日本の知られざる側面を明らかにする、名刺データの価値

※このセミナーは「経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画」です。

開催日 2020年7月30日
スピーカー 常楽 諭(Sansan株式会社取締役CISO 兼 DSOC センター長)
コメンテータ 和泉 憲明(経済産業省 商務情報政策局アーキテクチャ戦略企画室長(併)デジタル高度化推進室(DX推進室))
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学大学院経済学研究科特任研究員 / 国立情報学研究所研究戦略室特任助教 / 日本経済研究センター特任研究員 / 早稲田大学研究院客員講師)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

デジタル技術の進展に伴い、企業や組織でも従来の枠を超えたビジネス戦略が求められている。本セミナーでは、クラウドを活用した自動化で名刺管理市場を切り開いてきたSansan株式会社、取締役CISO兼DSOC(Data Strategy & Operation Center)センター長の常樂諭氏が登壇。名刺というアナログ情報から得たデータを活用したデジタルトランスフォーメーションの事例について講演した。また、『DXレポート』作成者であり、DX推進を牽引する和泉憲明氏が、データと分析技術の活用についてコメントをした。多様かつ膨大なデータが溢れる現代においては、公的統計の情報だけではニーズ把握が不十分である。可視化されていない実態をとらえるためには、民間データの活用に加え、官民連携による従来とは異なるアプローチが経済活性化の一助となる。

議事録

出会いからイノベーションを生み出す

Sansan株式会社は、クラウド名刺管理サービスやオンライン名刺を提供する会社です。ミッションは、「出会いからイノベーションを生み出す」。いつの時代も、社会を動かしてきているのは人と人との出会いです。このミッションには、イノベーションにつながる新しい出会いを生み出すといった強い思いを込めています。

弊社は、主に2つの名刺管理サービスを提供しています。1つが法人向けの「Sansan」です。紙の名刺をAIと人力で正確にデジタル化し、社内で共有・活用するクラウド名刺管理サービスです。市場のシェアは83%、約6,000件の契約をいただいています。もう1つが個人向けの「Eight」です。無料で誰もが使える名刺管理と、ビジネスSNSの機能が搭載されたアプリです。現在250万人以上のユーザーに利用されています。

どちらのサービスも名刺というアナログ情報をデータ化して活用できる形にすることで、企業や個人のデジタルトランスフォーメーションを進めています。そして、それらのサービスを支えているのが、私がセンター長を務めるDSOC(Data Strategy & Operation Center)です。

DSOCの役割は大きく2つあります。1つ目は名刺のデータ化でして、紙の名刺情報を99.9%正確にデータ化しています。その正確さは創業当時からこだわっており、これがデータの価値もしくは弊社サービスの優位性になっています。

2つ目はデータの活用・研究です。弊社が大切にしている文化の1つに多様性があります。イノベーションとは異なる領域や知識の融合によって起きるものだという考えの下、多様性を持ったチーム構成としています。ビジネスパーソンの出会いをデータ分析し、ユーザー、そして社会に新しい価値を提供しています。

ビジネスの始まりとなる出会いのデータ

経済活動の変化をとらえるには、国勢調査や経済センサスなどの公的な統計データが有益ですが、これらのデータだけでは見えてこない側面もあります。細かな民間のデータ、リアルタイムデータ、ビジネスパーソンもしくは企業のつながり等は、一般的に分析されていません。

しかし、これらを弊社の名刺データから得ることができます。誰と誰がいつ会ったのか、そのビジネスの出会いの瞬間を紡いだものが名刺データです。名刺交換はビジネスの結果ではなく始まりであり、ビジネスにおける先行指標となり得るデータだと考えています。

弊社は、2007年の創業以来、一貫してクラウド名刺管理サービスを提供してきました。これまで年間数億枚分もの名刺を正確にデータ化しています。日本のビジネスパーソンは約3,800万人いると報告されていますが、彼らが1年間に交換する名刺の総数は30億枚程度、そのうち毎年数億枚の名刺を弊社でデータ化しています。

ネットワーク全体を推測することができるデータ

名刺交換は出会いの場で起こりますので、やはり季節要因が大きく関係します。個人向け名刺アプリ「Eight」の名刺データ化枚数をご覧いただくと、2020年の1月、2月ぐらいまでは2019年と同様の傾向を示していますが、感染症リスクが増加するにあたってその差が開いていきます。緊急事態宣言が発令された4月上旬から急激に下がり、宣言が解除された5月下旬頃から復活の兆しが見て取れます。

このように、「Eight」の名刺交換のデータからもコロナによるリアルな経済活動の変化を見ることができます。コロナによってさまざまな変化が起こりました。その変化のタイミングをより正確にとらえるため、位置データ、POSデータ等、官民両者のデータを活用する重要性が増しています。

