2020年版通商白書-コロナ危機とグローバリゼーション-

開催日 2020年7月16日
スピーカー 田代 毅(経済産業省通商政策局企画調査室長 / RIETIコンサルティングフェロー)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター)
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開催案内/講演概要

世界が直面しているコロナ危機は、グローバリゼーションがデジタル化を活用してサービス貿易を拡大する中で発生し、経済社会のデジタル化のさらなる加速をもたらしている。2020年版通商白書では、そうした今回のコロナ危機の状況をフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションの制限として読み解き、経済危機の本質を明らかにするとともに、コロナ危機の教訓を踏まえて、国際協調やサプライチェーンの強靱化、人の交流の進化を提言している。本セミナーでは経済産業省通商政策局企画調査室長の田代毅氏が白書の内容を基に、グローバリゼーションの過去・現在・未来を踏まえて世界と日本の課題を示すとともに、持続可能な発展を可能とする強靱な経済社会システムを目指すための方策について解説した。

議事録

コロナショックで激変した世界経済

今回の通商白書では、コロナ危機によってフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが制限された結果、世界が経済危機に陥り、社会の在り方自体が変化していることを1つの本質として見ています。

世界は戦後最悪の経済危機といわれる状況にありますが、大きな変化としては対面の需要が喪失したことが挙げられます。「巣ごもり消費」といわれる消費活動が急拡大し、対面で活動するエンターテインメントなどの需要が蒸発した点が今回の危機の特徴です。

もう1つの経済危機の特徴として、需要と供給の両面で大きな影響が出たことが挙げられます。供給側ではサプライチェーンが寸断され、需要側では対面サービスの需要急減、耐久財の需要蒸発が起こり、所得や雇用にも大幅な悪影響を及ぼしています。過去の経済危機と性格が異なるため、伝統的な経済対策では危機克服には至っていません。先行きの不確実性が非常に大きく、コロナショックがいつ収まるのかもなかなか分からないため、貯蓄を増加させる傾向が見られており、需要・供給の双方の急減につながっています。

過去の感染症を見ると、第1波だけでは収まっておらず、ワクチンなど根本的に状況を改善するものが見つからない限り、経済危機も長期化・深刻化する恐れがあります。今後はこのリスクを意識する必要があるでしょう。

中国はロックダウンによって早期に感染を収束させましたが、欧米は引き続き感染が拡大していますし、現在は途上国でも非常に拡大しています。ですから、途上国も含めて世界的に感染を収めない限り、問題は解消しません。だからこそ、世界規模での国際協調がより重要となります。

コロナショックが明らかにした世界の構造

コロナショックによって世界のサプライチェーンは、生産体制の観点では、国境を越えた生産体制が構築される中、部品が入手できないことでサプライチェーンの寸断が見られました。また、物流の観点では、航空による旅行の需要が急減したことで航空便で同時に運ばれていた物流がストップすることも見られました。人の移動の観点では、欧州では季節労働者が入国できなくなったことで生産が停止するリスクが発生しています。

生産体制の変化の特徴として、生産拠点の集中度の高まりが見られます。ハーフィンダール・ハーシュマン(HHI)指数によると、日本の電気機械・電子部品の集中度は2014年以降、多様化の動きによって一時的に低下したものの、引き続き高い水準を維持しています。中国が「世界の工場」として電気機械・電子部品における地位を築く中、日本を含む輸入先の集中度が高まっているのです。自動車などは地産地消の側面が強いので、生産拠点の集中度は低下しています。しかし、日本や米国にとっては、中国やメキシコが存在感を増す中で集中度が高まっています。

地域統合によってサプライチェーン構築や国際分業が発展してきました。一方、地域の貿易ネットワークは財の性質によってかなり位置付けが異なります。各国の輸入先構成比を見ると、欧州連合(EU)は域内の輸入比率が過去と比べても高い水準ですし、北米自由貿易協定(NAFTA)やアジアも同様に、域内のサプライチェーンが強化されています。

物流もサプライチェーンにおいて重要な役割を果たしています。日本の国際貿易のうち、貿易量ベースでは99.7%を海上輸送が占めるのに対し、貿易金額ベースでは付加価値の高いもので多く使われている航空輸送が4割を占めている点です。一方、物流コスト全体では、陸上輸送が8割弱を占めています。今回のサプライチェーン寸断で、航空輸送への切り替えも見られましたが、物流ネットワークも含めて対応を考えることは重要な課題となっています。

