グローバル・インテリジェンス・シリーズ

日本経済再生への道-生産性の改善には何が必要なのか

※このBBLセミナーは引用禁止です。

開催日 2021年2月4日
スピーカー デービッド・アトキンソン(株式会社小西美術工藝社代表取締役社長)
コメンテータ 森川 正之(RIETI所長・CRO / 一橋大学経済研究所教授)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
開催案内/講演概要

GDP(国内総生産)でみると日本は世界第3位の経済大国であるにもかかわらず、国民1人あたりの労働生産性はOECD加盟37カ国中26位と低迷している。本BBLでは菅内閣が進める「中小企業改革」の有識者メンバーでもあるデービッド・アトキンソン氏が講演。生産性向上の重要性や日本の生産性低迷の要因、生産性向上に向けた具体的な中小企業政策について提言を行った。続いて森川正之RIETI所長が、日本の特徴を踏まえた上で生産性向上の重要性をさらに掘り下げ、コロナ禍における政策と関連付けてアトキンソン氏と議論を展開、日本経済の再生には何が必要なのかその糸口を探った。

議事録

生産性向上の重要性

GDPというのは簡単にいえば「人間の数×生産性」です。今までの50年間、先進国の経済成長率は平均して3.6%でしたが、その中で人口増加成長要因は半分の1.8%、生産性が残りの1.8%でした。マッキンゼーの分析によると、今後の50年間では、先進国の人口増加要因は0.6%まで下がると見込まれているため、今後の経済成長には生産性がますます重要になってきます。

日本の経済成長を考えたときにも同じことがいえます。日本は現在、世界第3位の経済大国といわれていますが、それは主に人口の多さが寄与しています。先進国の中で人口のランキングをみると1位の米国が3億4,000万人、次ぐ日本は1億2,600万人ですが、生産性をみると米国9位、日本は28位です。先進国のGDP総額ランキングは人口が最大の決定要因になっているので、人口増加による成長要因が見込めない中でGDPを維持もしくは成長させていくためには、生産性を上げていくしか方法がありません。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来総計人口」を基に作成した2015年から2060年までの生産年齢人口の予想をみてみると、2015年には約7,700万人いる生産年齢人口(15~64歳)が2060年には42.5%減の約4,400万人にまで落ち込みます。GDPを550兆円としたとき、2020年では生産年齢人口1人あたり約760万円になり、計算上では2060年には1.7倍の約1,260万円まで上がっていかないと、日本経済は落ち込んでいくということになります。

日本の生産性低迷の原因

購買力調整済みの数字でみた日本の生産性ランキングは、1990年をピークに下がってきましたが、その低迷の主な要因を考えていく必要があります。IMFがG7加盟国で行った分析をみると、実質経済成長率の平均が2.1%の中で、日本は一番低い1.3%に留まり、一番高い米国の3%や、英国の2.9%に比べて著しく少ないといえます。その内訳を人的資本、物的資本、全要素生産性に分けてみていくと、G7加盟国の人的資本の平均伸び率0.5%に対して、労働参加率が上がっている日本は0.4%と、その差はわずか0.1ポイントです。また、物的資本をみても、平均伸び率0.9%に対して日本は0.8%と、こちらも0.1ポイント差です。それに比べて全要素生産性の伸び率は、米国の1.0%や英国の1.7%に対して日本は0.2%と他国と大きな差があります。一番の要因は全要素生産性にあるということが分かります。

生産性向上を実現するには

生産性向上には技術革新が大事であるというのは理屈として合っていますが、問題は生産性との相関関係が一番強い要素は何なのかということです。英国政府が依頼した分析によれば、Entrepreneurshipが一番強く0.91ポイントで、次いで設備投資が0.77ポイント、社員教育が0.66ポイント、技術革新は4番目で0.56ポイントしかありません。どんなに素晴らしい技術ができたとしても、誰も使わなければ、ないも同然です。つまり技術革新そのものよりは、技術革新を普及させることが重要なポイントだといえます。技術革新を普及させるためには、企業内変革を行うための設備投資、その技術を使う社員の教育が必要となるということから、この相関関係の強さの順番を説明することができます。

