DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

デジタル経済に向かう欧州のAI戦略ー日本はEUから何を学ぶべきか

開催日 2021年1月20日
スピーカー マルティン・シュルツ(富士通株式会社 チーフポリシーエコノミスト)
コメンテータ 中島 厚志(RIETIコンサルティングフェロー / 新潟県立大学国際経済学部教授)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

AIイノベーションは、米国や中国の大手IT企業が牽引しており、日本や欧州は新しい戦略が求められている。本BBLセミナーでは、欧州諸国をはじめ世界各国政府のAI戦略に精通している富士通株式会社のマルティン・シュルツ氏が、欧州のAI戦略と日本への教訓について講演した。プラットフォームを押さえるGAFA、そして年々存在感を増している中国のEコマースに対し、EUは政府主導型のAIエコシステムと政府主導型クラウド「GAIA-X」や、倫理や信頼性を核とした新しいインテグレーションモデルを構築中であり、日本も共通の問題を抱えているアジア諸国や欧州と共に政府主導でICTの社会実装とAIエコシステムの構築を進めるべきであると説いた。

議事録

AIの登場でデジタル経済は新たなステージへ

シュルツ氏:
私は経済とテクノロジートレンドの研究戦略などを研究しています。AIはデジタル経済を構成する1つの要素ですので、経済学者の視点からは、AIの開発を進めるだけでなく、AIの使い方やAIがもたらす付加価値について検討することが重要になります。今日はデジタル経済に対するAIのポテンシャルと付加価値、EUのAI戦略としてのデータ統合とエコシステム開発、そしてAI産業の展望についてお話ししたいと思います。

まず、ネットワークからAIへの遷移について説明します。最初のデジタル化の波は、インターネットのインテグレーション(統合)であり、ネットワーク経済への移行でした。この波に乗って大企業がグローバルにビジネスを展開させました。次が、モバイルインターネットの波です。人々がつながり、Eコマースが発展しました。

続いて、大企業のラボが主導したのがIoTのインテグレーションの波です。ドイツのインダストリー4.0が全世界に広がりました。そして現在の波は、AIとロボティクスのインテグレーションです。ここではコンピュータとICTが基盤となり、デジタルオートメーションが進みます。

この次に現れる段階が、AIと人間の世界のインテグレーションです。知識にフォーカスし、AIアルゴリズムとわれわれの世界の融合がビジネスモデルになります。AIは新たな「石油」となり、経済のベースはデータによって変化します。

データは膨大ですから、その使い方は秩序立ててキュレーション(整理)する必要があります。データベースの構築やクラウド開発には費用がかかるものですが、その高額な投資を米国はソフトウェア領域で、中国はEコマースの領域で行いました。その結果、アナリティクスベース(自動的に蓄積されるデータの分析、収集、表示など)での新しいビジネスモデルが生まれました。

現段階で重要なのは、パターンやアナリティクス情報の変化から新しいビジネスモデルを開発することです。例えば、テレヘルスです。新型コロナウイルス感染症が拡大するなかでの患者や高齢者サポートが欧州で開発されています。ロジスティクスはほぼデジタルになり、会議もZoomなどオンラインに移行しました。ファイナンス分野でもオンラインで顧客に直接サポートが可能となり、投資プロセスも変化しています。

データから情報という付加価値を得るのがICTのプロセスですが、今のAIの新たなステップはラーニング、すなわちナレッジ(知識)です。1980年代にもナレッジ経済の話がありましたが、意思決定システムが整っておらず、ビジネス開発は難しい状況でした。しかし、現在はAIを活用することでナレッジ開発が行えます。

プラットフォームやビッグデータでデータの管理・分析を行っていたものが、インダストリアルAIによって情報処理プロセスが変化し、コグニティブ・エージェント(人間のように自ら理解し、学習するコンピュータ)といった知識ベースに移行しています。ICTの世界と人間の世界のインテグレーションが次のステップです。それがデータ供給サイド側の考えです。

また、ビジネスの側面から見ても、ICTやAIのさまざまなインパクトが消費者マーケットで見られます。例えば、日本の家計消費支出における衣類など製造業の商品への支出を見ると、AI導入によって生産性の効率が上がることによって、価格と相対需要が下がっています。一方、コストが下がることで付加価値が生まれ、通信分野への家系消費支出は増加しています。

