エネルギー白書2020について

開催日 2020年6月19日
スピーカー 長谷川 洋(資源エネルギー庁長官官房総務課調査広報室長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

「エネルギー白書2020」では、2011年の福島第一原子力発電所事故で大きな被害を受けた福島の復興の進捗状況、2020年6月に成立した「エネルギー供給強靱化法」制定の背景、2020年以降に運用が開始される「パリ協定」への日本の対応や2020年1月に策定された「革新的環境イノベーション戦略」などについて紹介している。本セミナーでは、経済産業省資源エネルギー庁長官官房総務課調査広報室長である長谷川洋氏に、これらの内容を解説いただいた。

議事録

エネルギー白書の概要

「エネルギー白書」とは、エネルギー政策基本法に基づく年次報告(法定白書)であり、2020年で17回目の発行となります。例年3部構成となっており、第1部はその年の動向を踏まえた分析、第2部は内外のエネルギーデータ集、第3部が施策集となっています。今回は2020年版の第1部「エネルギーをめぐる状況と主な対策」を重点的に説明します。

福島復興の進捗

第1章では、福島の復興・再生に関して「オフサイト」「汚染水」「廃炉」の3つについて報告しています。「オフサイト」では、2020年3月に帰還困難区域として初めて双葉、大熊、富岡町の一部地域の避難指示を解除したほか、帰還困難区域以外の全地域の避難指示を解除しました。また、2022~2023年の特定復興再生拠点区域全域の避難指示解除を目標に取組を進めていることを紹介しています。「汚染水」では、周辺海域の放射性物質濃度が2011年3月に1万Bq/Lだったのが、1万分の1以下に減少していることが記載されています。「廃炉」では、2011年12月に初版が出された中長期ロードマップの改訂や、初号機からの燃料デブリ取り出し方法の確定が2019年度あったことが記載されています。

直近の取組としては、オンサイトでは予防的・重層的な汚染水対策の進展や燃料取り出しに向けた作業の進展、デブリ取り出しに向けた内部調査、1・2号機排気筒の解体作業、国際原子力機関(IAEA)による進捗確認がありました。オフサイトでは、避難指示解除のほか、福島ロボットテストフィールドの全面開所や生活環境整備の進展、再生可能エネルギー由来の水素製造を実証する拠点(福島水素エネルギー研究フィールド)の開所がありました。

災害・地政学リスクを踏まえたエネルギーシステム強靱化

第2章では、2020年6月に成立したエネルギー供給強靱化法のバックグラウンドとなる議論について紹介しています。

【災害・地政学リスクを踏まえた国際資源戦略】
まず第1節では、資源情勢の変化を受けて、燃料調達先のさらなる多角化やLNG(液化天然ガス)・LPG(液化石油ガス)のアジア需要の取り込み、石油の備蓄制度の充実やアジア全体での備蓄協力などによるセキュリティ強化、産業競争力を左右するレアメタルの確保・備蓄強化などに取り組んでいくと述べています。

まず中東情勢の不安定化について。中東情勢が緊迫化する一方で米国の中東への関与が低下しており、日本は中東への原油の依存度が88%と高いことから、安定供給をしっかり確保していくことが大事です。また、LNGは、中東依存度は低いものの性質上備蓄が難しいので、こういったところへの対応も必要です。

次に、需要構造の変革と日本の相対的地位の低下です。供給側では米国・ロシアといった新たな資源国が出現していることに加え、LNGについては需要が2040年までに世界で倍増するとみられ、需要国も今までの先進国から中国・インドなどアジアに中心が移ります。そういった中で日本の相対的地位が低下していることにどう対処するかが課題です。

続いて、中東各国との資源外交の強化です。特に石油について、急に中東に依存しないわけにはいかないので、こういった国々との関係をしっかり築くことが重要です。現在、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)で輸入量の6割を占めているので、他の産油国との外交も強化しながら、相手国の要望に応じた戦略とツールを整理した上で、オールジャパン体制で臨んでいくと述べています。

続いて、調達先の多角化によるLNGのセキュリティの確保です。国際エネルギー機関(IEA)は、米国・ロシア・アフリカでLNGの生産が増える見通しを示しており、こうした国々に調達先を多角化することは、LNGのエネルギーセキュリティを強化するまたとないチャンスです。LNGプロジェクトに日本企業が参画できるよう、国としてもしっかり支援していきます。

続いて、ロシアからの新たなLNG供給ルートの確保です。北極海航路を使うと輸送日数が36日から15日と半分以下で済むので、北極圏からの安定的なLNG供給にとって重要な積替基地にも日本がしっかりと支援していくことが必要であると述べています。

