WTOは生き残れるか-多国間通商システムにおける「法の支配」と日本の役割

開催日 2019年12月9日
スピーカー 小田部 陽一(元在ジュネーブ国際機関日本政府代表部特命全権大使 / 元外務審議官)
スピーカー 川瀬 剛志 (上智大学法学部教授)
モデレータ 黒田 淳一郎 (経済産業省通商政策局通商機構部長)
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1995年の発足以来、世界貿易機関(WTO)は多角的自由貿易体制の強化を図り、世界経済の発展に貢献してきた。しかしながら、国際情勢が大きく変化する中でドーハ・ラウンドは行き詰まり、WTOの紛争処理機能は陰りをみせている。加えて、12月10日には国際通商関係の「法の支配」を司ってきた上級委員会に新たに2人の欠員が生じ、実質的に機能停止に陥った。それに伴って、今後紛争案件は棚上げとなる可能性が大きく、上訴放棄の合意や上訴代替手続きの準用、FTA・EPAをはじめとする紛争解決手続きの援用がその打開策として行われている。WTOの機能をめぐっては加盟国内で制度改革に向けた提案が行われているものの、米国、EU間の司法観の開きは大きく、問題解決の兆しはみえていない。日本としてはわが国の通商政策ビジョンを明確にし、自由貿易体制における紛争解決制度の改革に向けた議論に積極的に貢献していく必要がある。

議事録

WTOの直面する未曾有の危機

小田部陽一写真小田部氏:
10年前の金融危機では保護主義的措置を回避して成果を挙げたWTOも、現在は極めて残念な状況に至っています。その原因として、トランプ政権によるシュールリアリスティックな政策はあるも、WTO発足後にすでに生じていたさまざまな問題があります。

1995年に世界貿易機構(WTO)が発足し、2001年から8分野を対象に多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)が始まりましたが、2013年の第9回閣僚会議での貿易円滑化協定や2015年閣僚会議での農業輸出補助金の撤廃はあるも、その交渉成果は限られており、ドーハ・ラウンドは頓挫というか、死に体となった。国際通貨基金(IMF)や世界銀行等の国際機関が改革を進めたのに対し、WTOは世界経済情勢の変化を十分に反映できていませんでした。

加えて、かねてより懸念事項であった紛争解決制度における上級委員会問題が顕在化しています。本来7名である上級委員会は続々と欠員が生じ、手続きに最低限必要な3名で運営されてきました。しかし、うち2名が12月10日で任期満了となったことから、現在議論が続けられている14案件中11件については事実上審理が不可能な状況となります。併せて、小委員会(パネル)で議論されている案件においても先行きが不透明な状況です。

危機に直面するWTOの背景

自己利益中心あるいはポピュリズムの背景としての各国内の経済的不平等という問題があります。2009年のG20ピッツバーグ会合では「強固で持続可能かつ均衡のとれた成長のための枠組み」が合意され、その後「包摂性」の要素が加わり経済的不平等の是正を図るための包括的な取り組みがとられていますが、もとより貿易政策のみでは対応はできず、税制改革も含めた対応が求められています。

ドーハ・ラウンド座礁の根本要因は、164ものメンバー間でのコンセンサスを得ることが極めて困難であることです。1カ国でも異議を唱える場合には交渉はまとまりません。さらに、自国が重要視する案件の進展が見られない場合、別案件についてのコンセンサスを阻むという人質取り問題があります。

また、新興国に対する、特別かつ異なる待遇(Special and Differential Treatment:S&D)の問題があります。WTOは途上国に対して交渉および交渉結果の履行に当たり優遇措置を認めていますが、経済力を増した国々が途上国として扱われ、その優遇措置を享受している点が問題視されています。WTOでは中国とパプアニューギニアのステータスはまったく同じです。

例えば、ドーハ・ラウンドでは非農産品市場アクセス(NAMA)の分野において一部分野での交渉の深掘りに努めましたが、中国の後ろ向きな対応に阻まれました。そんな中、米国は、OECD加盟国やG20サミットの加盟国、貿易量が世界貿易0.05%以上の国はS&Dを放棄すべきであると主張しました。その結果、いくつかの加盟国は放棄していますが、道のりはまだ遠い状況です。さらにWTOルール絡みの問題として、補助金、国営企業の問題等レベル・プレイング・フィールド(公平な競争条件)確保に向けた取り組みも課題となっています。

