「家族の幸せ」の経済学

開催日 2019年9月12日
スピーカー 山口 慎太郎(東京大学経済学部・政策評価研究教育センター准教授)
モデレータ 関沢 洋一(RIETI上席研究員・研究コーディネーター(EBPM担当))
開催案内

結婚、出産、子育てに対する価値観は、時代とともに変化している。また国や環境によっても、違いがある。政策を論じる上では、こうした変化や違いを知ることが重要である。今回のBBLセミナーでは、2019年7月に出版された『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)に基づき、著者である東京大学の山口慎太郎氏より、科学的研究の成果を基に、家族がより幸せになるためのヒントを紹介いただいた。特に、男性の育休取得について、日本の育休制度は世界的にも非常に優れている、北欧も当初は取得率が低かったなど、一般的には知られていない事実を明らかにしつつ、日本での取得率が低い理由や、取得率を高めるためのプロセスについて、取得率の高い北欧での育休改革の事例を交えて解説いただいた。

議事録

新書『「家族の幸せ」の経済学』のねらい

山口慎太郎写真本書のねらいは、結婚・出産・子育てについて経済学研究を中心にエビデンスを紹介することです。エビデンスを紹介する本は近年増えていますが、本書では、査読を通過し、一流の学術誌に掲載された、一定の信頼性がある論文のみを紹介しています。

そうすることで、トピックの全体像が分かり、かつセンセーショナルな結果に偏らないように気を配っています。また、2名の専門家に読んでいただき、クオリティコントロールをしました。参考文献についても、明示しています。

こうしたエビデンスを提示することで、読者の皆さんが個人の幸せについて考え、幸せをつかむための材料にしていただきたいと思っています。EBPMについて、何らかのエビデンスがあるからそれに従わなければならない、といった誤った受け止め方をされる場合がよくあります。最終的に何を選択するのかは個人の価値観に基づくべきであり、エビデンスはあくまでも意思決定のための材料です。自分がどうしたいか、一個人として社会にどうなってほしいかを考えるための材料にしていただければ幸いです。

第1章「結婚の経済学」

結婚することで得られる経済的利点には、分業の利益、リスクシェアリングなどがあります。しかし、近年は結婚率が減っています。これは、結婚から生まれる経済的利益が縮小しているからかもしれません。

出会いの場も時代とともに変わってきました。昔はお見合いが多かったのが、職場での出会いや友人の紹介が増え、さらに最近ではマッチングサイトを通じた出会いが増えてきています。これまで、結婚したカップルについてのデータはあっても、どういうカップルが結婚に至らなかったかというデータはほとんどありませんでした。しかし、ここ10~20年のマッチングサイトの普及に伴い、男女が互いに何を求めているのかがより明確になってきました。

マッチングサイトの誕生により、これまでは見られなかったタイプのカップルが見られるなど、社会に変化が起き始めています。

第2章「赤ちゃんの経済学」

出生体重は子どもの人生にどのように影響を与えるのかについて、一般的には重い方が健康的であり、逆に軽い場合は生涯にわたり子どもの人生に悪影響を与えると言われています。

また帝王切開は生まれてくる子どもの健康リスクになるのでしょうか。帝王切開は医師にとっても患者にとっても管理がしやすいという利点がありますが、一方で医学的には不要であるという議論もあります。必要もないのに帝王切開をすると、どういった悪影響があるのかについて、疫学分野での研究も本章で紹介しています。

母乳育児についても、子どもの健康面、知能面、情緒面の発達にさまざまな好影響があるとの主張がありますが、その一部については科学的根拠が乏しいということが明らかになってきました。

これらは全て、医学や疫学の領域であり、なぜ経済学者が語るのかという疑問をお持ちになるかと思います。出生体重は母親の就労状況、帝王切開は医者の報酬体系に関わりがあります。また、母乳育児は人的資本に影響を及ぼします。一見、関係のない分野のように見えますが、実はこうした実験の難しい状況における因果関係を読み取ることは、経済学が得意とする分野なのです。

第3章「育休の経済学」

ここでは女性の育休制度について論じています。国によって育休制度はどれくらい違うのかについて、日本の育休制度はOECDの平均より少し上で、比較的充実しています。その上で、経済理論の観点から、育休制度が女性の就業にどのように影響を与えるのかを考察しています。流動的な労働市場の利点は、転職しやすいことにあります。前職を子育てのために退職しても、すぐに次の職場が見つかるのです。つまり育休を取得する必要性があまりありません。しかし日本の労働市場のように流動性が乏しい場合は、育休を取得し、仕事が保証された状態で子育てができることは大きな助けになります。

