グローバル・インテリジェンス・シリーズ

米中対立の行方-揺れ動くASEAN、日ASEAN協力の将来、半導体サプライチェーンの展望

開催日 2020年11月25日
スピーカー ビラハリ・カウシカン(シンガポール国立大学中東研究所長 / 元シンガポール外務次官)
コメンテータ 太田 泰彦(日本経済新聞編集委員兼論説委員)
モデレータ 渡辺 哲也(RIETI副所長)
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開催言語 英語
開催案内/講演概要

米国大統領選挙の結果を受け、米中対立は今後どうなるのか? 米中対立の狭間で揺れるASEAN各国の動きと日ASEAN協力の行方は? 半導体などのサプライチェーンの将来展望は? 今回のRIETI BBL Global Intelligence Series では、元シンガポール外務次官でありアジア屈指のストラテジストであるビラハリ・カウシカン大使(現シンガポール国立大学中東センター長)が登壇し、中国経済社会の構造や、大きな転換期を迎えつつある東アジア情勢の見通しなどを解説した。

議事録

中国の3つの基本的要素

まず、中国の3つの基本的な要素から始めましょう。これは中国の分析に非常に重要な要素なのですが、きちんと議論されることはめったにありません。

最初の要素は、中国が共産主義の国だということです。もちろんそれは、イデオロギーとしてではなく、政治構造上の共産主義国家だということです。私はこれを「レーニン主義の前衛党(vanguard party)である中国共産党に支配されたレーニン主義国家」と呼んでいます。それは政治や経済だけでなく、国家のあらゆる権力が党に独占される体制です。レーニン主義国家で最も重要なのは政治的統制で、それ以上に重要なものはありません。これは鄧小平の時代にそうでしたし、習近平の時代でも、そして今度もそうあり続けるでしょう。

習近平は権力を強化する改革を行い、毛沢東と比較されますが、私はその比較は表面的であり誤解を招くと思います。毛沢東は革命的なロマンティストでした。彼は、もし共産党が彼の方針に反した場合には、文化大革命のように、党を破壊しさえするつもりでした。それに対し、習近平は党の支配を強化しました。中国の野望(ambition)を実現するために、党の規律と党の指導的役割を強化したのです。

中国の2つ目の要素は、野望です。

中国の歴史における中国共産党は、長く弱小国だった中国に久しぶりに現れたリーダーです。南シナ海や尖閣は、なぜ中国にとって重要なのでしょうか。確かにそこには鉱物資源や漁業資源がありますが、中国にとってその小さな領土が重要なのは、それが中国の過去の歴史的な屈辱からの復活の象徴であり、中国共産党のリーダーシップによる中国の夢の実現に結び付いているからです。

この話が重要なのは、これが中国共産党の正統性に直結するからです。南シナ海と尖閣は中国のただの一部地域なのではなく、中国が弱腰だった時代の損失なのです。シベリアや韓国などの回復は政治的にコストがかかりすぎます。例外が台湾で、これは現在も要求を続けています。しかし、台湾の統一を追求するにはまだリスクが高すぎます。そこで、南シナ海や尖閣を主張することで、愛国主義者にエサを与え、共産党を正当化するわけです。

これは中国の屈辱と復活の物語です。清王朝と国民党が失敗したことに共産党は成功している。この物語は強力であり、ほとんどの中国人にとって魅力的だと思います。中国は戦争を求めてはいませんが、この物語は中国共産党の支配の正統性に結びついているので、根本的な妥協はできません。そしてこれは、中国と他の国々との関係に深刻な影響を与えるものです。

3つ目の要素は、他の2つよりさらに微妙な問題です。

中国の古典の傑作に、社会学者であり人類学者の費孝通(フェイ・シャオトン)の「郷土中国」という著作があります。彼の分析によれば、中国人は、国家ではなく家族の親密さや人間関係を重視し、中国は非常に自己中心的な性質の染み付いた社会であるとしています。そのような利己的な人間のネットワークが、レーニン主義の基本原則である一元的な権力の独占に挑戦しているわけです。

1949年以来、中国共産党は、この社会構造をより協力的なものにするための改革に絶えず取り組んできましたが、依然として派閥に悩まされています。派閥のネットワークが社会全体に広がっており、しばしば正式な党の構造を凌駕してしまいます。習近平はそのようなネットワークを破壊しました。例えば、周永康は、国土資源部長(大臣)と公安部長(大臣)でしたが、現在刑務所にいます(終身刑)。

中央集権化を求めるレーニン主義、ナショナリズムによる党の支配の正当化、そして派閥主義、これらの要素は、鄧小平による改革開放政策を実現しました。他の国ではこのような大きな改革は困難ですが、中国のリーダーはそれを行うことができます。COVID-19では、比較的短い期間で感染を封じ込めました。