今後の展望

まずは本日より一般理が開催されますが、ほぼ全ての重要案件の決定は先送りとなる見込みです。電子商取引については、関税を課さないモラトリアムが1990年代末より繰り返されてきており、2020年6月に開催予定の第12回WTO閣僚会議までの暫定延長が提案されていますが、インドからの抵抗の可能性が高い状況です。また、SDGにも掲げられている乱獲につながるような漁業補助金問題については、議長移行期もあり、未熟状況です。上級委問題についても、ファシリテータであるJ・ウォーカー大使のプロセスを反映した決定案が出されていますが、米国がブロックする見通しです。

今後、ジュネーブでの会合に加えて、明年の1月と5月に開催予定の非公式閣僚会合を経て、6月の閣僚会議に向けて、改革および交渉成果全体としていかなる成果を出せるか注目されますが、その際、全メンバーでの交渉案件としての漁業補助金、また引き続き、多くのメンバーが重視でいる農業に加えて、プルリメンバー間(複数の有志国間)でのジョイントイニシアチブ案件として、開発のための投資円滑化、サービス分野での国内規制および電商取引の貿易側面が重要となっています。そのうち、最後の案件にわが国は、データ流通や電子商取引に関する国際的なルール作りを進めていくプロセスである「大阪トラック」を、G20大阪サミットにおいて立ち上げ日本の経済界、産業界で非常に関心が高い分野であり、特に優先案件となるでしょう。

このような交渉においては、先に述べたように全メンバー間でのコンセンサス方式が困難な状況下では、多様な交渉アプローチの可能性も検討すべきでしょう。OECDでは国際課税の分野で税源浸食と利益移転(BEPS: Base Erosion and Profit Shifting)という取り組みがありますが、これは当初OECDの租税委員会で法的拘束力を有しない形で議論を進め、G20での協議を経て合意に至った経緯があります。法的拘束力を有する案件は合意に達するまでに長期間かかり、変更する場合にはまた長丁場となります。よって最初から強制力を持たせず、ソフト・ロー的なアプローチで賛同を得ていき、それを時代の要請に応じてタイムリーに修正していく方法も必要かもしれません。

WTOは危機に直面しているものの、今後の世界経済の展望を考えた時、急速な技術革新およびその技術革新に基づくデジタル経済の発展は好機となります。それを最大限活用するためには当然ルールが必要です。従って、短期的な問題に取り組むと同時に、ルールメイキング機能であるWTOが世界経済成長の機会をどうとらえていくのか。WTOはまさに岐路に立っています。

WTO上級委員会に対する米国の問題意識

川瀬剛志写真川瀬氏:
米国が2017年の夏以降、上級委員の選任を拒否し続けている背景には、上級委員会の司法積極主義的な姿勢に対する大変強い不満があります。この動きは2000年代冒頭より米国議会の中で議論されていたものが、オバマ政権末期に初めて顕在化されたものです。米国は委員の選任手続き拒否のみならず、上級委員会向け予算を一時停止させることでも上級委員会の活動を制約する動きを見せています。

米国がこのような強硬手段をとるのは6つの要因があります。まず1点目に、上訴の審理期間の不遵守です。協定上は90日以内に判断を示すこととしていますが、2011年以降、規定日数の倍を上回る状態が常態化しています。2017年7月に上級委員の指名を停止し始めてからの案件は、1年を超える日数を要しています。

2点目は、任期終了後の上級委員の審査範囲についてです。上級委員会検討手続15節(“Rule 15”)によると、退任する委員は、上級委員会の承認により、任期中に着手した未了案件を任期満了後も継続審理できるという規則が存在しますが、米国はWTO紛争解決機関(Dispute Settlement Body:DSB)加盟国の承認を得ずに審理できる点を問題視しています。

3点目は、加盟国各国の国内法の解釈や適用の在り方に対する審査についてです。上級委員会はWTO協定が与える権限の範囲を超えて国内法の解釈を行なっていると米国は批判しています。

4点目として、上級委員会が紛争解決に不要な法的な意見、勧告的意見や傍論(obiter dicta)を展開していることが挙げられます。米国は、アルゼンチン・金融サービス事件の判断においては上級委員会が報告書の中で不要な傍論を展開したことを指摘し、これが張勝和委員(韓国)の2期目選任を拒否した理由となっています。

5点目は、法的根拠のない先例拘束性です。米国・ステンレス鋼板ダンピング防止税事件でも述べているように、説得力のある理由(cogent reasons)がない限り、以後のパネルの判断は上級委員会の先例に拘束されるべきであると主張しています。

そして、米国が最も怒りを感じているOverreachと言われる問題です。これは定められた協定内容を字義どおり適用せず、解釈を通じて加盟国の権利義務の増減を行い、司法的法創造を行っていると批判しています。トランプ政権ではこれがダンピングや相殺関税などの貿易救済分野に関する協定、あるいは貿易の技術的障壁に関する協定(TBT協定:Agreement on Technical Barriers to Trade)の解釈で非常に顕著に表れています。

