光触媒を基軸としたカーボンリサイクルの実現

開催日 2019年4月11日
スピーカー 藤嶋 昭 (東京理科大学栄誉教授 / 光触媒国際研究センター長)
モデレータ 和久田 肇 (経済産業省資源エネルギー庁資源・燃料部政策課長)
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開催案内/講演概要

地球規模の環境問題が顕在化する中、太陽エネルギーと水から人工光合成によって水素エネルギーを生成する光触媒技術が注目されている。光触媒による物質交換技術の実用化研究が世界中で進められ、水素エネルギーや二酸化炭素(CO₂)を資源化することはもはや夢物語ではなく、政府も持続可能な社会実現に向けて取り組むべき喫緊の課題ととらえている。本セミナーでは、光触媒研究の第一人者である藤嶋昭東京理科大学栄誉教授が、光触媒反応の発見に至った経緯を紹介し、課題解決を志向した「パスツール型研究」によって破壊的イノベーションを引き起こすことの必要性を説いた。そのためには国家戦力として産官学の力を結集していかなければならないことを強調した。

議事録

カーボンリサイクルの重要性

モデレータ:
まず、資源エネルギー庁に2019年2月1日新設されたカーボンリサイクル室の背景をご紹介します。

化石燃料由来のCO2削減が喫緊の課題になっている中、第5次エネルギー基本計画には、CO2を回収・有効利用・貯留(CCUS)する技術の重要性が盛り込まれています。資源エネルギー庁内にカーボンリサイクル室を立ち上げ、技術のロードマップを作成しているところであり、海外との連携も進め、カーボンリサイクルの産学官国際会議を開催しようと現在取り組みを進めています。

具体的にカーボンリサイクルとは、まずカーボンを分離・回収(capture)し、化学品や燃料など別の物に変化させて再利用(utilization)することであり、そのための技術開発を進めています。技術例としては人工光合成以外にもバイオ燃料化や鉱物化、コンクリート利用などがあり、そのためのロードマップの検討作業を進めています。さらには民間企業との協議会も立ち上げ、企業からの技術シーズを吸い上げており、その中で一番のキーとなるのは光触媒や人工光合成なのです。

藤嶋昭写真藤嶋:
人工的に光合成を行うための研究において、私と当時の指導教官であった本多健一先生は植物の葉の代用として酸化チタンを使い、1967年、酸化チタンを水の中に入れて光を当てることで、水を分解して水素を生成することに成功したのです。そのことを書いた論文が『Nature』に掲載され、世界中の人が光触媒の研究を始めるようになりました。

光触媒反応の基本原理

水を電気分解するには、外部から電圧をかけなければなりません。一方、通常の燃料電池の場合は、水素と酸素を電極に吹き付けて、水の電気分解とは逆反応が起こって作られます。酸化チタンは通常の電気分解とどこが違うかというと、通常プラス側でしか発生しない酸素が、酸化チタンでは光を当てるとマイナス側で発生し、電池ができてしまうのです。

酸化チタンの光触媒反応の効率を上げるには、かなりの難問がありました。酸化チタンは太陽の光の3%しか吸収できません。透明性という特徴があり、例えば、水1mol(18g)を分解して水素を作ろうとすると、水1molの中に6×10²³というかなりの量の水分子がありますので、それ以上の光子数が必要です。しかし、太陽光には1㎠当たり1秒間で10¹⁵個の光子しかありません。ですから1molの水を分解するにも、10⁸秒の時間がかかってしまうので、難しいということになります。

光触媒の応用

しかし、酸化チタンは水を分解できるだけでなく、他の化合物も分解できます。そのため、微量でも有害なものであれば、それを分解して無害化することに活用できることになります。この点に注目し水素発生以外のものに応用できないか、考えてみました。試しに酸化チタンをコーティングした上に大腸菌を培養して光を当てみると、容易に大腸菌がすべて死滅したのです。これは環境に応用できると思いました。現在、光触媒による殺菌効果は、手術室のタイルのコーティングや新幹線の喫煙ルームの脱臭などに使われています。

さらに酸化チタンを鏡にコーティングすると、蛍光灯が当たっていれば曇らなくなることを発見しました。自動車のサイドミラーにコーティングすると、雨の日でもミラーの表面に水滴がなくなり後方がよく見えます。酸化チタンは、太陽光や蛍光灯の光が当たると強い酸化力が出て、水や有機物を分解できます。しかも、水をかけると表面から油汚れがすっと消えるという超親水性も同時に起こります。