人の移動に着目すると、新型コロナウイルス感染拡大によって、国境を越える人の移動が制限されており、国境通過時間も倍ぐらいに拡大するなど、貿易コストは上がっています。人の移動があるからこそ貿易や投資が活性化してきた側面があります。直接投資をしたとしても、実際に現地に行ってオペレートする人がいない限り、工場は回りません。そういう状況が特に新興国に見られるのですが、人の移動・交流を進化させていくことが課題として浮上しています。

リスクとして発生したのが、緊急時における自国優先策です。今回、マスクや防護服の需要が爆発的に増え、医療関連物資が世界的に不足したため、輸出制限の動きが拡大しました。世界貿易機関(WTO)の分析によると、4月の時点で輸出制限の動きは計80カ国・地域で導入されました。個人用保護具の輸出シェアのおおむね半分を、中国、ドイツ、米国の3カ国で占めています。

サプライチェーンが国境を越えて構築される中で、輸出制限は自国での財の入手をかえって困難にする可能性も存在しており、それは輸出制限のパラドックスともいえます。

今般の新型コロナウイルスの感染拡大の中で見られたものがデジタル経済の拡大です。接触制限の中、デジタル技術を活用することの重要性があらためて明らかになりました。それによってプラットフォーマーの存在感が高まってきています。デジタル化とデータ流通が高速で進展する中、ビッグテックといわれるIT企業の存在感は高まっています。社会の構造は急速に変化しつつあります。

コロナショックが発生して以降、新興国を中心に資本流出が見られました。その中で特徴的だったのは、アジア各国を含めてドル信用のリスクがあらためて確認されたことだと思います。アジア通貨危機以降、アジア各国はドル信用を比較的抑えめにしていたのが、近年は拡大させており、その裏側でサプライチェーンを裾野広く拡大・構築しています。今回、米連邦準備制度理事会(FRB)がドルスワップなどを含めて資金供給を非常に積極化させたことで足元は安定していますが、サプライチェーンが裾野の広い形で構築されれば、資金の流出や支払いの滞りが発生する場合、結果としてサプライチェーン全体の停滞につながるリスクも顕在化してきました。

グローバリゼーションの過去・現在・未来

以上の世界の構造はグローバリゼーションの進展によってどのように構築されてきたかというと、世界的につながりを増したことが経済発展の原動力となりました。新興国の発展はオフショアリングを含めて安価な労働力が先進国の技術移転と結び付くことによって加速してきた点が特徴です。そこで、技術の進展とともにさまざまな移動コストを低下させてきたという観点から、アンバンドリング(分離)というコンセプトで整理したものです。

第1のアンバンドリングは、19世紀の産業革命を発端とし、1990年ごろまでといわれているのですが、輸送革命によってモノの移動コストが低下し、生産と消費が分離しました。その結果、比較優位に基づく国際分業が進展し、原材料や完成品の国際貿易が盛んになりました。一方、アイデアや人を移動させるコストはそれほど低下しなかったため、産業革命をリードした先進国では産業の集中を享受しました。

第2のアンバンドリングでは、1990年ごろの情報通信技術(ICT)革命を背景に、アイデア(技術やデータ)の移動コストが低下し、生産プロセスが分離されました。その結果、部品の国際貿易が拡大し、グローバルなサプライチェーンが発展しました。例えば東京に本社があって、中国などアジア各地に工場を置く形でさまざまな部品、組み立て、塗装を分業することで、生産プロセスが国境を越えて運用される形です。

その結果、オフショアリングが進み、新興・途上国の格差が縮小しました。貿易面でも、完成品の貿易が第1のアンバンドリングの特徴でしたが、第2のアンバンドリングでは部品の貿易が拡大しました。国の役割として、ルールの形成や投資環境の整備、法人税の引き下げなどもありましたし、途上国では関税を引き下げることも積極的に行われました。つまり、部品などを頻繁にやりとりする中で関税を高くとどめておくことは産業の保護にもならないし、オフショアリングを進めるためには関税を引き下げることが合理的になってきたということで、技術の変化の中で国の役割もさまざまに変わってきました。

