『内憂外患』に直面する中国経済―危機はさらなる改革開放の契機になるか?

※本BBLは新型コロナウイルス感染症拡大を受け、特別インタビュー及び寄稿として行われました。

開催日 2020年3月27日
スピーカー 孟 健軍(RIETI客員研究員 / 清華大学公共管理学院産業発展・環境ガバナンス研究センター (CIDEG) シニアフェロー)
コメンテータ 関 志雄(RIETIコンサルティングフェロー / 株式会社野村資本市場研究所シニアフェロー)
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議事録

中国は、新型コロナウイルスによって、いま「内憂外患」に直面していますが、それに対して中国経済はどう変わっていくのか、今回の危機は中国の更なる改革開放の契機になるかについて説明します。その中では、今回の新型コロナについて詳しくみなさんにお話しします。

習主席は、2017年の共産党第十九回全国代表大会(十九大)において、憂患意識、いわゆる内憂外患をいかに防止するか、リスクをヘッジするかという問題提起をしましたが、果たしてそれは実現したのか。唐の時代から中国には「未来の不慮に備えるのは国の常道なり」という言葉があるように、常に内憂外患を繰り返しているのです。

1.2019年の中国経済(経済発展から小康社会へ)

まずは中国経済の状況ですが、中国の一つの重要な目標は「全面的小康社会の達成」です。実際に、昨年は一人あたりGDPが1万ドルを超え、やや目標をクリアしたイメージです。経済全体も昨年までは順調に成長しており、2019年のGDPは99兆人民元、14.7兆ドルとなっています。この経済成長を牽引しているのは第三次産業です。

経済成長以外のもう一つの目標は、絶対貧困人口を根絶することです。これは2020年に達成しなくてはなりません。世界銀行のデータでは、2018年は中国にはまだ1660万人の絶対的貧困人口がいましたが、2019年には1150万人減り、残りは500万人あまりです。脱貧困の三つの基準は、1人あたりのGDPが3200元に達すること、衣食住に困らないこと、三つの基本保障(義務教育、基本医療、住居安全)です。

2020年に、残りの52の貧困県における1100の貧困村の500万人を対象にして、ピンポイントの貧困対策を実施することを、今年の一月末に国務院の報告書でまとめました。中でも、新疆自治区は、1100の貧困村のうち364 、約3分の1を占めています。これはこれから中国が達成しなくてはならない目標の一つです。

2.米中経済関係とアメリカの対中基本戦略

次に、外部環境、米中関係です。

今年の1月15日に、米中間で第一段階の貿易合意がなされました。第二段階に進むかどうかは、いまの世界情勢では少し微妙な状況です。ただし、第一段階は達成したものの、発表した内容でみると、米中間には微妙なズレがあります。アメリカのUSTRは今後2年間でアメリカからの輸出を2,000億ドル増やすと説明していましたが、中国政府は一切数字を公表していません。合意の条件の一つに「不可抗力」という条項がありますが、新型肺炎でそれが適応される可能性がないとは言えません。要するに、アメリカと中国の関係は「闘って破れず」、これは中国のことわざですが、そういう状況がこれからも継続していくでしょう。これはアメリカとソ連の「普遍的な価値観の戦い」とは違いまして、中国はどちらかというと経済問題を中心に具体的な解決策を出してきた、これは中国経済が発展した一つの要因だと思います。中国の実用主義、プラグマティックな姿勢は非常に重要です。