インダストリアルAI(AIの産業応用)は、効率が上がるとコストが削減されて値段を下げることができるので、付加価値を生み、将来的なインパクトがあります。ロジスティクスのアップグレードを行えば顧客のコミュニケーションが増えるので、ビジネスモデルが増えていきます。それにはAIアナリティクスが非常に重要な役割を果たします。産業と消費の双方が関わっています。

欧州AI戦略 〜 政府主導型クラウド「GAIA-X」とエコシステムの構築

デジタル経済の推進には政府の戦略が必要です。コストが下がることで新しいビジネスモデルも生まれ、これまでは大企業にとっては有利に働きましたが、中小企業にとっては厳しい変化がありました。

現在、欧州の各国政府や欧州委員会(EC)が注目しているのは、ICT経済のアップグレードです。AIオンデマンドのプラットフォーム開発が重要で、それにより誰もがAIアルゴリズムやAIの知識を個人ベース、そしてビジネスベースとして使うことができるようになります。今のAmazonクラウドやGoogleクラウドのようにAIアルゴリズムを使えるようになるのです。

そこで電子政府が鍵となります。デジタルプロセスが分かればアップデートできるので、ビジネスや個人に対してさらなる支援が行えます。ICTを汎用技術として用いるにはその使い方を再検討する必要があります。欧州ではデータ統合とエコシステムの構築を重要視しています。

残念ながら、欧州ではデータ統合が進んでいません。欧州、米国、中国におけるAI研究の状況を比較すると、大学レベルの研究者数は欧州が4万人、米国が3万人、中国がおおむね2万人と、ほぼ同等の規模です。論文の数でも大差ありませんが、問題は投資額です。

欧州委員会が注力しているのは倫理、フレームワークの構築、そして中小企業へのサポートです。現在、全世界で使用されているAIのプラットフォームは米国のものであり、アジア圏内は中国企業によって統制されています。国内のプラットフォームを海外のクラウドプロバイダーに依存しているという現状は大きな問題であり、欧州委員会は、倫理、コントロール、信頼性を中心に対策を進めています。

AIのエコシステムは、企業、消費者、政府(パブリック)の3層からなります。企業サポートは、5G、データスペース、クラウド統合や研究開発です。消費者は信頼性や、プラットフォームのレギュレーション(規制)による倫理プロセスです。パブリックは、政府に対する信頼とハイパースケールクラウド企業に対抗したクラウドの開設です。

2020年からの欧州の戦略は、データとAIの活用に加えて、新しい価値の探索、産業のレギュレーション、信頼性を基に、プラットフォームのレギュレーションを進めることです。エコシステム構築においては、AIのレギュレーション、データシェアリング、インベストメント(投資)が大切です。

パンデミックによって、政府のインパクトが一層重要になりました。そこで欧州委員会は、2050年の温暖化ガス排出ネット・ゼロを目指し、環境問題の解決を戦略の中心に据えて、全政府のデータのインテグレーションを実施しようとしています。これは、プラットフォームの制度構築、モニタリング、サーキュラーエコノミーのアップグレード等を行えれば、10年程度で実現可能だと思います。

さらに、欧州委員会のコンセプトに沿って、フランスとドイツのAI戦略を基に「GAIA-X」を始動しました。これはEU地域のビジネスプラットフォームとデータスペースを1つのシステム上で統合する政策です。政府データのインテグレートが次のステップです。

データ政府の実現に向けて

欧州で一番デジタル化が進んでいるデンマークは、2001年から電子署名をスタートしました。ステップ・バイ・ステップでアップグレードを行い、2007年に日本のマイナンバーカードに相当する「EasyID」を導入しました。2011年からは病院や健康に関するコミュニケーションは全てデジタルになり、クラウドにインテグレートされたのが2016年です。ここまで約20年間かかりました。

次のステップは、直接的なビジネス支援をどのように行うかです。インダストリアルAIは製造業にフォーカスしていますが、そこでの付加価値はロボティクスやオートメーションです。そこで一番大切なのが産業です。インダストリアルAIは労働者の知識をアップグレードさせます。

ハイパーオートメーションはインダストリー4.0の次のステップですが、ビジネス内のオートメーションだけでなく、エコシステムに関わるパートナーやスタートアップのオートメーションも含みます。ICTの使い方をアップグレードし、AIを用いた新しいアイデアやプロセスの開発が必要です。新しいICTのコンセプトは、すべてワイヤレスベースで、いろいろなパートナーを統合したビジネスモデルになります。IoTとAIテクノロジーが鍵になります。

