2020年版ものづくり白書の概要:不確実性の時代における製造業の企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)

開催日 2020年6月12日
スピーカー 中野 剛志(経済産業省製造産業局参事官(デジタルトランスフォーメー ション・イノベーション担当) (併)ものづくり政策審議室長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

今回のものづくり白書では、新型コロナウイルス感染症の拡大、米中貿易摩擦、地政学リスクの高まり等、不確実性が常態化し、サプライチェーンの再編など大きな変化を迫られている中で、我が国製造業がとるべき新しい戦略を提示します。具体的には、予測困難な環境の激変に対し、企業が迅速かつ柔軟に対応する能力である「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)」こそが、これからは決定的に重要になることを明らかにしました。その上で、この「ダイナミック・ケイパビリティ」を高めるためには、デジタルトランスフォーメーションの推進、設計力の強化、人材強化が必要であることを示した上で、その具体的な方策を、数々の事例とともに論じています。 本セミナーでは同白書を担当された製造産業局の中野参事官より詳しく解説いただきます。

議事録

政策の影響による経済の先行きの不確実性を指数化した「政策不確実性指数」というものがあります。2008年のリーマンショックの後から、この指数は上昇傾向で、10年間くらい続いています。実は、新型コロナウイルスの件が起きる前の2019年8月、9月の段階で「ものづくり白書」の構想を練っていたときから、サプライチェーンの変化ということが大きなテーマの1つでした。この新型ウイルスに限らず、最近、想定外、予想外のことが突然起きて、サプライチェーンを見直さなければいけないということが頻発していたのです。

ゲオルギエバIMF専務理事は、2020年2月に「不確実性が新しい常態(ニュー・ノーマル)になりつつある」と自身のブログに書きました。「何が起こるか分からない世界になってしまった」というのが、ニュー・ノーマルだと。不確実性を想定しないで効率性を重視してきたところに不確実性が起きたわけですから、再考しなければならないということです。効率性だけではなく、米国人などはよく「スラック」(slack)と言いますが、ある程度「遊び」、「冗長性」を持たせることが重要と。これからは効率性重視から、冗長性も考慮しなければいけないと言われています。

政策不確実性指数の中にも地政学のリスクもあり、「世界パンデミック不確実性指数」(EIUが作成)もあります。実は過去のパンデミックと比較しても、新型コロナウイルスは抜きんでて不確実性が高かったのです。これからの世界の理解には、不確実性ということを前提に置いて考えなければなりません。

サプライチェーンのデジタル化

サプライチェーン再編の歴史を見ると、80年代ぐらいまでは製造工程でいう工程1、工程2、工程3を国内で完結して輸出をしていました。80年代後半以降のグローバル化というのは単に輸出が増えたとか、そういう話ではなく、デジタル化によって工程1、工程2、工程3を別の国で立地させることが可能となり、立地条件のよい場所に立地させることができるようになったということです。

例えば、母国である国Aで工程1の研究開発・企画・設計をし、工程2の加工・組立を賃金の安い国Bで行い、最後の工程3、商品としての仕上げを消費地の国Cで行っていました。今回のパンデミックでは、国Aと国Bの間で遮断が起きました。この遮断リスクは、地政学リスクでも保護主義でも起こり得ることです。このときに工程2を人件費の高い国Aや国Cに移さなければいけないのか、といった議論をしなければいけない。

不確実性を前提にした場合、何が起こるか分からない世界で戦略を立てなければいけないわけですが、ではどうやって戦略を立てればよいのでしょうか。不確実性が高いとビジョンを描くこと自体が難しい。産業政策というのはこれまで将来社会、例えば2030年の日本はこうあるべき、というのを描いていたのですが、それが描けないことになってしまったのです。

不確実性を前提とした世界では戦略のつくり方自体も変える、つまりこれまで行っていたビジョンを描き、それに向かって進む、ということではなくなるのではないかという結論に達しました。そこで今回の「ものづくり白書」で考えたのが、「メタ戦略」というものです。先が読めないのだったら、何が起きても対応できる能力を身に付けるという戦略を立てようということなのです。

ダイナミック・ケイパビリティ戦略

その際に参考にしたのが、デビッド・J・ティース(David John TEECE、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール教授)の「ダイナミック・ケイパビリティ」(Dynamic Capability:企業変革力)という経営戦略論です。この解釈を拡大させて今回の白書の柱にしました。