米中関係でみると、いくらいろいろ問題があっても、「米中の協力が唯一の正しい選択肢である」ということです。これ以外の道はありえないということですね。

アメリカの対中国の基本姿勢についてですが、ペロシ下院議長が2020年の2月14日に、ミュンヘンの安全保障会議でいきなりファーウェイ社に対して「中国はファーウェイを通してデジタル覇権を海外輸出している」と言ったのに対し、中国の全人代外事委員会の副主任であり、外交部の元副部長(副大臣)傳瑩(ふ・えい)さんが「もともと1Gから2G、3G、4Gと中国はあらゆる技術を海外から導入したが、外国の技術だからといって脅威を感じたことはなかった。なぜアメリカはファーウェイに脅威を感じるのか。」と反論しました。これに対してアメリカもヨーロッパも出席者ほとんど拍手しました。ペロシは激怒して、ファーウェイを使っちゃいけない、ファーウェイを使ったら経済的な報復をする、などと脅威を与えるような発言をしました。基本的に、中国からみるとアメリカは付き合いたいけれどもなかなか難しい面があります。私個人としては、アメリカとの継続的な対話は一番大事です。いくらアメリカが無茶を言っても、対話はすべきだと思います。但し、アメリカの自信と競争力がどこにいったのかは、今後研究すべきテーマでしょう。

3.新型コロナウイルス感染の中国経済への影響

新型肺炎の影響で、中国だけでなく世界も変化しています。新型肺炎は、特に1月頃中国の武漢でパンデミック状態になりました。こうした動きを時系列で整理したものを一度も見たことがないので、自分で整理してみました。

新型肺炎は、11月末から既に患者は出ていましたが、散発的であまり重視されませんでした。初めてクラスター、人と人との間の伝染が確認されたのは12月26日の張継先医師の第一報によってで、初めて上層部は事態に気づきました。彼女は3月頭に中央政府から表彰されています。もともと呼吸内科の専門家で、親子三人、年配の両親と息子が来て、両親は発症して肺の検査をすると同じ症状で、その時発症していない息子も検査してみると全く発症していなくても同じ症状なので、彼女はこれはちょっと異常じゃないかと、それを病院の上層部に報告したのです。その後、武漢のいろいろな病院で単発の患者は多数出てきたわけですが、12月30日に武漢中央病院の艾芬医師はWeChatで医師の仲間に発信し、それが社会に漏れたのは12月31日から1月2日の間です。その後、急激に中国社会でこれは問題だとなって、その当時はSARSの再来と思われたのですが、新型というのはその後確認されました。武漢市政府が12月31日に発表したのは、感染者27人でした。第一例から既に23日後ですが、中国疾病予防コントロールセンターが出した2月17日の論文からみると、12月末の感染者は104名、10日後には600名、さらに2日後には5,000人、ほぼ6から10倍のスピードで増えました。

インターネット上で最もクローズアップされたのは、亡くなった李文亮医師です。1月3日に彼がインターネット上でこの病気について一般公開しました。彼はこのために訓戒処分を受けました。これでみると社会への第一報は誰かということです。要するに初動の対応は非常に悪かったということでもあるし、状況が不明だった面もあることが理解できます。

そういう状況で、政府は隠蔽というより、やはり政治・社会を安定させるために情報管理を行ったと思われます。1月6日から1月10日まで武漢市で、1月11日から1月17日まで湖北省で人民代表大会と政治協商会議が開催され、その間には問題があると困るのでネガティブな情報を出さないという思惑がありました。その間のデータを調べると、この10日間は感染者がわずか一人しか公表されませんでした。その後1月19日に中央政府専門家チームがこれは大変だということで、視察結果を李克強首相に報告し、翌日習近平主席が「重要指示」を発表して、武漢閉鎖、さらにその後全国規模で大胆な政策を打ち出したという経緯です。初動が悪いということはこういう経緯でした。中国だけでなく、世界中でみると、アメリカでもトランプ大統領は選挙のために、大型のインフルエンザだと、1〜2月はそれほど厳しい状況だと思わなかったという面もあります。こういう状況で見ると、結局政府の初動とはどういうものか、これは最後に議論するものですが、ガバナンスの問題ですね、イデオロギーを越えたものだと思いますが、これは後ほどお話します。

