4分の1は中国が排出していることを考えると、中国政府が積極的に関与してCO2を減らさない限り、温暖化の上昇をコントロールすることは難しいと思います。ですから、エネルギー政策はまさに中国との協力が必要です。

ただし、中国はこれを、いわば産業政策をするためのライセンスをもらったと考えるでしょう。そこをうまくコントロールしながら、許容できる範囲を設けていくことが必要ではないかと思います。でも、協力はしないとCO2を削減できないことは事実です。

Q:

投資に見合ったリターンが確保できないことが明らかになった場合、米国の民間投資だけでなく、中国の国有企業の投資にとってもマイナスではありませんか。

A:

中国がソーラーのコストを8割下げたのは結局損失だったかというと、8割も下がれば最終的には割に合うと思うのです。中国政府が、特にリーマンショック後で何とか6~7%の成長率を維持しなければということで無理矢理やったことが功を奏したのかもしれませんが、民間投資でカバーできる範囲を超えた投資に対して中国の国家戦略が有効だった可能性はあると思っています。

Q:

米国がEUと同様の気候変動政策を途中で本気でやらなくなった場合、日本は相当ダメージを受けると思います。

A:

日本はエネルギー政策において、明らかに日本にとってプラスとなることを進めるべきだと思います。日本の電力コストが高いのは、日本の産業にとって非常にマイナスですから、何らかの形で原子力を活用するなど、とにかくある程度の規模を持たせながら再生可能エネルギーが利益を生む状態に持っていく政策を中心に行っていけばいいのではないかと思います。

Q:

サマーズ氏とクルーグマン氏の論争について紹介がありましたが、先生はどちら派ですか。

A:

私はどちらかというとクルーグマン派です。2022年の選挙によって上院が共和党にコントロールされるようになり、大統領と齟齬(そご)ができて政権がまひすることの危険性はかなり大きいです。われわれは経済のいろいろなリスクにも直面していますが、ひょっとして一番大きいのは政治リスクであり、国が真っ二つに分かれて一貫性がなくなり、市場もそれにつられて、結局何をしたらいいのか分からなくなるような状態になる危険性に直面していることを考えなければならないと思っています。

Q:

バイデン政権の気候変動政策が本気ではないというのは、どのような政治的背景からでしょうか。

A:

気候変動政策は民主党内のリベラルエリートの考えであり、トランプ政権はそうしたエリートや専門家の意見を徹底して無視していました。それから、政府が経済に関与することはトランプ政権が嫌っていたことでもあります。ですから、バイデン政権にとって、政府が専門家の意見に従って直接行動を取るということを見せる手段としては、環境問題が一番適当だったのだと思います。

Q:

GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon.com)やMicrosoftは2030年までにカーボンニュートラルを目指すと言っています。需要側からグリーンを求める変革がこれから加速するのではないでしょうか。

A:

それはそうなのですが、需要側が株式投資を使って、あるいは機関投資家を通じて、エネルギー部門に投資するパターン自体が、ある程度の不安定さを持っているのではないか。そのパターンは金利変動に依存する側面があるので、それでずっと先行きが見通せる投資パターンが見えてくるのかというと、若干心配です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。