現代湯治とヘルスツーリズム-温泉の力でココロとカラダと地域を元気に

開催日 2020年11月19日
スピーカー 早坂 信哉(東京都市大学人間科学部教授)
スピーカー 星 宗兵(栃尾又温泉自在館若旦那)
コメンテータ 仁賀 建夫(経済産業省商務情報政策局 商務・サービスグループ ヘルスケア産業研究官)
モデレータ 関口 陽一(RIETI上席研究員兼研究コーディネーター(研究調整担当))
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開催案内/講演概要

近年、病気を治す療養と心身の疲れをとる保養を兼ねる「湯治」の効用が再評価されています。本セミナーでは、2~3泊の短期滞在で心と体を治す「現代湯治」の提唱者である新潟県栃尾又温泉自在館の星宗兵様と、入浴や温泉に関する医学的権威でありメディアにも数多く登場されている東京都市大学早坂信哉教授が講演。温泉ヘルスツーリズムが持つ、人々の心と身体、そして地域経済も元気にする効能について解説いただきます。

議事録

湯治の今と昔

星氏:
自在館は、湯治の宿として約400年の歴史があります。そもそも湯治とは、温泉を使って身体と心をケアすることです。昔も今も、使い方、滞在日数、文化の違いは多少あるものの、この本質的なところは400年を経ても変わらないといわれています。

昔は主に外傷を治療するために湯治を使っていましたが、現代湯治は、未病対策として利用されています。眼精疲労や肩こり・腰痛といった、病気ではないけれども体に不調を感じたとき、そのケアとして現代湯治は求められています。

昔の湯治は、大体1カ月から長い人だと3カ月程度滞在されました。現代湯治は期間もさまざまで、基本的にパーソナルスペースを確保して必要最低限のものを提供します。現代湯治で重要なのが食事で、健康食を中心に提供しています。

湯治は基本的に、食べる、寝る、お風呂に入ることで、それ以外は何も考えなくて結構です。そもそも観光旅行ではないので、何かをするということが目的になってしまうと心も体も休まりません。何もしないということは非常に難しいことですが、湯治を通して良い休みを過ごし、体を回復させてほしいというのが私たちの願いです。

1週間もいらっしゃると仕事をされる方もいますので、ワークスペースやWi-Fiも完備しています。コロナの影響もあり、午前中は仕事をし、午後は休息するというスタイルで3、4日過ごされる 若いビジネスマンも多いのが現代湯治です。

私たちが現代湯治でお客様に伝えたいことは、「良い静養が、人生をもっと豊かにする」ということです。人生100年時代を迎え、人類は今までよりももっと長い時間を生きていくことになります。そこで自分自身をメンテナンスするためにお休みにしっかりと投資する現代湯治の価値を伝えていきたいと思っています。

全国「新・湯治」効果測定調査から見る温泉地の療養効果

早坂氏
平成29年に環境省の有識者会議で新・湯治の提案があり、『全国「新・湯治」効果測定調査プロジェクト』を実施しています。環境省が主体となって、全国統一的な調査票を用いて、温泉地全体の療養効果を科学的に把握することが目的です。

調査結果では、温泉利用者の方から、癒された、リフレッシュできたなど非常にポジティブな結果が寄せられており、予想以上に心身に対して良好な結果を得ていることが確認できました。また、疲労軽減、ストレス軽減、快眠、食欲増進など、おおむね7-8割以上の方が症状の改善を感じており、こういった効果が数値化できたことがこの調査の重要なポイントです。

全国39団体、7585名からデータを収集したところ、温泉地滞在に加え、アクティビティに参加することによって心身への良好な変化が確認できました。また、日帰りないしは1泊2日という短い滞在であっても良好な変化が見られ、年間に複数回の来訪する方ではその効果が有意に表れています。

また、最近は自宅での入浴についてもかなり研究が進んでおり、私どもが行った最近の調査では、毎日湯船に入ることが、新規で介護状態になるリスクを3割減らすことができるという研究結果が出てきています。さらに他大学で行った研究では、毎日の入浴が脳卒中や心筋梗塞のリスクは約3割減らすといった結果が出てきました。

現在、日本の健康政策では入浴や温泉については何も触れられていませんが、「健康日本21」といった健康政策でも今後取り入れられていくとよいと思いますし、入浴習慣の効用を海外に発信できれば、給湯器や浴槽も海外に輸出できるため経済活性化にもつながります。今後いろいろな可能性があるのが温泉や入浴であると思っています。