次に新型肺炎の発生状況ですが、これは本日(3月27日)14時14分にバイドゥーの新コロナ時事マップをみると、ほとんど10-15分間隔で更新されるものですが、現在の患者数を見ると中国国内では4,056人です。中国以外の世界は38万人弱です。そのうち最大の国はアメリカで84,000人弱です。イタリア62,000人です。中国は既に安定化して、治癒率は90%以上です。湖北省でさえ90%以上です。これを世界で見るとまだ10.8%、1割です。韓国が48.5%です。欧州ではイタリア、スペイン、ドイツ、フランスなどの治癒率が12-17%です。しかし、アメリカの治癒率でみると84,000人に対して、まだ0.9%です。アメリカの道のりは相当長い、あと2カ月はかかると思います。今の対応で見ると、アメリカが中国のような厳しい政策をとれるかどうかわかりませんが、おそらくこれからの2カ月はさらに拡大していくでしょう。中国の累積感染者は8万人あまりですけども、アメリカはすでにそれを超えました。

以上が世界の新型肺炎の発生状況ですが、次は新型肺炎で中国経済にどんな影響があるかです。2月のPMI指数でみると、前月比マイナス14.3%に低下しています。非製造業もマイナス24%、1-2月の消費は対前年比でマイナス20%、工業生産指数はマイナス13.5%、2月は自動車で見ると悲惨な状況です。自動車販売では、乗用車はマイナス80%以上です。経済活動も停止しているし生産活動も停止しているし、一般の販売が全部今ストップしている状況です。但し、内需拡大の刺激策をこれから政府が取り、例えばこれから各都市で自動車は販売台数を制限する要件緩和が盛り込まれました。

ただし、新型肺炎については、党の最高レベル会議である政治常務委員会会議、実際に常務委員は7人ですが、この会議は年数回しか開催しないのですが、この2カ月弱で7回開催しています。要するに、習近平体制は集団指導体制であり、常務委員できめるというやり方を取っています。この流れでみると、1月25日には中央レベルの疫病対策チームを設立し湖北省への指導チーム派遣を決定し、同時に全国に旧正月が終わってから人が移動しないよう禁止令を出しました。2月3日には、インターネット上の批判や一般民衆の不安などに対し危機感を感じて、今回の新型肺炎は国家ガバナンスシステムと能力に対しての一大試練だと宣言しました。

2月12日は、もう感染はピークを過ぎている、湖北省と武漢以外の地域はもうコントロールがほぼできたとされ、2月21日はそれぞれの担当のトップの政治局員が全員参加する政治局員会議で社会全般の復旧と経済活動の再開分担責任を確認し、23日には一気に全国17万人の幹部が参加したテレビ会議、史上最大規模の大きさの会議を開催しました。緊急時ですから会議の内容は生中継しなければいけないですし、21日に決めた社会の復旧と経済活動の再開の分担の責任の確認が必要で、さらに具体的な推進のために全幹部の力を借りる必要があったわけです。そこで初めて新型コロナに対するガバナンスの問題点を習近平主席が言葉に入れました。

さらに3月4日の会議では社会運営の安定、特に雇用の安定に焦点を当てています。実際、今年の雇用は悲惨な状況になると思われます。大学と専門学校の卒業生の就職の見通しが立たない状況で、旧正月に帰郷で故郷に戻った出稼ぎ労働者をどう再就職させるかという大問題が出てきました。2月27日に政治局常務委員会で雇用が優先という姿勢を出し、3月4日は李克強首相を筆頭に安定化策を推進することになり、3月18日になると国内はもう安定したので国内外の新型肺炎の状況をふまえて輸入感染者対策になりました。中国では、最近は約7割か8割の発症者が輸入感染です。貿易は大打撃ですから、一帯一路の関係国に対して支援活動を中国の国家戦略の上で推進していくでしょう。

3月10日までに決まった2.2万件のプロジェクトの総投資額は49兆6千人民元、日本円の約800兆円です。こうした景気刺激策は、中央政府よりは各地の省にまかせています。例えば、河南省は980プロジェクトで3.3兆人民元の投資、インフラ、新型都市化、生態環境保護などの6分野、重慶市はエネルギーとか通信とかで1.45兆元の投資計画です。

要するに、これからは伝統のインフラよりは衛生医療分野とか民生インフラの整備、あるいは新型都市化や地域経済の一体化の加速とかですね、5GやIoTなど、この2、3カ月、昨年の後半から中国政府は「新しいインフラ」という言葉を使い始めましたが、それらを中心にこれから投資が進むでしょう。

4.2020年度経済成長目標を達成か?

