ラグビーと日本の将来

開催日 2020年1月14日
スピーカー 岩渕 健輔(公益財団法人日本ラグビーフットボール協会専務理事)
コメンテータ 斎木 尚子(公益財団法人日本ラグビーフットボール協会理事)
モデレータ 宮下 洋(経済産業省 商務・サービスグループサービス政策課サービス産業室長)
開催案内

2019年のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会では、日本代表が史上初のベスト8入りを果たすとともに、世界からは「過去最高のW杯」と称賛され、歴史的成功を収めた。その経済波及効果は4000億円以上ともいわれている。本セミナーでは、2015年ラグビーW杯で日本代表のゼネラルマネジャー(GM)を務め、2019年6月からは日本ラグビーフットボール協会の専務理事を務める岩渕健輔氏が、日本ラグビーのこれまでの歩みとW杯の成功の要因、今後の課題などについて講演した。引き続き、外務省大臣官房審議官などを歴任し、2019年6月から同協会の理事を務める斎木尚子氏が、外交の立場から見たW杯の成果とこれからの日本スポーツ界の方向性について語った。

議事録

ラグビーW杯を終えて

岩渕健輔写真2019年ラグビーワールドカップ(W杯)の日本開催が決まったのは2009年のことでした。それまでの日本ラグビーの状況はどうだったかというと、「145」という数字が物語っています。1995年に行われたW杯(開催地:南アフリカ共和国)で日本代表はニュージーランド代表に145点を取られて負けたのです。これを試合会場の地名をとって「ブルームフォンテーンの惨劇」といいます。2019年W杯は、そこから始まった非常に大きなプロジェクトだったと思います。

日本は2011年までに、W杯に6回出場しましたが、予選ステージで1回しか勝ったことがありませんでした。そういう国によくW杯を招致できたなと思うのですが、本当に大変な苦労があったと思います。2015年のイングランド大会で日本は南アフリカに勝ち、非常に注目を集めたのは記憶に新しいところですが、それまで日本のラグビーといって思い浮かべるのは「ブルームフォンテーンの惨劇」だったのです。

そういう流れの中、今回のW杯で日本代表はベスト8という成績を収めました。ラグビーの国際統括団体「ワールドラグビー」のビル・ボーモント会長は「過去最高のW杯だった」とコメントしています。

今回のW杯は、グラウンドの上の選手のパフォーマンスはもちろんのこと、数字の面でも非常に前向きなデータが出ています。世界の動画再生回数は21億ビューに上り、各試合会場のファンゾーンにはのべ113.7万人が詰めかけました。他にも、ラグビースクールの参加申し込みが急増しました。W杯のこうした流れは、日本中の皆さんにつくっていただいたものかもしれません。

世界に勝つための3つの鍵 ― ①スタッフマネジメント

日本代表は2011年までわずか1勝しかできませんでしたが、2015年は3勝、2019年は4勝してベスト8に進出することができました。そこにはどんな変化があったのか、世界に勝つための3つの鍵としてまとめてみました。

1つ目に、スタッフマネジメントです。2019年大会はジェイミー・ジョセフが日本代表のヘッドコーチ(HC)でしたが、前回2015年大会では、エディー・ジョーンズ(現・イングランド代表HC)がHCを務め、チームを率いてくれました。この2人が8年間強化し、代表チームは大きく変わりました。

ジョーンズがHCに就任したのは2012年です。彼を招聘した理由はいろいろあるのですが、一番の理由はどうやったら勝てるかということを選手たちに強く言える指導者だったからです。

ただ、ジョーンズは非常にきつい調子で指導に入るので、選手たちは何を言ってもジョーンズに「だから駄目なんだ」とすぐに言われてしまい、コミュニケーションを避け始めてしまいました。さらにはみんなが衝突を避け始め、スタッフも選手もジョーンズと話をしないような状況が生まれました。ただ、そういう衝突を乗り越えてジョーンズは信念を貫いて指導しました。

つまり、当時の日本は勝った歴史がなかったので、トップダウンのスタイルで物事を変えるような指導者を呼んできたわけです。一方、後任のジョセフは、ジョーンズに比べれば選手の自主性を重んじるHCで、ボトムアップのスタイルで指導しました。ここが非常に大きなポイントです。

私が指導者をどうするか考えたときに、話を聞きに行ったのがサッカー界でした。サッカーは2002年の日韓W杯のとき、フィリップ・トルシエ監督の下で非常にいい成績を収め、その後はジーコ氏が監督を務めました。トルシエ氏がどちらかというと規律を重んじるジョーンズ型で、ジーコ氏は割と自主性を重んじるジョセフ型だったと聞いています。ジョーンズからジョセフに代わるときに、厳しい指導から緩やかな指導に一気に移ると非常にまずいということをサッカーの話を聞いて非常に感じました。