現在起こりつつあるのが第3のアンバンドリングです。さらなるデジタル技術の進展で、国境を越えたバーチャルな人のやりとりが可能になっており、個人単位の「タスク」の分離が可能になっています。例えば、先進国での下働き的仕事にとどまらず、専門的な仕事も含めて途上国の労働者や専門家が行うことができます。つまり、サービス業も含めて国境を越えたつながりがいっそう増し、サービス貿易も拡大していくのです。

そういう中でコロナショックが発生しました。コロナショックはオンラインコミュニケーションを急速に普及させており、第3のアンバンドリングの流れを加速させる可能性があります。

日本にとっても人口減少などさまざまな逆風がある中、世界との接点は大きく変化しています。現地に工場を造り、それが本国に対して投資収益をもたらす形で、アジアを中心としたサプライチェーンを構築しています。つまり、貿易立国から投資立国に転換する形で、日本のグローバリゼーションの視点を第2のアンバンドリングの中で変化させてきているのです。

では、第3のアンバンドリングに向けて何が求められているのかというと、制度整備を含めたデジタル化の加速です。例えば、中国では5G(第5世代移動通信システム)やIoT(Internet of Things)などの加速を表明しており、世界がさらにデジタル化を進めています。しかし、日本はデジタル化も含めた無形資産の活用が課題になっています。米国ではすでに有形資産投資に比べて無形資産投資の方が高くなっていますが、日本はまだまだ有形資産投資の方が多いです。

他方、日本自らがイニシアチブを取って、国際的なルール作りも含めて進めてきています。2019年のG20以降、国際的なデータ流通網の構築(Data Free Flow with Trust:DFFT)に取り組んでいますし、デジタル化も進めていますので、ガバナンスもより変化させていくことが重要になっています。ですので、今回の危機をデジタル活用の機会にしていくことが非常に重要な論点となります。

目指すべき社会を実現するための世界とわが国の方向性

グローバリゼーションのトレンドを考えると、コロナショックでさまざまな制約がかかる中で、国境を越えた交流は、よりデジタル分野に重心を移していくことが想定されます。その中で、教訓を3点挙げています。

1つ目に、世界的な感染症は自国のみでは収束しないという課題があります。その中で自国優先策が見られたり、多国間の枠組みへの不信が発生しています。その典型として、米国の世界保健機関(WHO)からの脱退や英国のブレグジットがありました。2つ目に、経済性・効率性によって生産拠点が集中するとともに、経済活動がグローバル化する中で、供給途絶というリスクに直面するようになりました。3つ目に、対面コミュニケーションに非常に強い制約がかかる中、デジタルの技術開発が社会実装を含めて非常に加速しています。

これら3つの教訓を踏まえた上で、グローバリゼーションをより強化し、サプライチェーンを強靭化し、人の交流の在り方を進化させていくことで、強靭な経済社会システムへの進化を目指していくことが必要です。

そのために国際協調は重要なのですが、コロナ危機以前から、貿易摩擦や世界貿易機関(WTO)改革、WHO問題、ブレグジットなど、国際協調に対するさまざまな遠心力が発生しています。その中で世界的に求心力を維持しようという動きもありますし、今後ますます国際協調の求心力の維持が重要になってくるので、グローバリゼーションの意義を訴えていくことは大切です。

持続可能な開発目標(SDGs)が近年非常に注目を集めていますが、感染症や環境問題などを含めて地球規模の課題に対してさまざまな主体が連携しつつ、社会的な投資を進めていくことが重要になっています。

その上で、サプライチェーンの観点で見れば、物資ごとに見ていくことが重要であり、今の危機に対応できるようにサプライチェーンを変革することで、製品の用途や性質に応じてボトルネックとなる事態を想定し、精緻な議論をしていくことが求められます。緊急物資は確実な供給システムを補完的に構築していくことが重要ですし、日本の産業を支える物資についてはチョークポイント(要衝)を精緻に把握していくことが必要です。

人の交流についても、経済社会のデジタル化の加速によってさまざまな点が不可逆的に変化し、産業構造が大変容する可能性もあります。例えば専門技術サービス、事業経営、情報など、日本がこれまであまり得意としてこなかった分野に対する加速が起こることが想定され、われわれはそのことをとらえて日本の付加価値を高めることが求められます。一方で、人の交流は形を変えつつも引き続き追求していくので、交流の在り方を変えつつ、必要不可欠な人材から往来を再開する議論が重要になってきます。