重要な決定を下し長期に渡って続けられる能力は中国の大きな強みですが、それは決定が正しければ、です。もし間違っていれば、この強さは大きな弱点になる可能性があります。

私は先ほど、習近平と毛沢東を比較することは不適切だと言いましたが、1つ類似性があり、それは、自らに権力を集中し、任期を廃止したことです。これにより、毛沢東の欠点だった「単一障害点」を中国のシステムに再導入した可能性があります。単一障害点とは、ただ1人の意思決定者が、他の選択の余地なく決定するものです。それによって間違った決定がシステム全体に作用してしまいます。

明らかになった中国の野心と経済の悪循環

習近平による「一帯一路」と「中国製造2025計画」は、中国の野心を示したもので、これは現在の中国の外交政策の顕著な失敗です。戦略の放棄はできますが、一度明らかになった野心は再び隠すことはできません。人々は忘れないので、これは戦略的な間違いです。

中国は、技術の多くの分野で目覚ましい進歩を遂げましたが、半導体は非常に深刻な脆弱性になっています。長期にわたって目標を追求する中国の能力は素晴らしいのですが、半導体分野での中国の努力は失敗しています。中国政府は、半導体会社にインセンティブを提供していますが、半導体産業は非常に複雑で、バリューチェーンの一部を除いて進入するのは難しいでしょう。

中国経済は、悪循環に直面しています。高まる人々の期待に応えるため経済成長を維持する必要があり、経済成長するには経済効率を高める必要があります。経済効率を高めるには、政党支配と市場の新しいバランスに基づく新しい成長モデルが必要です。新しいバランスには必然的にリスクが伴います。政治的リスクを軽減するには、高まる期待に応える経済成長が必要です。成長を維持するには、新しいバランスに基づく新しいモデルが必要です。

中国のように歴史的に短い期間に大きな変化を遂げた巨大な国は、当然内部的に不安定なのです。例えば、中国はこれまでGDPに占める消費の割合を増やそうとしていますが、40%以下で停滞しているようです。消費を増やすためは貯蓄を減らす必要がありますが、そのためにはより良い社会保障制度が必要です。より良い医療体制、より手頃な価格の住宅、そして急速に高齢化する社会のための準備が必要です。これはすべて、より多くの資源を必要とし、それが新しい成長モデルを必要とするため、前述の悪循環に戻ります。 中国が失敗することを期待するべきではありません。他の国と同じように、中国には弱点も長所もあります。米国と中国の戦略的競争は、20世紀から21世紀の国際関係の長期的な構造だと思います。

バイデン政権は少なくとも当初は、中国との貿易政策を大幅に変えることはないでしょう。パンデミック対策と経済の回復に就任1年目はかかりきりになるでしょう。新政権への猛烈なロビー活動があることは間違いありません。日本企業が行動を起こすのであれば、1月20日を待たず、今すぐ行動すべきでしょう。

トランプがしたことすべてが悪いわけではなく、オバマ政権のすべてが良かったわけではありません。いくつかの重要な点では、第二次オバマ政権は悪かったと言えます。彼は明らかにハードパワー(軍事力)の行使に消極的であり、特に南シナ海問題ではほとんど何もしませんでした。国際関係はソフトパワーだけでは解決しません。バイデン政権は過去の過ちを繰り返すべきではないでしょう。

質疑応答

コメンテータ:

私たちは貿易だけでなく、データフローについて考えなければなりません。各国間のデータフローの量は、2014年に中国が米国を抜いて世界一になり、現在シェアでは23%と米国の2倍になっています。蓄積されたデータが多ければ多いほど、AIはよりスマートになります。半導体については、米国はまだバリューチェーンの大部分を占めていますが、私たちはデジタル時代に生きており、貿易政策を再編成してデジタル経済に適応する方法を考える必要があります。日本とASEANの今後の関係をどう考えればいいでしょうか。

A:

米国は、常にインド太平洋全体で大きな問題を抱えています。私たちASEANと日本は、オフショアバランサーです。米国の主張が強すぎると喧嘩に巻き込まれるのを恐れ、静かすぎると逆に放棄されるのを恐れます。日本は地域全体の米国のアンカーであり、その役割を期待しています。

Q:

災害対策における中小企業の役割はいかがでしょうか。

A:

最大の地政学的リスクは間違いなく台湾問題です。尖閣諸島や南シナ海も大きなリスクでしょう。2つ目は米国の経路依存性です。3つ目は、心理的リスクです。これはある意味で最も危険なもので、モノの見方を間違えると判断を誤ってしまうでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。