日本経済低成長からの脱却

開催日 2019年6月28日
スピーカー 松元 崇 (国家公務員共済組合連合会理事長)
モデレータ 井上 誠一郎 (RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省経済産業政策局調査課長)
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日本経済はアベノミクスで好調さを取り戻しているが、低成長は相変わらずで、今や日本の1人当たりGDPはOECD加盟国の中でも平均を下回る水準である。そんな中、高い成長率を実現しているのがスウェーデンである。かつて大きな国民負担率で有名だったスウェーデンが、今日、新興国並みの成長を遂げて国民負担率を引き下げている仕組みをヒントに、日本経済が低成長からの脱却を図るために必要な取り組みについて、国家公務員共済組合連合会理事長の松元崇氏にご教示いただいた。少子化だから現在の低成長はやむを得ないなどと嘆いてはいられない。慢性的な低成長から脱却するには社会保障制度や教育制度の見直しが必要であり、働く世代の再チャレンジを支援するなどの生産性を向上させる仕組みの構築が求められている。

議事録

日本企業の国内投資離れ

松元崇写真日本の1人当たりGDPは、1995年に世界3位、2000年に世界2位だったが、徐々に順位を下げ、2015年からは26位という低水準にとどまっています。26位というのはOECD諸国中で低水準です。マクロ的に見ても、図表1でご覧いただけるように、世界の中での日本のシェアは半分以下になっています。日本の低成長には少子化が原因であるという指摘がありますが、図表22に示した通り、明治の文明開化以来、日本は人口の増減とはほとんど関係なく成長してきました。

人口の減少とは労働力が希少な資源になるということです。経済学では希少な資源の価値は高まると教えています。とすれば、人口が減少している国の労賃は上がるはずで、1人当たりGDPも上昇しなければなりません。人口が減少している日本の1人当たりのGDPは増加していかなければならないはずです。ところが、日本では、逆の現象が生じています。

経済学の基本原則に反する日本の状況は少子化だからではなく、日本企業が国内で成長のための投資に消極的になってしまったことが主な原因と考えられます。日本企業は、海外投資や省力化投資には積極的ですが、そのような投資では日本の成長力は高まりません。

海外投資は盛んでも国内投資が行われない結果、国内では貸出先がなく、銀行の貸出金利は下がる一方です。特に、地方銀行の経営は大変苦しくなっています。日本の銀行の海外向け与信シェアは、今や、米国や英国を抜いて2015年から世界一となっていますが、その背景にあるのが国内に貸出先がないからというのでは情けないことです。いずれにしても海外への投資では日本の成長力は高まりません。

省力化投資は成長に寄与するように思われていますが、実はほとんど成長に寄与しません。分かりやすい例が日本のコメづくりです。コメづくりは戦後最も省力化投資を行ってきた産業分野です。積極的に省力化のために農機を導入してきました。その結果、かつては1反(10R)当たり150時間以上要していた作業が、今や30時間もかからずに済み、5分の1以下の労働時間に省力化されています。それによって兼業が可能になり、農家の農外所得は増えました。しかしながら、コメづくり農業は機械化貧乏になり、農業所得は赤字になりました。コメの省力化投資は成長力向上に寄与しなかったのです。

図表9は成長会計です。経済成長をもたらすのは資本と労働力と技術革新ですが、それらの3つの要素を分析して、日本とスウェーデンを比較しています。これを見てすぐにわかるのは、日本の図表には資本がほとんど登場しないことです。日本企業が成長のための国内投資を行っていないことが一目瞭然です。それは、戦後、我が国で定着した我が国独特の終身雇用制という硬直的な雇用慣行に足を引っ張られているからだと考えられます。我が国の終身強制は、かつて我が国の高度成長をけん引しましたが、選択と集中の時代になった今日、成長の足を引っ張るようになっています。選択と集中の時代は、リスクのある投資が多くなりますが、失敗した場合に終身雇用制のある国内よりも、海外での投資の方が柔軟な対応ができるからです。

科学立国の危機

日本企業が成長のための国内投資を行わなくなったのは、1990年代以降のことです。図表10の成長会計の推移を見ると、1990年頃までは投資が成長に対して主役の一角を占めていたのに、2000年頃より縮小していったのがご覧いただけます。その結果、日本は科学技術立国でなくなってしまっています。日本は今日でも毎年のようにノーベル賞をとる科学技術大国です。しかしながら、いくら優れた科学技術があっても、企業が国内でそれを生かす成長のための投資をしなくなれば国の成長には結び付かなくなります。日本は、もはや科学技術を生かして成長する科学技術立国ではなくなってしまっているのです。