しかしながら、日本の生産性を考える上で、もう1つ前提として知っておかなければいけないのは、国内消費者の減少という問題です。日本で国策の1つとして成功したのはインバウンド戦略です。日本の観光資源の供給を潰すことなく活用し続けていくために、減っている日本人消費者の代わりに外国人観光客に来てもらうというのは、重要な国策の1つだと思います。日本は輸出大国だから、これ以上輸出を増やせないというのは妄想にすぎません。ドイツの人口とGDPは日本の約3分の2ほどですが、輸出総額は日本の倍以上あります。また、日本の約半分の人口とGDPの韓国の輸出総額は日本の7分の6程度あります。全世界でみても、輸出総額は平均してGDPの約40%であるにもかかわらず、日本は16.1%しかなく、自動車を除くとほぼ皆無です。生産性向上といった側面でみても、日本は輸出を増やす必要があります。そして、輸出を増やすには企業の規模が大きく関わってきます。ドイツを例にみてみると、2004年における「輸出をするドイツ企業」の平均社員数は179名であるのに対し、「輸出をしないドイツ企業」の社員数は58名でした。いうまでもなく、輸出をする社内体制を作るには一定の社員数が必要だということです。私は、生産性を上げていくために日本企業は適切な規模になっているのか注目をしてきましたが、そこに関する分析が足りていないと感じています。

生産性向上を妨げる構造問題

生産性向上は、労働生産性と労働参加率から構成されています。生産性を向上させるためには、労働生産性を高めるか、労働参加率を高めるかという2つの方法があります。アベノミクスの結果としては、この労働参加率が上昇することによって、生産性全体が上がっていますが、労働生産性はほとんど動いていないということが特徴になっています。

ここで、日本の生産性の水準が世界28位にとどまっていて上昇しないのはなぜか、その問題の本質を考える必要があります。先進国における生産性の違いは資源配分の効率性で決定されているといえます。例えば3,000人の労働者がいると仮定して、1,000人がいる3社に配分するのか、3人しかいない1,000社に配分するのかによって、全体の生産性が大きく変わります。日本の生産性を規模別でみると、2016年の日本の大企業の生産性は826万円、対してEUは812万円で、大差ないといえます。しかし、小規模事業者の生産性はEUの490万円に対して、日本は340万円と低い水準になっています。また、大企業で働いている労働者の割合は米国では約54%なのに対して、日本では約30%弱といわれています。20人未満の企業で働いている労働人口の割合と生産性を比較した分析からも、生産性が高いドイツ、デンマーク、米国は20人、30人未満の企業で働く人の割合が少なく、きれいな相関関係が得られています。日本でも1995年から2015年の20年間の間で10人未満の企業で働いている労働人口は16.1%減少しており、生産性が高いところに労働人口が集約する動きがみられます。つまり実際の日本経済では多少の自動調整機能が働き、1988年以降、1社あたりの平均社員数は日本でも次第に上がっています。

しかし、日本全体の生産性は米国の半分、EUの3分の2ということが報告されています。生産性とはあくまでも加重平均で、日本の中小企業の生産性は大企業の半分くらいしかなくて、70%強の労働者が中小企業で働いている日本の生産性が低いというのは、産業構造の問題として必然的に現れるのです。それと同時に、日本の中小企業の生産性がEU並みになれば、全体の生産性は1.45倍にまで拡大することになり、中小企業の生産性向上の重要性がうかがえます。

中小企業が多くなればなるほどさまざまな問題が起こります。人が少ないということは組織的には余裕がないので、女性活躍が非常に難しくなり、それによる少子化問題の助長、生産性も当然ながら悪影響を受けます。その他にもイノベーション、輸出、格差、社会保障、財政にもさまざまな問題がありますが、「小さい企業が多い」というところにこれらの問題の根本の原因があり、生産性が低いというのは結果であって原因ではないということがいえます。イタリア、スペインやギリシャを分析すれば、その仕組みによる影響は顕著です。

中小企業の定義をみてみますと、日本は169名、EU28カ国は250名、ドイツ500名、米国500名、中国は200~1,000名になっています。日本は諸外国に比べて基準が低く、なおかつ中小企業、特に小規模事業者に対する優遇策が強いため、今の産業構造ができていると私は考えています。特定のところを優遇すると、そこに経営資源が集中するというBunching現象が起こるといわれています。例えばフランスの労働基準法では従業員が50名になると全面適用になっていて、49名までは一部免除になっていることを受けて、50名以上の企業に成長したがらない、それによって小規模、中小企業の割合が非常に高くなっているということも確認されています。

