エビデンスに基づく政策決定―新技術と雇用を例に―

開催日 2020年5月22日
スピーカー 川口 大司(RIETIプログラムディレクター / 東京大学公共政策大学院教授 ・東京大学大学院経済学研究科政策評価研究教育センターセンター長)
コメンテータ 森田 芳弘(経済産業省製造産業局機械課ロボット政策室調査員)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター)
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開催案内/講演概要

エビデンス(証拠)に基づく政策形成において第一義に重要なのは、特定の政策が結果変数に与えた因果的効果を推定することである。しかし、より広義の経済学の実証研究が政策形成に役立つこともある。今回のBBLでは、RIETIプログラムディレクター/東京大学公共政策大学院教授・東京大学大学院経済学研究科政策評価研究教育センターセンター長の川口大司氏が登壇し、ロボットの導入が雇用に与えた影響を例にとり、米国、ドイツ、日本での実証研究を解説。ロボットの導入は本当に雇用を減らしてしまうのか、賃金にはどう影響するのか、など各研究の結果から、政策形成へのヒントを提示した。

議事録

証拠に基づく政策立案と経済学によるアプローチ

日本におけるEBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)に関する取り組みは、2017年から進められてきました。RIETIでも同年から、シカゴ大学の山口一男教授(RIETI客員研究員)をリーダーとする「日本におけるエビデンスに基づく政策の推進」研究プロジェクトが行われてきました。EBPMと政策評価が同義語として使われることもありますが、EBPMの方がより広義に解釈できるでしょう。政策評価とは、一般的には政策Xから目標Yへの効果を測定することを指します。一方でEBPMとは、エビデンスを使った「政策形成」であり、政策評価よりも広い意味合いが含まれています。本日は、エビデンスが役に立つと思われる事例として、産業用ロボットの導入が雇用に与えた影響について、ご紹介いたします。

2016年の春に野村総合研究所から「日本の労働人口の 49%が人工知能やロボット等で代替可能に」という見出しで、2030年までに約6,500万人の就業者のうち、約3,200万人が職を失うかもしれないというニュースリリース(https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/news/newsrelease/cc/2015/151202_1.pdf)が出されました。実は、代替可能なテクノロジーがあることと、そのテクノロジーが実際に導入されて人の労働が代替されてしまうことの間には隔たりがあります。また、技術的かつ実質的にそれが可能だとしても、なお技術が導入されない場合もあります。現在、私たち経済学者は、こうしたことを考慮しながら検証していこうとしているのです。

世界中の経済学者の間では、「10~20年内に労働人口の47%が機械に代替可能である」と試算した、オズボーン・フレイの分析枠組みに基づく研究が多くなされてきました。しかし、技術的な代替可能性は、必ずしも技術の導入を意味するものではありません。経営者は労働者を機械に置き換えることの便益(賃金の節約)と費用(機械の価格・維持費用)を比較衡量することによって、新技術を導入するかどうかを決定します。そこには最適化のフレームワークが必要であり、また市場均衡メカニズムも考慮する必要があります。

新技術導入の雇用への影響

新技術を導入すると雇用にどのような影響があるのでしょうか。生産規模を固定したもとで、同じアウトプットを出すために機械を入れれば、労働が減り、雇用は減ります。これを代替効果と呼びます。次に生産規模を固定しない場合、機械を入れると生産コストが下がり、製品価格も下がるため、市場が拡大して生産量が増え、結果として雇用も増えます。これは部分均衡の中での規模効果と呼ばれるものになります。また、一般均衡の中での規模効果と呼ばれるものもあり、これは例えば日本全体で考えたときに、産業用ロボットが入ると、生産コストが下がり、労働者の所得が増え、その人たちの需要が他の産業に波及していくというものです。

産業用ロボットに関しては、国際ロボット連盟(IFR)が整備しているデータを使った研究が出てきています。2018年には、米国のデータを使ったAcemogluとRestrepoの論文が発表されました。実証分析なので比較が必要ですが、AcemogluとRestrepoの研究の分析単位は、地理的な通勤圏でした。通勤圏によって、ロボット導入の影響を強く受けるところと、それほど影響を受けないところがあります。産業構造をもとに、米国社会でロボットが普及した1993年から2007年にかけてのロボットの浸透状況をまとめた地図を見てみると、例えば五大湖を中心とした工業地帯、特に自動車産業の中心地であるミシガン州は、ロボット化の影響を非常に強く受けています。一方で、おもちゃのような軽工業が盛んな南部を中心とした地域では、比較的ロボットが導入されていません。それぞれの地域における雇用の変化を比較することによって、ロボットが雇用にどのようなインパクトを与えたのかを見ていこうというのが、AcemogluとRestrepoの研究計画でした。

雇用と賃金の推移

それぞれの地域で、雇用や賃金がどのように推移していったのかが検証されています。実証研究の結果が出る前は、新しい技術が導入されるとスキルの低い労働は置き換えられてしまうが、ロボットを整備するエンジニアの仕事が増えることで、高学歴の労働者の雇用や賃金は増えるというポジティブな予測がされていました。しかし、実際にAcemogluとRestrepoがデータを使って検証してみると、1,000人あたり1台のロボットが導入された場合の、就業率と賃金への影響はどちらも、すべての学歴グループでマイナスになることが分かりました。