ダイナミック・ケイパビリティというのは不確実性の高い世界を前提にして、不測の事態、世の中の環境が変化した時に、どうやって組織内外の経営資源を再結合し新しい事態に適応させていくか、という能力のことです。

ダイナミック・ケイパビリティの他にオーディナリー・ケイパビリティ(Ordinary Capability)というのがあります。オーディナリー・ケイパビリティは通常の能力、基本的な能力のことです。端的に言うと、効率性、生産性、利益率を向上させることです。品質の管理といった、世の中の変化が大きくない時に最低限やらなければいけないことです。

グローバル・サプライチェーンが今回、新型コロナウイルスで寸断されましたが、オーディナリー・ケイパビリティは、パンデミックを起きていないという前提であれば、中国などいろいろなところに生産拠点を分散させ、グローバル・サプライチェーンで生産することが大変効率が良かった。あるいは在庫を持たないようにやるのが一番良かった。ところが、いったんサプライチェーンが寸断された瞬間に、在庫を持たないことや中国にグローバル・サプライチェーンを展開していたことが全部、裏目に出ました。

変化に対応するダイナミック・ケイパビリティはオーディナリー・ケイパビリティには効率性の面では劣りますが、もう少しセキュリティ面で安全なところに立地しておこうとか、何か起きた時のために在庫を持っておこうとか、そうしたリスクヘッジも考慮するわけです。

製造業のデジタル化、とりわけ設計力強化が重要

このダイナミック・ケイパビリティを高めていくのは、不確実性が高くなった世界を生きる必須の戦略だと思います。そのためには製造業のデジタル化、デジタル・トランスフォーメーションを進めていくことが重要です。

デジタル化がオーディナリー・ケイパビリティや効率性を高めるというのは、これはもう疑いの余地がないことです。しかし、実はデジタル化は、ダイナミック・ケイパビリティを高めるためにこそ使えるのではないかと思います。例えば、サプライチェーンの寸断に困った企業の中には「どこが寸断したのか分かりませんでした」というところも結構ありました。そういった時に以前からデジタル化を進め、データを収集していたところはすぐに対応できたのです。

またAIというのは、予測や予知に非常に優れています。3D設計やシミュレーションが進めば、製品の開発や設計のリードタイムが非常に短くなる。スピードが速くなり、新しい環境に対応できます。変種・変量、多品種・少量といった、デジタル化による恩恵は、全てこのダイナミック・ケイパビリティに有効なのです。

ダイナミック・ケイパビリティ活用の事例

オーディナリー・ケイパビリティとダイナミック・ケイパビリティを比較するとき、慶應義塾大学の菊澤研宗教授がよく出される例が富士フイルム社です。同社は写真フィルムでビジネスを展開していたので、デジタルカメラの急激な普及という巨大な環境変化が起きた時、普通だったら倒れてしまうのですが、自らを早い段階から変化させ、化粧品や再生医療、医薬品などさまざまな分野に事業展開しました。そのおかげで、写真フィルムが衰退した後も、会社として生き残り、発展できたのでした。

一方、コダック社は写真フィルムに「選択と集中」で資源を投入していた。それは確かに効率性も良く利益率も株主価値も高めることができたのですが、デジタルカメラの急激な普及というインパクトに耐え切れなかったということです。

富士フイルム社のようなダイナミック・ケイパビリティを日本の企業ができれば、日本の産業が産業構造として持つことができれば、これはかなり強いのではないでしょうか。

「企業変革力」を高めるのは、柔軟な組織づくり

日本の会社は、迅速な意思決定ができなくて遅いとよく批判されるのですが、迅速な意思決定にはデメリットもあります。意思決定後の経済社会の変化にもかかわらず、経営としてはその決定を長く固定しておかなければいけないからです。ですから意思決定を速くすれば良いというものではありません。もちろん意思決定が遅ければ良いということではなく、重要なのは見極めた後のスピード、反応速度は超絶に速くなければ意味がないのです。

不確実性の世界では、むしろ状況の変化を見極めた後のスピードを速くすること、野球で例えると、胸元までボールを引き付け、どんな球種でも打てるイチロー選手のような反射神経をもつことが、ダイナミック・ケイパビリティを高めるということです。