そういった中で1つの視点として重要になるのが、新興国との共創です。日本はアジアの新興国と連携しながらアジア・デジタルトランスフォーメーションを推進しており、持続的な発展に貢献しながら日本自体の改革も進めています。

世界全体が高度な危機を迎える中、人の交流、サプライチェーン、グローバリゼーション、国際協調をあらためて強化することで、今回の危機を乗り越えていくことが今回の通商白書のメッセージです。

質疑応答

Q:

ウィズコロナ、アフターコロナの時代に入り、通商政策はどのような役割を国内外で示し得るのでしょうか。

A:

グローバリゼーションに対応する中で人に対する投資も含めて役割自体が思いますし、自由な貿易体制の構築は非常に重要ですので、変わらず存在し続けると思います。

Q:

米中対立の構造の中で、多国間の通商交渉の枠組みが機能しなくなるともいわれていますが、そうした心配はないのでしょうか。

A:

日本も環太平洋パートナーシップ協定(TPP)などさまざまなものを進めてきましたし、日本として世界に対し自由貿易を進める役割はより大きくなると思われます。

Q:

先進国を中心に財政支出を急拡大させましたが、財政支出を急拡大させれば、財政赤字、対外債務となるリスクが高まります。そうしたリスクをどのように見ますか。

A:

世界的に債務GDP比が上がって、財政収支が悪化したところはありますが、例えば金利は落ち着いている中で、いかにして生活の安定を確保していくのかというふうに複合的に見る必要があると思っています。

Q:

今後、WTOの運営・改革をどう進めるのでしょうか。

A:

世界規模の課題は変わらず存在している中で、それらに取り組む体制づくりは非常に大事な課題です。WTOに限らず、パリ協定やWHOもそうですが、求心力を高めることが大事なので、今回さまざまな課題が明らかになってきたことを踏まえて、問題を解消する方向に結び付けていくことが求められていると認識しています。

Q:

中国はドル依存からの脱却に向けてデジタル人民元を検討しています。将来の国際通貨体制の展望についてどうお考えですか。

A:

大変重要な問題だと思います。例えば、米国を経由しない場合であってもドルが使われます。なぜなら、取引コストが低いからです。

他方で、集中することのリスクが認識されており、それらに対処していくことが課題として示されていると思っています。米国が成長し続ける限り、経常赤字を出すことで世界的にドルの供給は保たれるので、サステナブルといえばサステナブルなのですが、経常赤字を出すこと自体がサステナブルではなかったことがリーマンショックの教訓の1つだったと思います。このような歴史も踏まえて、どのようにより安定したシステムを作るかが課題となっています。

Q:

コロナ禍によって、健康や格差の縮小といった社会的インパクトへの対応が政策上不可欠となっています。わが国の政策はその方向を向いているのでしょうか。

A:

通商白書の中でSDGsのメッセージを出したのもそういう側面があります。先進国と途上国の間でのオフショアリングの話をしましたが、一方で本文では二極化のことにも触れています。さまざまな社会的インパクトの重要性がこれまでのグローバリゼーションの中で明らかになってきています。

Q:

コロナでサプライチェーンが短くなり、米国の自国優先主義や米中貿易戦争が広がれば自由貿易が後退し、日本が一番被害を受けると思うのですが、米中も納得できる日本が取るべき戦略は何でしょうか。

A:

通米中も納得できるような日本の戦略は、今の状況の中で国際協調をつくることは欠かせませんし、そうした戦略を日本が取ることが一番大きな役割だと思っています。自由貿易が後退すると多くのリスクが起こり得るが故に、われわれはそのリスクにいかに対処していくのかが重要な課題となっています。

Q:

今後、日本企業に無形資産投資を促すためにはどのような施策が効果的と考えますか。

A:

長年、課題として認識されてきたことだと理解しています。形のないものに対する投資は日本のあまり得意ではない分野だということも指摘されてきたところです。これはさまざまなサービスに対してお金を使うという話にも重なってくると思うのですが、モノだけでなく、本当に必要なバリューを評価していくことが広がることが重要だと思いますし、それが1つの鍵になると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。