令和2年度経済財政白書について

開催日 2020年11月11日
スピーカー 堤 雅彦(内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付 参事官(総括担当))
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター)
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開催案内/講演概要

新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年の日本経済は深刻な景気後退を経験している。11月6日に閣議提出・公表された令和2年度年次経済財政報告(いわゆる経済財政白書)は、「コロナ危機:日本経済変革のラストチャンス」と題し、働き方改革や経済社会のデジタル化を、政府として強い危機感とスピード感をもって進めていく決意が示された内容となった。本セミナーでは、白書を取りまとめた内閣府の堤雅彦参事官が、感染症の影響下における日本経済の現状や働き方改革の進捗、デジタル化の加速の必要性などについて解説した。

議事録

新型コロナウイルス感染症の影響と日本経済

今回の経済財政白書では、コロナ危機という未曽有の状況において日本経済のさまざまな弱点が明らかになってきて、その弱点を克服することが同時に日本経済の課題を是正するラストチャンスにもなるという緊張感を持って取り組むべきだということを指摘しています。

まず第1章では、日本経済の現状について触れています。日本経済は2020年第2四半期まで大きく下押しされ、第3四半期ではプラスに転じたものの、危機前の水準にまでは戻らないと見込まれます。経済活動が止まったので、リーマンショック時と比べても個人消費には大きな差があり、輸出も大きく落ち込みました。

実際、個人消費は4~6月、年額換算で31兆円下落し、リーマンショックや東日本大震災の落ち方に比べても相当大規模となりました。ただ、6月以降は消費の持ち直しが続いています。

輸出・生産面では、海外の経済活動の止め方が日本よりも激しかったこともあり、輸出が4、5月に急落しました。その後は大きく戻したのですが、全体の基調を決めていたのは自動車関連財だったことが分かります。現在の感染状況では欧州が再び消費に対して行動制限をかけるので、ユーロ市場向けの輸出に先行き不安が残っています。

需要関係の動きを見ると、需給ギャップ(GDPギャップ)が足元で特に下がっています。この水準でバランスする、失業率は今の水準よりも高く、今後上昇するリスクがあるので、需給ギャップを埋める速度を早めて、就業機会を早めに創出することが課題といえます。

適正な労働生産性に対して必要な労働者数と実際の労働者数との差を雇用保蔵者数といいます。第2四半期は約640万人に上り、雇用の過剰感が大きくなりました。これはこの期の休業者数と同程度です。第3四半期には休業者が相当程度、現場復帰したので、ある程度迅速な是正の動きが夏場に生じていたと考えられます。ただ、パート・アルバイトの64歳以下の女性を中心に復帰の動きが鈍く、こうした層の再就業を進めることが総所得を持ち直させるために必要です。多くが非労働力化したままなので、労働参加を促すように提案していくことが課題だと思います。

このように需要が弱い中、予測物価上昇率はあまり大きく動いていないのですが、企業に1年後の販売価格見通しを聞くと相当程度下がっており、企業の価格設定行動を経由して物価への下押し圧力が顕在化することに注意が必要です。

マインドの持ち直しが早かったことは、マーケット動向にもいえると思います。株価の持ち直しも早く、足元は2万5000円を望むところまで来ていますし、為替レートも比較的安定しています。その背景には、日米欧3極の中央銀行が相当程度緩和的なことを同時に行っているため、為替には意外とニュートラルな影響が、資産価格にはプラスの影響が出ているということがあります。

同時に、金融機関の貸出態度判断はリーマンショックのときに比べて相当緩和的であり、貸出運営スタンスも大幅に積極化しているので、運転資金の貸し出しが前年比2桁増となっています。これで延命が図られ、企業間の資金決済が順調である間はいいのですが、いずれかのタイミングで実際の売上に変えていかないと、こうした政策支援がなくなった途端に失業・倒産・失業が急増することになるので、この辺りの切り替えがポイントになります。

今回の白書の見方としては、危機に対する財政の保険機能を発揮するという点で、ある程度大きな財政赤字を許容することは重要になるので、この局面においてはある程度緩和的な財政政策が適切だと思います。

前回の景気拡張の局面は2018年10月に終わりましたが、その後も国内総生産(GDP)が増加し、雇用者数も雇用者所得も増加しています。今回は、雇用者所得が増加しているのに景気が後退局面入りするという日付の判断が起こったわけですが、それは景気動向指数の特性によるものではないかということを白書では分析しています。