政策の場では、育休取得による労働市場への影響が注目されます。一方、経済学では、子どもの発達への影響を注視しています。ドイツでは、母親と子どもが共に過ごす時間を増やすことを目的に、制度を充実させてきました。

最後に「育休3年制」について、フランスやドイツのような育休先進国では、金銭を受け取りつつ仕事も保証される期間が3年と非常に長いのです。しかし、データを分析してみると、実は育休期間は1年がベストだという結果を得ました。3年という期間は、女性の職場復帰率を低下させたり、子どもの母親以外との接触が少なくなることから、言語発達が遅れたり、悪影響が生じる場合もあるのです。

第5章「保育園の経済学」

ここでは幼児教育の効果について考察しています。シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授らによるペリー幼児教育プログラムでは、米国の貧しいアフリカ系米国人の児童に教育を受けさせ、40歳になるまで追跡調査したところ、所得の増加や、犯罪率の低下など、好ましい結果が得られました。では日本でも同じことが当てはまるのかというと、実際には家庭環境がまるで違います。また、同プロジェクトは、成功させるために多額の資金を投入しており、同じことをしようとしてもそう簡単にはいきません。そこで、厚生労働省の「21世紀出生児縦断調査」のデータを使って、日本における幼児教育の効果を分析し、その結果を本章で紹介しています。

結果として、言語発達への好影響と、貧しい家庭における攻撃性や多動性の減少が認められました。幼少期の攻撃性や多動性は、将来の少年犯罪と強く結びつくことが知られています。同時に、母親への影響についても、家族関係における幸福度の上昇、子育てにおけるストレスの減少など、かなり好ましい効果が認められました。

よって、より多くの人が幼児教育を受けられるようにすることが重要です。2019年10月から幼児教育の無償化が始まります。価格を下げることも大切ですが、質を維持した上で利用率を上げることはもっと大切だと考えています。

第6章「離婚の経済学」

統計を分析すると、「3組に1組が離婚している」という情報は、過大推計された数字であることが分かります。社会制度の在り方は家族にどう影響するのでしょうか。日本のような離婚のハードルが高い国から、米国のような離婚のハードルが低い国に移った場合、どのような影響があるでしょうか。

キリスト教では離婚がタブーであるため、これまで欧米諸国では、離婚はむしろ難しいものでした。しかし、米国では90年代の家庭法改正により、離婚のハードルが下がりました。結果、女性の自殺率が低下し、男性から女性へのDV件数が減少するなど、好ましい結果が報告されています。離婚はネガティブな印象が強いですが、実は家族関係から生じる深刻な葛藤を減らす効果もあるのです。

一方、離婚による子どもへの影響は、必ずしも良いものではありません。これは、多くの場合、離婚による経済状況の悪化が原因です。つまり、離婚率を減らすのではなく、離婚した家庭の子どもへの経済的支援をするように、制度を整えていくことが大切です。

最後に「共同親権」について記載していますが、これは個人的に以前から興味のあった分野です。日本に共同親権が導入されるとどうなるのかを分析するため、海外の事例を調べてみました。しかし、米国での事例が2つ見つかっただけで、世界的にもまだあまり研究がされていないようです。米国での事例では、男性の自殺率の低下など、好ましい影響がいくつか報告されています。研究が少ないため、すぐに導入とはいかないまでも、検討する価値はあるのではないかと考えています。

第4章「イクメンの経済学」

本日は、第4章で議論している、男性の育児休暇取得について、特に詳しくお話ししたいと思います。日本における男性の育児取得状況について、グラフでは急増しているように見えますが、2017年は5.14%、2018年は6.16%と、数値はそれほど高くありません。

OECDのFamily Databaseを見ると、海外での男性の育休取得率は、フィンランドの80%超を始め、スロベニア、スウェーデン、デンマークの北欧諸国で非常に高くなっています。同Database上では一番低いオーストラリアでも20%超です。日本の取得率の低さは明白です。