特に米国は、ダンピングや相殺関税はトランプの支持基盤である鉄鋼産業が多く活用している救済手段であるため、WTOによる厳格な規制に強い異議を唱えています。顕著な例を挙げると、WTOの補助金協定において、中国の国有企業がその規律対象となるためには国が株式の過半数を持っているだけでは不十分であり、国有企業に対して政府の権限の付与が必要であると狭く解釈しました。この結果、米国は中国に対して相殺関税をかけることが難しくなり抗議しています。

また、EU、日本がそれぞれ提起した米国の「ゼロイング(注1)」の問題があります。米国は、協定が明示的にゼロイングを禁止していないにも関わらず、上級委員会はダンピング協定の解釈を通じて「ゼロイング」を協定違反としているため、司法的法創造だと上級委員会の解釈姿勢を批判しています。

紛争解決了解3条2項やウィーン条約法条約31条1項にも示されているように、上級委員会の解釈姿勢は国際法上の慣習的規則に従って協定や解釈をすることになっています。つまり本来は文脈に則り文言重視の解釈をするべきで、その意味で上級委員会は基本的に正しいアプローチを取っています。しかし、協定の文言が不明瞭であり、どうしても解釈で明確を図らずを得ないところ、立法機能が麻痺している中において、現行の協定を改正することは難しい状況にあります。

(注1) 米国は、1年間の平均のダンピング・マージンを計算する際に、輸出価格が国内価格よりも高い場合(=ダンピング・マージンがマイナス)の価格差を「マイナス」ではなく「ゼロ」とみなすことで税率を不当に高くする手法(ゼロイング)を用いている。

WTO改革に向けた動き

こうした事態の打開に向けて、EUとカナダは2018年夏より積極的にWTO改革に関してペーパーの取りまとめを行い、同年11月にEUから2つの共同提案を発出しています。1つは米国の問題意識に対応したものであり、もう1つは上級委員会の自立性や司法的な性質強化に関する提案です。また、2019年1月よりデビッド・ウォーカー在ジュネーブニュージーランド大使をファシリテータに立て、Walker Processと呼ばれる非公式協議プロセスが行われています。

こうした中、11月にウォーカー氏より加盟国から提案された改革案が提示されました。この提案は一般理事会に出てくる予定ですが、採択される見込みは低いでしょう。WTOの紛争解決ルールである「紛争解決に係る規則及び手続に関する了解」(Dispute Settlement Understanding:DSU)の改正が必要な提案を回避しているが故に、現行のDSU関連規定の確認にとどまり、米国の懸念をシェアする政治的含意の意味合いが強いといえます。

米国は各国の議論や提案については一顧だにせず、協定改正は不要と主張し、1995年に合意したDSUへの原点回帰のみ要求しています。なぜ上級委員会問題が生じたかの原因を議論し、その話し合いが解決されなければ上級委員の欠員指名には応じない姿勢を見せています。

ライトハイザー米通商代表は、上級委員の欠員補充停止が、立法機能が麻痺したWTO改革の唯一の方法だと述べており、まさに上級委員会を人質にとって、三極貿易大臣会合で補助金や国有企業問題をはじめとするWTO改革を推進しようとしている節があります。

上級委員会の機能停止によって、今後上訴されたパネル判断は宙に浮いた状態となる見込みです。敗訴国とっては審理されないため上訴を行わないという選択肢もあるものの、上訴を放棄すると「諦めず戦った」という姿勢を国内へ示せなくなるとともに、判断を放置することで対抗措置を発動される恐れもあります。そして、これが一般化されればWTO体制へ一層のダメージとなります。

既存の上訴案件については、Rule 15に則り、12月10日付で退任するトーマス・グラハム氏(米国)とウジャル・バティア氏(インド)が残留して審理を行うという見方もありますが、グラハム氏においては、上級委員会委員長のワーナー・ズドーツ氏が現在の米国のOverreachを主導しているため、残留の条件として彼の解任を主張しています。

現在上訴中のうち、豪州・たばこ包装事件(ホンジュラス、ドミニカ共和国)、米国・上質紙相殺関税事件、ロシア・鉄道機材事件においては間もなく報告書が発表されると思いますが、それ以外の案件については宙に浮く可能性が極めて高いといえます。

今後の対策と課題

今後の対応策として、1つは当事国が合意の上、上訴を放棄することです。すでにベトナムとインドネシアで事前合意を行ったケースがあります。ただし、これはパネル報告書公表後に行う事後合意では、負けた側が上訴を放棄するインセンティブが少ないことから合意は難しいでしょう。

