5GやDXの時代に立ち向かうために考えるべきこと

開催日 2020年2月12日
スピーカー 森川 博之(東京大学大学院工学系研究科教授)
モデレータ 安藤 晴彦(RIETI理事)
開催案内/講演概要

インターネットの登場によって個人の電子商取引が可能となり、4Gの社会浸透によって動画配信・広告が日常生活の一部となった。「超高速」「低遅延」「多数同時接続」を特長とする5Gの登場で、まったく新しいサービスや新産業の創造が期待される。本セミナーでは、5G/DX/IoT分野の第一人者である森川博之教授から、多くの事例を通してアナログをデジタル化して生まれる新たな付加価値について紹介いただき、物的資産のデジタル化で創造される価値、気付きやカタリスト人財の重要性という観点から、5GやDX(デジタル・トランスフォーメーション)時代のイノベーションに向けて、考えなければいけない点を解説いただいた。

議事録

浸透するデジタル化

森川博之写真現在さまざまな産業領域でデジタル化が進んでいますが、一番顕著なのがスポーツ領域です。アメフトでは、選手のユニフォームにタグを付け、選手の位置や運動量をデジタルデータでとるようになっています。バスケットボールでもコートの天井に複数台のカメラを設置し、映像認識で選手の動きをデジタル化することで科学的コーチングが行われています。アナログの世界にデジタルが入ることで新しい付加価値が得られるようになり、5、6年ほど前からスポーツ業界ではこうした試行錯誤が始められています。

驚くことに、スポーツのデジタル化は収益拡大にも貢献します。なぜでしょうか。集められたデータはインターネット上でオープンデータ化します。多くの企業や個人がそのデータを基にさまざまなアプリ開発に取り組みます。アプリがヒットするとファンが増える流れで若者のファンが増加し、放映権料は急速に上昇しています。

「お笑い」というアナログの世界にもデジタル化の波が押し寄せています。スペイン・バルセロナのお笑い劇場では、笑った分だけ課金する料金システムを試験的に導入しました。1笑いごとに30セントで、上限24ユーロと定めました。仕組みはいたってシンプルで、椅子の背面に1台1台タブレットが設置され、画像認識技術を利用して笑った回数をリアルタイムで把握します。

この事例から私は2つの点に衝撃を受けました。まずは、言われてみれば当たり前のサービスでも、実際目にするまでこういったデジタル活用法は思い付きませんでした。もう1つは、とにかくまず試してみることの重要性です。

もし私がお笑い劇場の支配人だったとして、若い社員が「Pay per laugh」という画期的な課金システムのアイデアを持ったときに、顧客満足度を下げるかもとリスク回避を優先し、保守的態度をとってしまうかもしれません。このサービスは一定期間試験実施されましたが、その間、顧客満足度は上がり、売上も伸びたそうです。

災害情報の視覚化にもデジタルが活用されます。現在、地すべりの被害確認は国土交通省や自治体が見回りして状況を撮影していますが、地中にセンサーを埋め、地中の水分量を測ることによって危険性を把握できると考えています。生産性向上を目的として、今後さらにアナログ領域にデジタル技術が入り始めていくでしょう。

気付きがデジタル化を促進させる

全ての産業セグメントに膨大なループがあります。われわれはそのループに気付き、デジタル技術を活用しながらそれを回していけばいいのです。経営学の第一人者ピーター・ドラッカーも強調しているように、素晴らしいイノベーションほど言われてみれば当たり前と思うものばかりです。しかし、言われるまでこのループがどこにあるのか気付かないのがデジタルの一番の難しさであり、気付くか否かがポイントです。

IoTは主にデータを集める際に利用され、AIや深層学習はデータを分析するために活用されますが、AIなどの先端技術を用いないと価値創造に結び付かないという訳ではありません。手近なエクセルでも新たな気づきから価値の創造につなげることはできる分野も多いです。私は、多くの方々にデータ分析というタスクに親近感を持っていただくことが大切と考えています。

今から約4年前、建設現場の生産性向上を目的とした、「スマート建設生産システム事業」を産業競争力懇談会で行いました。まさにアナログの世界で働く人々がデジタルに関心を持つようになったのです。その契機が人口減少です。日本建設業連合会の予測では、2014年に約350万人いた建設技能者が、2025年には100万人以上減ると言われており、労働力人口の減少が予測されています。労働力不足を解消する対策として、デジタル化の議論が進められました。