皆さんあまりご存じないかもしれませんが、ジョセフは1999年のW杯で日本代表選手としてプレーしています。ですので、日本の選手のことをよく知っていて、厳しさと自主性のバランスが非常にうまく取れている指導者だということでジョセフを呼びました。

世界に勝つための3つの鍵 ― ②プログラムマネジメント

2つ目の鍵は、プログラムマネジメントです。ジョーンズHC時代は本当に急激に強化しなければならなかったので、プロジェクト型強化で、できることをとにかく最優先してやっていきました。しかし、既にジョーンズHC時代からその先を見据えていろいろな取り組みを始めており、ジョセフHCになってからは、人が代わっても競争力を維持できるようなシステム型強化を図ることにしました。

ラグビー界の特徴の1つに、Tier1(ティアワン)というものがあります。ラグビー代表チームの強さは世界ランキングによって決まるのではなく、元々ラグビーをやっていた伝統国(Tier1)かどうかで判断されるのです。では、Tier1にどうしたら入れるのか。強くなったら入れるのかというとそうではありません。どうしても打ち破れない壁があるといわれていて、Tier1はスコットランド・イングランド・アイルランド・イタリア・フランス・ウェールズ・オーストラリア・ニュージーランド・アルゼンチン・南アフリカの10カ国と決まっています。

ここに割って入ることを日本だけでなく他のどの国も考えているのですが、Tier1はお互いの権益を非常に大事にするので、自分たち同士で試合をするシステムを作り上げています。ですので、Tier1と試合をすること自体が非常に難しく、日本は2011年W杯までの5年間で、Tier1とわずか1試合しかできませんでした。当然、チームを強化するには強いチームと対戦しないといけません。だから、これをどうするかというのが当時の日本ラグビー界にとって大きな鍵でした。

ところが、2012~2015年の4年間で5試合もTier1と試合ができるようになりました。なぜできたかというと、発想の転換です。今回のW杯では本当にたくさんの方に会場に来ていただきましたが、それまでの日本ラグビー界は秩父宮ラグビー場で代表チームが試合をしても1万人も入りませんでした。そこで、ニュージーランド代表を呼んだとき、初めて興行として試合をしたのです。相手チームにお金を払っても来てもらい、それで利益を出して収益を上げたのです。今まで日本のラグビー界はそういうことをしていませんでした。

ただ、ニュージーランドに多くのお金を払ったのに、人が来なかったら大損になります。当時は、ラグビー協会の中でも反対が多かったようですが、実際にはわずか3分でチケットが完売しました。当然、ニュージーランドが持っていたブランド力もありますが、ラグビー協会として初めていろいろな取り組みを行った結果、こういう前向きなことが起こったのです。

それだけでなく、ラグビーの大きな特徴として、代表チームの合宿がとても長いことが挙げられます。かつての日本ラグビー界は、国内リーグの試合がとても少ないから強化できないといわれていました。これをアドバンテージに変えるために、国内リーグが短いから選手を強化できないのではなく、逆転の発想で、代表チームの合宿を長くして強化することを考えたのです。

例えば、サッカーはシステム上、代表チームを集めるのが非常に難しくなっていて、クラブでずっと強化していますが、ラグビーはそれを逆手に取って、シーズンが短いのであれば代表チームでトレーニングしようという方法を取りました。どちらかというと、個人競技はこうした手法が結構多いと思います。

それだけでなく、海外リーグの方が当然レベルが高いので、サッカーのように何人も海外に出てレベルを上げるのは非常に重要です。一方で、海外に出ると日本人は外国人枠になり、なかなか試合に出られないので、海外リーグに日本人枠を作ってもらって試合に出場させることを考えました。こうして発想を変えながら、できないと言っていたことを何とかできる方向に持っていったのが2015年までの動きでした。

一方、2016~2019年になると、状況が大きく変わりました。まず、先ほどのTier1との試合が4年間で13試合行われました。なぜかというと、W杯が日本で行われるからです。日本に来たことがない国がほとんどだったので、どの国も日本で試合がしたかったのです。そういう意味で、この時期には本当に何の苦労もなく、多くの国が来てくれました。

それから、リーグによる強化も進めました。スーパーラグビーといって、Tier1のアルゼンチン・オーストラリア・ニュージーランド・南アフリカをまたいだラグビーリーグがあります。簡単にいうと、メジャーリーグに日本の野球チームが1つ入ったようなイメージです。そこに日本のチームを1チーム入れて、代表チームでないときも強化することにしました。当然、競技力が高いリーグにチームがあって選手がいれば、競技力はおのずと上がっていきます。