そうなると経済の見通しはどうなるか、というのは非常に難しい予測ですが、まだ国レベルの見通しは何も出ていません。ただし、経済成長よりは改革推進という姿勢は間違いなく継続していきます。

次は経済の転換、経済構造の転換です。あるいは経済の質のアップグレードを加速する経済政策、5Gとかそうしたものが中心となるでしょう。

内需拡大刺激策は、4月1日から都市部での自動車の取得要件の緩和が大きいです。おそらく第2四半期はまだでも、第3、第4四半期は自家用車取得の人が増えるなどで、多分かなり高いプラスの成長が期待できると思います。

中国政府は、経済成長率は5%程度が妥当ではないかと、それをどういう風に達成するか、全般的な計画、原案を今作っていると思われます。李克強首相も、経済成長のスピードより雇用安定が優先策と明言しました。雇用安定は私の最大の仕事だと。これこそ一番の国の根幹ではないかと、私は賛成しています。

5.技術革新と経済構造の転換:5G技術とクラウドサービスの導入

今回の講演のサブタイトルは、危機から契機になるかですが、まさに中国は今逆転しようと考えています。2003年のSARS危機にSNSが普及し始め、日本ではBATで馴染んでいますが、Bはバイドゥー=Googleのような会社、Aはアリババ=Amazonのような会社、 Tはテンセント=Facebookのような会社です。GAFAに相当するようなグローバルな中国企業が熟成してきた、そういう実績がありました。この2020年の新型肺炎の影響により、5Gとクラウドデータを利用した経済活動が広がっています。

例えば、2月18日、武漢市で患者さんが増えすぎて診療ができないので、浙江省から初めてロボットを使った5Gの遠隔超音波検査、陽性かどうか、隔離するかの検査をしました。すると、お医者さんよりも効率が20倍くらい良いらしいんですね。それぐらいスピードアップしたんですがこの5Gを支えているのはファーウェイのネットワーク構築技術です。

中国の3大キャリア(中国聨合通信、中国電信、中国移動)がすでに今年中に55万基の5G基地局を開通する予定ですが、これにもう一つ第4のキャリア(広電)を合わせて今年は60万基の5G基地局が完成すると思います。中国移動は1月末までに5G基地局を既に7万4千基開通しています。5G携帯の加入者は1月末で670万人です。昨年12月の予想では、2020年12月の5G携帯のユーザーは約2億人とされています。

クラウドデータの利用のもう一つの事例は、アリババが自分のクラウドに、ウイルス検査の対比サービスを一般の世界医療科学研究機関、疫病コントロールセンターに無料で開放しました。それによって、例えばイタリアなどで格段に検査のスピードがアップしたそうです。だいたい60秒で高品質の遺伝子対比の報告書がすぐできる。これはまさに技術の進歩、中国と世界を変えた重要な事例ですね。

6.キーワードの転換:発展から治理(ガバナンス)へ

最後に結論ですが、今回のコロナウイルスの問題から見ると、イデオロギーを超えて実際にはガバナンスの問題ではないかと私は思います。要するに、習近平の時代のキーワードは「経済の発展」から、中国語で「治理」と言いますが「ガバナンス」に変わっているのではないかと思います。「ガバナンス」というのは現代社会の最も重要なキーワードの一つですし、中国社会は全面的に小康社会、もうすでに豊かになってきているので、そのキーワードはやはり国のガバナンスはどういうものになるかだと思います。昨年10月28日に、第19期四中全会でこれに関して議論がありました。そして、まさにこういう議論の最中に、事件に、新型コロナの危機に直面したのです。

中国では昔は「工業」「農業」「国防」「科学技術」という4つの現代化、周恩来総理が1974年に提起した中国の4つの現代化があるのですが、第5の現代化は何かということで国家の「ガバナンスシステム」ですね、ガバナンス能力の現代化がまさに始まったところです。それによって「中国式の民主主義の制度設計」になるかどうか。私は研究者なのでこれは非常に興味ある分野です。もちろん過去数年間ずっと研究もしてきました。

