DXで大きく変わる世界における「働く」ということ:あなたは何のために働きますか?

※このセミナーは「経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画」です。

開催日 2020年7月17日
スピーカー 田中 邦裕(さくらインターネット株式会社代表取締役社長)
コメンテータ 松本 理恵(経済産業省商務情報政策局情報技術利用促進課(ITイノベーション課)課長補佐(総括) (併)デジタル高度化推進室)
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学大学院経済学研究科特任研究員 / 国立情報学研究所研究戦略室特任助教 / 日本経済研究センター特任研究員 / 早稲田大学研究院客員講師)
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開催案内/講演概要

デジタル技術の進化に伴い、新しい製品・サービスやビジネスモデルが生まれ、日々の生活にも大きな変化が生まれている。その中で注目を集めているのがデジタルトランスフォーメーション(DX)である。アナログをそのままデジタルに置き換えるデジタイゼーションやデジタライゼーションとは異なり、一企業の取り組みを超えて社会全体にまで及ぶデジタル化による変革を指す。本セミナーでは、DXにいち早く取り組んできたさくらインターネット株式会社の田中邦裕代表取締役社長が、自らの起業経験やエンジニアとしてのバックグラウンドを基に「経営者」と「技術者」の双方の視点から、DXの推進によって社会を変えていくことの重要性やこれからの働き方について語った。

議事録

「やりたいこと」を「できる」に変える

このコロナ禍で働き方もまったく変わりました。会社に行かなくても働くことが可能になり、会社の存在とは何なのかという根本的な問いを求められていると思いますが、せっかくならこれを機に働き方を変えていけばいいと思うのです。私は2019年11月から沖縄に移住し、2020年4月以降は沖縄から東京に行く必要もなくなったので、ずっと沖縄で仕事をしています。

当社はこの5年ほど売り上げを伸ばしていますが、2007年に1度、債務超過になりました。大きくチャレンジはしたけれども、売り上げが全然伸びなかったのです。しかし新しいことを行うことは、成長の糧であるのは間違いありません。2014年ごろからは一念発起して、新しい分野を強化することにしました。すると業績は大きく伸びました。チャレンジをすることと、社員を大切にし、みんなで楽しんで新しいことを行っていくことが、極めて重要であることを学びました。

当社の事業は簡単に言うと、サーバという人と人をつなぐ場所を提供することです。『「やりたいこと」を「できる」に変える』を企業理念として掲げています。そのためには、まず相手を肯定する「肯定ファースト」、先頭に立つ人を周囲の人たちがフォローする「リード&フォロー」、「伝わるまで話そう」を共通のバリューとしています。

IT革命がすでに終わり次の第4次産業革命を迎えているにもかかわらず、多くの日本企業の現状はまるでITがないかのように振る舞っています。そこを変えることが私の1つのテーマです。

もう1つは、持続可能な開発目標(SDGs)の達成です。ITを十分に活用せず無駄を続け、地球環境にダメージを与えている世界が続くわけがありません。SDGsは義務であり、障壁ではなくてビジネスチャンスだと思っています。誰かを犠牲にし、地球環境にしわ寄せをしていて、継続的に成長できるわけがないのです。

働き方改革にしても、短く働くに越したことはありませんし、自分のプライベートに合わせて生活スタイルをつくり上げればいいのですが、こうするべきという「べき論」が社会に蔓延しています。コロナ禍で社会が大きく変革し、ITの流れが入ってきている中で、いかに変わっていくのかが重要だと思います。

世界が変わることは必然である

つまり、世界が変わることは必然なのです。マクロ指標で見れば変わるのは当たり前なのですが、それぞれの人がそれぞれの範囲で判断すると、自分の出世に響くとか、会社の売り上げが落ちるとか、ミクロな視点で物事を判断してしまいます。マクロな視点で判断するか、ミクロな視点で判断するかによってまったく結果が変わるのです。

ピーター・ドラッカーは、「IT革命のその先がある」と予言しました。コンピュータを作ればもうかるのではなくコンピュータを使ったらもうかる、インターネットを作ればもうかるのではなくインターネットを使ったらもうかるという考え方が重要です。つまり、AIやIoTも目的ではなくて手段に他なりません。

糸井重里さんが19年前に出した『インターネット的』という著書の中で、インターネットをテクノロジーではなくカルチャーだととらえていますが、これが本質だと私は思っています。インターネットは単なる道具だけれども、それによって成し遂げられたことも多くあります。今はブロックチェーンやディープラーニングなど新しい技術が次々に生まれていますが、それを単なる生産性向上のツールとして使うよりも、それがなければできなかったようなことにつなげていくと、恐らくデジタルトランスフォーメーション(DX)の本質が見えてくると思っています。