図表17、(2)は研究開発効率の国際比較です。1990年頃には日本は研究開発費を効率よく成長につなげ、世界最高水準の研究開発効率を示していました。ところがその後、研究開発効率は低下を続け、2010年には世界最低の水準にまで落ち込んでいます。その結果、図表7でご覧いただけるように、1人当たりの労働生産性や国民所得も伸び悩んでいるのです。

労働生産性や国民所得が伸び悩む結果、もたらされるのが実質的な国民の負担増です。図表24は、高齢化で大変だということで使われる資料です。現在2人で1人の高齢者を支えているのが、やがて1人で1人の高齢者を支えなければならなくなる、大変だというわけです。しかしながら、支える側の所得が倍になれば、実質2人で1人の高齢者を支えているのと同じことになるはずです。そうならないということは、実質的な負担増になるということです。そういった議論が出てこないのは、現在の低成長で所得が伸びないのが、少子化が原因で仕方がないと思い込んでしまっているからです。

成長戦略の鍵となる社会保障

図表25の上のグラフは、財務省の資料に出てくる社会保障支出と国民負担率のグラフです。1990年から日本の矢印がロケットのように急上昇しているのは、社会保障支出の増加を借金でまかなっているためです。借金もいずれは国民負担になりますので、このグラフを借金も含めた潜在的国民負担率で作り直してみたのが、図表25の下のグラフです。それは、政府規模そのもののグラフでもあります。大方の国が借金で歳出をまかなっていますので、各国の位置は上のグラフよりも全体的に右側にずれています。しかしながら、日本ほど借金でまかなっている国はありませんので、日本のずれが一番大きくなっています。現状のまま推移した場合、2060年には日本は今日の主要西欧諸国を全て追い越して、潜在的国民負担率の一番高い国になってしまいます。しかし、これは「日本の少子化=低成長」という認識の延長線上の話です。日本が慢性的な低成長から脱却すれば、この姿は変わってきます。

実はこの姿を変えたのがスウェーデンです。それはビル・エモット氏が『「西洋」の終わり 世界の繁栄を取り戻すために』という著書の中で指摘していることです。スウェーデンの政府規模は1993年に対GDP比で72%にもなっていました。しかし経済が成長した結果、2007年には49.7%になり、14年間で約22%減少しました。政府規模、すなわち潜在的国民負担率がそれだけ低下したということです。そして、図表25の下のグラフでご覧いただけるように、今やスウェーデンの潜在的国民負担率はドイツ、フランス、イタリア、さらには英国よりも低くなっています。かつて大きな政府で有名だった国が、主要先進国の中で、最も小さな政府になっているのです。高い成長率を続けてきたスウェーデンのように、日本も今の低成長から脱却すればこういったことが可能になるのです。

対GDP比で22%減少ということは、日本の550兆円のGDPの感覚でいえば、120兆円あまり国民の負担が軽減されたということです。かつては大きな政府では低成長になると言われていました。しかし、今や、それは過去の話です。今や国民負担率が大きいか小さいかは、経済成長率が高いか低いかには関係がありません。むしろ米国を例外とすると、図表26でご覧いただけるように、国民負担率の大きい国のほうが高い成長率を示しています。ちなみに、この図表では、日本だけが成長率競争の蚊帳の外です。

図表9の説明にあるように、福祉国家スウェーデンは、充実した社会保障、米国並みの市場メカニズムと人材育成でイノベーション力を発揮し、新興国並みの成長を実現しました。選択と集中で転職が当たり前になった今日、国民が再チャレンジすることを支援する充実した社会保障の仕組みを持った国の成長率が高くなっているのです。一人一人の国民が作り出す付加価値が全て積み上がって一国のGDPとなります。国が再チャレンジを支援することで一人一人の国民が作り出す付加価値が上昇する、国民が生涯を通じてその能力をフルに発揮することになる、そういったメカニズムを通じて国全体のGDPも増加するのです。

とはいっても、米国も高い成長率を実現しており、小さな政府の米国型でもいいのではないかという話があります。日本は、これまで小さな政府でやってきたのですから、それでいいではないかということです。日本は人口1000万人にも満たないスウェーデンと違って、大きな国なので、スウェーデンのようなことはできないと考える方もいらっしゃるでしょう。それは国民の選択の問題です。何よりも、スウェーデンのような仕組みを創り上げるには大きなコストが伴います。将来的に成長すれば大きく国民負担率を縮小することになるはずだといっても、当面その負担を国民に求めていくのは政治的に大変難しいことです。それができないとなれば、否応なしに米国型にならざるを得ないことになります。

