DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

ソフトウェア時代の経営について

開催日 2020年7月10日
スピーカー 松本 勇気(DMM.com CTO / 日本CTO協会理事)
コメンテータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学大学院経済学研究科特任研究員 / 国立情報学研究所研究戦略室特任助教 / 日本経済研究センター特任研究員 / 早稲田大学研究院客員講師)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター)
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開催案内/講演概要

情報処理技術の進展によって経営の方法論は近年、目覚ましい変貌を遂げており、クラウド、デジタルトランスフォーメーション(DX)、人工知能(AI)などの新技術の奔流はとどまるところを知らない。その核となるのはソフトウエアとデータである。本セミナーでは、BBLセミナー・DXシリーズの第1回は、DMM.com CTOの松本勇気氏が登壇し、前職のGunosyやDMM.comでの経験を基に、ソフトウエアやデータ中心の時代における経営の基礎について解説した。そして、現代におけるイノベーションのほとんどの起点となっているソフトウエアを活用することで、いかに経営スタイルをどのように描けばよいか、DXが目指す先にはどのような世界が開けていくのかを共に考えた。

議事録

ソフトウエアと経営

マーク・アンドリーセンというベンチャーキャピタリストは今の時代を、「Software is eating the world.(ソフトウエアが世界を食らう)」と表現したことがあります。事業改善、立て直し、新しい事業を起こすといったことを繰り返す中で、私が一番に感じたことは、経営はソフトウエアなどとは関なく、ファクト(事実)やデータに基づいてきちんと意思決定をしていくことでしかないということです。それを進めるためには最終的にAgility(俊敏さ)が重要です。

ソフトウエア中心の経営は、おおよそソフトウエアとデータ関連技術の2つからなると考えていて、これらによって組織やチームの在り方としてのAgilityを獲得していくことが重要です。Agilityとは、失敗をコントロールしながら継続的に挑戦することだと私は考えます。

失敗をコントロールするというのは、ソフトウエアを使いながら、より多くの挑戦をすることで、事業や行政に対して正しい解を作っていくことです。たくさん失敗するけれども、その失敗がコントロールされた環境下で挑戦することで多くの知識を身に付けていき、正しい解を最終的には全体に広めていくわけです。そういったことを実現するのがソフトウエア、データ、Agilityという3者によるソフトウエア経営の全体像だと考えています。

インターネット以降のソフトウエアのインパクトが世界を変えた要因は、おおよそ2つに集約されると考えています。

1つは、反復可能性(スケーラビリティ)です。簡単に言えば、1回作れば何度でも同じ動作を繰り返すことができることが重要な特徴であり、技術力さえ身に付ければ複雑度が高いものでも繰り返し等しく動作します。

それならハードウエアも一緒だと言われるかもしれませんが、大きく異なるのは、スケーラビリティの獲得が規格化されていることだと思います。ハードウエアは単一目的に作られることがほとんどであり、汎用性はなかなか作りづらいものです。コンピュータは演算装置が全体的に規格化されていて、どのパソコンを使っても同じものが動き、たくさんのコンピュータを集めれば同じ動作を何度でも繰り返すことができます。要するに、1人であっても技術力さえあれば同じ機能を100人にも1億人にも届けられるのです。しかもクラウドが登場してから、ソフトウエアを共有することでたくさんの機能を多くの人が使えるようになりました。

もう1つは、可観測性(オブザーバビリティ)です。ソフトウエアの動作をすべて記録できるということであり、それによってわれわれはすべてを数値として理解することができます。さらに、大量に集めた数字の分析も、分散並列データ処理基盤(ビッグデータ)を使うことで、数十億のログデータ(記録)があっても可能になりました。

つまり、同じ動作を繰り返せること、それがたくさんの人に届くこと、その過程をすべて記録できることが、われわれの事業に大きな変化を与えてきました。

事業のソフトウエア化と数値化

われわれの事業の多くは、基本的にさまざまなソフトウエアの組み合わせの上に成り立っています。事業では反復可能性と可観測性に対し、管理会計によってどういう数理モデルで表現するかを考えながら状況や改善点の理解に努め、改善が生まれてきたと思います。

つまり、企業は事業の集合体だと捉えれば、事業をソフトウエアで表現し、データを取って分析し、事業モデルを作ることができれば、会社そのものもすべてソフトウエアで表現できると思っています。このように事業をまずソフトウエアをベースに表現することは、起業にとって強みになると考えています。