つまり、2012~2015年は決められた枠の中でずっと改革していたのを、2016~2019年は少し構造を変えながら強化する方法を取りました。

世界に勝つための3つの鍵 ― ③カルチャーマネジメント

3つ目の鍵は、カルチャーマネジメントです。チームとして非常に難しいのが、チーム文化の醸成です。なかなか勝てないチームだったので、選手たちはどこかで「自分たちは勝てないのではないか」と思っていたのです。それを払拭することがチームにとっての大きな鍵でした。

そのために、小さな目標と小さな変化の積み重ねを続けました。そのとき大事なのは、選手たちがうまくなっている、強くなっている、変わっているということが自分で分かることでした。ジョーンズにしてもジョセフにしても、選手のモチベーションを崩さず、不満は出るものの前に進めるのがうまかったのは、いろいろな方法で自分たちが変わっていることを選手たち自身に認識させていたからです。

だからといって、チーム作りは簡単にできるものではありません。どのような競技でも日本らしさは結構語られると思いますが、そのときには、やはりパスのつなぎなどの戦術的なことが言われると思います。しかし、代表チームではアイデンティティを非常に大切にしました。日本代表には多様性があります。今年、「One Team」を流行語大賞に選んでいただきましたが、どうやって「One Team」になるかということを考えたのです。

ラグビーの代表資格は国籍主義ではないので、外国籍の選手が非常に多くいます。だからこそ、真の意味で団結することが大切でした。第1回W杯のとき、日本代表の外国籍選手は2人でしたが、今回は半数の15人です。そういう意味でいろいろなバックグラウンドを持った選手がいるので、この中で1つにまとまっていくのはとても難しいことでした。

どんな組織でも規律は大切だと思います。ラグビーも規律をとても大切にするのですが、規律ばかり重視していると、目の前にある問題を無視するような状況が生まれます。そんなときに大事なのは、やはり真のリーダーシップだと思います。ラグビーはもともと、リーダーを大切にするスポーツなのです。

ラグビーのベンチには、実は監督は入れないことになっています。グラウンド上で監督が指示を出したりすることができないため、選手たちがリーダーシップを取ることは非常に大切です。選手たちが自主性を発揮して、自分たちで決断できるようになることが、チームとしても大きな課題でした。

前回2015年W杯の南アフリカ戦では、ロスタイムに入って南アフリカが32対29で勝っていました。ロスタイムに入れば、ボールが外に出たり、プレーが止まったりすればゲーム終了です。このとき、日本にゴールキックの機会が生まれました。ジョーンズは「ゴールキックを狙え」と指示したのですが、グラウンド上のチームが選んだのは、ゴールキックではなく、逆転のトライを取りにいくことでした。

選手たちの判断に対しジョーンズはものすごく恐い顔をしていたのですが、この判断によって勝利を手にしたわけです。つまり、選手が無視したことでジョーンズは世界的な名将になったのです。この試合の前夜、ジョーンズは主将のマイケル・リーチに「最後の判断はおまえに任せる」と言ったそうです。あれだけ怒っていたのを見たら絶対に嘘だろうと思ったのですが(笑)、大事なのはそういう信頼関係が築けたかどうかだと思っています。

ラグビーのルールブックであるラグビー憲章には、「ラグビーには、勇気、忠誠心、スポーツマンシップ、規律、そして、チームワークといった多くの社会的・情緒的概念が包含されている」と書いてあり、品位、情熱、結束、規律、尊重の五つのコアバリューをとても大切にしています。

今回のW杯でこうした前向きな結果が出たのは、何よりも選手たちがラグビーの価値をグラウンド上で表現してくれたことが大きかったと思っています。

今後の展望と強い危機感

ラグビーの未来はとても明るいととらえていただいたかもしれません。ラグビー協会としては、日本でラグビーW杯をもう一度開催し、優勝することを中長期計画に入れています。

ただ、ラグビー協会では強い危機感を持っています。日本のラグビーは強化にすごく偏っていて、普及や事業の部分になかなか力を入れられていないのです。協会の総収入の半分以上が強化費に使われていて、普及の面では競技人口は20年間減少し続けていますし、事業面においても放映権収入が少なく、観客数も停滞しています。

2015年W杯の後の国内トップリーグにはたくさんのお客さんに来ていただきましたが、次のシーズンからは元に戻ってしまいました。ですから、今シーズンの開幕戦はとても多くのお客さんに来ていただいたものの、来年同じようにできるのだろうかという危機感を持っています。