ビジネス関係人口による地方創生

本日は、弊社が取り組む4つの研究についてご紹介します。初めに、ビジネス関係人口です。まず関係人口とは、その地域に住む「定住人口」と観光等で訪れる「交流人口」の中間層にあたり、地域と多様な関わりを持っている層を指します。

地域活性化の第3の道として期待されていますが、この関係人口は定量的な測定が困難であるため、実態的把握が進んでいません。そこで、われわれはNPO法人ETIC.と共同でビジネス上の関係人口を推算しました。まず、ビジネス関係人口の定義として、直接その地域で主業を営んでいるわけではないが、営業活動や視察を通して、その地域と間接的に関わっているビジネスパーソンの数と定めました。

そして、弊社が提供している個人向け名刺管理アプリ「Eight」における名刺交換のデータの中から、特定の市区町村の名刺を取り込んだことのあるユーザー数を集計して数を求めました。名刺交換では会話を通してその地域の情報や魅力が伝達されている可能性があり、ただ単に立ち寄っただけの人よりも強い関係性を持っていることが想定されます。

そこから市区町村の従業員数で割った調整済みビジネス関係人口を算出し、その順位を作成しました。これらの結果を見ると、公式的統計にはみられないローカルベンチャー、エコツーリズム、工業団地等、草の根的な取り組みが盛んな自治体が上位を占めています。

アウトカムとの相関については、ビジネス関係人口と仕入取引数、販売取引数の2つの指標と有意な正の相関が得られています。地域経済との関連があることも確認されていることから、より重点的に支援すべき地域の判断軸として利用可能です。このビジネス関係人口は、地方創生を評価する指標としてもお使いいただけると考えています。

コロナ禍の知られざるビジネスインパクト

次に、コロナ禍におけるビジネス関係人口の減少率です。都道府県をまたぐ名刺交換と都道府県内の名刺交換数を比べてみますと、都道府県をまたぐ名刺交換では、東京や大阪などで大きく減少しています。一方で、都道府県内の名刺交換は県ごとによって大きな差が生じており、これはコロナ期間の自粛要請と自粛の程度が県によって異なっていた影響が考えられます。

さらに都道府県ごとの自粛率とビジネス関係人口の関連性を探ってみると、自粛率と名刺交換率には明確な相関関係がみられます。つまり名刺交換の減少は、人の移動、出会いの制約を正確に反映していることが分かります。名刺交換はビジネスの始まりで起こります。この名刺データがコロナ禍の復興の指標としても活用できるか、現在検証を進めています。

市区町村のつながりシミュレーション

ビジネス関係人口のメカニズムについても研究をしています。これまでの研究を基に、万有引力の法則になぞらえた重力モデルを作りました。このモデルは貿易などのメカニズムについても応用され、市区町村間のつながりは人口や経済規模に比例し、距離に反比例する関係があることが分かっています。

現実のデータとシミュレーション結果には約80%の相関があります。このモデルを用いて、経済活動を支える鍵となる市区町村「キー・シティ」を特定するアルゴリズムも開発しています。ここでの「キー・シティ」とは、ネットワークの中から1つの市区町村を取り除いた際に、経済全体に最もマイナスのインパクトを与えると予測される市区町村と定義しています。どの市区町村がネットワーク全体の経済を支えてきたのかを測る指標になります。

実際に、南関東地方のデータにこのアルゴリズムを適用しました。そうすると、東京都世田谷区、埼玉県川口市、さいたま市大宮区、神奈川県横浜市西区などが「キー・シティ」として推定されました。これらの地域に共通することとして、交通機関が発達していることが挙げられます。経済の中心である東京の中心部ともつながりが多く、かつ関東の周辺部の地域とも経済取引時にコストがかからない地域として推察することができます。

「キー・シティ」のスコアを縦軸に、つながりの多さや経済指標を横軸に取った結果では、両者の間に明確な相関関係がないことが分かります。つまりこのアルゴリズムはこれまで観測できなかった経済活動をとらえているわけです。これを用いてビジネス活動の反実仮想シミュレーションをすることで、過去に観測されていない事象についても知ることができます。

これを新型コロナウイルス対策に活用することで、必要以上に経済活動を止めずに、意思決定をサポートするエビデンスになり得ると考えています。さらにオリンピック等の大型イベントの開催地や新しい駅の開業による経済への波及効果など、産業政策等の意思決定にも貢献できると推測しています。

新たなESG指標

環境、社会、ガバナンス要素を考慮したESG投資が、長期的な投資運用を考える最重要課題の1つとして扱われています。しかしながら、国内の企業を国内で評価する指標や基盤が不足しています。そこで弊社の個人向け名刺アプリ「Eight」のネットワークを用いて、企業の社会的な評価指標「Eight Company Score」を活用しました。

