DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

Withコロナ時代に向けてLINEが果たす役割

開催日 2020年7月20日
スピーカー 江口 清貴(LINE株式会社 執行役員 公共政策・CSR担当)
コメンテータ 和泉 憲明(経済産業省商務情報政策局アーキテクチャ戦略企画室長)
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学大学院経済学研究科特任研究員 / 国立情報学研究所研究戦略室特任助教 / 日本経済研究センター特任研究員 / 早稲田大学研究院客員講師)
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開催案内/講演概要

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行により国内外が未曾有の危機に直面する中、わが国でも緊急事態宣言が発出され、国家挙げての対応がなされてきた。しかし、依然として予断を許さない状況が続き、いまだ収束への道筋は不透明だ。Withコロナ時代を迎え、迅速に感染予防・拡大防止対策を講じたLINE株式会社より、江口 清貴氏が同社の取り組むデジタル技術を活用した対応事例、そしてコロナ禍でAIがどのような役割を果たせるかについて解説した。世の中で求められるサービスを提供するためには、自社サービスをはじめ、各機関の利用者からデータを収集・分析し、ユーザー視点に立った地道な改善を重ねることが極めて重要である。

議事録

COVID-19流行以前からの蓄積

2019年、台風15号、台風19号の襲来により、千葉県全域は甚大な被害に見舞われました。突発的な災害が発生すると、行政機関には住民の方々から大量の問い合わせが殺到します。そうした行政窓口の負担緩和を目的に立ち上げたのが、AIによるチャットボットです。主に罹災証明書の取得について情報提供を行いました。

当時、災害時における対応については紙媒体のマニュアルはあったものの、明確なFAQマニュアルはデータとして整備されていませんでした。行政側が持っているデジタルデータをどれだけサルベージして利活用するかが、この案件の鍵となりました。

台風災害時に求められる情報はわれわれも手探りだったため、実際に世の中の声を聞こうと、「LINEリサーチ」を使ってニーズ調査を行いました。「LINE」を活用することで情報収集にかかる時間を大幅に省力化でき、7.5万人から得られた結果をチャットボット開発に反映しました。このときに構築したAIチャットボットが、今回のコロナ禍における取り組みのベースとなっています。

COVID-19禍のLINE利用動向

「LINE」は、日本国内における月単位のアクティブユーザーが8,400万人おり、日単位ではそのうちの8割を超えます。コロナ禍における「LINE」の利用動向を見ると、2月から5月にかけてグループトークのテキスト・スタンプ・画像の送信数が141%に増えていることが分かります。特にスタンプ送信数では10代の利用者数が飛躍的に伸びていますが、一斉休校により友達とのフィジカルなコミュニケーションが断たれたことが、デジタル上でのコミュニケーションにつながったと考えています。

同様に、グループ通話利用も伸びています。ビデオ通話も10代の利用者数の伸びが顕著で、やはり休校の影響が大きく関係しています。彼らはデジタルネイティブと言われる世代ですが、今回の感染防止対策によって一気にデジタル化が加速しました。

それに伴い、ビデオ会議で使われる画面共有やyoutube動画の共有機能など、「LINE」も急速に機能拡張を行いました。PCベースの交流が少ない若者の間でも、スマートフォンを使ったコミュニケーションの世界観が急激に進んできました。

COVID-19に関する対応事例

本来、弊社のようなIT企業は公衆衛生とほぼ関わりがありませんが、感染状況が進む中、さまざまな問題解決に向けてレスポンスしていった結果、対策として「LINE」が動いていきました。従って、弊社として新型コロナウイルスに対する明確な施策があったわけではありません。行政機関が直面している問題を軽減するため、弊社が持つ技術を駆使して支援しようと、一から作っていったというのが基本的な流れです。

まず初めに、厚生労働省のLINE公式アカウントを作りました。COVID-19に対する問い合わせにAIチャットボットで自動的に回答し、医師への相談もできるシステムを構築しました。これは1月から2月の比較的初期の段階で着手したものです。

当時、新型コロナウイルスに対する不安が世の中で蔓延していたため、保健所や厚労省に問い合わせが殺到しました。回線がつながらない状況が多発していたことから、2019年の台風被害時に作ったシステムをベースにモックアップを作成し、急きょ提供したのがきっかけです。

このアカウントは、選択型で質問に答える機能に加え、自然文による質問へも対応しています。弊社には「LINEヘルスケア」という子会社があり、遠隔で医師に健康相談ができる仕組みを提供していました。こういった機能も搭載し、自己の健康状態を医師に相談することができるサービスも取り入れました。