そうした性質を利用した光触媒の最初の応用例が、丸ビルの外壁のタイルです。建築から25年たちますが、まったく汚れやくすみが目立ちません。タイルやガラスの上から酸化チタンを透明にコーティングしておけば、太陽光のおかげで、外壁が常にきれいさを保つことができるのです。この光触媒の応用方法は今や日本中のハウスメーカーに採用されています。例えば、銀座の資生堂本社などでは白いペンキの上に光触媒が透明にコーティングされていて常にきれいです。また東京駅八重洲口のグランルーフは、建設から6年になりますが、くすみが全くなく建設当時の白さを保っています。海外でも酸化チタンは採用されていて、米国では5年前に建設されたアメリカンフットボール競技場(ダラス・カウボーイズスタジアム)の白い屋根のほか、欧州や中国、韓国でもたくさん使われています。

このように、私たち自身が発想を転換して、光触媒がすぐに使えるのは環境問題ではないかと考えて取り組んでみたら、確かに色々なところに応用することができたのです。今では光触媒工業会という団体が生まれ、約150社が参加しています。

酸化チタンは人体への影響が小さいと考えられている、安全な材料です。チタンはクラーク数(地表付近に存在する元素の割合)が10番目に大きく、わりと手に入りやすい資源です。そうした問題のないものを使ってコーティングして光を当てれば、ありとあらゆる分野に応用できます。今から6年前、経済産業省の助成を頂いて、東京理科大学に光触媒国際研究センターをつくることができました。ここで私たちは、次のテーマを一生懸命研究しています。

パスツール型研究でイノベーションに挑戦

私たちの光触媒の研究について、東京大学の馬場靖憲名誉教授たちは「パスツール型研究である」とまとめました。パスツールは狂犬病ワクチンを発明したフランスの細菌学者ですが、彼の名前が冠されたパスツール型研究とは、基本原理の発明から実用化まで一気通貫で研究を行うということです。光触媒は、私自身が基礎を研究して、さらに企業と協力し多領域で応用・実用化させ使用いただいています。

私自身一番驚いたのは、2019年1月23日のダボス会議で、安倍晋三首相が人工光合成や光触媒を紹介したことでした。炭酸ガス(CO2)を使って人工光合成で水素を作り、メタンを作るということを提言していただいたのです。これを効率良く実現可能にすることが最も大事なテーマです。太陽エネルギーを使って人工光合成あるいは光触媒により水素を採ること、そして石油・石炭から出る炭酸ガスから光触媒やダイヤモンド電極で有機物のギ酸を作り、最終的にはメタンのような有用物質にすることが現実的にできるかどうかが最も重要です。

人工光合成の研究開発動向

世界の研究者の手によって、人工光合成の効率がどんどん上がってきていることは確かです。しかも、日本の研究者が本当によくがんばっています。ところが、実際に使えるまでになるには、もう少し大きなスケールにしなければならないし、光触媒の寿命も長くなければなりません。解決すべき課題がまだまだあるのです。

例えば、米国では人工光合成で水素を作ることを非常に活発に研究しています。80億円以上かけて、いろいろなグループが研究を行っており、効率は確かに上がっています。しかし、まだ小さな材料系であり、簡単に十分入手できて、安全なものかという点はまだまだ問題があります。欧州でも、人工光合成で効率良く水素を採ることについて、多額のお金を使って共同研究が行われています。

日本では、経済産業省をはじめとする関係省庁の努力で、いろいろなグループが設立されています。例えば、経済産業省の未来開拓研究で、「人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)」が活発に研究しています。文部科学省の新学術領域研究もありますし、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業「さきがけ」や先導的物質変換領域(ACT-C)でも、炭酸ガス還元のことを一生懸命研究しています。

何しろ面積が大きく、低コストであることを目標にし、企業と実際に組みながらやっていくことが非常に重要です。そうした取り組みが徐々に始まりつつあり、水の分解ではTOTO株式会社と三菱ケミカル株式会社の共同研究などが始まっていますし、炭酸ガスの還元では、株式会社豊田中央研究所の森川健志先生たちによって、効率が上がりつつあります。このように手を組んで、実際に炭酸ガスから有用物質ができる可能性も出てきています。それによって、人工光合成で水素を作るときの効率は、3.7%にまで達しました。炭酸ガス還元は、先ほどの豊田中央研究所の研究で4.6%にまで達しているという報告があります。

これからさらに効率も上がるし、大きなものができてくるのではないかと思っていますし、経済産業省で作っている人工光合成のロードマップも、2022年を目標にして走っていることを承知しています。まだまだ難しい問題も残っていると思っていますが、効率は徐々に上がってきているので、これをさらに延長していくことを期待したいと思います。

