世界・アジア太平洋地域経済見通し 「大封鎖」- 他に類を見ない危機

※本BBLは新型コロナウイルス感染症拡大を受け、無観客で開催いたしました。
※引用は、IMFのサイトに掲載されているオリジナル原稿からの引用とし、出典元を記載して下さい。

開催日 2020年6月4日
スピーカー 鷲見 周久(国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所所長)
コメンテータ 中島 厚志(RIETIコンサルティングフェロー / 新潟県立大学国際経済学部教授)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター)
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開催案内/講演概要

本講演では、IMFによる2020年4月に公表された「世界経済見通し(WEO)」の内容に基づき、世界経済への新型コロナウイルスの影響を明らかにする。コロナウイルスは1929年の世界恐慌に匹敵するショックを世界経済に与え、多くの国が公衆衛生の危機、金融危機、一次産品の急落、グローバルサプライチェーンの縮小といった多重的危機に直面し、政策当局は一般家庭、企業、金融市場に先例のない支援を行っている。IMFアジア太平洋地域事務所所長の鷲見周久氏が、今後の世界経済の見通しについて語る。

議事録

大恐慌に匹敵する大きな危機

この「大封鎖」、英語ではGreat Lock Downと言っていますが、今回の危機は第2次世界大戦前の大恐慌に匹敵するほどの大きな危機だと捉えています。前回の昨年10月の「世界経済見通し」では世界経済は2020年に3.3%成長して、21年は3.4%成長という道筋だったのですが、今回の見通しでは2020年が-3%と6.3ポイント、前回の見通しから下方修正しています。この2年間で9兆ドルに上る、世界のGDPで概ね2年間合わせて10ポイント程度の大きな落ち込みとなります。

これに対し、各国ともにタイムリーで、大規模で、全体的に協調の取れた対応をしています。Saving lives and livelihoods、人々とその生業(なりわい)をしっかり守る。それによって、金融制度全体に対して、不良資産の残高増ですとか、永続的なつめ跡が残らないようにすることが大事です。現在IMFには約190カ国の加盟国があり、そのうち100カ国ぐらいから支援の要請などがあり、この6週間で60カ国に対して、支援を決定しました。こうしたグローバルな金融セーフティネットが今後さらに大事になってくると思います。

今回の危機では、当初先進国の経済が大きく傷みました。その理由は、ロックダウン(都市封鎖)により卸売り・小売り、運輸、旅行、宿泊、飲食サービス、芸術・娯楽活動といったサービス部門が特に影響を受けたからです。これらのセクターがGDPに占める割合は、先進国(AE)ほど高く、先進国は平均で41%です。それと比較すると新興国(EM)・途上国(LIDC)は、比率的には低く約20%です。これが特に先進国においてコロナ禍の影響が大きく出た理由の1つです。

原油価格も低迷しており、産油国や一時産品輸出国の為替レートは、リーマンショックと呼ばれる世界金融危機(Global Financial Crisis: GFC)の水準を超えるか、それに近いところまで低下しています。アジア新興国の債権、ソブリンのリスクプレミアムも、リーマンショックの時に追い付いてきています。新興国から急激に資金流出が起こっていて、1,200億ドル程度の資金が、新興国や途上国から流出しており、中国やインド、インドネシアやマレーシアからも大きな資金流出が起きています。現在、全ての先進国と新興国が、金融緩和、減税、社会政策、規制緩和などの対応をしています。G20の国だけを見ても、予算内(歳入歳出)と予算外(債務保証など)を合わせて8兆ドル規模の大きな対応をしています。

今後の世界経済見通し

コロナの影響が2020年の前半で一段落するという仮定をベースに、世界で-3%という数字を出したのが4月半ばです。先進国は-6.1%、途上国も-1.0%、加重平均で世界全体として-3%。2021年はその反動で戻りますが、5.8%戻してもベースラインには及ばない。特に大きくマイナスになるのがユーロ圏です。欧州の大きな感染拡大、それから米国での感染拡大です。いずれにしても、全体的に非常に大きなマイナスが、先進国について見込まれています。新興国と低所得国(Low-Income Developing Countries: LIDC)の落ち方は先進国に比べると小さいのですが、リーマンショックの時は途上国はプラスでした。先進国のみならず、新興国・途上国さえもマイナスに落ちるということは、今回の危機が非常に大きいということです。特に一次産品輸出国のやられ方が際立っています。