その中で、数値化するためにわれわれがよく使う考え方として、システム思考があります。事業というのは資本、人、モノなどを入力し、最終的には売上、利益、顧客数などを獲得(出力)しようとしています。ただ、これがどういう仕組みで入力から出力まで行われているのかを理解していかなければなりません。それを知らずに事業がただ成長している状態は、優位性が簡単にひっくり返されるケースもあるので、成功のように見えて大失敗だと思います。

可観測性を利用しながらシステムの挙動をすべて理解し、事業理解を一歩一歩進めていくことで、精度の高い改善もできるし、不確実な時代において何らかの変化が発生しても正しく対処ができるのです。ソフトウエアで事業を表現するには、まずこういったシステム指向的な理解をしながら事業をより理解し、日々の不確実性に対処することが重要であり、この中でソフトウエアの力が発揮されるのです。

データ主義の時代

現代は、データ主義の時代だと思います。まさに私の前職Gunosyはデータ主義の権化のような企業であり、ユーザー1人1人の挙動を恐ろしいレベルで記録しています。たとえば、アプリの中に並んでいるたくさんのニュース記事のうち、ユーザーが何を見たか、どこまでスクロールしたか、どこまでクリックしたかをすべて記録していて、その1つ1つの数値を事業の目標変数に結び付けながら確実な事業予測、事業理解をしていました。

2008年前後に到来したビッグデータの時代は何が重要な変化だったかというと、元々は1台のマシンで処理できるデータでしか勝負できなかったのが、Googleを筆頭に大規模データ処理基盤で処理できる時代になったことです。処理基盤を100台並べれば100倍の処理ができる仕組みが初めて登場したのです。

かつ、クラウド化の進展でわれわれは柔軟に計算資源を手に入れることができ、コストが許す限りにおいて、その計算資源を使っていくらでも大規模な処理を行い、とにかくたくさんのデータを集められるようになりました。そして、男女別に集計するなどクラスタリングをかけて行動を分析し、ユーザーを知るためのより細かな手段をごく短時間で手に入れられるようになりました。

さらに、データを機械学習処理に持ち込むことで、高精度の予測エンジンが構築できるようになりました。面白いのは、高精度の予測エンジンをクラウドに載せてサービスとして提供することで、データを持っていない企業でも自動化につなげられるようになったことです。

こうなると、ワークフローすべての業務を計測することが重要になってきます。われわれの事業でいえば、お客さんがサービスに登録し、いろいろなページを回遊し、何らかの行動を起こし、購入してもらうという大まかな流れがあります。

これは行政でも同じだと思っていて、顧客(国民、市民)がそのサービスに気付いてくれるか、サービスを理解して使おうとしてくれるか、実際に使えるまでにどれぐらいの時間がかかっているかなど、業務プロセスの中で発生するさまざまな要素を計測することで理解できるようになります。そうした数字が見えてくれば、事業の目標変数(KGI:Key Goal Indicator)に対して、すべての数字を数理モデル的に表現できるようになり、事業のアウトプットを観測可能な数値モデルに落とし込むことができます。

事業モデルの詳細化

そもそもシステムは、互いに作用しながら動作する複数要素の集合体であり、事業1つにもさまざまな機能や商品があり、お客さまがいて、互いに作用しながら最終的な利益が生まれています。そのシステムをひたすらモデル化していくことで、事業全体の目的変数の構造を知り、どういう要素からゴールが生まれているのかを知ることができます。事業というシステムは、観測可能な重要業績評価指標(KPI)を構築してモデル化してはじめて、次に何を改善すればいいのかまで理解できるようになるのです。

たとえば、あるWebメディアの1日当たりの売上を分解していくと、最終的には1人のユーザーがそのページを訪れることの価値は、各ページのページビュー数(ページを見た回数)に表れてきます。かつ、広告の単価が見えてくれば、お客さまがそのページを1回見てくれたらいくらになるのかというところまで理解できるようになります。

その中で、広告を1回クリックしたときの単価をどうしたら改善できるのかを考えていくわけです。こうして分解から改善点を見いだし、1人1人の行動の価値を見いだしていくことが重要になります。

事業には予算があるので、それをKPIモデルに代入して計算していくと、明日のKGI、明後日のKGI、その次のKGIというふうに予測値が算出されます。そうすると、今の予算でいけば1年後はどういう姿になっているのかもある程度予測できます。さらに、KPIモデルに改善幅を加えてみると、目標値が見えてきます。

