気候変動とファイナンスの役割

開催日 2019年11月26日
スピーカー 玉木 林太郎(公益財団法人国際金融情報センター理事長)
モデレータ 梶川 文博(経済産業省産業技術環境局環境経済室長)
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気候変動への対応は、低炭素から脱炭素が問われる時代に入っている。そのために必要な投資も巨額になっており、これをいかにファイナンスするかが大きな政策課題となっている。また、脱炭素経済への移行過程でさまざまな資産価値が変動するため、ビジネスやファイナンスに与える影響は大きい。ひいては金融システムの安定性を損なうことも懸念される。こうした脱炭素経済への移行に資する投資へのファイナンス(グリーンファイナンス)は、欧州や中国がリードして議論が進められており、わが国もその動向に注意を払う必要がある。本セミナーでは国際金融情報センターの玉木林太郎理事長が、気候変動がファイナンスにもたらす機会とリスクを取り上げ、この分野における最近の動向について紹介した。

議事録

気候変動がもたらすビジネス・ファイナンスリスク

青木政文写真今やCO₂をはじめとする温室効果ガスの排出はネット・ゼロ(正味ゼロ)が求められ、低炭素(low-carbon)ではなく、脱炭素(decarbonization)という言い方に変わってきています。パリ協定にはすでにそのことが反映されており、今世紀後半に人為的な温室効果ガス排出をネット・ゼロにすることが規定されています。

そのためには、CO₂排出の太宗を占める化石燃料に依存したシステムから脱却しなければなりません。しかし、いまだに世界のエネルギー消費の81%は化石燃料(石炭・石油・天然ガス)です。このシステムをやめることが、われわれの課題なのです。しかも、時間ははっきり区切られており、特に英国、フランス、スウェーデンなどでは2050年の達成を目指しています。EU全体で2050年をCO₂排出ネット・ゼロの目標年にする動きが急です。

しかし、化石燃料の消費をやめるのは容易ではありません。これは産業革命以来のわれわれの経済発展の基礎を変え、広範な社会・経済システムの変換をもたらすことになります。化石燃料の使用を前提としたシステムからの脱却には、エネルギー政策にとどまらない幅広い政策課題が生じます。システムの大前提の1つを変えることは相当程度のエネルギーが要りますし、人々の気持ちを切り替えるにも時間がかかります。精緻なシステムを完成させている先進国にとって、自ら築き上げた複雑な社会経済システムの転換は容易ではなく、先進国であることがある意味でマイナスになるかもしれないというチャレンジに、われわれは直面しているといえます。

気候変動がビジネス・ファイナンスに与える影響を例示すると、6つあります。

1つ目は、物理的リスク・訴訟リスクです。物理的リスクとは山火事や洪水などの自然災害のことです。訴訟リスクは、さまざまな物理的リスクで損害を受けた人たちが訴えるケースや、投資家が投資先に対して正しい情報を出さなかったことについて訴えるケースなどさまざまあります。

2つ目は、ビジネスモデルの陳腐化リスクです。直接化石燃料を扱っているガソリンスタンドやディーゼルエンジン製造会社のビジネスモデルが陳腐化するのはわかりやすい例ですが、大量のCO₂を製造過程で排出する産業にとって(これには航空会社や海運会社が含まれることになるでしょう)、非常に重大なビジネスモデルのチャレンジです。

3つ目に、金融資産の価格変動リスクです。個人や企業が持つ金融資産は、気候変動とそれへの対応によって価格変動を起こします。海のそばの不動産価格が海水面上昇で下がったり、石油会社のバランスシートに資産として計上されている油田の埋蔵量が突然無価値なものとして計上されなくなるかもしれません。

4つ目に、企業のレピュテーション(評判)に関するリスクです。社会意識は急激に変わりますし、特にミレニアル世代(2000年代以降社会人になった世代)以降の若者たちの意識は、年配の人たちの意識とはかなり異なります。若い人は、企業活動の意味を将来自分たちの生きる将来の社会の持続可能性と結びつけて考える傾向が強く、「私たちは(持続可能性に向けて)努力をしている企業の製品を買いたい」と明確に言うので、企業が社会で評価されるためには、こうした評判を真剣に考えなければいけません。

5つ目に、政策変更のリスクです。排出に価格付けをする炭素税を導入したりするような政策変更があったとき、企業はリスクを負います。

6つ目に、長期の投資家が投資先企業に対し、長期的な視点から気候変動に伴うリスクを経営戦略上考慮しているのかどうかを問い始めています。こうした要求に適切な開示を以って対応しない場合、長期の投資家からそっぽをむかれかねません。