材料開発における課題

酸化チタンは素晴らしい材料だと思っています。太陽光の3%しか吸収できないのがネックですが、非常に強い酸化力があり、水を分解できますし、酸化チタン自体は分解しにくく、紫外線を吸収できて透明ですし、資源的にも十分あり、安全です。

一方、他の半導体は、色が付いていて、可視光をすべて吸収すると真っ黒になってしまいます。エネルギー面では支障はないでしょうが、運用範囲が限られてしまいます。また、希少金属を使用するなど資源的にも問題がある材料もあり、水中で分解されやすく、毒性のあるものもあります。ですから、酸化チタンに代わる材料を開発するには、それらをうまく避けることができれば一番いいのです。

では、どうしたらいいかというと、まず太陽エネルギー変換効率を少なくとも20%以上にしなければなりません。そして、安定性が必要です。ずっと同じように性能が保たれなければなりません。そして、スケールアップしないと意味がありません。大面積で、太陽光の下で1~2年、メンテナンスフリーで使えるものでなければなりません。それから、安くなければなりません。反応条件も柔軟でなければ困ります。このような条件が必要になるわけです。

そこで、私なりに提案するのが、東京大学の杉山正和教授たちが研究している集光型多接合太陽電池です。太陽光から効率良く得た電気を使って水を分解し水素を採る方法が、1つの可能性として十分あると思っています。しかも、太陽エネルギーをいろいろなものとうまく組み合わせながら使うべきだと考えています。

実際に杉山先生たちは、宮崎で屋外実証試験を行いました。その論文を読むと、効率は現在24.4%になっているそうです。これは水素ができるまでの効率ですから、ある程度可能性があります。

CO2還元の研究

もう1つ重要なテーマが炭酸ガスの還元です。私も30年近くずっと炭酸ガスの還元について研究してきました。いろいろな電極を使って炭酸ガスを水の中に溶かし込んだりして、炭酸ガスを還元して有用なものにする研究をしてきました。世界中の研究者も、いろいろな電極や金属を使って研究しています。

私が行った研究は、ダイヤモンド電極によるCO2還元です。ダイヤモンドは硬い宝石ですが、もっと面白い性質があって、炭酸ガスを還元するのに一番適した材料であることが分かりました。そして、ダイヤモンド電極の国際シンポジウムを2003年に開催し、エルゼビア・ジャパン株式会社から約500ページの論文集も出しました。このダイヤモンド電極が、CO2還元の一番のキー材料だと私は思っています。

ダイヤモンドは元々絶縁体です。それを人工的に作って、しかも導電性にしなければなりません。これも今は簡単にできるようになりました。アルコール系のものを使って炭素源にしながら、ボロン(ホウ素)をうまくドーピングします。そうすると、導電性になるのです。透明ではなく、色は少し黒くなりますが、導電性のダイヤモンドができることが分かっています。

私たちは、プラグマCVD法を使って、黒いダイヤモンドの薄膜を作りました。それを水の中に入れて、マイナスの電圧をかけます。すると、炭酸ガスが非常によく還元されて、有用な有機物ができることが分かっています。ダイヤモンドには不思議な性質があって、水を電気分解しないのです。炭酸ガスを入れると、炭酸ガスは還元されてしまいます。

その性質を使っていくことになりました。慶應義塾大学の栄長泰明教授の最新データによると、最近はダイヤモンド電極を使って炭酸ガスを水の中に溶かし込み、マイナスの電圧をかけると、生成物として電解効率100%のギ酸を生成できることが分かっています。

でも、ダイヤモンド電極が小さな面積では困ります。そこで、表面積の大きなダイヤモンドをどうやって作るかが問題になります。東京理科大学の寺島千晶教授の研究によると、新しく溶液の中でプラズマを立ててやると、ダイヤモンド薄膜が早くできることが分かり、大面積のダイヤモンド電極ができるようになってきました。つまり、炭酸ガスを還元することで、かなりの量の有用なギ酸ができることが分かってきました。これがつい最近の研究結果です。

産学官の総合力を使って

太陽電池で電力を得て、水を電気分解し、水素を効率的に生成することができるようになってきました。炭酸ガスからダイヤモンド電極を使って電解効率100%でギ酸ができ、ギ酸と水素があるとメタンができます。これが現実的になってきたというのが私の感触です。