調査対象となる企業と名刺交換をしたことがあるユーザーに対して、その企業の印象を任意のアンケートで調査するものです。投資家やアナリストからの評価に加え、実際に企業と関連のある幅広いステークホルダーからのリアルな企業印象、そして市民からの社会的な印象評価を得ることができます。

面談結果に基づいた印象や回答者のビジネス属性も得ることができるという特徴があります。つまり企業のステークホルダー、エンゲージメント、社会的な印象評価の測定が可能になるわけです。通常では計測しにくいBtoB級のブランド力、レピュテーションの測定に加え、一般認知度の低い中小企業やニッチな企業の業界評判も測定できます。

「Eight Company Score」の調査項目は3つで、ブランドの魅力、製品サービスの有用性、社員の印象の項目を0から10でスコアリングしてもらいます。さらに自由記述文による企業の評判も収集しています。この調査を2018年5月から半年に1回の頻度で継続的に行い、ユーザー250万人以上の名刺ネットワークを活用しながら、約1,400社に対して大規模調査を実施しています。

日本の知られざる側面を明らかにする、名刺データの価値

名刺データを基にビジネス関係人口の推算を行うことで、地方創生の実態が見えてきました。地域経済の変化を把握することによって、重点的に支援すべき地域の判断にも活用いただけると考えています。

次に、市区町村間のつながりをシミュレーションすることで、影響力を持つ「キー・シティ」の存在が見えてきました。経済活動活性化の鍵を握る地域を見つけることで、コロナ禍でも必要以上に経済活動を止めず、産業政策の意思決定を行うことができます。

最後に、名刺交換のネットワークを活用することで、これまで有効な指標がなかったESG投資にも活用できる、新たなソーシャルの指標が見えてきました。実際に名刺交換をしたことがあるステークホルダーからの調査によって、社会的な印象評価を得ることが可能です。

ぜひ民間のデータにもさらに目を向けていただきたいと思います。官民のデータを突合させ、知識と知識を融合させていくことで、社会の進化に役立つ新しい価値が生み出せると思います。経済の活性化に向けて、ぜひ一緒に取り組んでいただければ幸いです。

コメンテータ:
データと分析技術の活用という点にフォーカスし、DX推進の経営の在り方や仕組みについて、とても重要な示唆があったと考えています。多様な分析技術に加えて、人材採用あるいは体制構築まで、幅広く経営レベルでコミットしていると感じました。

その上で、次の3点について深掘りしてみたいと思います。まず、事前に想定不可能な課題に対して、経営トップとしてどれだけコミットしているのか。2点目に、技術革新に向けた継続的な取り組みについて。そして最後に、コロナ禍対応における研究開発部門の強みについてです。

Sansan株式会社は、データとデジタル技術を活用し、競争上の優位性を確保しているところが1つのポイントではないかと思います。コロナ禍でビジネス環境が激しく変化する中、社会あるいは顧客のニーズにしっかり対応できている点に感銘を受けました。そんな貴社は欧米型ITベンチャーの特徴を有するのではないかというのが、私の仮説です。

まず1点目の事前に想定できない課題についてです。データ分析の観点から1つ例に挙げると、インフルエンザの流行予測「Google Flue Trends」があります。これはグーグルの検索エンジンに入力された語句を基に分析したもので、無機質のデータが量的に集まることで質的に変異し、インフルエンザの流行を予測できるというものです。

グーグルも当初からインフルエンザの流行予測が可能であると想定していたわけではありません。この手法のように、同社の皆さまがデータ分析に中長期的にコミットメントし、継続的な活動があったからこそ、今回の素晴らしいアウトプットにつながっているのではないかというのが1つの論点です。

2点目に、DXの先行企業は危機感に裏打ちされた自社ビジョンを持ち、その具体的なビジョンを社内で共有しているという特徴があります。また、ITシステムに関して全体最適な評価を行っています。同社では、C#のサーバーをRuby on Railsに置き換えることでスピード感を持って対応されています。

3点目は、コロナ禍での対応を可能とするものとして、特に採用面に特徴があると思いました。同社の採用募集ページには具体的に求めるスキルが明示されています。これは求職者が入社後に自分の姿を非常にイメージしやすく、良い作用ではないかと思います。

技術革新に継続して取り組み、さまざまなコミュニティ活動を通して見えない恩恵を得ながらチームを形成することによって、研究開発部門の強みを確立しているのではないでしょうか。多様な人材同士が融合し、自社のサービス向上に貢献しているのではないかというのが私の整理でございます。