1989年の世界の時価総額トップ20社のうち15社が日本企業であり、当時米国企業はとても苦しんでいました。IT業界でもインテルが日本の半導体企業に完膚なきまでにやられていました。そのとき、インテルの最高経営責任者(CEO)だったアンディ・グローブは創業者のゴードン・ムーアに対し、「インテルがDRAMで日本に勝てないなら、CPUでやればよい。新しいCEOが来たとしたらDRAMから撤退するだろう。だったら、それ(CPUへの転換)を自分たちでやろう」と言ったのです。つまり、CEOを代えずに自分たちで実行することにしたのです。その結果、インテルは1990年代以降ずっと半導体のトップ企業となっています。

一方、日本企業は合意形成に問題があると思っています。客観的に見てこうした方がいいという考えはあるのだけれど、自ら実行しないまま終わってしまうことが多いのです。マクロでがんばってもミクロで正しくないことをした結果、そうなるのだと思います。

ITはなくてはならないものへ

ITはすでに第4世代に入っていると勝手に解釈しています。第1世代は、半導体やパソコン、通信機器を作るものづくりの時代です。その後、パソコン上のOSにフォーカスされるポータルサイトの時代(第2世代)が現れ、日本は退場を余儀なくされました。ただ、第2世代もすでに終わっていて、今はアプリの時代(第3世代)になっています。しかし、スマホの出荷量も限界に来ており、これからはAIやIoTを使わないとできないことを始める時代(第4世代)がやって来ると思っています。

これからは、“つながっている”ことが当たり前の時代になっています。つながれば便利になるのではなく、つながっていなければもはや使えない時代がやって来ます。工場もつながることで付加価値が上がるのはもう古くて、インターネットにつながっていなければもはや動かない世界になっていくと思っています。

QRコード決済も同様で、ネットに常につながっていることを前提にデータセンターをしっかりと確保し、さらにコンピュータの安全性を確保してネットの信頼性を上げればこれからの時代の必須アイテムとなるでしょう。普通はお金を受け取る側が設備投資をするのですが、QRコード決済のすごいところは、決済する側が決済端末を用意して、パケット代まで支払う点です。これは、スマホが服や靴と同じように常時身に着けるものになったから実現したのです。

これがDXの入り口なのに、なぜビジネス界に適用しないのか、まったく分かりません。そもそも普通の生活でも、インターネットにつながっていなければ成り立たない生活を受け入れ始めているのです。ですから、常につながる、常にITがある、という前提に変えなければならないと思っています。

ソフトウエアをいかにビジネスにするか

そもそもコンピュータを産業にしたのは、1970~1980年代のことでした。コンピュータのソフトウエアはコピーが可能ですから、ものづくり中心の社会ではどんどんコピーされたのです。それでは商売が成立しないので、マイクロソフトや日本のベンダーがいろいろがんばってソフトウエアの著作権が認められました。その結果ソフトウエアが産業として伸びてきたのですが、少々間違えた発展をしたと私は思っています。

なぜなら、ソフトウエアを製造業の製品と同じように扱ってしまった面があるからです。このことがDXを妨げていると思っています。製造業の場合、開発設計の後に生産工程があります。生産技術は日本の強みなのですが、これをソフトウエアにそのまま展開してしまったのが受託開発です。開発を設計して、お客さまごとにそれぞれシステムをつくっていきます。ソフトウエアはコピーできるはずなのにソフトウエアを「製造」するのはどういうことかというと、まさしく製造業のいろいろなキーワードをどんどん導入してしまっているということです。それで生産してお客さまごとに納品していきます。

とはいえ、製造業の生産性はロボットの導入で上がりました。では、IT業界はどうなったかというと、人をいかに安く長く使うかが重視され、ブラック化しました。でも、ソフトウエアはコピーができるし、著作権設定もできるので、1980年代後半からパッケージ販売が始まりました。孫正義さんなどはソフトウエアの流通によってもうけたのですが、この時代すらも終わっているのです。

何しろ家電量販店に行ってソフトを買うよりも、オンラインのアプリストアで買う方が断然多いわけです。それがクラウドと呼ばれる世界ですが、開発設計をした時点で生産工程はなく、流通もダウンロードです。だから、ソフトウエアを複製するプロセスがネット上でも行われているという形に変わってきています。しかし、日本はこの大きな変化をとらえきれていないと思います。日本は製造業の成功体験があまりにも強過ぎるので、ソフトウエア産業に製造業からさまざまな言葉が持ち込まれています。生産性という言葉を使いがちですが、生産は製造用語です。用語のひとつを見ても、ものづくりの概念がいまだに続いていて、それがDXの障壁になると思います。