政策面では、政府が第一に心掛けなければならないのは、長期の、例えば2050年までに何をするかということを明確なメッセージとして人々に伝え、そしてその目標に向かってぶれずに進むことです。

政策課題の内容として最も重要なのは、現在は無料で排出できる温室効果ガスを、お金を払わないと排出できない仕組みにすることです。今までは企業が原価としてさまざまな化石燃料を買うことはあっても、それを燃やしてCO₂を出すことについてはお金を取られませんでした。これからは、市場の価格メカニズムを使って温室効果ガスを出すことはコストだという仕組みを導入すべきです。そのシグナルに応じて新たな投資や研究開発を誘発することになります。こうした市場メカニズムを通じた気候変動対策をカーボンプライシングといいます。

具体的な方法には、炭素税と排出権取引(ETS)があります。炭素税は、排出量あたりの税率を決めて(例えばCO₂排出1トン当たり100ドルというような)税として徴収するものです。排出権取引は、さまざまな企業に排出枠を割り当てることで排出量を削減するものです。結果的に排出枠が不足した企業は、枠が余った企業から買い入れます。すなわち、枠が不足する企業にとっては、その買い入れ価格が限界費用になることが明確に伝わるわけです。

もう1つ政策課題として認識しておく必要があるのは、情報の開示と利用です。そのために行政がすべき仕事はたくさんあります。また他の多くの政策分野との整合性(ポリシーアライメント)も必要です。この話は社会経済システムそのものの転換なので、決して経済産業省と環境省で完結する話ではないのです。

もっとその気になってほしいのは財務省です。ほかにも農業や貿易、土地利用、交通など、恐らく行政機関のほとんどが例外なくこの分野と無関係ではいられません。従って、一方で気候変動対策を進めながら、それを打ち消すような政策を他の省庁がせめて取らないこと、あるいは平仄(ひょうそく)を合わせた施策に転換することはとても大事です。

例えば、今は移動コストを非常に意識しなければならない時代になりました。従って、都市計画はコンパクトシティを目指すべきであり(もちろん高齢化対応の側面もありますが)、こうした形で国土交通省も気候変動の議論に平仄を合わせてもらう必要があります。

カーボンプライシングの展開

カーボンプライシングは着々と普及しています。欧州では、欧州連合(EU)が運営する排出権取引と、各国が個別に導入している炭素税を組み合わせています。

日本では、厳密な意味での炭素税は導入していません。温暖化対策税が石油石炭税の一部として割り当てられていますが、非常に水準も低いので、企業や人々の行動を変える効果は期待できません。排出権取引は東京都や埼玉県、京都府などで行われていますが、まだ効果は極めて限定的です。

韓国ではすでに国全体の排出権取引を導入しています。今のところ割り当てが寛大過ぎるので、あまり効果はないかもしれませんが、それでも国全体の排出権取引を入れたことは、うまく操作すれば国全体の施策として機能する点で重要です。

最大の排出国・中国は、電力業界限定ですけれども、国全体の排出権取引の導入を決めました。それまでも大都市や特定の省に限って排出権取引を実験的に入れており、その結果として国全体の電力業界に排出権取引を入れました。中国の電力業界のCO₂排出量は欧州全体の排出量よりも大きいので、これが実際に稼働すると、中国の排出権取引は世界最大の市場になります。日本でもこうした議論を進めてほしいと思います。

そういう議論をすると、「日本はエネルギー課税をしている」と言う人がいますが、経済協力開発機構(OECD)の統計によると、日本のエネルギー税負担は中位であり、日本は決してエネルギー税負担の高い国ではありません。

それから、日本はガソリンに比べて軽油にかかる税率が非常に低いのです。軽油引取税はガソリン税の60%強しかかかっていません。戦後の産業振興のためにトラックが使う軽油を安くしようとしたからです。さらに悪いのは、軽油引取税は国税ではなく地方税であり、都道府県ごとにさまざまな免税項目があります。そういう状況ですから、真っ先に取り組まなければならないのは、軽油引取税を揮発油税並みの水準にすることなのですが、そういう議論も本格的には行われていません。

気候変動関連の情報開示

2つ目の政策課題として示したのが、気候変動関連の情報開示(ディスクロージャー)です。今までは売上や経費、利益などが財務情報だったわけですが、投資家の立場からすれば、過去の企業の財務情報だけでは、これから長期投資をする上で不安です。これから化石燃料を使えない時代に入ったときに、投資先がうまくやっていけるのかという情報を知りたいと思うようになったわけです。

しかも、それを企業間で比較したいと思うようになりました。もともとこの議論が起こったのは、金融安定化理事会(FSB)で、気候変動が金融の安定性を損なうかどうかの議論の一環として、長期投資家のための気候関連情報を財務情報として開示する必要があるのではないか、と問われたのが始まりです。これはあくまでも投資家が使うための財務情報であり、足元でもうかったか損したかというのと同じ意味での財務情報として開示が求められました。