縦割りの組織や企業があります。そうした堅い組織では職務権限の在り方や、職務内容、職務権限の期間などがかっちり明確に決まっています。堅固な組織は職務も「ジョブ型」で一人一人明確になっており、効率性は高いのですが変化に対応できない。一方、状況の変化に対して柔軟に人事を配置して対応できる組織は、いわゆる「メンバーシップ型」です。この型の組織では誰が何をやっているのかあいまいで効率性は低いのですが、この柔軟な組織のほうが変化には対応しやすいのです。

デジタル化による設計部門の強化を

製造業には、サプライチェーンとエンジニアリングチェーンがあります。このチェーンを全部つなぎ、データのやりとりができるように連携すると非常にうまくいくのです。日本の製造業の製造現場は、非常に能力が高い。しかし計画層のERP(Enterprise Resource Planning:統合基幹業務システム)は古く、実行層のMES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)もうまく運用されていない場合が多いです。製造現場でのデータが未収集だったり、工程ごとが縦割りだったり、人手不足や高齢化の問題が出てきている。またエンジニアリングチェーンも、部品表を整備して製造部門とつながるようになっていなかったり、デジタル化が遅れていたりします。

デジタル化については、これまで専ら、サプライチェーンにばかり目を向けていたというのがわれわれの反省点です。わが国の製造業の競争力の源泉は現場の力にあるのだ、と思っていました。だから、サプライチェーンのことばかり言っていたのです。しかし今回の「ものづくり白書」ではエンジニアリング、要するに設計のデジタル化はどうなっているかということに光を当てました。

製造現場が強いといっても、衰えが見られなくもありません。そこがAI、デジタル化、ロボットで代替できるのなら、製造現場の競争力の源泉というのは別のところに移っていく可能性があります。わが国のものづくりの現場の力は素晴らしいものがある。しかしながら、他方で、自動車の自動運転などが典型ですが、非常にソフトウェア・リッチ、デジタル化して、製品が複雑化しています。現場力だけでは、どうにもならないぐらいに複雑化している可能性があります。だから設計のウェイトを強化しないと駄目なのではないかということで、設計に光を当てたということが今回の「ものづくり白書」のポイントです。

製造業の方がよくおっしゃるのは、「企画・設計の段階で、製品の品質コストの8割が決まる」ということです。それは当然で、企画、設計、製造と、工程が後ろに行けば行くほど、物事が固まってしまうので、変更が難しくなるのです。従って、まだ詳細が確定していない段階でいろいろ決めていく、設計変更の自由度が高い段階で変更するということです。

ダイナミック・ケイパビリティの核は、設計力

不確実性に対応するダイナミック・ケイパビリティのコア(核)は設計力です。作業負荷を前倒して設計部門にかけることをフロントローディングと言いますが、フロントローディングすると作業負荷自体が軽くなり、柔軟な変更も可能になります。まさしくデジタル化が効いてくるのです。例えば設計部門で、3Dで設計して、かつシュミュレーションもできるようになると、試作を繰り返す必要がなくなり、設計のリードタイムが格段に短くなり製品開発のリードタイムが短くなるのです。設計に製造できれば販売まで含めて、全部のデータを連携し集約させて一斉に作業を行う。そうすると製品が早く開発できるので、不確実性に対する、ダイナミック・ケイパビリティの向上にも資するわけです。

ところが今回のアンケート調査からは、3Dデータで設計している企業が17%のしかないと判明しました。さらに中には3Dデータで設計しているのに、他社に設計指示するときは2Dであったり、図面に戻したりしているというようなことを行っていることも分かりました。

日本の製造業のダイナミック・ケイパビリティを低め、デジタル化を遅らせている要因は、こういうところにもある。この点は今回の白書で強調したところです。

今後の課題ですが、5Gが製造業に適用されると工程設計の自由度が高まり、ものすごい力を発揮する可能性があります。特に不確実性の高い世界でさらにダイナミック・ケイパビリティも高めようとすると、この5Gを製造業が本格的に導入しなければいけないでしょうし、ダイナミック・ケイパビリティを高める上で大きなテーマになると思います。

標準必須特許(SEP)の問題

IoT(Internet of Things)が進むと、実は通信技術の中に「標準必須特許」(SEP: Standard Essential Patents)がたくさん詰まっているので、ライセンス紛争が発生する原因になっています。ところが中小企業は特許紛争に慣れていなくて、ノーガードのところも多いのです。IoTを進めているうちに、ある日突然、警告状が送られて来たということにもなりかねません。そのためこの標準必須特許の問題を今回の白書でも取り上げました。