続いて、重要性を持つ多様なレアメタルの確保です。IoT(Internet of Things)やデジタル化で必要とされるキーマテリアル=レアメタルの国際的獲得競争が激化するなか、上流の権益だけでなく中流の精錬工程についても中国勢の寡占化が非常に進んでいます。このままでは需給ギャップが生じる可能性もあり、この点をしっかり考えながら進めていく必要があります。

全体として、国際機関によるエネルギーの長期予測にばらつきが出てきており、エネルギーの将来像が不確実になっています。2014年の油価下落以降、エネルギー市場の不安定さが非常に増しており、他方で新興国は成長しており世界のエネルギー需要を賄うには引き続き化石燃料が重要です。化石燃料の開発は非常に巨額かつ長期の投資が必要ですが、投資の予見性が低い現状では企業単体で判断するのは難しい状況だと思います。加えて、米国が2019年9月に初めて月次で純輸出国になりました。2020年には年間を通じて輸出国になるという予想もあります。こうした地経学的なバランスの変化は、日本のエネルギーセキュリティにも影響してくると思います。アジアや産油国との共同備蓄や国際LNG市場の取引量拡大による流動性・柔軟性確保をしっかり進めていく必要があるでしょう。

また、2020年1月から2月にかけて、新型コロナウイルスの感染拡大による需要減少で油価が大きく下がり、その後も減産合意や経済活動再開の動きなどによって乱高下しています。油価が低いのは、日本のような消費国にとってはプラスの側面がありますが、長い目で見るとエネルギー企業の収益や産油国経済への悪影響があります。世界経済が悪化するなかで、エネルギーの安定供給はしっかり行わなければなりません。生産国・消費国の双方が国際原油市場の安定化に取り組むことが非常に重要です。

【持続可能な電力システム構築】
第2節では、電力ネットワークを取り巻く構造的変化(再エネの主力電源化、レジリエンス強化、老朽化設備の更新、デジタル化への対応、人口減少による需要見通しの不透明化)を受けて、ネットワーク形成の在り方の改革や国民負担の抑制と平準化、託送料金制度の改革、次世代型の発送電への転換、災害対応の強化などの取組について述べています。

2019年は、台風15号などへの対応からレジリエンス強化が課題としてはっきりした年でもありました。災害被害の発生から復旧までの期間が長期化しており、大規模災害への対応が急務となっています。そこで、鉄塔の建替や無電柱化、分散型電源の活用も含めて、電力インフラを持続的に強靭化することが必要です。他方、電力需要が大きく伸びるわけではないため、電力各社の送配電への設備投資は縮小しており、こうしたギャップへの対応が課題になっています。

自然災害に対するシステムの強靭化のためにも、分散型電源の活用は有効な手段の1つです。これまでの電力の流れは発電所から需要家への一方向でしたが、例えば電気自動車(EV)やデータセンターの電力需要は拡大していますし、住宅用の太陽光も含め、供給側は多様化しています。これを束ねることで、発電所が果たしていた電力全体の需給調整機能を集合的に実現できます。デジタル技術が高度化することで、バーチャル・パワー・プラント(VVP)などの分野に新たなビジネスとして参入を試みる企業も増えています。

【再生可能エネルギーの主力電源化に向けて】
第3節では、再生可能エネルギーの主力電源化に向けて、各電源の特性に応じた制度の構築、適正な事業規律の確保(設備の廃棄費用の外部積立や安全確保の規律強化)、再生エネルギーの大量導入を支える次世代電力ネットワークの構築に取り組むとしています。

2012年に固定価格買取制度(FIT:Feed in Tariff)が始まって以降、日本における再エネ導入は増え、2012年から2018年の間に発電量(水力を除く)は3倍程度になり、全体に占める比率は16.9%に達しています。特に太陽光は買取価格が電気料金とほぼ拮抗しており、今後競争力ある電源への成長が見込まれる電源についてはFITから市場価格に一定のプレミアムを上乗せするFIP(Feed in Premium)に移行すべきと述べています。

それから、2019年11月から住宅用の太陽光発電がFIT対象から順次除外され、自家消費をしたり、余剰電源を自由に売ったりすることも選択肢になりました。住宅用太陽光発電の自立運転や地域のエネルギーを地域で融通することは、災害時の電力供給の強靭化にも非常に貢献します。

一方、法令で報告が義務付けられている50kW以上の設備の事故が非常に増えており、安全に関する法令違反や騒音による住民トラブルも報告されています。2040年ごろには太陽光パネルの大量廃棄も見込まれるため、安全確保や適切な事業規律の担保、廃棄費用の積立も必要です。