ハードウエアはどうしても物理的な流通が必要ですが、ソフトウエアは完全にオンラインベースです。気を付けなければならないのは、会社ごとにシステムをフルスクラッチでつくっている点です。1年たったらビジネスは変わるのに、5年前の使いにくいシステムをずっと使っているなどあり得ません。これまではバージョンアップでしたが、今はアップデートです。ソフトウエアはいつの間にか新しくなっていくのです。それができなかった結果、日本は世界のIT業界のトップ20社に1社も入れていません。

創造性が重要に

今はVUCA(変動:Volatility、不確実性:Uncertainty、複雑性:Complexity、曖昧:Ambiguity)の時代であり、コロナ禍では1日単位で物事が変わります。ひと月前ぐらいに新型コロナウイルスをそろそろ制圧したと言っていたら、今は旅行に行くだけでも大変です。それぐらい将来の予測が困難な変化の激しさなのです。

それから、「労働者の人数×労働時間」が価値であるという考え方がいまだに残っています。結局、創造性を上げるためには社員が伸びる環境をつくることが必要なのですが、このコロナ禍で驚いたのは、部下を管理しようとしている人が多いことです。それは明らかに間違っていると思います。部下にいちいち指示したり、やっていなかったら叱責することが上司の役割ではありません。部下が何かをしたいときに後押しした方が成果が上がるのに、成果が出ないマネジメントをしているのです。

これからの経営的な価値観

とにかく世界で誰かに犠牲を及ぼしながら仕事をするのは続かないこと、ITがそもそもの前提になっていること、創造性が重要であることをここまで申し上げてきました。これらを念頭に置かなければ、変化の激しい今を生き残ることはできません。それはIT前提社会とサスティナブル経営だと私は思っていて、ドラッカーは1964年にすでに、「会社の目的は利益ではなく、顧客の創造であり、価値をつくることである」と言っています。それをなぜかできないことが大問題だと思っています。

日本では、ヒトの価値、モノの価値も上がっているのに、カネの価値だけはどんどん下がっているわけですが、この世界でどこまでヒトを無駄遣いして疲弊させるのか、モノの値段もどんどん上がる中でどれだけ無駄遣いするのかという観点は、経営に必ず取り入れるべきです。ITによって社会は変わっていますし、もっとよく働けて、もっとよくヒトの価値を生み出せるようになります。これがIT前提社会の非常に重要な点です。

ある調査によると、日本は世界からクリエイティブだと見られているのに自己肯定感が低過ぎるという結果が出ています。ただ、クリエイティブの可能性が広がったと思う人が最近増えています。ですので、クリエイティビティを上げるためにいかに寛容に生きるか、世界を広げるかを重要視したいと思っています。

何のために働くのかは人によって異なるし、得意なことも違います。十人十色だと分かっているのに、工場で働かせるように画一的な人の扱いをすることから脱却しなければなりません。今こそ楽しく働けばいいし、もっとみんなに価値を届けようという働き方をすればいいのです。

ITを使って仕事もできるようになり、モノをつくることの意味合いがどんどん変わっている中で、顧客への価値の創造の仕方が以前とはまったく変わっています。十人十色に価値を届けるためには、提供側も十人十色の価値観を受け入れなければなりません。それを受け入れる経営でなければならないし、社会でなければならないのです。楽しく働こう、社会のためにがんばろうと思って入った人をいつまでもつぶし続けてはならないし、もしかしたら自分自身もつぶされてきたのかもしれないけれども、その自分が次の人をつぶしているのかもしれないということを本当に認知しないと、やはり日本は本当にいい国にならないと思っています。

実は、今、わが社で出社してくる人はほとんどいません。働き方はまったく変わりました。ITによって変わったし、お客さまへの価値の提供の仕方や社員の価値の出し方なども、随分変わると思います。ただ、本質は、ITで変わる社会の中でいかにそれぞれの人が生き生きと働くか、顧客に常にきちんと価値を届けられるのか、ということが非常に重要だと思っています。

それでも人は動きません。やはりほとんどの人は話をしていないのです。ですから、自分はこう働きたい、社会をこう変えたいということを、共有していった方がいいと思っています。なぜなら、世界が変わることは必然ですし、自分たちは変わりたくなくても周りが変わっていくからです。それから、DXの波が来ていますし、デジタルを使うことでもっといい働き方ができるはずだと思うからです。本当に正しいと思っていることをそれぞれが持っているのであれば、それをお互いにぶつけ合って、正しいことをお互いに合意した上でさっさとやっていくことで、社会はより良い方向に変わると思いますし、みんなが理不尽なく楽しく働けると思います。