日本における男性の育休取得率が低い理由として、他国に比べて制度が劣っていると考える人が多いのですが、実は、日本の育休制度はユニセフで「世界最高」と認められています。同Databaseによると、取得率の高い北欧諸国でも、男性の育休期間はフィンランドが9週、ノルウェーが10週、スウェーデンが14.3週と、それほど長くありません。これに対し、日本は52週、つまり1年間の育休を取得することができます。これに給付金額も加味して判定した結果が「世界最高」の評価です。

しかし、育休制度を取得する男性が少ないのです。なぜ取らないのか、あるいは取れないのか、その理由を尋ねると、多くの人が「昇進などキャリアに悪影響」「同僚や上司の目が気になる」「仕事が忙しい」と回答しました。実はこうした懸念は、決して日本特有のものではなく、かつては北欧諸国でも抱かれていました。

ノルウェーの育休改革

ノルウェーの育休制度は1977年に始まりました。当時は現在の日本と同様の懸念が抱かれ、なかなか普及しませんでした。当時の取得率は5%にも満たず、現在の日本よりも低かったのです。

そこで1993年に、父親が最低4週の育休を取ることを義務化しました。さらに、この4週間の給料は通常通りとし、働かなくても100%給料が出るのに休まないと損だ、という空気を作りました。その結果、取得率は30%超まで上昇しました。一見すると大成功ですが、ノルウェーの政府白書には、期待ほど成果が出ていないと記載されています。その理由は、依然としてキャリアへの悪影響や、周囲の目が気なるといった懸念でした。そこで、どうしたら懸念が払拭できるのかが議論されました。

ノルウェーの経済学者によると、周囲の育休取得が、取得率の上昇に大きな影響を与えています。特に、誰が取得するかが重要です。例えば、義理の兄弟や近所の人が育休を取得しても、取得率にほとんど影響はありませんが、同僚や実の兄弟が育休を取得すると取得率は11~15%上昇します。さらに、上司が育休を取得すると、その影響は同僚同士の影響の2.5倍となります。ここでは、上司が積極的に育休を取得することが、取得率の上昇に大きく貢献することを強調したいと思います。

なお、企業による差について、公務員や労働組合が強い企業では、労働者が守られているため、同僚の育休取得はあまり影響しません。一方、私企業では、育休取得によるキャリアへの影響をより心配する傾向があるため、同僚の育休取得は大きな影響を及ぼします。

初めに育休を取得するのは勇気のいる行動です。取得した人がパワハラに遭うこともなく、昇進もして、ワークライフバランスもうまくいって充実してそうだ、という成功を確認することで、周囲も育休を取得するようになります。育休取得による悪影響はない、という情報が伝えていくことが重要です。

日本がノルウェーに学べること

日本での普及について、まずは管理職や経営層が、育休取得者を不利に扱わないという態度を明示することが大切です。次にこれを信用させるためには、ノルウェーの事例のように、初めに育休を取得する「勇気ある」お父さんが必要です。

そのためには、給付金の見直しが有効です。現状の制度では、給付期間は1年間、初めの半年は賞与を除く給料の67%、残りの半年は50%が支給されます。働かずに受け取れる総額は大きいですが、当然、収入は減ってしまいます。男性を対象に考えると、2週間~1カ月など短期間にして給与の100%を支給する、または賞与をカバーする一時金を付けるなど、経済的に損しないようにすることが、取得率の上昇につながるでしょう。他にも、企業が育休を取得した社員を表彰する、厚生労働省が取得率の高い企業を表彰することも、効果的かもしれません。「勇気ある」お父さんの成功例を周知する、または育休取得率の高い企業の業績向上など好例を広めることは、後に続く男性社員を安心させる上で重要なプロセスです。

男性の育休取得による影響

男性の育休取得に関する研究は世界的にもまだあまり進んでいませんが、ノルウェーとスウェーデンでの研究では、育休取得によって所得が2%減少することによる影響は、子どもが5歳になっても消えないという結果が報告されています。これについて、育休取得で仕事上の評価を落とす、職業上の能力が落ちるといった原因が考えられがちですが、研究チームの見解では、育休取得を機に、子育てや家事を重視するライフスタイルに移行したのだと考えています。

カナダのケベック州では、2006年から、男性のみが取れる5週間の育休が導入されました。この結果、子どもが3歳になったとき、制度を利用した男性の子育て時間が90分から110分に、家事時間が70分から85分に増えました。つまり、育休取得は評価や能力ではなく、ライフスタイルに影響を及ぼしていると考えられます。増加した時間の分だけ残業時間が減少したことが、収入が減った要因かもしれません。しかし、本人の幸福度は上昇しています。