全体を先進国と途上国に分けて見ると、まず6%落ちて、そこから戻るのですが、2021年の第4四半期にようやく2019年第1四半期の水準まで戻るという状態です。3年かかって、ようやく元の水準に戻るぐらいの大きなマイナスだということです。

リーマンショック時、日本や韓国へのインパクトは多大だったのですが、アジア全体で見ると中国やASEANはそれほど影響がなかった。今回はアジアも成長率が低下し、リーマンショックの時よりインパクトが随分と大きい。他方、回復の角度は急です。リーマンショックの時は、金融機関も財テクに励んでいた企業もバランスシートが悪化しました。バランスシートが悪化すると、直るのに時間がかかる。しかし、今回はこの第2四半期でとりあえず片が付くというシナリオでいくと、それほど傷まないので、回復が比較的順調になるのではないかと期待しています。

今後のリスクについて

コロナの影響による今後のリスクについては、いくつかのシナリオを作っています。シナリオ1は、ベースラインシナリオより今年の流行が50%ぐらい長期化すると仮定したもの。シナリオ2は、ベースラインのように2020年は収まるが21年に今回の3分の2ぐらいの第2波が来ると仮定したもの。シナリオ3は、20年の流行が長期化した上に、さらに21年に第2波が来るという仮定のものです。世界経済の成長率は20年に-3%とベースラインでは見ていますが、それよりさらに3%ぐらい落ち-6%近くになるというのがこの第1のシナリオで、そして、21年に20年の-6%に加えて、さらに-1%という追い打ちが来るのが第3のシナリオです。

もう1つのリスクは、財政への影響です。先進国では、ベースラインのシナリオでも財政が相当悪化します。金融リスクについては、政府部門、企業部門、金融部門、家計がありますが、政府部門と企業部門はリーマンショック時よりも大きなリスクを抱えています。他方、金融部門はリーマンショックの後に資本増強し、各種リスク管理手法を高度化しているので、前回に比べれば比較的リスクは抑えられています。

政府債務は、先進国でGDPの100%から150%内外だったものが、2020年に、おおむね15ないし20ポイント増えてしまうでしょう。幸いなことに、先進国にとっては金利が安いので、税収に対する債務利払いの比率はそれほど急な上がり方ではありません。それに対し、低所得・発展途上国は、そもそも借りられないので債務の増加自体は大きくありませんが、ソブリンのリスクプレミアムが急激に上がるので、税収に対する利払いの比率が20%くらいから33%ぐらいまで上がってしまう。これが低所得、発展途上国にとって、財政上の大きな負担になるだろうと、懸念しているところです。

また、リーマンショックの時と比べて、アジアの主要国で家計の債務が増えています。さらに、それぞれの国の国債も、かなりの上乗せ金利を払わなくてはいけない。その上に、銀行は貸出しにさらに高い金利をかける。そういった状況で、債務の高い家計が、今後どの程度厳しい影響を受けるのか、注意しなければいけないでしょう。

新興国全体では、この2008〜09年の水準と比べると、官民を合計した債務がGDP比で大体40~50ポイント増えており、中国は150%から280%ぐらいまでほぼ倍に急増しています。リーマンショックの後、景気を回復させようと金融を緩めたことに呼応して債務を増やしていったことの結果ですが、このため、いざ金融がタイトになるとこういった新興国の金融が厳しくなるということです。

政策提言

私どもが行っている政策提言では、まず人命を救うこと。そのためには、ロックダウンなど適切な感染拡大防止措置を講じて、医療システムの崩壊を避けることが必要です。そして、パンデミック抑制のためには、国際的な協調が必要だと言っています。

まず人命を救い、医療システムが脆弱な国は医療支出に優先して財源を確保すること。また、影響を受けた人々や企業に対して、現金給付、賃金補助、失業手当、信用保証などの措置が必要です。銀行も、貸し渋り、貸しはがしなどせず、しっかり貸し付けしましょう、金融システムがストレスにならないよう、企業の先行きの見通しが暗くならないように、財政など政策を総動員して支えましょう、ということです。

国際協調が不可欠で、特にワクチンと検査です。そして、医療機器などの輸出制限はせず、医療制度が脆弱な国、財政的に危機の国に対しては、専門知識、人材、機材の支援などを進める必要があります。

各国とも経済活動の制約により流動性が厳しくなってきます。流動性の危機が健全性の危機になってしまうと、本当にダメージが大きくなるので、ここのところはしっかりと支援する。企業の倒産によるバランスシートの毀損が伝播し、経済全体が悪化して、らせん的に落ちてしまったのが前回のリーマンショックの経験です。そうならないように、しっかりと支援するということです。