しかし、これが本当に世の中に役立つようにし世界をリードするには、関係する皆さんと一緒に取り組まなければなりません。国家戦略として取り組んでいただけるなら、私たちはまたさらに研究して、さらに次のブレークスルーを遂げながら、産業界の方々の協力も得て実際のものにしていく可能性も見えてきます。カーボンリサイクル実現のためには、国家戦略(官)として取り組み、革新的ブレークスルー(学)と迅速な社会導出(産)を目指す。つまり産学官の総合力が現在、試されているのではないかと思うのです。

質疑応答

Q:

政府や資源エネルギー庁に対し、どのような点に気を付けて取り組んでほしいのか、お聞かせください。

A:

研究の成果が現実的になるためには目標をはっきりと立てないと駄目だと思うので、大きな目標を掲げていただいて、それに見合ったお金と人を出していただければ世界に十分勝てると思います。

Q:

目指すべき方向としては、人工光合成で行った方がいいのでしょうか、合成技術で行った方がいいのでしょうか。

A:

人工光合成はメタンができてしまえば、あとは合成技術でいろいろなものができるので、私たちはメタンを作って、高分子合成のさまざまな技術を使えば広がりができてくるのではないでしょうか。

Q:

化石燃料から太陽エネルギーをリアルタイムで固定すると考えたときに、人類共通の資源という発想があっていいと思うのですが、その点についてお考えはありますか。

A:

地球全体のことを考えることが大事だというのは私もそう思いますし、地球全体が炭酸ガスを減らして、いろいろなものを作り、みんなで共有することを、日本だけでなく世界規模で考えるべきだと思っています。

Q:

この分野において、中国のことをどのようにとらえていますか。結局は投資して大きな設備を入れた者勝ちというゲームになってしまうのでしょうか。

A:

実際、中国が日本と対抗できるところまで行っているかというと、その領域までまだ達していないと私は思います。ただし、中には非常に優秀な方がいるので、そういった方々と共同で研究をしていくのが一番良いと思っています。

Q:

海外の研究者や企業とネットワークを幅広く構築していくべきだと思っているのですが、そうした政策を考えるに当たって何かヒントのようなものはありますか。

A:

やはり国際会議で多くの方と話していると、共同研究の話題が出てきます。科学技術振興機構の「さくらサイエンスプラン」のように、アジアをはじめ世界中から若手研究者を招聘し日本の良さを理解してもらい、日本が好きになって帰って、また共同研究につなげるというものもあります。私たちも「さくらサイエンスプラン」で多くの方を中国やインド、タイなどから招聘し交流しています。例えば、光触媒国際研究センターの場合、大学院生5~6人を呼んで、3週間共同研究をするのです。そして、私たちの場合は論文を出すことができるので、共同でそれを3年連続でするわけです。すると、お互いの力が知れ、さらにやっていこうということになるので、「さくらサイエンスプラン」は本当に素晴らしいと思っています。情報もお互いに共有し、ネットワークを構築できる可能性がある一例が最近の「さくらサイエンスプラン」だと思っています。

Q:

集光型多接合太陽電池は、どのくらいのタイムスパンで実用化できるのでしょうか。

A:

効率24.4%まで行ったのは素晴らしいですが、さらに大面積でやるのが次のステップになります。しかもそれが経済的に成り立つかどうかというところに行こうとしているのではないかと思います。ですから経済戦略として掲げていただいて、それに向かっていくのが大事だと思っています。それからアジアの若手研究者と共同研究ができるような良い仕組みをつくることも大事だと思います。

モデレータ:

酸化チタンの性質の発見にたどり着いたのは、何が一番大きな理由になっているのですか。

A:

まだ大学院生の頃だったのですが、私が所属していたのは写真光学の研究室だったのです。当時ちょうどゼロックスの複写機が出た頃で、複写機の材料として何がいいかという研究の中で、1つの可能性として酸化チタンが挙がっていました。同時に、シリコンの研究が米国のベル研究所で始まった頃で、水の中にシリコンを入れるとすぐに分解してしまうという論文を読んで、私もそのとおりにやってみたらやはり分解したのです。

では、分解しない安定したものは何かというと、ちょうど複写材料の研究をしていた研究室の先輩が教えてくれたので、酸化チタン単結晶だったのです。それを水に入れて光を当てると、他の物質は分解するのに、酸化チタンは分解しなくてガスが出てきました。そのガスが酸素だったのです。葉っぱの表面で起こっていることが人工でもできたという、あのときの感動は本当にすごかったです。不思議なことに、私は最初に一番いいものつまり酸化チタンに出合って、それをずっと今まで使っていることになります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。