海外で進む温泉医療

仁賀氏
経済産業省のヘルスケア産業課は、国民の健康への関心の高まりを契機に2011年に創設されました。ヘルスケア産業は医療保険の対象でないような活動を広げることを目的としていますが、なかなかエビデンスが出てこない、難しい領域です。

温泉は、地域振興にとっても観光資源として非常に重要な財産です。そこにプラスアルファでヘルスケアの話が出てきています。日本温泉気候物理医学会が温泉療養医を作られていますが、医師に推薦してもらえると利用が拡大していくと思います。そのためにも、早坂先生の研究のように、エビデンスを世の中に出していくことが重要です。海外ではすでに温泉を医療施設としており、温泉医がいる温泉地域もあると聞いております。

全ての温泉では無理だと思いますが、1つ、2つの事例で、ここへ行かなければいけない、ここに行けばこの病気が治るというモデルをいくつか積み上げていくことによって、温泉のヘルスケア効果・健康効果が世の中に伝わっていくのではないでしょうか。

ディスカッション

モデレータ:

ありがとうございました。それでは、本日のテーマである「温泉の力でココロとカラダと地域を元気に」する方法について、コメントをいただけますでしょうか。

星氏:

「こうしなければならない」といった概念にあまりとらわれ過ぎず、その日の体調に応じて体が求めることに正直に湯治をしていただくことが重要だと思います。

早坂氏:

心と体への温泉の効能については、研究の蓄積はあるのですが、研究者も予算も少ないため、諸外国に比べるとやや遅れをとっているところはあるかと思います。元気な方が行くべき温泉や療養目的で行くべき温泉というように、温泉の泉質によって効能もさまざまですので、医師や研究者側から推薦する温泉地情報や利用者情報の提供があってもよいのではないかと思いました。

欧州諸国ではフランスで研究が進んでいます。例えば膝痛における一般医療と3週間の温泉療法の効果比較、それから不安障害に対する抗うつ剤・抗不安薬と温泉効能をランダム化比較試験のような形できちんと研究されている論文が出ています。フランスは温泉が医療保険適用になっているので、その対象から外されぬようにという危機感もあり、一生懸命そうしたエビデンスを作っています。

仁賀氏:

医学的なエビデンスは非常に重要です。日本の場合、温泉治療は医療保険の対象として認められていません。

ヘルスケア産業課は、健康維持が非常に重要であると考えています。
昔は急性疾患、感染症が病気の中心でしたが、最近は糖尿病や生活習慣病等の慢性疾患が中心になっています。慢性疾患は病気になる前の段階が必ずあるので、温泉の効果により未病の状態が改善したエビデンスが示されれば、非常に有益なヘルスケア産業として成長すると思います。新型コロナでテレワークが進んでいるので、温泉地での長期療養の効果のエビデンスも取りやすくなるかもしれませんね。

早坂氏:

もともと温泉医学では、食事文化、気候環境も含めた温泉地の効果を、一般的に療養効果ととらえています。メンタルの話は非常に重要でして、長期休職される方の7、8割はメンタル疾患だと思います。そういった疾患に温泉地が活用できればと考えています。

質疑応答

Q:

温泉地で長期保養を勧めるため、国や自治体がやるべきことがあれば教えてください。また、ワーケーションについても意見をあればお聞かせください。

A(星氏):

精神疾患といった目に見えない症状は医療保険の対象になりませんが、予防措置として温泉療法を活用する動きが出てくるのではないかと思いますし、日本でも温泉が医療保険の適用になればといいなと思っています。

ワーケーションについては、当館でもお仕事をされる方は増えてきていますので、長期滞在療養者向けの環境をお客様と一緒に作り上げていきたいと思います。

Q:

企業の健康保険組合が職員の健康ために湯治補助をしているケースはないでしょうか。

A(星氏):

健康保険組合としてはないですが、会社の福利厚生制度として補助を出している会社は割とありますし、利用されている方も結構いらっしゃいます。

A(早坂氏):

「温泉利用型健康増進施設」という厚生労働省の制度で、滞在する間は利用料が医療費控除の対象になるというものがあります。メンタルヘルスに使われているという話はまだあまり聞かないですが、この制度もうまく活用できると思います。

A(仁賀氏):

国民の皆さん方の健康に対する意識は非常に高まっており、最近は損害保険会社や生命保険会社が「健康増進保険」というサービスを始めています。そうした保険で温泉療養が1つのメニューになれば、宣伝効果も高いと思います。

Q:

泉地におけるオーバーツーリズムの課題と対策は、どう考えるべきでしょうか。

A(星氏):

休日を分散させることで、少しでも移動や宿泊に対する精神的ストレスを下げることが1つの手ではないかと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。