最初に行ったのが、建設従事者の業務の棚卸しです。企画、設計、製作・物流、施工、維持管理、膨大な業務プロセスがあります。まず、どのようなタスクがあるのかを明確にし、ひとつひとつデジタル技術の導入可否を検討しました。こういった現場に潜む当たり前と思っている業務に気付き、改善していくことが重要です。

作業用品を販売する「ワークマン」では社員研修を徹底し、エクセルの関数を必須スキルにしています。これによってレジ係などを含めて社員全員が新しいことに気付く現象が起こり始めています。例えば、同時に購入される商品の組合せに相関関係を見いだすことができるのです。現場から上がってきた気付きを分析し、高い相関関係が見られる場合には現場にフィードバックして、陳列棚の配列を変更します。現場の方々がこういう意識で気付くと、さまざまな場面でデジタル化は進んでいくと思います。

期待される自治体の力

日本は生産性が低いと言われますが、逆にチャンスです。デジタル化を1つのツールとして考え、生産性向上に役立てていただきたいと思います。日本は他の先進国に比べて労働力人口の減少という問題を抱えているため、中小企業経営者もデジタル技術導入に関心を持ち始めています。良いタイミングでAI、IoT、5Gが出てきたと感じています。

国内の各都道府県の経済規模を見ると、日本は素晴らしい国だといえます。県内総生産最下位の鳥取県でさえ、ブルネイのGDPと同程度の経済規模です。これを鳥取県の方々にお伝えすると、ブルネイと一緒ならばもっと何かできるのではないか、と元気になります。こういう意識がとても重要で、モチベーションにもつながるはずです。

1次産業しかないような村の「村内総生産」もおおむねパラオのGDPと同程度の総生産がありますので、各自治体にさらに主体的にがんばっていただきたいと思っています。デジタル活用についても温かい目で見ていただき、少しずつ盛り上げていっていただければと願っています。

物的資産のデジタル化

さて、デジタル化に向けて、われわれはどのようなスタンスで考えればいいのでしょうか。まず、固定概念や既成概念を取り払う仕組みの形成が必要です。IoTとは物的資産のデジタル化です。古くは航空機の座席予約システムで、航空機の座席という物的資産をデジタル化したのです。1960年にアメリカン航空はIBMと一緒に「SABRE」(セーバー)というオンライン予約システムを作りましたが、2000年にSABERを分離しました。航空機の座席という物的資産をデジタル化したSABERが、アメリカン航空本体の時価総額を上回ってしまったからです。

考えてみると、シェアリングエコノミーは何かしらの物的資産をデジタル化しています。車をデジタル化したのは「Uber」であり、空きスペースをデジタル化したのは「Airbnb」です。われわれがすべきことは、身の回りや仕事の周辺で現在デジタル化されていない物的資産は何かを多くの人が考えることです。そこからデジタル化が進んでいきます。

大手企業が小さな取組を始めています。ドイツでは商用バン購入者は自営修理工が多く、部品補充や壊れた工具の交換が要望として多く上がっているそうです。そこでメルセデス・ベンツが新しいサービス事業を始めました。

具体的には、スマホで製品をスキャンして必要な部品や工具をメルセデスに注文すると、夜こっそりとサービスマンがユーザーのもとへ行き、遠隔で商用バンの鍵を開け、注文された部品や工具を届けるサービスです。こうした小さな取組によって、メルセデス・ベンツは少しずつ事業領域を拡大しているわけです。

これを可能にしたのがデジタル技術です。スマホ、RFID(Radio Frequency Identification:ID情報を埋め込んだタグと近距離無線通信によって情報をやりとりする技術)、あるいは車がコネクテッドになることで実現しました。大企業でさえこうした小さな事業活動に取り組む風土をぜひ応援するとともに、世界の大手企業がここまでやっているということを日本の大企業の方々にも理解していただきたいと思います。

デジタル化が生み出す新たな付加価値

自動運転というと普通車や公共交通機関の自動運転をイメージしがちですが、6人乗り小型モジュールが自動運転で大通りで接続したり、離れたりしながら個々のお客さんをそれぞれの目的地まで運んでいくアイデアもあります。映像を見るまで私もそんな世界をイメージできませんでしたので、自分が考えている世界は狭かったと痛感させられました。