成長しない日本企業と中小企業政策

2012年から2016年の間に295万社ある日本の存続企業の中で企業規模を拡大したのは7.3万社だけだったという中小企業白書の分析は私にとって衝撃的でした。企業規模別にみたEUと米国の企業成長率の差の分析をみても、米国はEUより成長する企業、特に成長する中小企業が圧倒的に多いということが分かります。生産性向上の大事な要因としてイノベーションと企業成長がありますが、企業成長が少ない日本の産業構造は小さいままで固まってしまっているということがいえます。

日本が打ち出すべき政策はいくつかあると考えていますが、小さい企業を優遇するような政策を、企業の成長を促進する政策に切り替えるべきです。まずはBunching現象をなくすために、中小企業の基準を業種関係なく500名に引き上げ、それをベースに、資本金1億円規制も廃止すべきだと思います。また、中小企業のM&Aをさらにやりやすくするということも、考えられる政策の1つです。日本は中堅企業の数、そこで働いている労働人口を増やしていかなければなりません。そういう意味では、中小企業庁を「企業育成庁」に改名するような意気込みで、メッセージを発信していく必要があります。

最低賃金引き上げの重要性

最後に最低賃金と生産性の話です。最低賃金が高いから生産性が高いのか、あるいはその逆なのかという因果関係は分かっていません。ただ、相関関係があまりにも強く、理屈上では最低賃金を引き上げていけば、労働生産性を引き上げる効果が得られるので、多くの国が最低賃金の段階的な引き上げを実行していますし、日本も実施するべきだと思います。現在の最低賃金の決め方は、科学的根拠がまったくありません。最低賃金を引き上げることによって雇用が犠牲になる、倒産が増えるということが一般的に言われますが、それは引き上げ方を適切にやらなかったということだと思います。韓国では最低賃金を引き上げすぎて大問題になったと言われていますが、雇用に対する悪影響は1年間経ったところで改善されました。それと同時に生産性も上がり、2020年韓国の労働生産性は初めて日本を上回りました。労働分配率が世界的に下がっていく中で、生産性を上げた後に最低賃金を引き上げるべきだという商工会議所の指摘はあくまでも根拠のない俗説に過ぎないのです。

森川氏:
私自身は生産性について研究者として十数年関わっており、日本経済にとって生産向上が重要課題であるということを繰り返し論じてきました。本日は企業規模のことを強調して議論されていたので、企業規模と生産性の関係を中心に私なりのコメントをしたいと思います。

そもそも生産性上昇がどのように起こるかというと、「内部効果」と「再配分効果」があります。内部効果は例えば研究開発によるイノベーションや人的資本投資によって労働者の質が上がるなど個々の企業の生産が上がるということです。一方で再配分効果というのは、例えば生産性分布の低い方に位置している企業が退出して生産性の高い企業のシェアが増えることによって産業全体の生産性が上がるという効果です。非効率な企業が退出するということは一般に景気が悪い時に顕著に起こるということが知られており、「クレンジング効果」といわれることがあります。

日本の中小企業と大企業の生産性分布を比較すると、大企業の方が高いことが確認できます。ただし注意すべきは、中小企業はおしなべて生産性が低いというわけではなく、大企業と遜色のない生産性の中小企業もあり、逆に大企業の中にも生産性の低いものがあるということです。国全体の生産性を上げていくという意味では、非効率な企業をいかにスムーズに退出させていくかというのが課題になります。

日本で企業規模の分布より特徴的なのは、他の主要国に比べて若い企業が非常に少なくて、古い企業が多いということです。規模ということももちろん関係あるかもしれませんが、この新陳代謝を考える上で、スタートアップを増やして成長する企業を作っていくということが重要なのではないかと思います。

一点だけ、アトキンソンさんの議論に対して疑問があります。ビジネスダイナミズムとか新陳代謝の重要性というのは私も同感ですが、最低賃金の引き上げを生産性向上の政策手段として使うということについては非常に違和感があります。最低賃金が生産性に対してどういう効果があるのかということについて、まだ確定的なことは分からないという状況です。また、最低賃金を引き上げてその規制を遵守させるにはかなりのエンフォースメントコストがかかります。加えて、最低賃金はあくまでも雇われている人が対象ですが、困った企業はフリーランスをはじめとする自営業のような労働法の範囲外の働き方に切り替えていくおそれもあるのではないでしょうか。