それから、平均観客数が少ないことも課題です。トップリーグのチケットは、企業が買ってくれる割合が50%以上に上り、非常に企業に依存している状況がはっきりしています。国内の競技人口も、1990年代初めは約16万人でしたが、今は10万人を切っています。人口はこれから減っていくので、何か策を打たないとますます減っていきます。

そこで、いろいろなことに取り組んでいます。W杯をもう一度呼ぶことや協会組織を変えるだけではなくて、社会に対してどうやって自分たちが貢献できるのかということを本当に考えた上で動いていかなければなりません。今回のW杯では、「ハードワーク」や「One Team」など皆さんにいろいろとラグビーが持っている魅力をチームが伝えてくれたと思うのですが、ラグビー協会としてもラグビーが持っている価値を社会につなげて貢献することは非常に大切なことだと思っています。

コメンテータ:
私は、かつて国際文化交流審議官として東京オリンピック・パラリンピック招致の外務省の責任者だったのですが、その時も、そして今も、スポーツを含む文化の力の大きさを日々痛感しています。この観点から、外務省はパブリック・ディプロマシー(広報文化外交)に力を入れています。

パブリック・ディプロマシーとは、日本のプレゼンスを高め、日本のイメージを向上させて、日本に対する世界の理解をより正しく深いものにするために、海外の個人・団体に直接・間接的に働き掛けていくことです。その重要性はますます高まっています。魂に直接働き掛けるような、心の底からの感動を共有することによって、相互理解や相互信頼が強まっていくと思います。その点で、パブリック・ディプロマシーにおいてスポーツの力は大変重要だと認識しています。

しかし、スポーツは、政府がコントロールできないところにあるからこそ大きな感動を私たちに与えてくれるのであり、スポーツの自律性はとても重要だと思います。同時に、自律性と並び立つ、パブリック・ディプロマシーのキーワードをもう一つ挙げるとすれば、政府や民間も含めた「オールジャパン」の戦略性です。

特に政府としては、環境整備に努めることが極めて重要だと考えています。例えば税制や教育、その他制度面で、スポーツの強化・普及につながるような環境整備です。政府あるいは民間スポンサーの方々として果たせる役割は大変大きなものがあると思うので、ぜひOne Team、オールジャパンで今年のオリンピック・パラリンピックを成功させ、ラグビーを含むスポーツの更なる強化に向けて頑張っていきたいと思います。

質疑応答

モデレータ:

私ども経済産業省も、スポーツを産業としてとらえて拡大していこうと取り組んでいます。ラグビーのプロ化構想について教えてください。

A:

プロ化にとって重要なのは、やはり顧客をしっかり持つことだと思っています。その点では、リーグ運営をプロ化して、多くのお客さんを抱えるようにならなければ駄目ですし、近い将来はチームも自走して、企業に依存しない形をつくる必要があると思います。そういう意味では、このタイミングで何らかの形で前に進む必要があると思っています。

Q:

代表チームの外国籍選手が15人に増えたのは、どのような経緯だったのでしょうか。強い人を選んだ結果こうなったのでしょうか。チーム全体として意識することがあって今のようなチーム構成になったのでしょうか。

A:

選手の選考はHCの専権事項になっているので、HCが自分の目指す方向に対して力になってくれる選手を選考した結果だと思っています。

ただ、外国籍選手の起用についてはこれまでもかなり議論があって、代表チームが勝てなかった時代に、「どうせ勝てないなら、海外の選手ではなく日本国籍の選手を出せ」という議論も起こりました。しかし、社会の移り変わりによって、外国籍選手が何人いるかという議論は一切なくなりました。

スタッフについても2015年W杯のときには、私とジョーンズが話をして、1つの国に固まらずいろいろな国からいろいろな知見を入れたり、男性ばかりでなく女性の考え方もチームに入れることが絶対にプラスになるという考えの下、スタッフを決めていました。

Q:

ラグビーはルールが複雑で、ルールを知っている人と知らない人との間の壁が大きいスポーツではないかと思います。その壁を低くすることについてお考えを聞かせてください。

A:

実は、ラグビーのルールブックの方が野球のルールブックよりも薄いのですが、ラグビー界には割と閉鎖的な面がずっとあったのかもしれません。しかし、今回のW杯で多くの方にラグビーの魅力に触れていただいたと思うので、グラウンドに来ていただいたときにラグビー自体の面白さはもちろんのこと、それ以外に競技場内で楽しんでいただけるようなことをしたり、いわゆるボールパーク的な構想を確実に持たないといけないと思っています。これからは、お客さんに対してどういうアプローチをするのかということが、われわれラグビー界として最も持たなければならない視点だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。