標準必須特許の紛争は海外では急増していて、世界中で問題になっています。国内でも少しずつ増えていますが、今回アンケートを取ったところ標準必須特許に関して「あまり知らない」が51%、「全く知らない」が36.9%ということで、大変危ない状況ではないでしょうかと警告を発しておきたいと思います。

日本の製造業には、数学人材が必要

ダイナミック・ケイパビリティで重要なのは人材ですが、製造業の企業も「多台持ち」「多工程持ち」だったり、生産工程全般を担当できて、試作や開発や設計にも口を出せる人を欲しがっています。

デジタルは技能系、技術系がありますが、基本的な生産工程改善の技能が今後さらに必要になってきます。デジタル技術を導入し活用していく能力が、5年後もっと重要になると思います。そこで必要となる能力は数学とか物理で、製造業にとって実は数学人材がこれからは必要になってくるのではないでしょうか。

デジタル化の先頭を走っている米国は、数理科学のPh.D.の3割が産業界に進んでいます。しかもその数は近年、増加しているのです。一方日本では、数学の博士号を取った人が産業界に行くというケースは、ようやく出てきましたが、それでも1割なのです。日本がIT革命で乗り遅れたとか、ソフトウェアで遅れをとったと言われていますが、それは数学人材の能力を使い切れていないのが原因なのではないでしょうか。日本は数学が強い国ですが、数学人材の能力を使い切れていないことと、IT革命でソフトウェアで遅れをとったこととは無関係ではないだろうと思っています。

以上、今回の「ものづくり白書」のポイントは、①現在の不確実性の世界にはダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)が重要である。それには、②デジタル化(デジタル・トランスフォーメーション)が有効であり、それによる製造業の設計力強化がとりわけ重要である。そのために、③デジタル化を担う数学人材が、今後、製造業に必須となるだろう、という3点です。

質疑応答

Q:

「コングロマリット・ディスカウント」(事業を多角化すると株価が下落する)の見直しがなされるのでしょうか。

A:

ダイナミック・ケイパビリティを高めるという意味では、不確実性が高くて先読みができない場合は、「選択と集中」ではなく多様性をもってやったほうがよいと思います。

ただ、コングロマリットも、垂直統合も、多業種で大きくなり過ぎると、動きが鈍くなる。それは硬直性となって、ダイナミック・ケイパビリティに反する。ですが組織内のコミュニケーションとかの取引費用を、もしデジタル化が著しく下げるとしたら、どうでしょうか。GAFA、特にAmazonなどは、社内でもデジタル化が進んでいて取引コストは低いので、手広くいろんなことができる。そのような会社が強くなっていくのではないでしょうか。

Q:

5つコメントがあります。1点目、MES導入が不十分というのは、2000年ごろの半導体産業で見られた現象で、日の丸半導体敗戦の一因ですね、というのが1点目。

2点目は、トヨタは判断を遅らせることに強みがあると、ものづくり研究の大家が言っておられたが、いかがでしょうか。3点目は、PDCAはすでに時代遅れで、変化の時代にはOODA(ウーダ)ループが必要ということでしょうか。

4点目。モジュール化実践の大御所、日野三十四(さとし)氏の分析を活用されているのも素晴らしいですね。3年前に逝去されましたが。

5点目、数学など、博士を使いこなせていないというのが、工学部主導の日本の製造業の悩みですね。以上です。

A:

全部おっしゃるとおりだと思います。特にPDCAというのは得てしてPlanばっかりに時間がかかってしまって、Doをやって、Checkをやって、Actionをやった時には、もう世の中が変わっている。不確実性が高い世界では、Plan自体が作るのが難しく、そのPlanに基づいたActionをチェックしている頃には、そのPlan自体が時代遅れになっている。

Q:

Googleの話で思いましたが、その情報整理・認識する能力、シチュエーショナル・アウェアネスの価値が高くなる、ということですね。

A:

デビッド・ティースの本にもダイナミック・ケイパビリティの基本的な能力というのは、まず機会とか脅威の察知だということ、そこのところが第一義的に重要だと言っています。まさにおっしゃる通りだと思います。