洗濯機はもともと洗濯という家事労働を軽減させるために発明されましたが、洗濯機の登場が人々の衛生概念をも変えました。多くの人が毎日服を着替えるようになり、衣類の需要が一気に増えたと言われています。洗濯機が発売されたとき、衣類の需要が増えると予測していた人はおそらく誰もいないでしょう。しかし、最終的には衣類の需要増までつながっていきました。

デジタルでも同様に、初めは今やっているアナログ・プロセスの省力化にフォーカスされますが、それが活用される過程で何かしら新しいものにつながっていく可能性があると感じます。そういった意味でも、やはり頭を柔軟にしておく必要があります。

私自身、いつも自分は頭が固いと痛感させられる毎日です。GEのある部署が契約書の簡略化に取り組んでいます。既存の契約書は難解な言葉が多く、長くて理解しづらいため、それをピンポイントで簡素化するプロジェクトです。これも言われてみるまで気付かないアイデアの1つで、こういった事例はたくさんあります。

英国のフィンテックベンチャーTANDEMは、英国のパブが銀行窓口のようにサービスしたらどうなるのかという実験をしました。まず番号札を取り、自分の順番まで待ちます。その間にアンケートに記入し、やっとビールを注文すると、ビールの担当者に引き継がれ、支払時には注文した飲み物代金に加えて手数料がかかるというものです。銀行窓口もパブもお客様にサービスを提供するという点では同じですが、われわれはなぜこんなにもサービスの質が違うのか気付いていないんですね。

言われてみれば、こうしよう、ああしようとアイデアはいろいろ出てきますが、そこに気が付かない。われわれは、今やっている業務フローや業務プロセスに、固定概念や既成概念をどうしても入れてしまうので、そこがデジタル化実現を阻んでいるところであり、またやりがいのある部分でもあります。

ECOSIAは10年ほど前からあるドイツの検索ポータルサイトで、利益の70%を植林に回しています。現在は、検索キーワードが約45回打ち込まれるごとに1本植林します。GAFAに対抗する策を考えても立ち向かえないと諦めていたのですが、このサイトによって少しの打撃は与えられるかもしれないと気付かされました。そのためにも常日頃、意図的に頭を柔軟にしておくことが大切です。

強い想いで、海兵隊として動く

ダーウィンの「種の起源」と同じく、デジタルの世界でも生き残るのは変化できるものです。デジタルとは海兵隊です。事前に効果の予測が立てられず、トライ&エラーを繰り返しながら進めていくしかありません。私は、デジタルは海兵隊だから失敗しても褒めてあげてくださいと経営者の方々にお願いしています。5回連続して失敗する人はセンスがありませんが、3回くらいまでであれば許してあげていいと思います。

meleapは、AR(拡張現実)技術を活用したスポーツを開発運営する企業です。社長は20代後半だと思うのですが、中学時代から「かめはめ波」(鳥山明原作の漫画『DRAGON BALL』に登場する両手から気を発する技)を作りたい一心で、大学・大学院でのAR・VR(バーチャルリアリティ)の研究を経て会社を立ち上げました。ヘッドマウントディスプレイを使用するARスポーツ「HADO」では、ワールドカップも開催しています。何も指定していないも関わらず、参加者は皆コスプレで出てくるのです。デジタルも強い想いが必要です。こういったチャレンジ精神旺盛な人財をぜひ温かくサポートしていただきたいと思います。

PDCA(Plan計画•Do実行•Check評価•Action改善)サイクルを回せないデジタルの世界では、OODAループ(Observe観察・Orient方向付け・Decide判断・Act行動)を使います。『トヨタ式「管理者育成」ノート―変化しつづける企業づくり』を書かれた金田秀吉氏は、改善の神様の1人です。金田氏は、目標管理で「改善」は進むが、「変化」への活動はそこから生まれないと言い切っています。デジタルは変化させる側ですから、会社や組織の中で変化させられるような仕組みをどう作り込んでいくのかが鍵となります。そのためデジタルは組織論や人財論の論議に突き進んでいくわけです。結論として、最適解はありません。重要なことは新しいことにチャレンジし、試行錯誤を経て変化していくことです。

皆で作り上げる5G

「ヒト」向けサービスを「モノ」向けサービスにしたのが4Gです。昨今5Gがメディアでもよく取り上げられていますが、5Gでしかできないユースケースとなると非常に限定されます。しかし、4Gでもできるようなことを5Gでより発展させることが可能です。