この目標値と予測値に加えて、自分たちが操作できる予算を組み合わせていくと、実績値が見えてきます。この2つの数字を用意しておくことで、日々出てくるアウトプットが想定どおりなのか、改善として十分に到達できたのかが見えてきます。そのずれに気付くことで、われわれのモデル自体の間違いにも気付けるようになるのです。

われわれがよく追っているに、単位当たり経済性があります。事業を拡大するに当たって最小単位となるものは何で、その最小単位に対する損益計算書(PL)の健全性を追う考え方です。最小単位はユーザー1人当たりかもしれませんし、プログラミングスクールであれば教室1個当たりかもしれません。

この単位当たり経済性が十分にプラスなのであれば、その事業はどこまでもスケールさせることができると思います。ですので、この数字を徹底的に洗って、詳細に理解して、十分に利益が出るようになったから、プロモーションをたくさん行ってユーザーを増やすことも考えられます。ソフトウエアの世界のサービスでも、この1人当たりの収益性がいかに健全なのかを常に考えながら事業計画を立てていることが多いと感じています。ユーザー1人当たりの生涯利益がきちんとプラスであれば、どんなに苦しくても事業を続けるべきだといえるわけです。

DMM.comの経営管理においても、事業が本当に健全かどうかを不確実性の高い事業から重点的に、事業のフェーズに応じて徹底的にモニタリングしています。不確実性が高い事業というのは、開始直後のように、成功するために何を解決すればいいのかが見えていない状態です。選択肢がいかようにも取り得る中で、いろいろな施策を繰り返しながら何をすればいいのかが見えてきます。ですので、不確実性が高い状態こそ徹底期にモニタリングして、ここまで来ればある程度任せても大丈夫と判断すれば、だんだんとモニタリングの濃度・頻度を落としていくのです。

不確実性に立ち向かうために重要なのは、実験主義的な考え方です。改善が本当に良かったのかどうかを科学的に考える科学的事業改善を図るためには、同じ環境でユーザー群を幾つかに分けて比較対照するABテストが効果を発揮します。比較実験を行うことで一番効果があったのはこの施策だということを確実にいえるようにするのです。可能な限り多くの実験をしている企業は、改善速度も高まり、現代において優位なポジションにあると考えています。

Agilityの重要性と組織

AIや機械学習は、データ傾向から学習して、特定のアウトプットを返してくれる単なる関数です。しかし、特定の機能を高精度かつ曖昧に行えるようになりました。より曖昧な反復可能性を獲得することで、事業のソフトウエア化の範囲を広げることはとても重要です。だからといって、ただロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)を入れればいいわけではなく、正しくソフトウエアを使う中で、機械学習でないと対応できない部分はRPAとうまく連携していく必要があります。

そうすることで、われわれの事業は、たくさんのユーザーに別々の機能を提供していくことができます。そうすると、失敗の範囲も極小化できます。どの施策が良かったかを科学的に判定し、失敗をコントロールしながら継続的に挑戦し続けて、より多くの解を生み出せるようになるのです。

それによって、事業のAgility(俊敏さ)が獲得されます。継続的挑戦と失敗のコントロールを行うことで、事業を理解して仮説をつくり、段階的リリース、数値分析を行ってまた事業を理解するというサイクルを回していくのです。こうして事業をより詳細に理解したチームは、その事業モデルにおいてどういう影響があるのかを緻密に理解することができます。それによって事業は常に強くなっていくのです。

その中で一番大事なのは、ソフトウエアを中心に設計することだと思っています。もともとは業務に対して必要なツールを入れていく形で業務を設定してきたのですが、そうではなくて、まず業務をソフトウエアでどう表現するのかというところから考えて、さすがに人でなければできない部分には人を配置していきます。

そうすると、単純な作業はどんどん圧縮していって、クリエイティブな仕事や課題発見ができるようになります。私は「アート的領域」と呼んでいるのですが、課題を見つけること、仕組みを考えることに注力し、それ以外をソフトウエアで表現することで生産性をより上げていくのです。

日本の全体課題は生産性向上であることは誰も否定しないと思いますが、その生産性向上に対してもソフトウエアは大きく資するはずです。Agilityの獲得がDXそのものだと考えていて、その先により強い日本が生まれるのではないかと考えています。

ソフトウエアが世界を食らう時代において、イノベーションのほとんどは実験主義的な基盤をつくり、さまざまな知識をためた上で起きているため、現代のイノベーションにおいてソフトウエアを無視することはできません。新しい電池を生み出すにしても、何を生み出すにしても、われわれは実験を効率的に行うことで、知識をより組織的に獲得できています。経営もすべてソフトウエアで科学され、高められていく時代なのです。