就業率が下がると、一般的には同じ学歴でも賃金の低い人が就業しなくなるため、調査上での賃金は上向くバイアスがありますが、実際には高学歴の人であっても平均賃金が下がるという結果が得られたのです。このように、ロボットが導入されると、その地域の雇用状況が非常に悪くなるというのが米国の実証研究です。

ドイツに関する研究では、Dauthたちが同じ手法で、地域ごとのロボット導入の影響について、1994年から2014年の変化を調べました。その結果、ロボットが1台導入されると、製造業雇用が2人分失われることが分かりました。ここまでは米国と似ていますが、Dauthたちの研究では、その分サービス業雇用が2人分増加することも実証されました。減った分が増えているので、産業構造が転換しても、地域全体の雇用は減らないという結論に至っています。また賃金への影響は、高いスキルを持つ労働者に対してはポジティブ、中程度、あるいは低いスキルの労働者に対してはネガティブな効果があるという結果が得られました。

日本における研究

こうした先行研究を踏まえ、私たちは日本における産業用ロボットの雇用への影響を実証分析し、RIETIでディスカッションペーパー(https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/20050012.html)としてまとめました。これはイェール大学大学院生の足立大輔氏と、早稲田大学政治経済学術院准教授でRIETI上席研究員の齊藤有希子氏との共同研究ですが、1978年から2017年の長期にわたる変化を検証しました。日本の産業用ロボットの導入はとても速いペースで行われており、70年代から始まって80年代をピークに増え、90年代の前半にはほぼピークアウトしている状態です。90年代半ば以降、ロボットの台数は減ってきています。つまり、他の諸先進国ではようやくロボットの導入を開始した頃に、日本ではすでにピークアウトしていたということになり、日本は世界的に見ても非常に速いペースでロボットが普及した、ロボット先進国といえます。

なぜ他国に先んじてロボットが普及したのかを調べるため、日本ロボット工業会(https://www.jara.jp/)の発表している、用途別のロボット台数、出荷台数、合計出荷額のデータを使って、用途別ロボットの1台あたりの価格を計算しました。すると、輸送用機械の製造現場で主に使われる溶接ロボットの価格が大きく下落していることが分かりました。一方で、電気機器の製造現場で主に使われる組み立てロボットの価格下落は限定的でした。溶接ロボットの価格が下がることによって輸送機産業ではロボットが大量に導入され、その一方で電機産業ではロボットの導入が自動車産業ほど進まなかった。産業によってロボット導入のスピードが異なるということが分かります。

産業別の分析では、ロボット価格が1%低下するとロボットの台数が1.54%、雇用が0.44%増加することが明らかになりました。これは代替効果を規模効果が上回り生産規模の拡大により間接的に雇用が増えたといえます。この2つの数字を合わせると、ロボットが1%増えると雇用が0.28%増えることになります。つまり、ロボットが増えることによって、むしろ雇用は増えるということが分かりました。これをAcemogluたちの係数と比較可能な形で計算すると、労働者1,000人あたりロボットが1台増加すると雇用は2.2%増加することになります。Acemogluたちの₋1.6%とは非常に対照的な結果となりました。賃金や労働時間に関しても、すべての学歴層の労働者の賃金は上昇、労働時間は減少するということが分かりました。よって、日本では、ロボットの導入が必ずしも労働者に対して負の影響を及ぼしていないということが分かります。

政策形成への含意

ロボットの導入が雇用に対して与える影響を理論的に考えると、どの効果が大きく働くかによって、プラスにもマイナスにもなり得ます。そのため、国ごとの市場構造のパラメーターを使って推論しなければいけません。日本は諸外国より早い時期からロボットを導入し、ロボットそのものや、ロボットを使って作った自動車を海外に輸出してきました。その結果、生産規模の拡大の効果、規模効果が非常に大きく働いて、むしろ雇用を増やしてきました。

このような経済学の実証研究を行うことが日本の政策を議論する際にどのような意味を持つかを少し考えてみましょう。日本の政策を議論するときには、海外の事例を知っていることは非常に大切です。しかし、海外で起こったことをそのまま日本に当てはめてしまうと、必ずしも同じことが日本で起こるわけではありません。日本と諸外国ではパラメーターが違うため、結果として出てくる現象が異なってしまうことがあります。RIETIが推進しているように、日本のデータを使って、日本に対して政策的インプリケーションがある実証研究を進めていくことも、諸外国の例を学ぶことと同じくらい大切だということを、私たちの研究を通じて伝えたいと思っています。

質疑応答

Q:

今回の研究で、正規雇用と非正規雇用に分けた分析はされているのでしょうか。

A:

今回はしていません。学歴ごとの計算はしていますが、学歴が高い人の方が雇用の増加が大きいという結果が出ています。そのことから類推すると、必ずしも非正規雇用で雇用が増えたわけではないと考えています。

Q:

米国、ドイツ、日本の研究で使われたモデルは、途上国でも使えるのでしょうか。

A:

使える部分と使えない部分があると思います。投入財の価格が下がりロボット価格が下がることで、企業がロボットを導入して労働との代替が起こる、あるいは生産規模の拡大が起こって、労働・雇用が増えるというような一般的なメカニズムに関しては、発展途上国でも適用できると思います。もっとも、途上国では労働賃金が低く、ロボット価格が相対的に高くなるため、ロボットがなかなか導入されないということも含めて考える必要があります。

Q:

労働組合はどのような役割を果たしたのでしょうか。

A:

明らかに重要な役割を果たしていると思います。80年代の新聞記事で、山崎鉄工所(現:ヤマザキマザック)の当時の社長は、日本では機械を導入することが諸外国より簡単だったと語っています。労働組合が職種別ではなく、企業レベルで組織されているため、機械を導入しても労働者は同社の他の職種に就けるので、企業として生産性が上がれば自身もその恩恵を受けることができます。一方で、職種別の労働組合が強い国では、機械を導入してしまうと特定の仕事が機械に置き換えられてしまうため、労働者が強く抵抗して、機械を導入することが難しかったそうです。

このように、労働組合あるいは労働市場がどのように組織されているかは、新しい技術が導入される際に非常に大きな役割を果たします。こうした点をモデルにしっかりと組み込んだ分析もなされていると思いますが、私たちのモデル、あるいは本日ご紹介した先行研究のモデルには、労働市場の制度の違いは入っていないので限界もあり、こうした点にも注意をしながら将来何が起こるのかを考えていく必要があるでしょう。

Q:

日米の違いには、どのようなパラメーターの違いが影響していると考えられるでしょうか。

A:

推測の域を出ないのですが、パラメーターという意味では、需要の価格弾力性の違いが一番大きいと思います。例えば、自動車の価格が下がると需要が大きく伸びるような状態であれば、生産規模が大きく拡大するため、結果として雇用も増えていきます。一方で、需要が伸びない世界では、生産コストが下がると製品価格の下落にそのままつながってしまい、産出量が伸びないため、雇用がそれほど伸びないということが考えられます。

Q:

各国の人口動態の違いは影響を与えているのでしょうか。

A:

大きく影響すると思います。人口が増えれば賃金が下がるので、結果として機械の導入が遅れていきます。また、人口が減少している日本のような社会では、人手不足のために賃金が上がり、そのことがロボットと人の相対価格に影響を及ぼして、機械の導入に影響を与えます。人口動態とは、かなり先の将来まで予測が可能な変数です。他の経済変数は予測が非常に難しいのですが、人口不足に関しては、少なくとも現在の未成年者の人数から予想がつくため、将来の相対賃金の予測を通じて、ロボットの導入に対して大きな影響を与えていくと考えられます。

Q:

バブル崩壊のロボット導入の影響はどのようなものでしたか。

A:

90年代の半ばに20歳から64歳の生産年齢人口がピークアウトして、労働人口が減っていきました。また、将来の景気の見通しがバブルの前後で変わっていたとすると、そのこともロボットを導入するかどうかの投資の意思決定に大きな影響を及ぼしたと思います。成長が見込めない状況になれば、当然ロボットへの投資は抑圧されることになります。一方で、バブルが崩壊して、他の投資機会がなくなることで利子率が下がり、投資の機会を求める企業も出てきた可能性もあります。

Q:

日本と米国でロボット導入のしやすさに違いはあるのでしょうか。

A:

米国のロボットと日本のロボットの最も大きな違いは、「日本企業はロボットを日本のメーカーから直接購入している」ということです。受け入れ側の企業に、ロボットを生産現場に入れていく、カスタマイズする技術があるからです。米国の場合は、高い技術力を持った代理店がロボットを生産現場に入れていきます。日本は受け入れ側の企業に技術者がいて、導入されたロボットを生産現場に溶け込ませることができるという、技術力の違いがありました。その意味で、技術導入のしやすさが日本の方が高いと考えられます。また、労働市場の仕組みの違いや労働者の新しい技術、新しい生産業態に対しての適合性が高いこと、個々の労働者の技能などにも差があると考えられます。

Q:

分析する際に製造業の海外移転のコントロールはしているのでしょうか。

A:

しています。ロボットによって雇用が増えたというのは、あくまでも相対的な問題であり、製造業全体の雇用は縮小しています。付加価値のレベルで見ると製造業は引き続き重要な産業ですが、雇用者数は1,000万人を割り込んでいる状態で、製造業に従事している労働者の人数はどんどん減っています。ここから先は推測になってしまいますが、自動車産業はロボットを導入したことによって、労働集約的な生産プロセスが不要となり、国内に生産拠点を残すことができました。しかし、ロボット化が難しい産業は労働集約的な生産プロセスが保持されるため、結果として海外移転せざるを得なくなり、国内での雇用が相対的に失われてしまったのです。運輸産業は比較的国内に残り続けたので、雇用が大きく減った電機産業などの他の製造業に比べると、雇用の減少が限定的だったといえるでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。