質疑応答

コメンテータ:

ハードウエアの製造工程はロボット化されたけれども、ソフトウエアの製造工程はブラック化してきたという話は大変印象的でした。人材を使いつぶしてDXを進めるのではなく、DXという機会を利用して、まさに人材が活躍できるような環境づくりが非常に重要だと思っています。

「やりたいこと」を「できる」に変えるという企業理念は、今まさにプロジェクトマネジャー(PM)をしていただいている未踏IT人材発掘・育成事業のテーマ「夢をカタチにする場所」と共通すると思います。DX社会において「未踏」を旅立っていった卒業生たちに何を期待しますか。

A:

「やりたいこと」を「できる」に変える人材が増えれば、触媒効果は計り知れないものがあると思うのです。今はスポーツ選手がその役割を担っていますが、産業や中央省庁の人が同じようにキラキラしていて夢を実現していた方が、社会はよほど良くなるでしょう。

それこそ大人は「やりたいこと」が絶対にあるし、「できる」に変えれらることはあると思います。全年齢が等しく盛り立てられる施策を忘れてはいけないし、特に40代の人たちはまるでいなかったかのように取り扱われているので、この人たちが社会でもっと活躍できるようになると、世の中は良くなると思います。

Q:

貴社では教育訓練として何か取り組んでいますか。

A:

重要なキーワードは余白です。現場で業務をがんばっている人たちに、8割ぐらいは業務をしていいのだけど、2割ぐらいは余白を残してあげるマネジメントが重要だと思います。8時間あったらどうしても8時間全部仕事をしてしまいますが、2時間ぐらいはサボらせるマネジメントが極めて成果を上げやすいと思います。そのためには2時間空いていても仕事を増やさないことです。

Q:

世界が大きく変わる中で、日本企業はどうやって生き残ればいいのでしょうか。

A:

DXは、コスト削減ではありません。ほとんどの企業は単なるコストダウンのデジタイゼーションしかしていないので、せめてデジタライゼーションをすることで顧客価値が増えますし、できればDXで自社のビジネスをデジタルで売りたいところです。ITがコストダウンだと思っているうちは、恐らくDXには向かわないと思います。

Q:

マクロの変化方向を示しても、ミクロの変化が生じにくいという認識を多くの経営者が変えられないのはなぜでしょうか。変化しない企業は淘汰されて新しい市場行動がメジャーになるはずですが、その機能が働きません。政策として何が必要なのでしょうか。

A:

政策面でできることは少ないと思います。シンプルに企業を変えるには、経営者を変えるしかないでしょう。経営者自身が心を入れ替えるか、経営者自体を入れ替えるかのどちらかです。政策面で強いて言うなら、若手経営者と年配の経営者がフラットに会える場をつくる機会を増やすと社会は変わるでしょう。

Q:

生産性向上のため、製造業ではPDCAサイクル(Plan、Do、Check、Action)の重要性が指摘されていますが、創造性向上のためにPDCAサイクルの利用はあり得るのでしょうか。

A:

おっしゃるとおりです。しかし、PDCAは問題解決プロセスに近いものがあり、ギャップアプローチになりやすいので、最近はOODAサイクル(Observe、Orient、Decide、Act)とよくいわれます。問題解決だけでなく、こういうふうにしたいという方向に持っていった方がいいと思います。

Q:

少数の声を組織全体として変化につなげるためには、何が重要でしょうか。

A:

一番重要なのは、フォロワーをつくることだと思います。自分の意見に賛同する人を捕まえ、上の人に対しても働き掛けをした方がいいと思います。自分の意志をできるだけ同僚にも、部下にも、上の人にも、できれば社長にも、それこそ大臣にも言いに行くことは非常に重要です。

Q:

リモートでface to faceのコミュニケーションがないことで、経営者として困ることはありますか。

A:

そんなにありません。今はみんながリモートなので、コミュニケーションがとても良いのです。どこかに中心があって、衛星的にみんなが入っているようなリモートは、今の技術では必ず破綻すると思います。

Q:

田中社長の今後の夢や野望を教えてください。

A:

マクロの夢としては、ソフトウエア産業を変えたいのです。ソフトウエア産業に関わる人たちが楽しく仕事できるような社会にすれば国力は絶対に上がると思うので、それで結果として国が良くなればいいと思っています。

コメンテータ:

若手もシニアもみんなが一体となって楽しく仕事ができるようなソフトウエア産業をつくっていくことは、非常に重要だと思いますので、われわれもぜひ一緒に取り組ませていただければと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。