次に、上訴も採択も求めないことで合意する方法です。ただし、60日以内に上訴をするか採択をするか決定しなければならないので、60日以内に上訴されない場合はそのまま中に浮いた上訴の権利はどうなるのかは法的に不明確なため、紛争当事国としては取りにくいといえます。

続いて、DSU25条による上訴代替手続きです。EUの提案により、現在EUはカナダと、引き続いてノルウェーと、それぞれの間の案件に関しては、上級委員会が機能しないが間はこの仲裁手続きを使ってパネル報告書の事実上の上訴審を行うことを合意しています。

最後に、WTOの手続き離れが挙げられます。米中貿易摩擦に見る通り一方的措置の応酬に陥るおそれもありますし、あるいはFTA・EPAの紛争解決手続きを代用するという方法も1つの考え方です。従来のNAFTAではWTOのようなパネルの実施が自動化されていなかったのですが、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)ではこれを自動化する方向で再交渉しようという議論があります。

司法的な貿易紛争解決手続きを支持するEUと支持しない米国との対立は非常に深刻である。危機収束に展望はあるのかというと、支配的な見方としては2020年の米国大統領選までは動かないという見方が有力です。

日本としては、日・豪・チリ提案、伊原在ジュネーブ大使のイニシアチブによるWalker Processの立ち上げ、そしてG20大阪会合において上級委員会危機へのコミットなどでこれまで貢献してきました。しかし、米国とEUが異なる司法観を持つ中で、日本は今、これから上級委員会をどのようにしたいのかという明確なビジョンを持ち合わせていません。日本の通商政策の中でどのようにこの紛争解決手続きを位置付け、どのような紛争解決手続きの在り方を模索するのか、日本としてのビジョンを主体的に明確にすることが求められています。

質疑応答

Q:

3月の上院公聴会で、ライトハイザー米通商代表は上級委員会の機能を停止させることが交渉を動かすレバレッジであると発言しました。中国が関わる交渉分野は多岐にわたり、多国間でコンセンサスを必要とする分野で合意に達することは非現実的だと思います。米国のスタンスを踏まえて、今後、上級委員会改革が実際に進んでいくのか、また上級委員の選任プロセスの停止が動いていく余地があるのかについて、小田部氏のお考えをお聞かせください。

小田部氏:

WTOの透明性向上に向けた議論や補助金に関する案件においては、日米EUの三極貿易大臣会合で合意に至ったとしてもWTOへ提案すると交渉が動かない場合、また三極の中でも簡単にまとまらないケースもあります。そこで米国がWTOのプロセスを通さず、直接中国と交渉することで進む場合もあります。

ウォーカー氏が提出した報告書は米国の懸念を反映していますが、なぜ上級委員会がこのような状況に陥ってしまったかという点に焦点を当てた禅問答のような議論です。従って、米国がすぐにこの問題に取り組むかという点においては懐疑的ですが、いずれにせよWTOは生き残れるかという状況にあるので、他の交渉分野では積極的に進めていく必要があります。

Q:

米欧対立の影響がNATOにも及んでいると報道されていますが、WTOにおける米欧の考え方の対立がベースにあり、その隔たりは非常に深いと感じます。国際経済においては法の支配が日本の生命線だと思います。中国も台頭してきている中、日本はトランプ政権に遠慮して、EUの議論を支持できる立場には立てないと考えます。

米国は現在さまざまな領域で自国を世界から隔離しつつあり、その米国と心中するわけにはいきません。一方、日本はFTAネットワークを世界中に張り巡らせ、米国とは逆の動きをとっています。安全保障や経済政策においても賢明な政策を進めているので、上級委員会問題においても、米国を除いた暫定的な措置として一種の機構が機能するように努力すべきだと考えます。DSU25条仲裁を活用しつつ、法の支配が崩れることを止める努力が必要だと思うのですが、いかがでしょうか。

川瀬氏:

私も同意見です。日本自体はWTOの紛争解決手続きによって非常に恩恵を受けてきたにもかかわらず、もう少しEUに対してシンパシーを持ってもいいのではないかと思っています。米国は、国際紛争解決機関は各国が主権を移譲した範囲の中で機能すべきだと考え、他方でEUは欧州司法裁判所のような国家の上に立つスーパーパワーとしての裁判所を作るべきだという思想を持っており、それぞれの司法観は異なります。

日本の状況を振り返ると、これまで日本がOverreachにより苦しめられたかといえば、むしろ逆にその恩恵を受けてきました。例えば米国のゼロイング制度は、日本が提訴して上級委員会にその主張が認められた結果、米国の措置を封じ込めることができたわけです。米国のOverreach批判に日本が抗議しないでどうするのだという主張はその通りです。