その後、ダイヤモンド・プリンセス号で集団感染が疑われたため、そちらへの支援も開始しました。当時、クルーズ船の乗客・乗員や、サポートに入ったDMATの検疫スタッフなどとの間でコミュニケーションが取りづらいという問題があったのです。

ダイヤモンド・プリンセス号は船籍が英国、オペレーターは米国企業、そして船長、乗客、乗員などさまざまな国籍の方が乗り合わせていました。入国ではなく検疫だったため、船上の統治はクルーズ船のオペレーターが握っており、支援者側と乗客・乗員の間で直接コミュニケーションが取れない状況だったのです。

既往歴のある乗客は薬の要請をしていたのですが、直接やりとりができないが故にリクエストしたものと異なる薬が届いたり、国によって薬の名称も変わるため、円滑にはいきませんでした。そこでICTを利用して直接コミュニケーションが取れるようなコンテンツを設計しました。

外国籍の方や高齢の乗客も多く、携帯端末を持ち合わせていないケースが想定されたので、ソフトバンク株式会社の協力により、2,000台のiPhoneを無償で配布しました。この端末に船上でのみ使える「LINE」アカウントをインストールし、支援者側と連絡が取れるチャンネルとして導入し、医療関係者にも相談できる体制を構築しました。併せてアカウント上でカウンセラー相談も実施し、心理的負担を抱える乗客・乗員のサポートも行いました。

その後、学校の一斉休校を受け、休校中の生徒向け学習支援アカウントを提供しました。「LINEみらい財団」と協定を結んでいる日本数学検定協会、学研ホールディングス、市進ホールディングス、株式会社教育情報サービスで所有している動画や学習コンテンツを集約し、中高生向けに5教科分の動画で授業が受けられる仕組みを構築しました。

動画の閲覧数に関しては、想定以上の反響がありました。学校現場も大混乱だったため、支援の1つとして役立ったと思いますし、学校が唯一の勉強の場であるという固定概念が覆されたかなと思っていて、オンライン勉強は可能だということが実証できたと思います。これはまだ過渡期ですので、来年、再来年に向けて改善が必要な領域です。

COVID-19流行状況の把握

続いて、地方自治体や地域単位のサポートとして行ったのが、一人ひとりの健康状態にあわせた支援をするためのLINEのアカウント「パーソナルサポート」の提供です。各都道府県でコールセンターなり、帰国者・接触者相談窓口を設けていました。単純な問い合わせが大量に来ることで、他の業務に手が回らないという状況だったため、厚労省へ提供したシステムと同様のものを地方自治体にも提供しようということで始めました。

今でこそ発熱があれば来院を促していますが、当時は、37.5度以上の発熱が4日続く場合に再度連絡するよう案内していました。ただし、既往歴がある方は2日で連絡する等、条件が多々あり複雑でした。そこでこのチャットボットから届くアンケートに市民が答えることで、個別にカスタマイズされた情報を提供できるシステムを立ち上げました。さらにマスクの着用法や手洗い方法を示した予防動画、世の中のコロナ情報も配信しています。

該当する保健所や窓口に案内する目的で、利用者には居住地の郵便番号を登録してもらっていました。当初は陽性患者の増減しか把握できなかったのが、蓄積されたデータを解析することで感染拡大の予兆やエリアの特定、また対策の検討を講じることが可能となりました。

この取り組みは神奈川県から始まり、現在25の自治体で実施しています。本来は全都道府県をカバーしたかったのですが、各地域でのアカウント開設に意外と時間を要しました。その理由は各都道府県で法規が変わることに加え、一番ネックになったのが個人情報保護条例です。

ユーザーの発熱の有無、既往歴、住所(郵便番号)のデータを県に納めるわけですが、そのための個人情報保護条例の調整に時間がかかりました。25の自治体で着地したのは、われわれがその調整に力尽きたこともひとつの要因です。

これは個人情報保護条例「2,000個問題」とも呼ばれておりますが、各市区町村の条例はすべて微妙に異なります。罹災証明もフォーマットは似ているものの、各自治体で微妙に文言や手続き方法が異なります。それが地方自治の良いところでもあり、弊害でもあるのですが、弊社でも各地域の条例に合わせて作り込む作業に時間がかかりました。

大規模な災害時には行政区をまたぐこともあるでしょう。その際にこの個人情報保護条例「2,000個問題」はスピードの足枷になる可能性があり、これは行政全体で考えていただきたい課題です 。支援側からすると、こういった点がボトルネックになります。

COVID-19クラスター対策

クラスター対策を迅速かつ効果的に実施するため、LINEは厚労省と「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定」を締結しました。既存のデータを活用するのではなく、行政機関の方々が欲しいデータを作る、という取組みです。