それによると、米国カンファレンスボード(CB)型のヒストリカルDIでは、景気の山は2019年9月、つまり消費税率引き上げ直前が山という結果でした。どちらがいいかという評価は特にしていませんが、求められる景気動向指数の特徴として、何をもって景気とするのかという問題提起をしています。

また、今回の循環局面の特徴としては、雇用を起因とした景気循環の大きさを挙げています。2013年以降、女性と高齢者の雇用者数が増えましたが、こうした方々が就業している先は内需系のサービス関係が中心です。

日本の場合、これまでは輸出の変動によって景気循環が形づくられてきましたが、今回の循環では、輸出の弱さを相殺するような内需の動きがあったと見られます。実質雇用者報酬の平均増加率も高い伸びを示しており、その結果マクロの所得増がもたらされ、内需の増加とともに外需の弱さが波及しにくい構造になっていたと考えられます。

感染症拡大の下で進んだ柔軟な働き方と働き方改革

第2章では、感染症拡大下における働き方改革を評価するに当たって、企業調査などをミクロ分析した結果を紹介しています。

まず労働時間に関しては、2020年上半期は感染症の影響で当然大きく減少しましたが、6月以降は経済活動の再開で減少幅が縮まっています。労働時間の減少には働き方改革による休暇取得ももちろん含まれていますが、感染症対応による休業増加によって上書きされていて、分かりにくくなっています。

テレワークに関しては、今のところまだ高水準で実施されています。しかし、内閣府の企業調査では、「自分の職場はテレワークができない職種である」と回答した割合がテレワークを実施していない人で70%程度、実施したことがある人で35%程度でした。つまり、実施していない人はできないと思い込んでいる節があり、いざやってみるといくつかの職種では大きく実践できていたようです。ですので、この辺りにテレワーク実施を増やせる可能性がまだありそうです。

また、有給取得促進に向けて何をしたかを尋ねたところ、定期的なアナウンスや目標の設定などが多く挙げられ、実際の取得日数は2015~2019年で平均約1.6日増加し、平均残業時間も4.5時間短縮しました。同一労働同一賃金についても企業の取り組みが進んでおり、一部のパートタイム労働者に、2019年までは出ていなかった一時金支給の動きが見られました。

企業調査の狙いの1つは、働き方改革の取り組み内容が実際に当該企業の従業員の働き方にどのような影響を与えたかを分析することです。有給取得に関して日数目標を設定した企業とそうでない企業を比べると、設定した企業の方が取得日数が増えており、労働時間は減少していました。そうした企業は入職率が上がり、中途採用率は下がっています。

同じように、残業時間の結果を公表している企業とそうでない企業を比べると、公表している企業の方が残業時間が減っていると同時に、正社員の労働時間が減少し、非正規の労働時間が増えています。おそらくサービス残業がしにくくなっているので、明示的に非正規社員に残業を依頼する形で平準化の動きが生じたのだと見られます。

人事評価の一本化や非正規雇用に対する人事評価制度を新たに導入した企業とそうでない企業を比べると、中途採用率が上がったり、女性管理職が増えたり、高齢者雇用が促進されたりすることが期待されるので、正規に対して実施していた雇用管理を非正規にも適用することで、非正規社員の働きやすさが増すことが見込まれます。

また、テレワーク導入企業では、非導入企業と比べて生産性が高いことも分かりました。ただし、単にテレワークを実施しただけで生産性が上がったというよりは、テレワークに整合的な時間管理を導入したり、成果的な雇用管理を併用したりすることで生産性が上がったのではないかと見ています。

女性の就業と出生を巡る課題と対応

第3章では、女性就業や子育てを巡る現状を整理するとともに、女性の継続就業を促すためのポイントについてまとめています。

日本の女性の労働参加率は、特に2013年以降上昇が加速化しています。また、25~54歳で子を持つ女性とそうでない女性の就業率を比べると、差が縮まってきています。

女性の就業率を地域別に比較すると、差が結構あり、特に35~39歳で子のいる女性の就業率で大きな地域差が見られます。特に南関東や近畿は全国平均以下になっていて、北陸などは非常に高くなっています。

その背景として、正規雇用者比率が高いと継続就業しやすく、子どもがいても働きやすい面があることと、3世代同居や近接居住がかなう場合には子どもがいても比較的就業しやすいことがうかがえますが、それらの世代間扶助の有無にかかわらず、保育所サービスの提供や育児休業制度の利活用が継続就業のポイントになると考えられます。