【エネルギーレジリエンスの強化】
第4節では、自然災害が非常に増え、地政学リスクも顕在化し、需給構造も変化する中で、再エネの主力化は進めていかなければならないということで、エネルギー供給強靭化法の制定や、アジア太平洋経済協力(APEC)でも国際的なレジリエンス強化の議論が進んでいることなどを紹介しています。

運用開始となるパリ協定への対応

第3章では、2020年以降に運用開始となるパリ協定への対応について、温暖化をめぐる動き、エネルギーファイナンスをめぐる動き、2020年1月に策定した「革新的環境イノベーション戦略」についての3点に分けて紹介しています。

【温暖化をめぐる動き】
まず第1節では、2019年6月に「パリ協定長期戦略」を、2020年3月にNDC(各国が決めた貢献の目標)を、それぞれ国連に提出したことなどを紹介しています。世界の温室効果ガス(GHG)の3分の2を占める新興国の排出削減も非常に重要であり、日本は高効率・低炭素技術、カーボンリサイクルなどのイノベーションで貢献していくと述べています。

日本は、基準年となる2013年から5年連続で計12%を削減しており、G7では英国に次ぐ水準です。今後も毎年着実にGHG排出を削減しながら技術開発も進めていくことが重要です。それから、先進国では削減が進んでいますが、新興国でもしっかり排出削減を促すことが実効的な温暖化対策にとって重要であると述べています。

NDCでは2030年度、26%の目標を確実に達成することを掲げています。この数字にとどまることなくさらなる削減努力を追求し、パリ協定の5年ごとの期限を待つことなく、エネルギーミックスの改定と整合的にさらなる削減努力を実行することがポイントです。

また、従来の取組の延長だけでは気候変動問題を完全に解決するのは難しく、非連続なイノベーションは欠かせません。その際、ビジネスの力を最大限活用することが重要であり、日本の温暖化対策は「環境と成長の好循環」というコンセプトで成長戦略として位置付けられています。日本政府としては、長期戦略に基づいてイノベーションの推進、グリーン・ファイナンスの推進、ビジネス主導の国際展開・国際協力をしっかり進めていきますし、産業界でも自主的な取組が進展しています。例えば日本経済団体連合会では「チャレンジ・ゼロ」という構想を2019年12月に出しましたし、事業活動全体のCO2ネット・ゼロに挑戦することを表明している企業も現れています。

【エネルギーファイナンスをめぐる動き】
第2節では、気候変動対策やイノベーションに取り組む企業に資金を集中する必要があり、あらゆる分野に投資していく必要があると述べています。IEAによれば、パリ協定の実現に必要な資金は2040年までに累積で約7,000兆円になります。これを各国政府だけで賄うのは現実的ではなく、資金をどう集めるかが大きな課題です。

最近はESG(環境・社会・ガバナンス)投資が重要となり、2018年には世界全体で30.7兆ドル、投資市場全体の3分の1ほどに拡大しています。投資にESGを組み入れる考え方が非常に進んでおり、わが国の運用機関の97.9%がESG情報を投資判断に活用しています。 こういったことも踏まえて、2019年東京で世界の産業・金融界のリーダーを集めたTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)サミットを開催しました。環境に悪い分野からお金を引っ込めてしまうダイベストではなく、積極的に関与して相手の行動を変えていく「エンゲージが有効」であり、「アジアの経済発展を促し移行(Transition)に貢献する技術群の提示が重要」であることを確認しています。併せて、グリーンイノベーションサミットを開催し、世界の産・学・金のコミットメントを確認しています。世界では、ある事業に関してグリーンかどうかという二元論的な分類が議論されていますが、TCFDサミットなどを契機に企業の移行を評価する動きは世界的にも進んでいます。

【革新的環境イノベーション戦略の策定・実行】
第3節では、「革新的環境イノベーション戦略」の内容について紹介しています。2020年1月に策定し、5分野、16課題、39テーマについてコスト目標、技術ロードマップ、実施体制を明確化しています。

気候変動との闘いを終わらせるには、世界のカーボンニュートラル(CO2の排出量と吸収量がプラスマイナスゼロ)に加えて、過去のストックベースでのC02削減(ビヨンド・ゼロ・エミッション)も行う革新的技術が必要であり、同戦略ではこれを2050年までに確立することを目指しています。

戦略の構成要素として、ゼロエミッション・チャレンジでは、経団連が進める「チャレンジ・ゼロ」とも連携し、優良と認められるプロジェクトを表彰したり、世界の投資家向けに情報発信をしたりしています。さらに、企業による情報発信、積極的な資金供給、産業界と金融界の対話の3つの柱でグリーン・ファイナンスを推進していくと述べています。