日本国内で「LINE」のアクティブユーザーは8,400万人いますが、全ユーザーに対して発熱の有無を確認するアンケート調査を全4回行いました。回答件数は毎回1,800万から2,500万件です。国勢調査には負けますが、民間企業主導で行った大規模調査の中ではトップといえるほどの規模感でデータを提供することができました。

毎回、同じ設問で実施しましたが、第4回では緊急事態宣言解除に向けて、心理的負担やストレスレベルを測るための設問も追加しました。1回目のデータから繁華街やその周辺地域で発熱者が多いことが見て取れます。そして手洗いやマスク着用等の予防行動を行っている人が発熱する割合も低いと示しています。

COVID-19流行国からの帰国者や感染者への対応

新型コロナウイルス流行国からの帰国者は公共交通機関の利用が禁止され、14日間の自宅または指定場所での待機が必要となります。継続的なモニタリングをしなければならないのですが、保健所には十分な人的リソースがありません。そこでフォローアップのチャットボットを開発しました。これは厚労省でのFAQチャットボットと地方自治体で行っているパーソナルサポートを組み合わせたものです。

該当者には帰国時にフォローアップ専用の「LINE」アカウントに登録してもらい、日々送られてくる質問に回答してもらうというものです。外国に居住している日本人やスマートフォンを持たない高齢者向けに、弊社の「LINE BRAIN」というAIシステムを利用して、音声でコミュニケーションを自動化する機能を利用しました。架電を通じた確認業務をサポートし、そこで得た情報を全国の保健所に提供しています。

その後、神奈川県で自宅療養者支援プロジェクトを開始しました。軽症者には自宅待機または指定宿泊施設で療養してもらうのですが、その間は在宅状況や健康状態を確認する必要があります。痙攣やしびれ、目の充血、食欲の有無について1日2回問い合わせが来るので、症状があった際にアイコンをタップしてもらえれば、医療従事者が音声または現場に向かってサポートを行う仕組みです。

その他、コロナ後に向けて給付金や支援金に関する支援にも携わっています。経済産業省の協力でチャットボットを利用した支援内容の情報提供、文部科学省が行う学生支援緊急給付金の手続きも「LINE」上で行えるように整備しました。

地方自治体の例として、埼玉県和光市では、さまざまな申請手続きを「LINE」上で行うことができます。この程度であれば1カ月かからずに提供可能です。消費者庁とは消費者関連のトラブルに関する情報も配信しています。第2波の状況を踏まえつつ、感染患者への対応やサポート支援拡充に向けて、引き続き取り組みを進めています。

質疑応答

コメンテータ:

LINE株式会社がWithコロナ時代に俊敏な対応を可能にした背景として、コロナ禍以前にデジタルインフラを確立した強みがあるのではないでしょうか。その強みを分解すると、次の3点が考えられます。

まず1つ目に、事前に想定されていなかった利用者のニーズを吸収し、彼らの要望に応えるべく改善を続けてきたことです。これが結果的に大きなアドバンテージにつながっていると思います。クラウド型サービスを利用するメリットは、豊富な非機能要件のスケールアウトやクイックスタートできる点です。

このデジタルの適用が顕著に表れているのがカーシェアリングサービスです。あるカーシェアリングサービス企業は年々利用者数を増やしていますが、ユーザーの約半数が走行距離ゼロの状態で車を返却するそうです。アンケート調査を実施した結果、ユーザーは車を事務所やコインロッカー代わりとして利用していることが判明しました。

その企業は事前に想定していなかったユーザーの利用方法に着目し、15分毎の課金システムの導入や距離料金を無料にするなど、利用目的に合わせてサービスを改善していくことで利用者数を伸ばしていきました。

2つ目は、デジタルがもたらした社会受容性です。コミュニティ型サービスは、従前の単純な通信ツールとは異なります。『ウェザーニュース』という天気予報アプリがあります。これまでの天気予報はインフラ勝負でした。気象センサー機器を日本中に張り巡らせ、そこから入手した大量の観測データを分析することで予報精度を高めてきました。

このアプリの特徴は、利用者から会費を取りながら各会員の観測地から送られてくる気象レポートを収集・配信することで、リアルタイムかつピンポイントな気象コンテンツを提供しています。これは従来の天気予測のアナロジーを変えたといわれています。

そして3つ目として、これまでの業務的な慣習、調達ルール、そしてデジタル化推進における法律的な足枷が可視化されました。平時のビジネスでは当たり前だと考えられていた優先順位あるいは無駄が、今回の新型コロナの影響によって浮き彫りになりました。また、コロナ禍の対応が法律や情報セキュリティを見直す契機になりました。