もう一つはアメリカとの体制競争の問題です。アメリカとのイデオロギーの競争・価値観の競争だとは、中国は考えたことはありません。社会全般がどう良くなるかが一番重要な課題だと考えています。ただし、中国人の民主的な意識は非常に高くなっています。中国伝統的な「統治」という言葉はあり、それは一種の圧力をかけながらのやり方ですが、そのあと技術の進歩による「管理」があり、さらにソフトな「ガバナンス」に行くという流れですが、それに向かわなければならないんです。理由は3つあります。

1番目は、中国のこれまでの国内改革が後退することは許されないというのが重要です。これ私は一番大事だと思います。

2番目は政治面の改革です。これは共産党自身の改革を含めて十分とはいえないです。

3番目は、習近平自身は確かにいろいろなイメージもあるかもしれませんが、彼自身は改革志向型の指導者です。やっぱり改革したいという気持ちを持った指導者です。

問題は3つあります。1つは中国式の民主主義の発展は、まず「物を言える雰囲気」ができないとなかなか難しいですね。そういうことをどう作ればいいかと、今回のことをきっかけに社会は議論すべきと思います。

もうひとつは今まで中国政府はずっと上からの管理が中心でしたが、一般的な市民がどう加わるかということもおそらく非常に重要な意味もあります。

要するにこれまでの中国の経済発展、技術ベースの経路で工業化、デジタル経済を普及することによってこの40年間やってきたのですが、これからは国家の「治理」というガバナンス、ビジョンとフィロソフィーの転換とか、あるいは中央集権と地方分権、政治改革を含めたそういう全般的なシステム構築が一番のキーワードではないかと思います。中国はこれから「発展」から「ガバナンス」に向かわなければいけません。

今日の発表は以上です。どうもありがとうございます。

コメント

新型コロナウイルスの影響

中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルスが猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より深刻である。すでに景気が急速に落ち込んでおり、第1四半期の成長率(前年比)は大幅なマイナスが見込まれ、年末にかけて回復に向かったとしても、年間の経済成長率は5%には届かないだろう。

多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増えれば、失業と不良債権の問題が深刻化しかねない。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。大型景気対策を求める声が高まっているが、その余地は限られていると見られる。

中国から始まった新型肺炎は、その後、海外へと広がっている。これによる世界経済への影響が懸念される中で、2月下旬以降、主要市場において株価は急落している。海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。

米中第一段階経済・貿易協定への評価

米国のトランプ大統領と中国の劉鶴副首相は2020年1月15日にホワイトハウスで、「米中経済・貿易協定」に署名した。「第一段階」と位置づけられる今回の「協定」では、米国の要求に応じる形で、中国は対米輸入の大幅な拡大を約束している。それに加え、知的財産権、技術移転、食品・農産品の貿易、金融サービス、マクロ経済政策と為替レート関連事項及び透明性などにおいても、双方の間で一定の歩み寄りが見られている。

米中貿易戦争が勃発した当初、中国の国内では、戦って勝つと主張する「タカ派」の論調が主流だった。しかし、次から次へと米国による中国製品を対象とする追加関税が実施された結果、対米輸出の落ち込みと景気の減速が鮮明になるにつれて、貿易戦争の早期終結を望む「ハト派」の見解を反映する形で、政府の対米交渉のスタンスは軟化してきた。

これまでの米中貿易戦争は、関税引き上げ合戦を中心に展開してきた。今回の「協定」を経て、双方による関税の一層の引き上げが避けられ、事実上の「停戦」が実現できたが、「終戦」への道のりは依然として険しい。特に、「協定」では、米国が求めている中国における産業政策と補助金制度の見直しや、中国が求めている米国による対中追加関税の撤廃については、まだ合意に達しておらず、これらの課題を巡る今後の交渉は困難を極めると予想される。