その良い例が動画配信サービスを提供するNetflixです。Netflixは2007年にストリーミング配信に移行しましたが、当時のインターネットの速度はとても遅いものでした。しかし、誰よりも深く将来を洞察していたことが急速な世界展開に成功しました。5Gも同様に、これからどんどん進化していきます。土俵に上がり、進化した先を見据えたビジネス戦略を今から立てておくことが重要です。

中国では、不法営業の露店監視システムに5Gを利用しています。4Gでもできますが、5Gによって今まで以上に高精細映像が送れるようになり、新しい気付きが得られるかもしれません。

日本は5Gが遅れているという声もありますが、ぜひ周波数帯を調べていただきたいと思います。韓国、スイス、米国ではミッドバンドを使った5Gを全国展開しており、今の4Gとほぼ変わりません。2020年に日本で始めるのは、ハイバンドと呼ばれるミリ波のものです。ミリ波は技術が難しいのですが、2020年に日本でもミリ波でそれなりの品質のものが出てくると思いますので、日本は世界でもかなり進んでいるという認識をぜひ持っていただきたいです。

5G登場によりソフトウェア化がかなり進むと見込まれます。ソフトウェア化が進むと、遠隔制御向け高信頼サービスや金融トレーディング向け低遅延サービス、スマートシティ向けIoTサービスなど、通信事業者が有している機能を組み合わせることで多種多様なサービスの提供が可能になります。これが今までの4Gとの大きな違いです。

4Gまでは通信事業者が決めたサービスをわれわれは受けるだけでしたが、5Gになるとニーズに応じたソフトウェア作成を起点に、ネットワークが広がっていく可能性を秘めています。それが5Gの素晴らしさであり、同時に実現を難しくしている要因にもなっています。5Gは与えられるものではなく、皆で作り上げるものだという認識を持つことが重要です。

カタリストが2つの価値をつなぐ

デジタル化を行う上で一番重要なことは、アナログでやっている作業からデジタル化できる業務に気付くことです。特に生産現場では毎日がルーチンワークですから、なかなか気付くことが難しい。そこで現場に入り込み、顧客のニーズや機会を引っ張り出す人財が今まで以上に必要になると考えています。カタリスト(触媒)と呼ばれる技術と現場をつなぐ人財を育成すると共に、この領域において更なるリソース投入が求められます。

カタリストの可能性に気付かせてくれたのが、「NTTドコモアグリガール」と呼ばれる女性の集まりです。立候補制で、現在ドコモ社内で140名ほど在籍しているようです。知識創造理論の提唱者である野中郁次郎氏も、一般の女性社員が利他や共感という人間力を軸として肩ひじ張らずにイノベーションを実践している、と絶賛しています。

第1次産業というデジタルと一番遠い人たちにデジタル伝道師として入り込み、あらゆる産業をIoTでつないでいます。彼女たちのようなカタリスト人財が増えれば、デジタル化はさらに浸透していくと思います。

農業のみならず、地域課題解決に向けた「IoTデザインガール」も誕生しました。これは1社1名で50社近くが集まり、カタリストとして活動しています。現在、鹿児島県はIoTデザインガールの養成支援を積極的に行っています。人々の意識を変えることで、世の中が大きく変わっていくかもしれないと感じています。

彼女たちのワークショップには、役員や部長クラスもオブザーバー参加しています。あるワークショップで女性ばかりのテーブルに男性若手社員を1人ずつ入れて議論を行ったところ、最初は嫌だ、嫌だと言っていた男性社員から、初めてマイノリティということを理解しましたというコメントが出ました。これは何か変わるのではないかと、私自身も刺激を受けました。

女性のみの組織ということでは、女性からも抵抗があります。しかし、女性だけでやらないとこの雰囲気は出ないのです。男性が入ると必ず男性主導の議論になり、男性的な議論で進んでいきます。女性のみで進めるからこそ、男性とは違った議論や新しい気付きが生まれるわけです。

若手人財の育成、支援に向けて

さらに草の根的に応援したいのが高専(高等専門学校)です。「高専ワイヤレスIoT技術実証コンテスト」を総務省に支援いただきながら進めています。高専出身者が地元にそのまま残り、地元のDXを小さな中小企業と連携して進めていただくことが私の願いです。