そのためFSBは、マイケル・ブルームバーグを議長として民間ベースでタスクフォースを作り、その作業を委ねました。この作業はTCFD勧告として2018年にG20に報告されました。

この勧告に沿って、セクターごとにこれから工夫して、精緻な気候変動関連情報の開示を督励しているのですが、この気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の勧告に賛成した企業は世界に約900社あります。

日本はこの勧告が出た頃、たった4社しか賛同に応じず、この面でもひどく遅れていると思っていたのですが、なぜか今年初めあたりから俄然賛同企業が増え始めました。今や日本は200社以上が賛同を表明し、世界で最も多くなっています。この200社余りが実のある財務情報として気候変動関連情報を開示してくれれば、大きな前進になると思います。もともとは投資家のためにつくったのですが、経営者にとっても、戦略的な経営に使うことのできる極めて重要な情報だと思います。

ファイナンス上の話題

ファイナンスの分野では、まず投資の引き揚げ(divestment)が話題になりました。石炭を中心に化石燃料関連企業の株を売却するわけです。大学や教会の基金から始まって保険会社などの長期投資家に拡がりました。公的なものでは、ノルウェーの政府年金基金グローバル(GPFG)という1兆ドルを擁する世界最大のSWFも、石炭関連企業だけでなく、最近では石油・ガスの探査・生産企業の銘柄を売却する方針を決め、議会の承認も得ています。

ただ、この例で面白いのは、例えばブリティッシュ・ペトロリアムやエクソン・モービルのようなエネルギー企業の株も売ってしまうわけではないということです。それらの会社は探査・生産にフォーカスした企業ではなく総合的なエネルギー企業に分類されているわけですが、そういう大手エネルギー企業は再生可能エネルギーへの大投資家でもあるのです。従って、GPFGは長期の投資家として、これらの企業の株を慌てて手放す必要はないと判断しました。そういう意味で総合的なエネルギー企業は、うまく生まれ変わることができれば、決して捨て去ることのできない投資対象になります。

もう1つの話題は、グリーンボンドです。企業が発行する社債や政府・地方公共団体が発行する公共債の使途を、グリーンなプロジェクトに限定して発行するものです。当初は2015、2016、2017年と倍々に増えましたが、最近は伸びが鈍っています。

グリーンボンドの発行は拡大していますがいくつか課題もあります。1つは何がグリーンな経済活動かという共通の定義がないことです。例えば、高い技術を使った石炭火力発電は、中国の定義ではグリーンプロジェクトです。でも、欧州ではそうではありません。

それから、いったん発行した後、本当にグリーンなプロジェクトに使ったのかどうか監視を続ける必要があり、そのコストもかかります。さらには、発行量も小さいし、なかなか流通しないので、いざ売ろうと思ってもなかなか売れません。

しかし、企業側(発行体)にとっては、グリーンボンドを発行することで、持続可能性に関心のある企業という評判を得られ、例えば公的年金や保険会社など普段とは異なる投資家層を獲得できるというプラスもあります。ただ、グリーンボンドを発行できるからといって、グリーンなプロジェクトが本当に増えるのかという疑問もあり、これから中心的な課題になるかどうかは疑わしい面があります。

その点で注目しなければならないのは、何がグリーンなのかという数値の入った詳細な定義(タクソノミー)をEUが決めようとしていることです。政治的に非常に難しい作業ですが、明確な数字を入れた定義をするので、それが世界に与える影響は非常に大きいと思います。こういうものがいったんEUで決まってしまうと、他の領域と同じように、EU域内だけに適用すると言っていたものがデファクトスタンダード(事実上の標準)になることがよくあるので、注目しなければならないテーマだと思います。

気候変動と日本

私は、日本では気候変動への関心が低いと痛感しています。関心が低い理由はいくつも考えられます。例えば日本は資源に乏しく、特に石油資源を輸入に頼っていることが日本の弱みだと考えられてきました。だから、石油をはじめとする資源をなるべく上流で確保することが日本の生きる道だという思いが強く、脱化石燃料などと言う考えの入る余地が無いのかもしれません。

それから、日本には環境先進国という意識が強く、環境面で日本のやることは余り無い、むしろ、日本がやるべきことは日本自体の脱炭素ではなく、日本の優れた技術を海外に提供することだという議論もあります。そういうさまざまな理由があって、日本では気候変動を巡る議論が進んでおらず、政策課題の議論に結び付いていません。