仮に第二段階の交渉も順調に進み、米中間の「貿易戦争」が沈静化に向かっても、「ハイテク戦争」は収まらないだろう。実際、米国は、安全保障上の懸念を理由に、ファーウェイをはじめとする中国のハイテク企業を米国市場から排除しようとしており、中国資本による米国のハイテク企業の買収を阻止しようとしている。中国経済の台頭が続き、米国が中国を戦略的競争相手国として捉えている以上、米中対立は避けられず、摩擦が長期化する可能性は高い。

中国が欧米と異なる政治経済体制を維持しながら、経済大国として台頭してきたことを背景に、米国は、対中政策を「関与」から「デカップリング」に転換した。デカップリング政策の下では、中国の台頭を抑えるために、米国は二国間貿易、投資、技術、人の流れを制限する。対中技術移転を制限することは、対中関税の引き上げと共に、その主要な手段となる。すでに貿易と直接投資において、米中経済間のデカップリング傾向が鮮明になっている。

「内憂外患」は改革のきっかけになるか

「危機」(新型コロナウイルス)と「外部圧力」(米中貿易戦争)が改革の最大の原動力であるとすれば、中国にとって、今こそ改革の絶好のタイミングになる。中国は、このチャンスを捉えることができるか。

中国は近代国家のガバナンス体制の確立を目標とすべきである。すなわち、①政府と市場の関係の核心は市場経済で、改革の方向性は市場に権限を委譲することである、②政府と国民の関係の核心は民主法治で、改革の方向性は社会に権限を委譲することである、③中央(政府)と地方(政府)の関係の核心は、地方(財政)の自治で、改革の方向性は地方に権限を委譲することである。

改革を成功させるためには、①思想を一層解放する、②「頂層設計」(トップレベルの設計)を強化すると同時に末端レベルの探求を奨励する、③対外開放を一層推進することが求められる。

質疑応答

Q:

いまパンデミックとなって世界中に新型コロナウイルスが蔓延していますが、こうした中で、中国とほかの国は経済政策などでどういう協調をしたらこの新型コロナを乗り越えられるのか。

A:

今日(3月26日)、G20で新型コロナウイルス対策の会議をやりますね。議長国のサウジアラビアに私も昨年行ってきたのですが、おそらく中国はG20でも提言をして協力的にやっていきます。一つは、例えば先ほど話したように一帯一路、中国は自分の国際戦略の中にいろいろな国の資源、あるいは貿易とか経済政策を協調的にやるという一面もありますが、もう一つG20を通しておそらくこのような政策を模索すると思います。

G7はちょうど昨日議論しましたが、ポンペイオ国務長官はG7でヨーロッパに「武漢ウイルス」という言葉を盛り込もうという宣言をしましたが、ヨーロッパ4か国が全員反対しました。協調路線を取っているのはむしろ中国だと思います。私は、米中の協力は本当に唯一の正しい選択肢でありますが、おそらくそのための政策をこれから2-3カ月、徐々に出してくるんじゃないかと思います。

Q:

経済の面と政治の面で中国の変化のどこを見たらいいのかについて。先ほど李克強首相が「発展よりも雇用」というスローガンを掲げていたことから、経済についてはGDP成長率よりも雇用が、失業率が重要な指標になると思うのですが、政治に関して、「治理」ガバナンスに関して、中国のどのあたりの数字を見れば確かに中国はガバナンスが良くなってきたとわかるのでしょうか。

A:

先般RIETIに提出したディスカッションペーパーの最後で、グローバルビジネス環境についての分析を行っています。中国のビジネス環境は、制度改革が進んだことによって、例えば地方の許認可権の撤廃や権限委譲(ハンコ10個のところを1個にするなど)によって、劇的に変わりました。2017年は、世界銀行が毎年公表している「世界各国のビジネス環境ランキング」で中国は78位で、その前年は90位でしたが、昨年10月に公表された最新のランキングでは世界で31位になりました。日本は29位ですから、2位の僅差ですね。そういうことを考えると、李克強首相が中心となって経済の運営をしていますが、政治的な改革も同時に推進している、経済と政治の両面を見ながらやっているのが今の中国の指導部の姿勢です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。