Q:

新型コロナウイルスのような予測できない不確実性に対して、変化力で対応するというご提言はごもっともだと思いました。このような市場環境の変化が生じる前に、経営者の直感に頼らず、企業が取り組むべきこととして何がありますでしょうか。

A:

富士フイルム社も全て正確に予言していたわけではないはずで、やはりポートフォリオを分散し「選択と集中」の逆をやって、なおかつ、その経営が成り立つというような、まず多様性を重視していた可能性があります。

もう1つはどの企業でも、成功事例というのは先読みができたように見えるのですが、100ぐらい張っていて、1つ当たって成功したと言うのが実際でしょう。最初から1つ先読みしていたのではなくいろいろなものに張っていた、ということが重要です。よく言われますが、Google社では、勤務時間の2割ぐらいは好きなことをやって良いのだそうです。そういう、「スラック」(slack)、「遊び」を設けておくということで動きやすくする、というのが大きいと思います。

それから、前述の固い組織、柔らかい組織というのは、1人の人間が、専門部署で、そればかりやるのではなくていろいろとローテーションで回してやらせる、というようなことです。イノベーションはニュー・コンビネーション(新結合)だと言われますが、いろいろなことをやった組み合わせです。まったく新しいことをゼロから考えるということではない。だとすると、いろいろなことをローテーションで回し、いろいろな業務をやらせるという方が良い。しかし、最近はそうでない方向に行っているのが、個人的には心配ですね。

Q:

産業政策という観点で、冗長性を持つ企業を、何らかの手法で優遇または保護したほうが良いのではないでしょうか。

A:

それは、まったくおっしゃるとおりです。確かに政府が誘導するということは必要ですし、冗長性のための投資というものに対して補助金を出すということを実施しました。今後もその方向で、産業政策として効率性重視ではなく「遊び」のあるような状態をつくっておくために政府は仕事をする、というように考え方を変えなければいけないだろうと強く思います。

今後は不確実性がニュー・ノーマルになって、常時BCP(Business Continuity Plan:緊急時の事業継続計画)といった、激しい世界になるので、やはり効率性一辺倒、株主価値重視・最大化一辺倒は、寿命が非常に短いのではないでしょうか。

Q:

企業の変革力とは経営方針そのもので、経営者がどう考えるかが重要で、ボトムアップ型では体質変化は難しいと思うのですが、いかがでしょうか。

A:

その点はよく分かりません。トップとボトムで情報が連携していないと、頭脳がトップダウンで決めても、反射神経が鈍ければすぐには動けないわけだから。経営者のトップダウンの意思決定が重要なのは事実ですが、意思決定をスムーズに遂行するためにはその経営者の判断や人格、ビジョンみたいなものを社員がシェアしている必要がある。ワンマン型のトップダウンだとむしろ動きは鈍いでしょう。逆に、状況の細かい変化はやはり集合知でやったほうが、見逃さないと思います。きちんとデータ連携すると、どこかの製造現場の、何かの調子がおかしいとか、在庫の微妙な変化から世界の今後の予兆が見えるかもしれない。それを経営者の判断だけに頼らせるわけにはいかない。ボトムアップからの情報が常時トップにも行っているというような風通しがないと多分無理だと思います。

Q:

効率化を求めて専門性に特化している企業・組織同士がつながる仕組みを国がつくれば良いのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

A:

それは大事なポイントです。ダイナミック・ケイパビリティは多様性ですと言うと、ともすれば大企業に適用できる話で中小企業は無理なのではと思われるのですが、必ずしもそうではありません。企業同士で密接に連携するということ、ネットワーク型でつながっていくのも重要だということです。ダイナミック・ケイパビリティを高めるために、いろいろな企業が今までよりも密接にデータのやりとりをし、企業同士でうまく連携してやっていくということです。コネクテッド・インダストリーズでやっていくのが、実はダイナミック・ケイパビリティの観点から重要なのです。しかもそれは、わが国は得意なのではないかなと思っています。ただしコミュニティがないところではデジタル・コミュニティもできません。実は企業間を超えたデジタルなコミュニティというのは、プレ・デジタルなコミュニティをデジタル化しているのです。そういう企業間の連携というのは、この不確実性が高くてダイナミック・ケイパビリティが必要な時代には、ものすごく重要になるのではないかと考えているところです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。