ただ、米国型には、いくつか問題があります。まずは、激しい格差社会になってしまうという問題があります。図表5はブランコ・ミラノヴィッチ教授によるエレファントカーブです。IT化によって世界中どこでも何でも生産できるようになった。そのような世界では、発展途上国の成長が先進国を上回るようになった。同時に、高所得者の所得も大きく伸びるようになったことを示しています。象の鼻の部分です。それは、米国のように政府が何もしないと大変な格差社会になることを示しています。

もう1つの問題は、米国型では日本の中小企業の低生産性構造が是正されないことです。日本がこれまで日本型の小さな政府を実現できたのは、ヨーロッパ諸国なら政府が行ってきた社会保障の多くの部分を企業任せにしてきたからです。そういった中で、中小企業が潰れないようにという護送船団行政が行われてきました。日本が小さな政府を続けようとすれば、この護送船団行政を改めるわけにはいきません。それではわが国の中小企業の低生産性構造はそのままになり、低成長からの脱却も難しいことになります。米国型で高成長を実現するのは難しいということです。

国が成長せずとも、企業は発展する

ミラノヴィッチ教授は、今日のように企業の生産活動が容易に国境を越えていくグローバル化した世界では、リカードの比較生産費説が成り立たなくなっているとしています。リカードの比較生産費説は自由貿易を基礎付ける経済学の基礎中の基礎と言われる理論ですが、それが、成り立たなくなっているというのです。

かつてリカードは、比較生産費説の説明にポルトガルでのワインの生産と英国での布地の生産を例に、それぞれの国でワインと布地が生産され、自由に交易されることによって両国が共に豊かになれると説きました。しかしながら、今日の世界ではワインも布地もどちらもポルトガルで生産されるようになり、英国には何も残らないという事態が起こり得るというのです。ただし、その場合、ポルトガルでのワインと布地の生産を担うのは、ポルトガルの企業ではなくて英国の企業かもしれないとしています。

それは、わが国の経済が停滞しても、日本の企業は世界で隆々と発展していけるということです。日本が科学技術「立国」ではなくなっても、日本の企業は、科学技術「大国」の日本の技術を生かして世界で活躍していけるということです。日本の企業は、グローバルに通用する人材も多く抱えているはずです。

起業家精神が経済成長を促す

最後に、最近話題になっているMMT理論とシムズ理論についてお話しします。両理論は、財政出動すべきだという点は同じですが、かたやインフレにならないと主張し、かたやインフレになると正反対のことを主張しています。そのようなことになるのは、それぞれが理論と言っていますが、理論ではなくてモデルだからです。モデルは前提の置き方でいかような結論も導けます。例えば、マルクス主義経済学では労働価値説という前提を置いて資本家が労働者を搾取しているという結論を導きました。

ここで申し上げたいのは、MMT理論によるにせよシムズ理論によるにせよ、ケインズ経済学という理論の中のモデルだから財政出動で成長率を引き上げることはできないということです。それは、日本の低成長を何とかしたいというのであれば、よく理解しておかなければならないことです。ケインズ経済学は景気回復の理論であって、経済成長の理論ではないからです。そこからは、経済成長につながる話は出てこないのです。ちなみに、成長理論を唱えたシュンペーターも、財政出動で経済が成長するとは言っていません。ケインズは、それでは経済成長のために何が必要なのかと問われて、「アニマルスピリット」と答えたそうです。

財政出動で経済を刺激すれば、一時的に「景気」は良くなります。しかしながら、それは恒久的な経済の「成長」にはつながりません。そんなことで経済を刺激しても、当初の財政出動の効果がなくなれば景気は元に戻ってしまいます。経済成長率は元のままです。そのような政策は、いわば朝三暮四の政策です。サルに栃の実を朝三つ、暮4つと言ったら騒ぎになった。そこで、朝4つ暮三つと言ったら喜んだ。何も変わらないのにということです。ちなみに、最大のMMT理論の実践国が日本だという話がありますが、その日本の経済成長率は先進諸国の中で最低低水準で、世界の中で縮み続けているのです。財政出動で成長率が高まらないというお手本が、日本だということです。