韓国による水産物輸入規制問題や日本製空気圧伝送用バルブに対するAD措置の事件で日本が負けたのも、WTOの手続きに差し戻し制度がないことによるもので、上級委員会の落ち度ではありません。日本としてはより司法化された手続きに利益があるのではないかと考えます。

小田部氏:

現在のWTOの紛争処理手続きは、ウルグアイ・ラウンドの時に日本が米国による通商法301条の対策として提案したものです。上級委員会の設立、逆コンセンサス方式、一方的な制裁措置の禁止も非常に日本的なアイテムなはずです。またそもそもドーハ・ラウンドが立ち上がった際の日本のプライオリティのひとつはルール分野であり、アンチダンピングの規律強化のためにゼロイングやサンセット・レビュー等を挙げましたが、DSUのおかげで良い方向へ向かってきました。従って、日本としては主に制度のメリットを得ています。

これまでの日本は米国の姿勢にべったりではないですが、同時に米国が関与しない制度も考えにくい。米国の意見を取り入れつつ、日本が改善すべき点を具体的に挙げて、検討していくことに尽きると思います。EUが打ち出したWTOの機能停止解決に向けた共同提案に日本が参加していないのは、米国が明らかに合意できない案件について論争しても仕方がないからです。

差し戻し制度が必要であるとの議論はあるものの、DSUの改正交渉においては論点がたくさんあり、また米国は差し戻し制度に関しては消極的であるため、どのように議論を進めていくかは知恵を要するところです。

Q:

上級委員会の現状として、パネルの手続きで双方を上訴せずに採択されるものが3割から4割、また、双方の同意を得て採択されていたGATT時代の手続きも5割から6割採択されていると聞きます。加盟国としてもお金と時間をかけたものを無駄にしないために、今後はできるだけ採択される動きになると思うのですが、川瀬先生のご意見を伺えますでしょうか。

続いて、小田部氏に質問です。水産物の輸入規制の件で日本は負けてしまいましたが、準司法手続きである以上、リスクは当然あると思います。ルールベースでは判断が分かれることはあり得るわけで、それは結局大国の動きについていくという傾向につながっていくのではないかと思います。そのスタンスについて伺いたいと思います。

川瀬氏:

まずGATT時代はそもそもパネルの設置から紛争当事国の合意が必要でした。にもかかわらずパネルが設置されるということは、しばしばパネルの設置や報告書の採択をブロックした米国は別としても、他の国々については、パネル設置の時点で結果の白黒にかかわらずその結果を受け入れるという同意が実質的にできていたと考えられるわけです。ですから、それとは異なる自動的なWTOの手続きの下では、おっしゃるようなGATT時代の手続き上の慣行はそれほど参考にならないと思っています。

これまで上級委員会が機能している限りにおいて、パネルが上級委員会の先例通りに判断するかぎり、上級委員会でひっくり返る可能性が極めて低い、だから上訴する必要がない案件も少なくありませんでした。ただ、今後、上級委員会が機能しないのであれば、これまでの上級委員会の先例を無視したパネル報告書が出てくる可能性があります。そうすると敗訴国は先例と異なるパネル報告書に納得できず、上訴を行ってパネル報告書の採択をブロックする動きが出てくるかもしれません。

そういう意味では、これまでは上訴制度があるが故にパネル止まりになっていた話が結構私はあると思っていています。上級委員会が機能しない限り一旦上訴してしまえば何もしなくて済むということであれば、負けた側が上訴をする政治的インセンティブはむしろ高くなるのではないかと評価しています。

紛争処理システムを阻害するような一方的対応をとると加盟国内の自国の評価が下がるため、互いに上訴し合うことが「ニュー・ノーマル」にはならないという意見もありますが、そうはならないでしょう。

小田部氏:

実務的観点からいうと、GATT時代は議論をパネルに持っていくまでに相当時間を要しました。また日本が上級委に持っていかないという決断をし得るかというと、それはなかなか難しいでしょう。例えば、外務省は法的にパネルが主張していることが正しいと思ったとしても、各省の立場からすれば異議を唱えるかもしれません。そういった批判を回避するためにも上訴を行うことになるでしょう。

例の水産物輸入規制の問題は、こういったシステムである以上全ての案件で勝てるわけはありません。従って、そこはちゅうちょすべきではないですが、より慎重に吟味することは必要です。全ての案件において消極的になる必要はないですが、韓国による造船産業への資金支援案件においては過去にEUが類似案件で負けていることもあるので、特に慎重に精査すべきでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。