また離婚に対する影響について、アイスランドの事例によると、出産5年後の離婚率は23%から17%に、出産10年後の離婚率は33%から29%に減少しています。社会学の研究によると、夫婦だけで過ごす時間の減少、自分のために使える時間やお金の減少、特に女性ではキャリアが犠牲になることなどを理由に、出産は離婚率を高めると言われています。父親の育休取得はこうした問題を緩和し、その結果、離婚率が減少したと考えられます。

一方、スウェーデンでは離婚率への影響はあまりないと言われています。日本でも、育休取得は離婚率をむしろ上昇させると考える人が多いです。では、そうした悪影響を避けるにはどうしたらいいのでしょうか。まだ研究が進んでいないため、あくまで私見ですが、まずは子育て学級など、子どもを持つことに対する心構えをすることが大切です。また育休給付金、児童手当、子育て費用に対する補助など、金銭的なサポートも有効です。

質疑応答

Q:

小泉環境大臣が育休を取得すると、どのような影響があると思われますか。

A:

小泉大臣には、ぜひ育休を取得していただきたいです。今回の研究結果の通り、指導的な立場の人が取得すると、その下にいる方々が取得しやすいため、かなり好ましい影響があるものと期待しています。海外の事例を踏まえても、要職にある人が取得することで、国民が後に続きやすいと考えています。

Q:

現在、少子化は日本最大の問題の1つです。既婚者の出生率にはほとんど変化がないことから、既婚率の低下が大きな要因だと考えています。経済学の知見を生かして、どうしたら結婚する人が増えるのか、ご意見をお聞かせいただけますか。

A:

既婚率の低下は、結婚によって得られる経済的利益が減っていることが原因です。キャリアを追及する女性にとって、現在の日本社会では結婚が大きなマイナスとなります。よって、ワークライフバランスを向上させるような子育て支援を実施することが、長期的に少子化対策に有効だと思います。

その際、個々の政策での効果を議論するのは難しく、育休制度、保育政策、児童手当など、子育て支援全体をまとめてどれだけ効果があったかといった考え方をすることが大切です。

出生率を上げるような政策、特に保育政策には、所得格差を減らす上でもかなりの効果があります。先ほどご紹介した通り、貧しい家庭の子どもが幼児教育を受けることで、生涯賃金が高まり、犯罪に関与する率も減っていきます。

Q:

ノルウェーにおける男性の育休改革について、取得率を高めた方々の属性は分かりますか。例えば、低所得者と高所得者を比べて、どちらがより取得したかといった研究結果はありますか。

A:

残念ながら、所得別の比率は分かりませんが、大きな違いはないと思います。仮に育休取得によりスキルが低下するならば、高所得者がちゅうちょする可能性はありますが、実際にスキルが低下するほどの期間ではないため、そうした心配はないかと思います。

Q:

日本では育児の問題と並んで、介護の問題があります。育児については、本日のようにポジティブな研究結果が見られますが、仕事と育児と介護の3つを両立しようとする人にとって、何かポジティブなデータはあるのでしょうか。

A:

介護も重要な問題ですが、私は研究してきていないので、詳細はお話しできません。育児についても、本書はポジティブな結果ばかりに見えるかもしれませんが、研究結果自体はニュートラルです。離婚が子どもに悪影響を及ぼすというネガティブな結果も出ています。しかし、ネガティブな結果も、どういう政策がその悪い点を取り除けるかを検討する上で重要なデータです。

Q:

今後ですが、残業時間の制限や、家庭科の男女共修化による、男性の育児や家事への影響について分析してほしいです。男性が育休を取得しない理由の1つに、男性は育児ができないという考え方があります。数年前に、男子校での家庭科未履修問題が発覚しました。家庭科教育による影響についても、分析していただけるとうれしいです。

A:

実は、家庭科については研究結果が出ています。家庭科の必修化により、男性の家事時間が増え、家庭内における男女差が縮まったとする報告があります。研究者の間では、意識改革は難しい、理屈が分かっても行動に移すのは難しいと思われてきました。しかし、今回このような結果が出たことは、非常に興味深いです。

残業規制についても、研究をしてみたいと思います。統計にはデータが必要です。多くの国民に理解をしていただくことが大切です。皆さんも、統計の質の改善などに関わることがあれば、ご協力いただければ幸いです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。