さまざまな国際交渉における日本の国益は何かというと、日本の排出削減の負担をなるべく低くしてもらうことだというのがこれまでの議論でした。しかし今日お話ししたように、むしろ経済・社会のシステムをなるべく早く転換した方が有利だという考え方に立った国益追求が国際交渉の場でも行われなければいけません。

それから、どうも日本では将来の社会の在り方について若い人たちの意見が充分反映されていないという問題もあるかもしれません。選挙にしても、有効投票に占める高齢者の比率が圧倒的に高く、若い世代の声が政治に反映されにくくなっています。

気候変動を巡ってこれから政治的なさまざまなオプションの中から選択していかなければならないときに、ぜひ年配の方も自分は逃げ切り世代だと思わずに、若い世代が主役となる将来の日本をどうしたらいいかという観点からぜひ議論に参加していただきたいものだと思います。

質疑応答

Q:

中国がグリーンファイナンスをかなりリードするとおっしゃっていたので、そのあたりについてもう少し教えてください。

A:

中国は、やるとなったら国主導で物事が早く進みます。中国は大気汚染や水質汚染などさまざまな環境問題を抱えていますが、気候変動への対応という点では、ある意味有利です。なぜなら、こうしたいわば伝統的な公害問題への対処と気候変動への対応がパッケージになっているからです。

環境問題への取り組みを通じて気候変動の問題への取り組みにもなるのであれば、非常に政治的意義も大きいです。だから、中国共産党は、最大のチャレンジの1つとして環境問題を取り上げています。

グリーンファイナンスの取り組みについては、中国はG20の議長国になった年に極めて積極的な貢献をしました。いまだにこの分野では、EUと中国が突出して熱心です。ですので、公的セクターが旗を振りますから、他の分野でも積極的に付いてくる金融界の人たちがいますし、極端に言えば、グリーンファイナンスの会議には欧州人と中国人しかいなくて、あとは話を聞いているという状況になりつつあります。

モデレータ:

中国はグリーンファイナンスをかなり積極的に行っていますが、例えば石炭火力をクリーンコールといって、それはグリーン基準ではセーフになるというふうにしたり、そのあたりはプレゼンテーションと国内の実態が異なるところもあると思っています。

TCFDに関しても、中国では2020年にも義務化する可能性があります。日本の場合はTCFDをボランタリーで行われており、相当いろいろな企業が自分で判断して行ったので、そのあたりは違うと思います。

A:

炭素税について1点だけコメントします。炭素税をもし導入するとしたら、今までの日本の税制上にはない税となります。なぜなら、究極的には税収目的の税ではないからです。炭素税の税収があるということは、炭素税導入の目的に照らせば税率が低過ぎるからだということになるはずです。炭素税が有効に機能し、化石燃料を燃やしていたらペイしないところまで税率を上げれば、炭素税の税収はゼロになるのです。炭素税のように、税収があってはいけないという極めて明快な目的を持った税は今までにありません。

日本は1973年、公害健康被害補償制度というものを創設しました。煤煙を出している企業に賦課金をかけて、それを公害病患者の医療費や年金の財源とするシステムです。当時は汚染者負担原則(PPP)という点から議論されていたのですが、今思うと極めて炭素税的なものです。煤煙を出すこと自体は無料だったのですが、それに値段を付けたら企業側もたまらず、煤煙を取り除く設備投資をするようになりました。

ですから、日本は似たような制度で実は成功したことがあるのです。炭素税も捨てたものではないと思っていて、ひそかに環境省が2020年度税制改正要望で、炭素税の導入の頭出しをしたことを歓迎しています。

Q:

欧州ではビジネス・ファイナンスリスクの議論が非常に進んでいるという話でしたが、それは経済的なリスクを回避するために取り組むべきだという議論なのか、あるいは放っておけば人類の生活が困難になるから倫理的に取り組むべきだという議論なのか、そのあたりのモチベーションはどうなっているのでしょうか。

A:

もし説得力のある答えをしようとすれば、ビジネスやファイナンス上の損得という議論で入っているわけではないと思います。この間の欧州議会選挙でも、数字を見れば勝ったのは明らかにグリーンパーティです。環境問題を重視した政党が勝っています。こうした人々の意識は、決して経済的なモチベーションだけに裏付けされたものではないと思います。

そう考えれば、モチベーションは自分たちのシステムがこのままでは持たなくなるからというところにあるのだと思います。その延長上の先鋭的な表れがグレタさんの行動にあって、それを支持する言説があるのだと思います。もちろんその前提の上に、欧州の金融界は当然ながらそうした人々の考え方のシフトを利用しないことはないし、それを無視していると彼らのビジネスが成り立たなくなるので、機敏に対応しているのだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。