常樂氏:
経営トップとしての忍耐力は求められますし、投資対効果のプレッシャーは常に感じています。弊社はプロダクト開発企業ですので、そのプロダクトを自社技術とデータで成長させていくことが1つ。そしてもう1つは、完璧な成果を出すまで時間を費やすのではなく、1でも2でもとにかくアウトプットし、素早くユーザーに届けること。ユーザーの反応を見ながら改善し、小さなイノベーションを積み重ねていくことに向き合っています。

「Sansan」という製品においてもチーフ・プロダクト・オフィサーがいますが、治外法権的な感じで、われわれが自由にアプリケーションを提供できる場が設けてあります。そこで小さくともアウトプットを積み重ね、ユーザーの反応を見ながら改善を継続しています。弊社は小さい会社です。「出会いからイノベーションを生み出す」という会社のミッションに忠実に向き合い、取り組みがそのビジョンから外れないように意識しています。

コメンテータ:
プロダクト、サービス、シェアを見ても、Sansan株式会社は十分成熟した会社と言えます。同様のRubyを活用したIT企業の中でも、同社は欧米型のITベンチャーの振る舞いそのものではないかと思うのですが、その辺をどう思われていますか。

常樂氏:
ベンチャーですので、やはりスピード感はとても重要です。いかに早くユーザーに価値を届けられるかという点は、意識しています。

質疑応答

Q:

通常、名刺交換は初対面の場で行うため、離散的なデータになるかと思いますが、継続的な評価としてどのような工夫をされていらっしゃるのでしょうか。また、通常の名刺交換とは異なるビジネスマッチングや展示会等の特定の場での名刺交換において、何か違いを設けられているのでしょうか。

A:

名刺交換は初めてのご挨拶です。「Sansan」では、コンタクト情報の登録やカレンダーとの連携も可能ですので、継続的な接触をトラッキングできるような仕組みを設けたいと思っています。加えて、共通知人の増え方についても研究を行っています。共通知人の増加現象から定期的にチーム同士の接触の有無についても分析も行い、継続したつながりもとらえようとしています。

通常と特定の場で行う名刺交換の違いは設けていませんが、展示会のように「1対不特定多数」というつながりも非常に重要だと考えています。イノベーションを生み出すためにはそういった弱いつながりも重要ですので、そこも含めて蓄積すること自体に意味があると考えています。

Q:

名刺交換データはさまざまな分析を可能とする重要なデータである一方、他国への流出が懸念されます。セキュリティ対策はいかがでしょうか。

A:

われわれは、創業当時から情報セキュリティに関してはかなり力を入れています。この情報が仮に漏れたとしたら、会社が潰れる唯一の原因だととらえて取り組んでいます。仕組みのみならず、全社員の意識と知識を上げる施策を打っています。

Q:

「キー・シティ」と経済規模のつながりはどのように定義されているのでしょうか。両者のつながりを把握できない要因として、何か仮説がありましたらご教授ください。

A(西田 貴紀(Sansan株式会社 DSOC研究員)):

この分析では、指定した市区町村に事業所を構える企業間との名刺交換の有無をつながりの定義とし、その数をカウントしています。今回はつながっているネットワーク全体に焦点を当てた分析であったため、経済規模が大きい都市とつながっている市区町村は、その恩恵を受けて同様に活性化するといったデータをとらえています。

Q:

名刺管理事業に加え、個別企業評価や自治体活性化のためのコンサル事業も受けておられるのでしょうか。ビジネス化されている場合には、そのウエイトがどれくらいかお聞かせください。

A:

現在はコンサルティングをビジネスとして展開することはしていません。将来的にないとは言い切れませんが、今のところはまず経済を活性化することに注力し、弊社が協力できることを模索しているところです。

Q:

ビジネス関係人口の指標を実際に用いて活性化に取り組んでいる自治体はありますか。

A:

この取り組み自体はこれから進めていきたいと思っており、まだどこと組むという議論まではしきれていないところです。

Q(モデレータ):

創業メンバーとして、どのような苦労があったかお聞かせください。

A:

私はやはり、データは正しくなければ意味がないと強く思っています。創業当時からOCR技術はあるので、データ化は人力でなくても可能です。しかし、これを正しくデータ化するためには、コストをかけて人を投入し、データを作っていく。その過程は創業当時からかなり苦労しました。

年間数億枚の名刺のデータ化には、裏側で30万から40万程度のオペレーターを抱えて動かしています。そういう体制を整備しつつ、正確性を保つことはかなり苦労している部分ですが、逆に言うと、弊社のコアバリューであるとも思っています。

コメンテータ:

"Done is Better than Perfect" はフェイスブックの創設者の言葉ですが、時間をかけて完璧な成果を出すのではなく、段階的に素早くアウトプットしていく姿勢は、われわれも学ぶべき点であるといえます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。