財政にしても、金融にしても、政府はできる限り全てのことをやってください。だけど、レシートは取っておいてくださいね、と言っています。これは、危機が落ち着いた後、事後的に、その財政支出が目的外に使われていないかとか、効果的だったのかを検証するためです。あまり細かく言って1円たりとも税金を無駄にしないとなると手続きを遅くしてしまいます。せっかく財政措置をしても、手元に届くのが遅くなって手遅れになったのでは意味がありません。まずはスピード、でもレシートはちゃんと取っておいてというのがIMFからのメッセージです。

質疑応答

中島氏:

2つほど、ご質問したいと思います。
1点目はこれからの経済の動きについてです。世界の主要国では、政府と企業は大変大きな債務を背負うことになってきています。バブル時と同様に、金融危機が大きな債務危機につながる懸念があるのではないか。

2点目は新興国の債務問題についてです。今回のパンデミックの影響はまさに世界的で、いくつもの新興国が同時に債務危機に陥ると、債務免除などの交渉が長引くことが想定されます。新興国の債務危機をどのように抑えていくのか。その状況を教えていただければと思います。

鷲見氏:

債務が著増する中で、日本を含めて先進国は財政をいずれ健全化しなければいけない。今は金融・財政の総出動の状況ですが、特に日本の場合は自然災害が非常に多い国で、次に大きな問題が起こったときの対応力を回復するためにも元に戻していかなければいけないだろうと思います。

世界全体でここ数年間、政府部門の債務比率が上がってきている状況です。これに対しては、コロナ危機の前にIMFも警鐘を鳴らしていました。リーマンショックの時は金融機関のバランスシートも企業のバランスシートも傷んでおり、それを国のバランスシートに吸収して回復させていったのが、リーマンショック後の過程です。今回はそれを早回しにやっていて、企業のバランスシートが傷まないように、休業手当を早めに出したり、休業補償や持続化給付金を出している。確かにこれで政府の債務は増えましたが、企業を少しでも影響から守れたのであれば、金の卵を産む鶏の健康を守ることで、企業にはこれから儲けていただいて、法人税や消費税で、また賃金が上がって所得税が入ることで政府のバランスシートが回復していくことが期待されます。

2つ目のご質問ですけれども、途上国の政府の利払いが、税収に比べて上がっていくことについて何らかの措置が要ると思われます。G20では、一番所得水準の低い29の国々に対して、2020年中は借金の返済も利払いも求めないことを申し合わせています。元利払いを考えないで、その浮いたお金で医療資源や医療システムを守るということです。そういう形に途上国がお金を回せるよう取り組みをしています。

Q:

世界中が同時に悪化するという中で、日本としてどのような役割が求められるでしょうか。

鷲見氏:

経済面での永続的な悪影響をもたらさないようにすることだと思います。経済には企業の参入・退出という新陳代謝があり、日本はそれを人為的に抑制し過ぎているとは言えますが、今回はそんなことを言っている場合ではない。失業、廃業、倒産をできる限り出さないことが一番大事なことです。それによって金融システムや人々の信頼感が守られるのだと思っています。

この危機に際して、IMFの基金に対して日本は先頭を切って資金拠出しています。それが他の国々に対する呼び水になっています。それから、日本が国内向けに取っているさまざまな財政金融措置も、IMFがアドバイスしているものを網羅する形で実施しています。さまざまなセーフティネットが、他の国に比べれば非常に整っていて、今回は迅速な措置も行っています。金融上の措置も、イールド・カーブ・コントロールなど、他の国では類を見ないようなことを日本が行っていて、それに倣って他の国も始めているという状況もあります。

Q:

こういった苦境の中で、アフターコロナの世界がどのような形に変貌していくのでしょうか。

鷲見氏:

国際的なサプライチェーンが実は脆弱だということが判明したので、新しいリスクを踏まえた上で、さらに高度化していけたら良いと思います。

働き方に関しては、テレワークでも意外と能率が落ちないと思う部分もあるでしょうし、これまで重要不可欠だと思ってきたものは実はあまり要らなかったということもあるかもしれません。そういったところの見直しにつながれば良いのではないでしょうか。東京や他の大都市圏にいなくても、実はいろいろなことができるのではないかと皆が思い始め、経済の一極集中解消が期待されるのではないかと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。