私がマサチューセッツ工科大学(MIT)と東京工業大学のサイズを調べたところ、学部生、大学院生、プロフェッサーの数は、4000人、6000人、1000人と同規模であることが分かりました。異なるのはプロフェッサー以外の職員数で、MITの1万人に対して東工大は600人、そこには15倍の差があります。この1万人の職員の中にはもちろん下働きをする人も含まれますが、新しく価値を創造する人財もいるのです。

それに気付かされたのが、スタンフォード大学が作ったリーガル・インフォマティクス・センターという組織です。これは法学とコンピュータ科学のプロフェッサー3人ずつからなるのですが、プロフェッサーでもPh.D.でもない30代の方がディレクターを務め、シニアの偉いプロフェッサーたちをリードしているのです。

すなわちプロフェッサーというのはただのツールです。ツールを組み合わせて価値を創造するのがディレクターであり、日本ではこういうディレクター人財あるいはプロデューサー人財が相対的に弱い印象を受けます。大学にいるとプロフェッサーは偉いと認識されがちで、リサーチ・アドミニストレーターもプロフェッサーの下働きに終わることも少なくありません。こういった仕組みを変えない限り、つないでいくことによる価値創造はできないと思います。

質疑応答

モデレータ:

デジタルの社会実装にはとにかく技術を試し、トライ&エラーを重ねることが重要とのことですが、政策側に期待すること、また大企業がDXを実現する際に必要なことは何でしょうか。

A:

私は、大企業主導型イノベーションの時代の到来に期待しています。大企業は膨大なリソースを有しています。そのリソースとスタートアップ企業を組み合わせることで、次時代につなげる流れを生み出すことができます。そこで大企業の皆さんには、きれいな心を持ってビジネスに取り組んでいただきたいのです。これまで私は、大きい側がオレオレ系のエゴを押し出して失敗した事例を多く見てきました。きれいな心でスタートアップ企業と向き合うことで、新しいビジネスが広がっていきます。

政策側には、新技術と現場の声や顧客ニーズをつなぐカタリスト人財育成へ多くのリソースを配分していただきたいと考えています。加えて欧米の経済成長に見るように、日本でも新技術が開発された際に、国がファーストユーザーになってその技術を利用する支援も重要だと考えています。

Q:

「変化」という活動を行わざるを得ない環境を作り上げる仕組みとして、どのような方向性があるか、ご教示いただけますか。

A:

まず多様性です。バックグラウンドの違う人たちを同じところに組み入れる。例えば研究者の集まりにマーケティングのプロや違う業種の女性社員を入れるなど、異なるバックグラウンドを持つ人々を交流させることで新しいアイデアが動き始めると思います。それがファーストステップで、それを許容してあげることが重要です。

Q:

数多くのデータや深層学習を利用した解析は必ずしも必要でないと述べられた趣旨を詳しく教えていただけますでしょうか。

A:

これはハードルを下げたいという趣旨です。深層学習やAIに対して拒否反応を示す方々もいるので、エクセルでもいいよと言ってあげることで、誰でも挑戦しやすくするという意図があります。イーグルバス(川越市のバス会社:赤字路線の黒字化に成功)のように、複雑な解析もエクセルも使用せず、GPSセンサーと乗降客数センサーをデジタル化して赤字事業を黒字化させた事例もあります。地方ではビッグデータ等のリソースがない場合もありますので、データの見える化を始めるだけでも効果があると思っています。

Q:

5Gの運用には3つのボトルネックが潜んでいると思います。1つ目は、デジタルは想定していなかった結果をもたらす可能性を秘めた世界であるが故に、KPI(重要業績評価指標)やROI(投資収益率)などの従来の評価項目では測れないということです。2つ目は、日本の工程設計やエンジニアリングのプロセスが弱体化してきた中で、デジタル技術自体の複雑化が増している点です。3つ目は、ネットワークの無線化は生産技術においても重要であるものの、無線の知識に長けた人財は多くいません。また、IT(情報技術)とOT(運用技術)の専門家の間で価値観や品質管理方法の違いから衝突もあり、両方に詳しい人財が不足している点が挙げられます。これらの克服に向けて、先生のご示唆を伺えますでしょうか。

A:

デジタル化には時間がかかりますので、それぞれの分野の専門家が仲良く連携することが重要です。ITやOTの技術者が無線の専門家を下請けのようにあしらっては駄目で、お互いが同じ立場に立ち、対等に議論を進める必要があります。きれいな心を持つとはそういうことです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。