ドイツで行った企業規模とエコシステムの関係の研究では、中小企業ではインダストリアルAIの影響がより弱くなることが分かっています。AIに対する知識も浅いため、大企業よりも多くの外部パートナーが必要です。

現在、大半のAIアプリケーションは米国企業が占めていますが、例えばトヨタグループはAIとICTのアップグレードによる、バーティカルインテグレーション(垂直統合)を行っています。このような例を見ても、日本には可能性があると思っています。

インダストリアルAIは良いアイデアですが、全社会へのインパクトは限定的です。また、中小企業へのインパクトはそこまで大きくないので、これだけでは足りません。やはり大切なのはデジタルトランスフォーメーション(DX)で、データやプラットフォームのインテグレーションに加えて、パートナーとの連携、そして電子政府の実現が重要です。

コメント

中島氏:
日本ではバーティカルインテグレーションは進んでいるもののエコシステムとしての全体的なデジタルトランスフォーメーションが欠けており、一方EUはGAIA-Xなどを通じてデータ共有のプラットフォームを形成しているというお話を、大変興味深く聞かせていただきました。

まず、日本の近年のAI戦略について少し概略をお示ししたいと思います。2017年に人工知能技術戦略会議によって、生産性、健康・医療・介護、空間の移動、情報セキュリティを重点分野とした「人工知能技術戦略及びその産業化ロードマップ」が作られました。人材育成も含めたAI技術の研究開発から社会実装までを官民が連携して取り組むこととしています。

これに沿って体制整備や実行計画が進む中、2019年3月には「人間中心のAI社会原則」が出され、人間の尊厳が尊重される社会(Dignity)、多様な背景を持つ人々が多様な幸せを追求できる社会(Diversity & Inclusion)、持続性ある社会(Sustainability)を目指し、AI活用の際の倫理が示されました。

さらに2019年6月に「AI戦略2019」が取りまとめられ、さらなるAI人材育成の推進、産業競争力の強化、ネットワークの構築、国際的な協力連携を、研究開発、教育改革、社会実装、データ整備、電子政府、そして中小企業支援といった形での取り組みが進められているところです。

しかし、日本社会のデジタルトランスフォーメーションが出遅れていることは否めません。スマートフォンのビッグデータから抽出した職場における人の移動量を見ると、欧米主要国に比べて、日本は職場での人の移動量が多いことが分かります。つまり紙ベースの仕事が依然多い、あるいは出社しないと進められない仕事の仕組みになっているということで、IT化が遅れていることが見て取れます。

日米欧のICT投資額の推移を見ても、残念ながら日本のICT投資額は1995年から一向に増えていません。他方、フランスや米国は3倍近く投資額が伸びています。やはり、デンマークのステップを追った取り組みやEUのGAIA-Xも参考にして、日本も電子政府はもとより、社会全体でITやAIを有効活用して、より良い社会の実現に向けて加速することが必要です。

ドイツやフランスでは1,000億円、2,000億円単位の予算を投入しているので、予算面の充実も不可欠です。さらにGAFAをはじめとした米国企業に貴重な国内データが集約されているのが現状ですので、日本社会自体に内在したデータを蓄積するためにも、AI活用における共通ルール作りと国際連携を官民で継続強化することが重要です。

質疑応答

Q(中島氏):

2点質問です。1点目は、なぜ欧州はAI戦略において強力な研究基盤があるにもかかわらず、GAFAのような大企業が出てこないのでしょうか。2点目は、日本がAIエコシステムを社会全体に広げていくにはどうすべきか、どのような分野で欧州と連携・協調ができるのか、ぜひ教えていただきたいと思います。

A(シュルツ氏):

ICTへの投資は難しい状況です。求められているのはイノベーションで、ICTを活用してビジネスモデルをアップグレードしたいのです。どのように応用し、どんな新しいビジネスができるかということです。

イノベーションの初期段階で重要なのはコストではなく、アイデアと実装です。現状、欧州のマーケットはバラバラで、単一ではありません。どのレベルにおいてもマーケットがデジタルサイドからインテグレートされれば、ビジネスも増えていきます。ドイツには多くのスタートアップがありますが、マーケットの規模に加えて、AIの領域では大企業が買収してしまうので、ユニコーンが現れにくいのです。