実際、保育所等定員数は、大幅に拡充されています。定員が増えたから就業する面もありますし、就業が増えているから定員を増やしているという面もありますが、定員を増やすということは就業をサポートすることだということは確実にいえます。

育児休業制度もかなり利用されており、制度があるから働くという面もあるし、働いているから制度が使えるという面もありますが、就業等の支援になっていることは間違いありません。ただ、男性の育休取得率が非常に低いことが課題です。

そうした中、合計特殊出生率は日本においても世界的にも伸び悩んでいます。就業率が高い国では合計特殊出生率も高い傾向ですが、これは働けば子どもが生まれるという意味ではなく、合計特殊出生率を高めるような社会政策と就業率を高めるような社会政策がそれぞれ整備され、両立されたことによる結果だというのが専門家の間での見方となっています。実際、都道府県別データでも、就業率が高いほど合計特殊出生率も高い傾向が見られます。

全体としてマクロの出生率の低下要因は何かというと、働くことではなくて婚姻率の低下であると見ています。ただ、独身者は基本的に結婚を希望していますし、彼らの希望出生数も2人と安定しているので、きっかけ1つあれば、ある程度の出生が実現される社会にシフトできると思います。

子どもを持たない理由として経済的な要因が多々言われていますが、その要因を解消するために近年、教育・保育の無償化などさまざまな社会政策が行われています。しかし、そうした施策を行えば、子どもをもう1人産もうかということにはならないでしょう。やはり女性の継続就業の分かれ目となるのは結婚や出産であり、結婚退職は減ってはいるものの、第1子をもうける際に職場を離れる人はまだ多いようです。

出産後の職場復帰をしやすくし、正社員の継続就業をある程度増やしてきているのですが、パート派遣で就業している人の場合にはまだ増えていないので、就業上の地位によって継続就業率に差が生じている現状をどう改善するのかが政策的課題であるということを指摘しています。

女性の継続就業と出生率の引き上げの両立を図るためには、社会保障制度や税制度を考える上で、共働きを前提にしてデザインしていくことが重要ではないかと考えます。もう1つは、夫の家事・育児の参加時間と第2子以降の出生率の間には統計的に有意な関係があって、男性の家事参加が全体としての出生の加速要因になるということを指摘しています。ただ、男性の育児参加を促すためには、長時間労働の是正が必要であり、第2章の働き方改革で触れたことを実施することが第3章の課題是正にとっては重要です。

デジタル化による消費の変化とIT投資の課題

第4章では、消費がIT化によってどれぐらい変わってきて、どれぐらい変わろうとしているのかということと、日本がIT化を進める上での課題について触れています。

日本ではもともと8%程度の年率でEC市場が拡大してきましたが、これまで牽引(けんいん)してきたのは若年層や都市在住者でした。それが感染症の拡大により、市場が変化してきており、EC消費の増加に寄与しているのは50代以上の世代です。EC市場の利用は、1回始めると次もまた利用しやすいという慣性が働くので、今後の拡大は相当テンポが進むのではないかと思います。シェアリングやサブスクリプションについても、利用したい人が増えているので、今後そういう方向へのシフトも期待されます。

IT投資に関しては、日本の現状を国際比較するとそれなりに行ってきてはいますが、まだまだ投資できる余地はあると思います。実際、現場の省力化投資は大企業・製造業を中心にそれなりに取り組んでいますが、実施率は全規模・全産業で19%とまだまだ水準が低く、バックオフィスに関しても40%台にとどまっています。特に中小企業で実施していないところが多かったのですが、実施した場合、労働時間が節減できたという分析結果も得られています。

特に今回ポイントにしているのが、教育・行政におけるIT投資の遅れです。教育現場のIT化や行政手続きのオンライン化が非常に遅れています。

そこで、IT人材がどのような産業にいるのかを分析したところ、IT産業に7割ほど集中していることが分かりました。米国は30%台です。とりわけ公務、教育・学習支援の部門に従事するIT人材の割合は、米国が10.7%であるのに対し、日本は0.8%です。つまり日本では、専門人材がユーザー側にあまりいなくて、サプライヤー側に集中しているのです。

ですから、ITを実装していって、使いやすく、かつ生産性につなげていくために、IT人材がサプライヤー側にいるだけではなく、それを実装する側にも必要なので、人材配置の見直しや人材育成が今後の課題となるでしょう。