また、アトキンソンさんは以前、全国の最低賃金を一律にした方がよいという議論をされていたと思いますが、私は反対の意見を持っています。「空間的均衡」から外れるような制度的な縛りを設けるというのは、資源配分に大きな歪みをもたらします。地域の実力あるいは生産性に応じて最低賃金の水準を変えるという点では、日本の都道府県別という仕組みは全国一律よりも合理的な制度だと考えています。

新陳代謝の関係では、新型コロナの関係で資金繰り支援、雇用調整助成金、持続化給付金などいろいろな政策がとられています。こういった政策は短期的には必要ですが、長期的には新陳代謝の動きを妨げて生産性を阻害する可能性がないともいえません。こういった制度を使った日本企業の労働生産性と全要素生産性が、政策を利用しなかった企業と比べて平均的にどれくらい低いかを調査すると、もともとコロナ危機前の2018年度の時点で生産性の低かった企業ほど、政策を利用しているということが確認できました。そういう意味ではこのコロナ危機下の対策というのも新陳代謝、あるいはコロナ収束後の生産性に関係があると思っています。

最後に2つ質問があります。1つ目は、このコロナ危機が続いているという状況の中で持続化給付金、資金繰り支援策、雇用調整助成金、休業補償といった中小企業にフォーカスされたSize-dependent policyについてどう評価されるかという点。もう1つは観光業への支援策であるGoToキャンペーンについて生産性向上の文脈で、ご意見があればうかがいたいと思います。

アトキンソン氏:
雇用調整助成金等々に関しては、その支援策が規模別ではなくて一律になっていることで、明らかに小規模事業者や中小企業を優遇している形になっていますので、日本が分散型経済モデルになっていることからすると、新陳代謝に悪影響する危険性があることは私も同じ考え方です。そういう意味では、GoToキャンペーンに関しては設計が非常に上手にできていると思います。一律ではなく消費者が選ぶところにお金が集中すると同時に、生産性の高いところにお金が集中する形になっているので、生産性を上げるような政策の成功例だと思います。

森川氏:
GoToトラベルについては、宿泊業というサービスセクターの生産性を考えた時には、需要を平準化することが非常に重要なので、極力繁忙期ではなく閑散期に実施した方がよいのでは、というのが私の考え方でした。また、これから仮にGoToキャンペーンを再開するのであれば、対象はワクチンを接種した人に限定すべきではないかとも考えています。

アトキンソン氏:
まったく同感です。私も連休や年末年始、ゴールデンウィーク、週末を除外して、ワクチンを接種した人に限定するよう提案しています。それがワクチンの普及率向上にもつながるでしょう。

質疑応答

Q:

大企業の生産性は本当によいといえるのでしょうか。実際には大企業は新陳代謝が働かない、生産性が上がらないのではないかと思いますがどうお考えでしょうか。

A:

統計上では大企業より生産性の高い中小企業があるのは間違いないですが、中小企業庁の数字でみると、大企業の生産性は諸外国とあまり変わりません。統計上は日本の中小企業は大企業の生産性の半分になっているという事実からすると、大企業の生産性より高い生産性を上げている中小企業はあくまでも少数派です。もう1つは、日本は業種によって大企業という定義が変わってきますので、大企業の生産性と中小企業の生産性が見えにくくなっており、日本の統計の不十分さというのが大いに出ていると思います。しかしながら、大企業で働いている日本人労働者が約2割、3割しかいない中で、日本全体の生産性を上げるには中小企業にがんばってもらう効果の方が圧倒的に大きいです。逆に考えれば、日本が28位になっている最大の原因は、7割8割の労働者が中小企業で働いていることへの必然的な数学の結論になりますので、どっちに国策を持っていけば同じ金額に対してさらに大きい効果が得られるかというところに注目しています。

Q:

中小企業のM&Aが少ないように思いますが、これに関してはどう思いますか。

A:

今まではM&Aはやりにくいといわれてきましたが、売って得をするような税制に変えようとする流れがあると聞いています。中小企業におけるM&Aが増えていることは事実なので、今後も期待しています。

Q:

女性登用をもっと進めていくべきではないでしょうか。

A:

会社の規模が小さくなればなるほど女性は活躍しにくいと実感しています。女性登用は進めるべきですが、非常に進めにくいのが現状だと思います。

Q:

中小企業という定義そのものをなくしてしまってはどうかという意見がありますが、どのように思いますか。

A:

劇薬のような意見だと思います。最も重要なのは、支援策を考えるときに、規模だけを基準とするのではなく、慎重な分析を通じて何をやるべきなのかを考えることが重要だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。