最後に質問をさせていただきます。このような変化は一過性なのか、あるいは今後定着していくものなのか。定着していくならば、今後考え得る課題について見解をお聞かせください。

A:

LINE株式会社の企業理念は「CLOSING THE DISTANCE」で、人と人とのコミュニケーションを軸として距離を縮めると同時に、人と情報との距離を適切に縮めることをミッションとして掲げています。従来、SNSは世の中的に必須ではありませんでした。昔はLINEいじめがありましたし、SNSは有害なものというイメージを持つ方もいました。そんな中、SNSが社会で役立つことを立証しようというのが弊社の当初からの目標であり、ベースとなる考え方です。

まず初めに、コロナ禍前に「LINE」が確立した強みというのはありません。コロナ禍で迅速に対応するためには深く考えないことです。対策を行う場合、行政の方々は予測される影響と結果を仮説立てて、エビデンスをもって検証する傾向にあります。

一方、私たちは直面している問題をとらえ、自分たちができることを整理し、実際にやってみるわけです。うかつとも言えますし、僕たちが動くことで多少のノイズが発生することもあります。しかし、われわれのようなIT企業はコンテンツを完成させることがゴールではなく、作ってからが勝負です。

私は昔オンラインゲームの会社を経営していました。2000年代半ば、今のアイテム課金やガチャシステムはまだ導入されていませんでした。当時は月額500円でゴルフゲームを提供していましたが、売れないわけです。そこで生まれたのが、ゲーム自体を無料で提供し、アイテム課金で収益を上げる方法です。

加えて、ゲームの世界観に浸っている最中にいざ支払いをしようとすると、そこで現実に引き戻されてしまいます。「課金にもエンターテイメントを」というコンセプトで生まれたのがガチャシステムです。クリックするとランダムなアイテムが出てくる仕組みで、従来の無機質な支払いシステムよりも興奮があります。

こういったサービスは開発当初から想定していたわけではありません。試行錯誤しながら運営していった結果としてそういった文化が生まれ、いまや大多数のオンラインゲームはガチャ課金システムを採用するようになりました。

われわれは事前に一から十まで作るものを決めて取り掛かるわけではなく、ユーザーのニーズに合わせて随時改善を加えています。ベースになるのは作りたいものではなく、コンテンツを通して解決したい課題にアプローチしていくことです。そこが霞が関とビットバレー住民の最大の差ではないでしょうか。

2番目にご指摘いただいた点ですが、コミュニケーションの手法が変わったというよりも、コミュニケーションのテンポが変わったのだと思います。これまで1カ月近くかけて友情関係を育んでいたのが、「LINE」上であれば1週間もかからずに同様のコミュニケーションが取れます。

3番目ですが、見直されたものというよりも、今まで不可能だと思い込んでいたものが、いとも簡単にできてしまった成功体験が一番大きいと思います。弊社ですら、社員全員がテレワークすることが可能だと思っていなかったわけです。でも、やってみたらやれちゃった。この成功体験を持てたことがアフターコロナにおいては重要だと思います。

Q:

厚生労働省と共に取り組まれたアンケート調査にかかった費用について、お答えできる範囲でご回答ください。

A:

実際には数十億程度で販売可能ですが、無料で行いました。

Q:

今後も政府のアンケートを受託するご予定はありますでしょうか。

A:

有事における取組みであるので、ケースバイケースで検討していきたい。

Q:

医療系ウェブサービスでは医師法や薬機法がこれまで壁になっていたと思いますが、今回の新型コロナは障壁になりましたか。厚労省との協力関係でクリアにされていたのでしょうか。

A:

壁しかないです。厚労省との協力関係でクリアしたわけではなく、まず一歩先へ進んでみたという感じです。われわれからすると厚労省や医師会からいつ指摘が入るのだろうと思いながらも、必要性を感じていたので提供しました。

いの一番に利用を要望されたのは、ダイヤモンド・プリンセス号に乗船していた医師の方々です。客室で直接問診するよりもオンラインで実施できれば接触しなくて済むため、今まで反対したであろう医師会の方々が、使わざるを得ない状況で利用し始めました。実際にご利用いただき、便利さに気づいてもらうことが重要です。

コメンテータ:

技術的なエクセレンスがあることを前提として、ビジネスを回していく中で課題収集を行っていくスピード感は、今回のコロナ対応のみならず、わが国の成長企業の典型的な姿であるといえます。われわれも政策的課題を真摯に受け止め、スピード感を持って対応していきたいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。