マーケット開発にはデータのインテグレートが重要です。新しいビジネスアイデアの多くがソフトの開発です。例えば80年代、90年代のソニーのデジタル・ドリーム・キッズというアイデアは、iPhoneのテクノロジーに応用されています。現在は中国がソフトを開発し、その技術をサービスに実装しています。

Eコマースのマーケットは今後さらに拡大しますが、産業レベルではまだデータの統合が足りていないので、協力や連携が進めば素晴らしいと思います。日本政府も同様のアイデアを持っていると思います。データの統合、データの信頼性確保、協調が重要なポイントです。フリー・フロー・オブ・データによってAmazonクラウドやAlibabaクラウドが使えるようになると、中小企業のプラットフォームからビジネスモデルの開発ができるようになります。

Q(中島氏):

ドイツが外資系企業と協調してマーケットを広げる、あるいは自国のアプリケーションを共通化させた事例はありますか。

A(シュルツ氏):

世界はデジタルレベルでクローバルになりました。例えば、以前の英国のモデルは欧州内の統合のアップデートだけでしたが、今では全世界とビジネス開発を行おうとしています。

新型コロナ発生後、マーケットが最も増えているのがアジアです。欧米ほどの経済的インパクトはないものの、スマホベースでデジタルの消費者マーケットが増加しています。ユニクロや楽天といった日系企業もデジタルマーケットに注力しており、データの信頼性の確保が鍵となります。

欧州は26カ国もあるので、グローバルスタンダードの開発や統合ができます。日本は中国やさまざまなレベルの考えが必要となるので、チャレンジングといえるでしょう。しかし、欧州と協力してアジアスタンダートを構築できれば、良い基盤となります。政府も一緒にビジネス連携を検討する委員会のような形で進めることで、ビジネスにも大きなインパクトをもたらすことができると思います。

Q(中島氏):

GAFAは、米国政府の支援を受けず、各企業がグローバルに事業を行うことで成長していますが、官民が一体となってデジタルトランスフォーメーションを加速させるかという点でGAIA-Xは素晴らしい取り組みだと感じます。各政府がデータをオープンにしたくないという障害を乗り越える手立てはありますか。

A(シュルツ氏):

大切なのは2つ。1つは、ビジネスモデルの変化です。パンデミックによってGAFAのプラットフォームは個人とビジネスのプラットフォームのベースとなり有用性を増しました。これは汎用性の高いテクノロジーですので、次に考えるべきは、電力やガスのようなインフラ整備です。電気の使い方とAIの使い方は似ているので、誰がプロバイダーになるかです。そこでレギュレーションが重要になります。

次に、Amazon等の大企業ブームはだんだんフラットになります。GAIA-Xではプラットフォームもインフラのパーツとなり、有効に働きます。その上でどのようなデータを使い、応用するかが大切なステップとなります。例えば、政府データであればモビリティやヘルスデータといったものです。

しかし、政府データが足りていないので、ビジネスモデルはできません。民間企業のデータをクラウドに集め、彼らと共に新しいエコシステムやビジネスモデルを開発すれば、ビジネスは拡大します。今までは中堅や大手企業のものしか信頼されませんでしたが、ビジネスデータやクラウドが統合されて信頼を得られれば、シームレスな連携やホリゾンタルなアップグレードが可能となります。

トヨタに見られるバーティカル(垂直的)な統合に加えて、ホリゾンタル(水平的)なプラットフォームベースの新しいサービスや開発を組み込むことができれば、経済に大きな影響をもたらします。しかし、信頼性がなければこれは実現できません。

Q(中島氏):

EUでは、AIやIT人材不足は問題になっていますか。

A(シュルツ氏):

10年前のAI研究は常にアップデートについてでしたが、次のステップは実装と信頼性です。そこでAIにおける倫理が大切なのです。AIモデルの統合では、情報はマシンベースで処理するので、軸となるのは、どのような意思決定を行うか、そしてどのように産業の信頼性を向上させるかです。

欧州の現在の懸念事項は人材不足よりも環境問題です。温暖化ガス排出ネット(実質)ゼロ政策にAIやICTを応用しようとしています。例えば電力グリッドと電気自動車をインテグレートする。クラウドのデータ統合ができなければ、グリッドコントロールや新しいビジネスモデルの実現はできません。大切なのは環境問題の解決に対してICTを活用していくことです。AIやICT活用における「どうして」が次のステップに移行できるかどうかの鍵を握っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。