質疑応答

Q:

今回の白書はコロナのさまざまな影響で情勢が変わる中、取りまとめに大変苦労されたと思います。

A:

経済財政白書は経済全体をとらえないといけないし、足元のデータもある程度反映させなければいけないので、どのタイミングで日本経済を切り取るかを非常に悩ましく思いました。それが白書の発行を遅らせた理由の1つです。

Q:

デジタル化による生産性向上を達成するためには、就業者数も引き続き重要な指標ととらえていらっしゃるのでしょうか。

A:

人口自体が減っていくので、労働節約的な技術進歩は非常に重要であり、デジタル化だけでなく働き方改革も併せて行えば実現できると思います。そうすると、1人当たりの生産性が上がり、所得も増えますから、日本の長期的な課題と感染症対策の働き方改革を一致した方法で解決できることになります。ですから、働きたいと思っている人が年齢問わず働けるという点では、就業希望者の就業がどれぐらいかというのは、社会政策的に重要な指標だと思っています。

Q:

日本においてIT人材の社会への浸透が遅れている最大の要因は何ですか。

A:

いざ自分たちの業務をIT化して効率化していこうと思ったときに、派遣されてきたIT専門家は業務ノウハウがあまりなかったりするので、その辺のミスマッチがITの実装における最適化を阻む原因になっていると思っています。

Q:

オンラインに乗りやすい仕事と乗りにくい仕事があると思います。その中で生じ得る不公平感にどう対応したらよいでしょうか。

A:

現場に出なければいけないエッセンシャルワーカーの人々の賃金は引き上げて、逆にオンラインで済む仕事の人たちの賃金には下方圧力がかかるようなウェイト付けみたいなものがなされれば、おのずと見合いの賃金の形になると思います。特にエッセンシャルな仕事をする人は、病院勤務など人と接しなければならない業務ですから、そこの労働需給が賃金にうまく反映されればいいのですが、市場がうまく機能しないようであれば社会的誘導で設定を行うといいでしょう。特に公務員賃金は公的に設定できますから、公共サービスにおいてそういうデザインをしていくことで市場賃金を誘導することもできると思います。

Q:

コロナ危機で非正規雇用だった女性の就業機会が制約され、これが長期化すれば現役世代層の格差拡大につながると思います。政策対応としては何が有効でしょうか。

A:

非正規雇用の女性の就業機会が減少しているのは私も非常に注目していて、先々感染症対策がうまくいったとしても、再び同じボリュームで労働需要が発生するとは思っていません。ですから今は、次の就業に向けての教育訓練的なものを拡充するチャンスだと思っています。そうした教育訓練を受けるときに公的支援を行うことが、社会的にも人的資本の蓄積につながると思います。

Q:

コロナ感染が爆発的に進む米国では、在宅勤務と在宅学習が進む結果、仕事を持つ母親の負担が非常に大きくなっています。そこから日本は何を学べばよいと考えますか。

A:

男女で同じぐらいの就業をしているにもかかわらず、子どものことになるとどうしても母親の負担が大きくなるという状況は、若い世代は是正されているのですが、40代以上ではそうした傾向がまだ残っています。そのあたりは本人の意識が変わっていかないとどうにもできないと思いつつ、子どもが休校で家にいる場合は地域の学校がサポートしたり、そうしたコミュニティレベルでのサポートシステムが求められていると思います。

Q:

日本経済変革のラストチャンスに国民一人一人は何をすべきでしょうか。

A:

日常の中でこういうことをすればいいという部分に対し、変わることのコストが高く見えて、変わった後のメリットが小さく見えるというバイアスがどうしてもあります。その中で今回のような感染症のリスクが起こりました。オンラインで仕事をしないといけないなど、いろいろな外生的ショックを克服するために、働き方を変えたり、女性の就業促進に合わせて男性も生活を変えてみたり、ITツールを使って生活を変えたりしてみて、前の自分よりは良くなっていると思っている人が一定程度いるわけです。

そういう意識が一過性で終わらないようにしなければなりません。そのためには、ITがこうして生産性をより高くし、時間効率を上げるためのツールになっていることに気付いてもらうことが一番重要であり、それがひいては自分自身の幸せにつながることを理解することがポイントになると思うのです。その気付きが自分自身を変え、自分自身が変わることで周りも変わると思っています。ですから、このチャンスを生かし、より豊かな人生、豊かな日本社会をつくっていければと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。