最後に、GHGの実効的削減を進めるための新たな視点として、1点紹介します。先進国ではCO2排出削減がしっかりと進んでいますが、世界全体ではあまり減っていません。要因の1つは、新興国で増えているからです。新興国の成長も大きな要因ですが、国内に製造業を持っていない先進国が炭素集約製品(鉄や化学製品)を新興国に作ってもらい、それを輸入することでCO2排出を誘発している側面があります。そのインパクトは、欧州連合(EU)の排出量の2倍です。世界的なCO2排出減を進めるに当たっては、自国のことを見るだけでなく、輸入元である新興国の低炭素化も意識しなければなりません。日本としては高効率な低炭素技術、カーボンリサイクルなどのイノベーションを世界的に展開し、世界の排出削減に貢献していきたいと考えています。

質疑応答

Q:

エネルギーレジリエンスとエネルギーセキュリティの関係についてご教示ください。

A:

エネルギーレジリエンスは、エネルギーセキュリティ(エネルギーの安定供給)を支える概念であり、リスクや変化に柔軟に対応できることを指しています。例えば、APECでは、地域の発展のためにはエネルギーセキュリティや経済性、安全性、環境適合というS+3Eが大事だとした上で、これらすべてを支えるために不可欠な概念としてエネルギーレジリエンスを定義しています。

Q:

新型コロナウイルスによるエネルギー需給への影響はどうでしょうか。

A:

白書では第2章第1節のトピック「新型コロナウイルス感染拡大等による国際原油市場への影響」で触れています。

Q:

Withコロナ時代におけるエネルギー需給の展望について、お聞かせください。

A:

見通しを語ることは現時点ではまだ難しくて、それこそライフスタイルに影響してくるものですから、この点は資源エネルギー庁でもしっかり分析し、エネルギー政策を考えていきたいと思います。

Q:

コロナショックにより世界はDX(デジタルトランスフォーメーション)が進むといわれていますが、われわれとして注意すべき点は何でしょうか。

A:

DXの推進は非常に大事なことだと思っています。DXが進むと、電力をしっかり届けることがこれまで以上に重要になってくるので、今回の白書でも改めて安定供給をしっかり行っていく必要があるというメッセージを示しています。その際には、半導体やEVに必須となるレアメタルなどDX時代のキー・マテリアルをどう安定供給していくかもしっかり考えていく必要があります。政府では「国際資源戦略」も出していますが、資源エネルギー庁としてもリサイクルや備蓄などの政策にしっかり取り組んでいきたいと考えています。

Q:

脱炭素とエネルギーミックスについて、ご教示ください。

A:

エネルギーミックスとは2030年度のエネルギー構成の見通しを示したもので、経済産業省が作成し、現行のエネルギー基本計画でも引用されているものです。一方、脱炭素について、現時点の日本政府の方針は、「今世紀後半のなるべく早期に脱炭素社会を実現する」というものです。脱炭素社会とはCO2をまったく排出しないということではなく、排出したものと回収して固定化・有効利用等したものを差し引きしてゼロにすることです。日本としては、革新的環境イノベーション戦略によって低炭素化、脱炭素化につながるイノベーション技術をしっかり広めていき、企業や国の効率化や排出削減につながる「移行」の取組も含め、しっかり支援していきます。

Q:

日本は食料を輸入することで世界の水資源を輸入している「水輸入大国」だといわれますが、同様に途上国の製品を買うことでCO2輸入大国にもなっているということでしょうか。

A:

OECDの分析によると、先進国や日本はどちらかというとCO2輸入国であり、新興国・途上国はCO2輸出国となっています。しかし、鉄鋼や化学品などの炭素集約製品を明日から使わないことにするのは非現実的なので、環境と経済との両立が求められます。ある特定の国からCO2を多く輸入していると分かっているのであれば、その国と低炭素化や生産プロセス改善などで協力を進めることが非常に効果的であり、そうした提案をOECDもしています。

Q:

無電柱化は従来の都市部だけでなく、郊外も含めて推進されていくのでしょうか。

A:

電線を全て地中化すると、地域によっては風水害による浸水で、停電リスクが高まるという指摘もあります。ですから、全部をとにかく無電柱化するよりは、分散電源などいろいろな方法でエネルギーレジリエンスを高めることが大事だと思います。

Q:

原子力や再エネに携わる人材の育成について検討されていることはありますか。

A:

日本の資源エネルギー政策全体を通底するテーマとして「技術をどのように維持するか」という問題があります。それは、ひいてはエネルギー自給率の向上につながっていきますし、コロナ禍のように国際的な分断が今後も起こるかもしれないと考えたときに、そういったことを意識することは大事だと思います。人材育成に関する具体的な政策は第3部に載っていますので、そちらをご覧いただければと思いますが、われわれとしても非常に重要な論点だと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。