質疑応答

コメンテータ:

松本さんのように、CTO(最高技術責任者)が経営の前面に出るケースは非常に珍しいと思うのですが、その意義は何ですか。

A:

日本ではソフトウエアに関して、少なくとも管轄責任者以外は見ていないことが多いですが、今日お話ししてきたように、ソフトウエアは事業をより管理し進化させていく上で基礎的なものです。CEO(最高経営責任者)が経理や会計を把握しているケースがとても多いと思いますが、CTOが経営の前面に出るのはその延長上と捉えても差し支えないと思っています。ただ、現実的にはCEOが経営の中でソフトウエアを活用するのはまだまだ難しく、私にはテックカンパニー化というミッションもあったので、経営の前面に出てきています。

コメンテータ:

DMM.domでは、テックカンパニー化は何パーセント実現していますか。

A:

ほとんどの施策は大体種まきが終わっていて、方向付けもできています。私が何をしなくても社員はどこに向かっていけばテックカンパニーになるのかを理解していると思っているので、そこに対してさまざまな戦略をプロットし、それぞれが進んでいる状態です。6~7割の進捗だと思います。

コメンテータ:

DMM.domのCTOとして今後何をされますか。

A:

ソフトウエアをきちんとベースにして事業を立ち上げられること、事業を成長させられることが、これから進化する上で重要だと考えています。

コメンテータ:

日本CTO協会設立の経緯と目的を教えてください。

A:

私はもともとDMM.comのテックカンパニー化がうまく進み始めた段階で、どうすれば日本を1つの組織、1つの集合体として良くできるのかを考え始めていました。その中で、日本がデジタルの活用をより求めていることが分かってきました。そこで、志を共にする日本のスタートアップや大きなベンチャーのCTOと一緒に協会を設立しました。もともとは有志のCTOの勉強会でしたが、このノウハウをさらに日本全体に提供していきたいと考えています。

コメンテータ:

DX推進に向けて政策に求めるものは何ですか。

A:

まずはわれわれ産業と法との間を滑らかにつなぐシステムだと思っています。その中で、ソフトウエアでつなぐ部分を提供していただけたら、フロントのサービスは民間も協力できる部分が多々あると思っています。その中でソフトウエアを使うことが難しい部分は、われわれの協会などさまざまなところに頼るといいでしょう。

Q:

CTO協会は実働何人ぐらいでどんな活動をしているのですか。

A:

ソフトウエアをどう活用するかという意見を表明したり、私が担当しているところでは、ベンチャーや大企業でどのようにソフトウエアを活用していて、どのような悩みがあるのかといった情報を収集してレポートを作ったり、中国やアメリカのデジタル活用に関するレポートを翻訳して会員に配ったりしています。その他、CTOを集めて意見交換会を開催することもあります。

Q:

松本さんの後輩たちの就職志望にはどんな変化がありますか。松本さんをロールモデルにベンチャーを目指す人は増えていますか。

A:

東大出身のベンチャーが増えており、とくに高度なソフトや技術を活用したスタートアップが増えています。優秀な学生たちが起業にどんどんシフトしていると感じていて、私が起業したころよりも非常にカジュアルに起業するケースが多いと思っています。人気企業といえば最近はITベンチャー大手が多いと思います。

Q:

施策を打つ際に競合他社の行動をどのように予測しますか。

A:

まず、競合のサービスを徹底的に触っています。世の中にはさまざまなツールが存在しており、そういったツールを使うとさまざまなサービスのおおよその数値を知ることができます。他にもTwitter上にどういう情報が流れているかとか、Googleの検索ランキングなどを収集しながら、実際の競合状況をモニタリングしています。

ただ、1つ1つのサービスがどういう施策を打って、それがうまくいったのかどうかということに自分なりに意見を持つことは大事だと思っていて、競合がたくさん参入してくることは特段問題ではないと思っています。競合のいかんに関係なく、われわれは事業において最小単位を積み上げていくことが大事なのです。正しく積み上がっている限りは、競合がいようがいまいが健全な事業を作れると思います。

Q:

デジタルの世界において数値化をしっかり行い、ファクトとして押さえながら、世の中の品質を変えていく、サービスを良くしていく、世の中を良くしていく方向を目指して取り組んでいることに大変感銘を受けました。ぜひ滑らかなシステムに向けて、行政と民間の連携という形で私どもも協力したいと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。