日本の生産性が低いということは、実は成長の余地が大いにあるということです。今日、生産性の低い発展途上国が大いに成長しているのは、生産性が低いところから成長しているからです。それと同じことが、日本にも出来るはずです。何しろ、図表6でご覧いただけるとおり、日本の生産性は米国と比べて8割の分野で半分以下、4割の分野で3分の1以下なのです。みんなが少子化ゆえに現在の低成長で仕方がないと嘆いているようでは、そこから脱却することはできません。成長するための国民的な議論を始めなければならないと思います。

質疑応答

Q:

硬直的な雇用慣行が2000年以降の日本の経済停滞の原因だという点は、裏返せば、労働流動化が経済成長を促進するという見方もできると思います。2019年6月25日の日本経済新聞の「経済教室」で猪木武徳先生が労働移動のコストについて言及されていますが、その辺についてお考えをお聞かせください。

A:

労働流動化が経済成長を促進するようになるはずだというのはその通りですが、猪木先生がおっしゃっていたように、現状で労働移動には社会的に相当なコストがかかります。日本では企業による雇用保障が国民の生活を支えてきたため、企業から解雇されると労働者は路頭に迷ってしまいます。それを避けるために労働者は企業にしがみ付くことになります。裁判所もそれを認めることになります。そこで労働移動のコストが高くなっているのです。

競争至上主義の米国では、次の職探しも割と簡単なため、労働移動のコストは高くありません。欧州の場合は解雇されてから次の就職までの間、国が社会保障などで面倒をみます。とりわけスウェーデンでは流動化に伴う社会的コストがあまり発生しない形になっています。雇用の流動化については一人一人の国民の幸せを考慮しつつ進めるべきであり、そのための仕組みをどう創り上げるかは、国民の選択によることになると思います。

Q:

日本の低経済成長を克服するためには、どのように日本企業の意識を変えていけばよいのでしょうか。

A:

それぞれの企業の試行錯誤だと思います。海外展開を図っている企業は、まずは海外のビジネスをしっかり行っていくことです。ビジネスのスタイルは日々変わっていきます。米国の企業も最適な経営戦略を日々試行錯誤しています。海外に人を派遣し、子会社を経営させてみる。その人材を全体の経営のトップとして配置するなど、さまざまな工夫が必要だと思います。

国内で事業をもっぱら行っている企業は、人材の最適配置、中途採用者のマネジメント、女性の労働力活用について、試行錯誤しながら最適なやり方を模索していくことだと思います。中小企業にとっては国全体の仕組みや制度が変わらないと難しい面もありますが、経営者は自分の企業の従業員の幸せを念頭に置きながら、市場の流れを踏まえて経営していくことが必要です。

Q:

松元理事長としては今後の日本のあるべき姿としてノルディックモデルを追求していくべきとお考えですか。その場合、移民との関係や施策についてのお考えをお聞かせください。

A:

ノルディックモデルに固執するわけではありませんが、今の日本の雇用慣行を見直していく1つの手掛かりにはなると思っています。スウェーデンの経済成長を支えているものには、雇用慣行以外に教育制度もあります。スウェーデンでは高校卒業後、多くの人は、まずは就職します。その上で自分のやりたいことを見つけると、現在の仕事をやめて必要な専門知識を学ぶために大学に入学するのが一般的とのことです。そのような状況で学生を受け入れる大学は実学志向になっていますので、人生の途中でいつでも大学で勉強し直して再チャレンジをするのが非常にしやすい仕組みになっているとのことです。

私はスウェーデンの今日の高成長は、結果としてそうなっているのだと思っています。スウェーデンは第一次世界大戦の前は、北極圏に近くほとんど森林資源しかない、欧州の中でも貧しい国で、女性の社会的地位も低かったのです。ところが第一次世界大戦で中立を守ったために、大いに発展しました。しかし、発展した結果として出生率が下がってしまった。そこで出来上がったのが今のスウェーデンの社会保障制度です。それが、戦後うまくいったものの、1980年代の終わりには行き詰まってしまいました。それが1990年代からの選択と集中の時代に、再びうまく機能するようになって高成長をもたらし、今やスウェーデンは欧州の中でも国民負担率が低い国となっているのです。

どの国も浮き沈みがあり、試行錯誤しながら出来上がってきたのです。残念ながら、日本は今低迷しています。浮かび上がるには今の日本の状況について、本音で議論する必要があります。

移民の件はそれぞれの国の政治が決める話です。日本では技能労働者としての受け入れが、現状における国民的コンセンサスだと思います。ドイツにしてもスウェーデンにしても、受け入れ過ぎれば問題が生じると思います。本来寛容な国であったはずの米国でも移民問題が争点として浮上しています。国民の選択の問題だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。